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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(文化祭当日編)
53/58

8-1 決意の朝

 学校全体が落ち着かない空気に包まれている。

 八月末に夏休みが終わり授業が再開、その週末、九月最初の土曜日。残暑というにはまだ早く、蝉が騒ぐ蒸し暑い夏の朝。顔を出してから数時間しか経っていない太陽もハイペースでおれたちを頭上から焦がそうと張り切る。

 とはいえその光線を耐えて浴びている我々ではない。これをやり残している、あれをしなければならない、それはちゃんと進んでいるだろうか――などと切羽詰まった声を上げながらそわそわとせわしなく動き回り、校庭であれ、校舎であれ、体育館であれ、一か所に止まっているということはない。陽光の熱ではなく内から燃え盛る情熱の汗がワイシャツの首や襟を濡らす。


 文化祭を一時間後に控えた、一年で最も胸の高鳴る瞬間である。


 準備期間が実質夏休みのみとされる日程、兼部をしている生徒が多く、文化部の半数近くが十人以下と小規模であるなどといった事情はもとより、パンフレットに並ぶ団体の名前が百を超えるとどうなるか――当然、文化祭当日の朝までてんやわんやで、万全の状態で迎えるというのは極めて難しい。その喧噪たるや、一年でただ一日、文化祭前日の金曜日だけは泊まり込みも許されるほどだ。進学を売りとする私立高校としては異例中の異例というべき一大イベントである。

 新聞部とて例外ではなく、昨日の午後八時を過ぎてようやく刷り上がった既刊六号を展示教室に運び入れたばかりだ。それでも教室内の装飾は終わっていない。机の運び出しやパネルの運び込みはいままさに進められているが、激しく人が移動するものだから情報が錯綜してしまい、次に何をすべきかの確認だけでくたびれる。

 それでも三〇分後にはわざわざ校庭に集合させられて、出欠の確認ののち、校長、文化祭実行委員長、生徒会長、生徒指導主任からの立て続けの挨拶に辟易することになる。附属中学校の開校を再来年に控えた今年は、並々ならぬ意気込みと期待が文化祭にかけられているので、その話はさぞ長くなることだろう。

 どうやって準備を終えろというんだ! ――とは叫びたくなるが、毎年何だかんだでトラブルなく終わるという話だし、同じ焦りを抱える生徒はごまんといる。ワンオブゼムとして目の前のことをやり切るのみ。

 机を予定の位置に動かして、ひと呼吸。三倉部長はクラス、安斉先輩は文芸部、水橋と田橋もそれぞれほかの部活やクラスの展示の準備で忙しいらしく、おれはひとりで準備をしている。パネルで区切られた教室の後ろ半分。前半分を使用する団体はすでに準備を終えたのか気配はなく、明かりも付けられていない。

 廊下は騒がしい。対照的に教室の中は静まっている。

 ぱたん、という音を聞いて振り返る。

 おれの鞄が傾いて、そこからピンク色のカバーに包まれた小さなノートが落ちたのだ。

「おっと、いけない」

 準備の手を止める。床に落ちたそれを拾い上げ、表面に付いた埃を払う。このノートとも、一二月に偶然見つけてから長い付き合いになってしまった。夢にも思わなかった。推薦入試のあの日はまだこの高校に来るとも決まっていなかったのに、持ち主に会って渡すと決意したというのも、いま思えばくすりと笑ってしまう。

 でも、そろそろ機は熟した。いままでの半年間で、すでにアリスと会ったことがあると確信している。

 文化祭が終わるまでに、ノートを返す。



「岩出」

 文化祭の開催宣言がなされ、一般客が入場する五分前。新聞部の受付に並んで座る三倉部長からの問いかけに、何でしょう、とおれはあえて無機質に応じた。

「シフト表を作ったのはお前だったよな?」

「はい、そうですよ」

「わざとだな?」

 先輩は口角を上げてた。彼のこうした見透かしているような態度を見るのは久しぶりに感じる。言を俟たずして、おれの意図を汲み取っているのだ。

 新聞部には一時間ごとにブースにいて来客を案内するシフトを組んでいる。クラスの展示のシフトが緩く、兼部もしていないおれがそれを作成した。その権限を少々利用し、おれと部長のシフトがほとんど被るように作らせてもらった。

「この土日の二日間のうちに、アリスと会うつもりでいます」

 三倉部長の質問に少しズレた回答をする。それでも、シフトが恣意的なもので、なぜ部長とおれが同時刻に新聞部の受付にいるのかを伝えるには充分であった。

「お前がそこまで自信を見せるのは初めてだな。それほど確信が持てているなら、俺の助太刀はもう要らないんじゃないか?」

「確かに、もう調べ物を頼むつもりはありません。部長にシフトを任せて、自力で情報を集めに出かけられればと思っています」

「何を探すんだ?」

「アリスと似たような例がどこかの部で見つからないかと思って。各部が過去の部誌を展示するでしょうから、新聞部では見つけられない手がかりを得られるかもしれません」

 アリスの演者が何者かについて確信を持ちはじめているとはいえ、証拠と言えるものはことごとく状況証拠――つまり直接にアリスと繋がるものではないし、畢竟おれの直感に基づくものである。少しでもデータを集め、根拠を増やさなくてはならない。

 だから、アリスと会える自信を抱いているというよりは、アリスと会わなければならないという使命感が日に日に強くなって極致に達そうとしている、というほうが適当かもしれない。

「まあ、新聞部がお前に星宮アリス探しの場を提供したんだからな、俺のシフトぐらいは見逃してやろう」三倉部長は椅子の背もたれに全体重を任せ、体を反らせた。その姿勢で、やや寂しそうに問う。「そういえば、俺をアリスとは疑わないのか? 新聞部の身内に星宮アリスがいると考えると辻褄が合うことも多いだろう?」

 おれが長らくそれを考えていたことも、三倉部長はずっと前から察していたに違いない。

「部長ではありませんね、間違いなく」確たる証拠としては夏休みにアリスとチャットで会話したとき、三倉部長がおれに応じてチャットをしているような素振りはしていなかったこと。もうひとつは、ずっと前から気になっていた呼び方だ。「ずっとアリスのことをフルネームで呼んでいますから」

「言われてみればそうだが……」おれの持ち出した呼称の問題はやはり頭になかったらしく、珍しく面食らった顔だ。「それもカムフラージュということはないのか?」

 おれは首を横に振る。

「アリスは作られた存在かもしれませんが、人格を持つひとりの女の子です。もしアリスの当事者ならば、いつか情が移るものですよ」

 ふうん、と三倉部長は中途半端に頷く。おれの主張は客観性を欠いた主観的なものであるから、彼が訊いてすぐに受け入れられるものではないだろう。次第に、普段の見透かしたようないやらしい表情が戻っていった。

「なるほどね、岩出がどういう意味で『真面目』なのかわかってきた気がするぜ」

 そのとき、開門を告げる校内放送が響いた。

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