最終回 手紙を開くとき
文化祭特別号掲載
『手紙を開くとき』
星宮アリス
「見覚えのない手紙だ」
教室に戻った正樹は小道具の中から初めて見る封筒を見つけ、美穂を呼び出した。その手紙の差出人は、ふたりは当然、言わずとも分かっていた。
『この手紙を開くときは、よく考えて』
封筒の裏面に、少々雑な字でそうメモがされている。それは、演劇の終盤、このみの演じる少女が直登の演じる少年に最後の手紙を渡すときの台詞だ。
このみがこの手紙を紛れ込ませたとすれば、泣いて戻ってきたときだ。教室の前で座り込んでこれを急ぎ書き上げて、美穂と正樹に昇降口まで送って行かれる直前にさっと小道具のところに置いておいたのだろう。美穂も正樹もその瞬間を見てはいないが、このみが手紙を残す意味を考えると、それ以外の可能性は排除された。
「開けるのか?」
「開ける」
美穂は正樹から手紙を受け取り、封を破く。その手は焦りに震えていた。
「よく考えたのか?」
「考えた。このみがこんな物語の主人公みたいなことなんてしたことないもの。私はこれを読むべきなんだと思う、いや、読まないといけない」
手紙を取り出す。
宛先は書かれていなかった。筆跡は文章が後半へ進むにつれてどんどん乱れが大きくなっていて、誤字すらもみられた。
『いま教室の前で、みんなが口論するのを聞きながらこれを書いています。ずっとこうなってしまうのではないかと不安に思っていたので、本当にこんなことになってしまって悲しくて残念な気持ちと申し訳ない思いでいっぱいです。
最初に、撮映になかなか行けなくてごめんなさい。こんなに来れないのなら、どうして主役を引き受けたのかと思っている人はたくさんいると思います。でも、私にはみんなで映画をつくるというだけでとても楽しみで、しかも主役までできるうれしさのあまり、時間のことやみんなのつごうを考えることを忘れてしまっていました。わがままでごめんなさい。特にけんかをしてしまった四人にはどれだけあやまればいいかわかりません。
みんなが怒っていた理由は、わたしが早く帰ってしまい、しかもなおとくんまでわたしに続いてかえってしまうということはわかります。あいらちゃんや美穂ちゃんは、そのことでかなり心配な気持ちになっていたと思います。でも、なおとくんとわたしはえいがをすっぽかして遊んでいたわけではありません。つきあっていたということもありません。
信じてもらえないと思うので、正直に書きます。
わたしは、万引きをしています。
中学生のときにやらされてから、自分でもいやなのにやめられません。だれかにいわれなくても、つい楽しくってやってしまいます。なおとくんは、わたしが盗みをしているところを見て、とめようとしてくれました。何度もついてきて、説得してくれました。
でも、わたしはそれを「うるさい」とおもってしまいました。
だから、わたしはなおとくんにけがをさてしまいました。ついてきてほしくなかったから。わたしのためをおもてくれてたのに。
ぜんぶわたしのせいです。わたしのせいでさつえいは進まなくて、なおとくんは入院しました。今日は勇気がなくてかっえてしまいましたが、あしたかならず、先生にはなしたいと思います。
ほんとうにごめんなさい』
美穂は手紙を握り潰した。悔しさに歯を食いしばる。
「このみのバカ……自分が汚れれば終わるとでも思っているのかよ」
何かに取りつかれたかのように、美穂は階段へと走り出す。
後に残された正樹は、ひとり呟いた。
「どうしても、思い留まれないんだよな」
【完】




