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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
新学年特別号
5/58

1-3 ファーストコンタクト

 それにしても、と三倉部長が切り出した。

「岩出は星宮アリスの何を拾ったんだ?」

「実は」おれはAlice Memoを取り出して部長に手渡した。「これを拾ったので、会って返そうと思って」

 新聞部員となり、アリス探しを手伝ってもらうなら、情報を共有したほうがいい。

 部長は訝しげにそのピンクのカバーを纏ったノートを手に取り、いくらかページを捲って目を通す。安斉先輩もそれを覗き込んだ。

「へえ、これはすごい。星宮アリスはハンドルネームであるばかりか、そもそも架空の人物であったということか」

 興味津々といったように、部長が目を大きく見開きそう言った。

「そうです。だから、メールや執筆なんかで星宮アリスの『代理』をしている誰かを探しているということです」

 一方で、安斉先輩に食いつく様子はない。

「はあ、そこまでしなくても」

 ……それを言われると痛い。

「別にノートの返却くらい、わざわざ会いに行かなくたって、職員室前の落とし物の回収箱に入れておけばいいのに」

「そんな! ノートは小説のメモ、不特定多数に見られたら、普通恥ずかしいものでしょう? ネタバレにもなるし。それに、おれが拾ってからもう四か月です。落とし物として扱われても本人が見つけるのを諦めているかもしれません」

 会って返すというのが大袈裟なのはよくわかっている。ごもっともな指摘だ。この温度差はひょっとすると、おれとアリスとのあいだにもあるかもしれない。おれがさっさとこのメモ帳を手放して普通の落とし物として扱えば、すぐにでも解決できる。でも、簡単に終わらせてはいけない気がするのだ。絶対に。

 安斉先輩とおれの問答に、部長はふっと鼻で笑った。

「岩出は真面目だな」

「……いえ、そういうのでは」

 またどこか見透かしているような表情だ。何となくわかってきたが、三倉隼太という先輩はよほど自分に自信があるらしく、余裕ぶった素振りをするのが好きなようだ。実際に頭が切れるようではあるが。

 たとえばいまも、

「星宮アリスは左利きなのか? 長めのメモがあると、右下がりになる」

 と目を凝らしてAlice Memoを分析している。しかしすぐに、

「いや、そういうところが多いだけで、そうでない個所もあるな。ノートを斜にする癖があるのか? でも、だとしたらページの端が折れていそうなものだが」

 と自分の説を否定し、新たに思索を巡らせている。キリがないからそれを遮ってAlice Memoを回収する。ついでに、頭の回転が速いですねとお世辞を一言。もちろんだ、と部長はにやり。

 部長はまた腰かけていた机から降りると、パソコンを起動した。そして、いままでのメールのやり取りを見るか、と。無論、是非とも見せてほしいと応じた。

 著名な検索サイトにアクセスし、新聞部のアカウントでログインする。ついでに部員しか知らないパスワードも教えてもらった。続いてフリーメールのページを開く。過去一年ぶんを保存しており、アリスに関するものはすべて専用のフォルダに残しているという。おれは席を譲ってもらい、隅々までチェックしていった。

 ところがそれはかえっておれを混乱させるものであった。メールによると、おれが入学してアリスの小説を目にするよりずっと前、アリスは昨年春から新聞部に寄稿をはじめていた。部長によれば、それらは新聞のレイアウトに一行も余分をつくらないほどきっちりと収まるものがメールで送られていて、半年で完結するようになっていたのだとか。つまり、『手紙を開くとき』は彼女の三つめの短編ということになる。

 原稿を送るそれぞれのメールは、「何月号の原稿です。確認お願いします」のみとなっていて、その下にはすぐ本文が続いている。この四月に引退した先輩たちがせっかくだからと掲載して以来、奇妙な関係が続いているのだという。

 投稿が二年目になるということは、二年生か三年生なのだろうか。でも、入試の日にAlice Memoを落としたなら現在一年生と考えたほうが自然だ。

「なるほど、ガードが固いというのはこういうことでしたか」

 アリスが使用しているアドレスは、新聞部が用いているのと同じサイトのメールサービス。しかし意味不明な文字列で構成されており、そこからはまったく正体が見えてこない。

「あの、どうせアリスは新聞部からの連絡にしか応じないみたいなので、新聞部員としておれからメールを出してみても構いませんか?」

 部長と安斉先輩は頷く。その表情からは「どうせ返ってこないけど」という声が聞こえる。自分でもそう思ってはいるが、アリスが紛失に困っているなら返信してくれる可能性も充分にあるはずだ。まさに執筆中の『手紙を開くとき』の設定や展開だって書かれているのだから。

 新しく部員になった岩出諒だと名乗り、例のノートを拾って持っているので会って返却したいということをできるだけ丁寧に書いた。ネタ帳を人質に取るような語り口にはなっていないつもりだ。

 おおよそ書き終えて送信前に読み返していると、三倉部長の何気ない呟きが聞こえる。

「あのときのあいつみたいだ」

「はい?」

「ああ、いいや。岩出のことじゃない」

 …………?

 おれは送信ボタンをクリックした。

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