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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
49/58

7-10 繋がる

『手紙を開くとき』で、直登を階段から突き落とした犯人は美穂である。

 最終話では、このみからクラスメイトへ自筆の手紙が送られる。メンバーたちはみな「直登への想いを明かそうとしているのではないか」「犯人を伝える手紙ではないか」などと想像して、冷え切ったクラスを前進させてくれるはずだと期待する。その手紙をまさに開こうというとき、正樹に促されて美穂が自らの罪を懺悔する。直登がこのみを唆して万引きをさせているのではないか、直登のせいでこのみが離れていくのではないか……そうした不安から魔が差した、と。そして、誰もが言葉を失う中美穂は封を切り「直登くんを怪我させたのは――」という書き出しの手紙を読みはじめたところで、物語は終わる。

 Alice Memoでそのプロットを読んだだけではあるが、『手紙を開くとき』で彼女が伝えようとしたテーマがあるとしたら、それは文化祭の企画やクラスの友情が瓦解していくさまでは決してなく、むしろそれぞれの想いを横に置いて映画制作という共同作業を推し進めてしまった失敗を描いていたのだと思う。このみの多忙のせいで撮影が滞ろうと意に介さなかった、 自由奔放ながらも役割をしっかりと果たしていた直登は、犠牲の象徴なのではないか。

 その結論のほうが「アリスらしい」と思う。

 しかし、最終話のことを考えていると、どうしても「ミホ」を意識してしまう。

 九時三〇分ごろ屋上にいなかったメンバーは、安斉先輩、留川、戸川先輩、坂村先輩の四人。その四人には、川崎や岡本の証言も加味して考えると、辛島部長を呼び出し口論、果てに階段から突き落とした可能性がある。

 中でも坂村先輩は辛島部長の強引な企画に反対している。さらには友人との旅行を部長立案による合宿でキャンセルする羽目になったというのは、腹立たしかったに違いない。

 もちろん名前で疑っているつもりはないのだが、条件としては犯人として慎重に考えなくてはならない人物であるのは間違いない。

 また、残念ながら被害者のガールフレンドたる戸川先輩の疑いも強い。当然痴話喧嘩も原因となりうるし、実務的な面では会計担当と企画者との摩擦も諍いを招きうる。昨晩の自由時間、坂村先輩と過ごしていたとは話すが、それ以上話そうとしないし、アリバイ自体がふたりで示し合わせたものだったら仕方がない。

 ほかに疑うべきがあるとすれば、宮崎部長を挙げることになる。サイクリング部部長と天文部部長は犬猿の仲だから、ともすれば口論するに至るとも考えられる。留川が言うように「ずっとゲームをしていた」なら犯人候補から外れることにはなるものの、あいにくもう出発してしまい話を聞くことは叶わない。

「まずいな……」おれはつい独言を漏らした。「机上の空論じみている。膏薬はどこにでもつくからな」

 辛島部長が戻ってからというもの、あまりにも怪我の程度が重いことは誰にとっても自明のことであるから、「誰かが突き落としたのではないか」という疑いが少しずつ現実味を持った理屈として漂いはじめてしまい、質問をして回ることが許されなくなってしまった。安斉先輩のように飄々としていればいいのだが、それが坂村先輩となると、そうはいかない。

 おれの人を見る目が確かなら――坂村先輩は多くの部員たちから不穏に思われているし、反対に坂村先輩のほうも自分が怪しまれていることに勘付いている。

 高橋先輩が夕食の準備ができたから食堂に来るよう言って回る。午後になってからはさっぱり新しい情報を仕入れられなかった。それができる空気ではなかった。

「岩出くん」

 同室のメンバーから少し遅れて部屋を出ると、ドアの陰にいた戸川先輩に呼び止められた。頭の中は坂村「ミホ」先輩からどう話を聞くかでいっぱいだったものだから、いわば「依頼人」である彼女のことをうっかり失念していた。

「『頼れる人』と連絡は取れた?」

 まっすぐおれの目を覗き込んで問う先輩に対して、おれは目を逸らしたくなる心地に耐える。

「実は……上手くいっていなくて。進捗はいまひとつです、すみません」

 彼女は首を横に振った。

「いいの。いま下手に掘り返しちゃまずいよねって話をしようと思っていたから」

「はあ、そういうことでしたか」

 俯いて、ふうと小さく息を吐いた。それが失望を意味するのか、安堵を意味するのか、おれにはよくわからなかった。もともと戸川先輩も表情の変化が大人しい。

 自分の言いたいことだけ言えれば満足だったのか、何も告げず彼女は身を翻そうとする。ちょっと、とおれが止めるのに戸惑いはなかった。おれに探りを入れるなと言うのなら、それは少なからずおれに怪しまれることを意味する。しかも、戸川先輩本人のみならず、彼女の言葉に登場する坂村先輩までも疑われることになる。それなのに、どうして平然と立ち去れるのか。

 うん? ととぼけておれの声に耳を傾ける。

「心配していたとおりになってきたのはわかります。犯人捜しなんて物騒なことはしないで、事故だったことにしたいのもわかります」

「うん」

「でも、いま中止すると、昨晩部屋で話していたふたりの疑いは晴れません」

 数秒の間。彼女はおれの言葉をじっくりと咀嚼したうえで、

「ううん……それでも、私や実保が犯人じゃないってことは、法人がわかっているから」

 本末転倒、竜頭蛇尾――そんな言葉が思い浮かんだ。

 彼女の中での論理が定まっていない。それとも、前言を覆す必要を生じさせることが起きたというのだろうか。

 天文部員は皆、何かを隠そうとしている。そして、それによって守られるのは個々人の体面や部員同士の和などではなくて――



 夕食後部屋に戻り、フリーメールのアカウントにログインする。今晩も部活のものではなく、個人のものだ。今夜の観測までの二時間の自由時間のうちに、もう一度アプローチしてみようと考えていた。

 どうせ上手くはいかないだろう。状況を伝えるメールを送り、アリスがそれを読んでくれるならそれで充分だ。小説を改変しないつもりとは言っていたが、真面目なアリスのことだ、少なからず配慮すべきだと感じているはずだ。

 ところが、メールボックスで「想定外」に出会うことになる。


『岩出さん。昨晩は失礼しました。せっかく拙作を心配してもらえたのに、一方的に改変しないと言うだけで取り合わなかったこと、謝らせてください。失礼な態度をとって、ごめんなさい。今回の件についてその場にいない自分がどれだけ役に立てるかはわかりませんが、やはり自分にも関係することなので、可能な限り協力します。メールでは不便でしょうから、以下に無料のチャットサイトのURLとパスワードをお伝えします。そちらで連絡を取りましょう。お待ちしています』

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