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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
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7-9 ゴキゲンな生物部員

 階段にいると一階の賑わいも少しばかり聞こえてくる。

 何やら玄関、ロビーに複数の人の気配があるので行ってみると、

「あ、諒じゃん! こんなところで会うなんて偶然だねえ!」

 聞き覚えのある甲高い声、独特の抑揚を持った口調、リンゴのような頬にお団子頭――生物部員の一年生、岡本唯花である。

「天文部の取材でな」

「へえ、なるほどぉ」

 間延びした返事、おそらくちゃんと話を聞いていない。そもそも、合宿の届け出一覧を見ていればおれがここにいることを知っていたはずだから、本来問うまでもない。

 岡本がいるとなると、その隣には級友たる川崎もいる。昼食に戻ってきたのだそうだ。

「炎天下のフィールドワークか。生物部もきつそうだな」

「ほんと、毎年十人は熱中症が出るらしい。俺もそのひとりかも」

 川崎はソファに身を投げ出し、首に巻いていたタオルで風呂上がりの如く濡れた髪を拭いている。

「そういえば、生物部はきのう夜が遅かったみたいじゃないか」

 自販機でペットボトルの水を購入する岡本に問うと、彼女は真っ赤な顔をいっとう上気させて早口に愚痴を並べる。

「そうそう、そうなの! 八時にご飯の時間になって、九時からは一時間もぶっ続けでミーティング! それからお風呂だから、寝るときにはきょうになってたもん。これが四日も続くなんて拷問だよ」

 あのさあ、と川崎が口を挟む。

「お前、暑苦しいから静かに喋ってくれよ」彼は岡本に苦言を呈してから、子どもが秘密を漏らす口調でおれに訴える。「ミーティングだって、岡本が忘れ物なんかして取りに行く時間がなければ、もう少し早く終わる予定だったのに」

「ああ、そういう川崎だって」彼女も口を尖らせて、睨み返し、言い返す。「ひとりだけトイレに抜け出したじゃん。しょっちゅうトイレに籠って、どんだけお腹ゆるいの?」

 暑さのためか、ふたりの戯れは五月のころよりも子どもっぽい。

「なあ、ふたりとも。それぞれいつごろミーティングを抜けたんだ?」

 生物部がミーティングで缶詰になっている時間に事件が発生したわけだが、岡本と川崎が退室したタイミングによっては、事件についてのヒントを得られるかもしれない。

「どうしてそんなことを訊くんだ?」

 川崎が素直に疑問を口にする。ああ、と上手く説明できないおれに助け舟を出したのは、意外にも岡本であった。

「ううん、九時半ごろだったかな?」

 ペットボトルの蓋を捻りながら、おれに小さくウィンクを送る。そうだった、岡本はおれが五月に何をしたかを知っている。今回もそういうことをしているのだろうと汲んでくれたのか。

 自分だけ答えないのも変に思って、川崎も情報をくれる。

「俺は九時一五分ごろだったかな。腹が痛くて、戻るのに十分くらいかかった」

 ということは、川崎は事件の直前に、岡本は事件の直後に廊下を歩いていたことになる。言い争いなどを聞いたというなら、充分に頼れる証拠になる。

 具体的にどのようなルートを通ったかを問う。

「南棟の東階段を上って、北棟の部屋に行ったよ」さっと答える岡本。

「中央階段の脇のトイレまで真っ直ぐ歩いた」釈然としないふうの川崎。

 ミーティングルームは南棟の一階、東の端にあるから、両名とも中央階段の傍を通ったことになる。

 何か妙なことはなかったかと問う。

 岡本は残念そうな顔をして首を横に振った。

「ああ、そういえば、帰りに階段の下を通ったとき……」一方で川崎は遠い昔を思い出すかのように言葉を絞り出す。「強い口調で誰かが喋っているのが聞こえたな。男の声だった」

「本当か!」声が大きくなる。それから、冷静になって質問を重ねる。「どんなことを話していたとか、詳しくわからないか?」

 いやいや、と有力な情報元は手を振った。

「そこまで聞いてないよ、声が遠くて内容まではわからなかった。それに、喧嘩だとしたら巻き込まれないうちにさっさと立ち去るってものだろう」

 確かに、証言だけで当時を探るには限界がある。むしろ「九時二五分ごろに何者かが声を荒げていた」という大きな手掛かりを得たことを喜ぼう。

 礼を述べて、変なことを訊いたと簡単に謝った。どうしてこんなことを訊いたかは気にしないでほしい、とも。川崎は怪訝な顔を崩すことなくロビーを去っていったが、岡本は班のメンバーを先に行かせ、少しだけ言葉を交わす。

「ありがとう、岡本。おかげで川崎がすんなりと話してくれた」

 にやにやと口角を上げながら、岡本は「どうってことないよ」と返した。

「それにしても、諒さ、何か変わった?」

「へ? ……そりゃ、コンタクトに変えたしな」

「ああ、うん。それもそうだけど、そうじゃないよ。その……どこか違う気がする」

 こうも曖昧に言われても、おれは適当に笑って首を傾げるしかない。

「まあ、とにかく頑張って」

 彼女はこれ見よがしに下手なウィンクをした。



 しばらくロビーで涼んでいると、辛島部長と後藤先生が病院から帰って来た。

「思ったより痣がたくさんできて驚いたけど、それだけだった。鼻血は気を付ければ問題ないらしい。今夜の観測は予定通りできるし、先生もやらせてくれるって」

 嬉しそうに語る彼の身体には、おれから見えるだけでも三、四枚は湿布が見える。Tシャツに隠れているものも含めれて想像するに、もし自分にそれだけの数の痣ができたなら、グロテスクなあまり自分の身体とも思いたくなくなるだろう。

「痛むなら無理しないでくださいね」

「大丈夫だってば。ぴんぴんしてる」

「それにしても、派手に転びましたね。いったいどんなふうに転んだんですか? 顔まで打ったんですよね? ああ、考えただけでも痛々しい」

「どんなふうにって、そりゃあ……普通に、足を滑らせて。そしたら、ドーンって」

 彼はおれと目を合わせていなかった。おれに対して、いや、みんなに対して何かを隠している――という心配が杞憂だといいのだが。

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