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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
47/58

7-8 事件当時

 結局アリスがこちらのことに口を出す気はないとなると、おれはひとりで調べを進めることになる。辛島部長が病院へ行って不在となった宿舎で、退屈に時間を潰していく。辛島先輩が出発するよりも早く、サイクリング部員は次の目的地へと自転車を走らせて行き、生物部員たちもフィールドワークへと出かけて行った。

 とぼとぼとロビーを歩く。自販機で何か買って飲もうかな、などと悩んでいると、その隣に並んでいるゴミ箱が目に入る。

「プリペイドカード?」

 燃えるゴミの中には異様なほどの量が捨てられていた。インターネット上での買い物、主にゲーム内のアイテムに代金を支払うそれらは、学校の施設に似合うものではない。十枚はないにせよ、それに迫るほどはある。金額にすれば、おれの小遣いと食費を合わせても数か月分に及ぶだろうか。

 この合宿所では、宿の使用を終えたときにこの共用のゴミ箱に各部屋で出たごみを運んでくるルールがあるから、サイクリング部から出たごみであろう。

 部屋に戻って留川に声をかける。彼は昨夜の自由時間、サイクリング部員たちと過ごしていたはずだ。

「ああ、あれね。宮崎先輩が捨てたんだろうな。きのうはずっとゲームしてたから。充電器で携帯をつないで、消灯になっても手放す気配なんてなかった」

 やはり留川もそう言って呆れていた。

「あれ? 消灯の時間までいたのか?」

 声色を変え、ごくありふれた世間話をするふうに尋ねた。留川からきのうの真相に迫るヒントを探れないかという試みだ。

「サイクリング部は消灯が九時ごろだったんだ」

「ええ? それは早いな」

「朝早く出発するから」

「ああ、なるほどね。そうか、お前の入浴が遅かったのは、時間いっぱいまで隣の部屋にいたからか」

 うん、と彼は適当に相槌をした。彼が屋上に辛島先輩の転落を伝えに来たとき、彼の髪は濡れていた。入浴直後だったのだろう。

 そして、消灯時間以降に入浴したというのが事実なら、留川が辛島部長を転落させることは不可能となる。辛島部長の案に反対していたようだし、第一発見者とあって疑わざるを得ない彼だから、サイクリング部と過ごしていたことと、九時三〇分ごろに入浴していたことを上手く確認しなければならない。サイクリング部と一緒にいたこと自体が嘘だったり、入浴がもっと前の時間だったりする可能性を排除するのだ。

 とはいえどうやって確認したものかと廊下を歩いていると、ばったり安斉先輩と鉢合わせる。

「あ、岩出。また内情を嗅ぎまわっているわけ?」

 ひどい物言いである。

「おれがいつ嗅ぎまわったと?」

 顔をしかめるおれを、彼女は鼻で笑った。

「もちろん聞いてるよ、方々で首を突っ込んでるって。今回もそうなんじゃないの?」

「……あまり気持ちのいい言われ方ではありませんが、まあ、考えてはいます。辛島先輩が誰かに突き落とされたんじゃないかと。デリケートな問題ですし、アリスの小説にも似た状況なので、慎重に」

 ああ、またアリスの話ね、と安斉先輩は頭が痛いという顔だ。

「そんなにアリスの心配をする必要なんてないと思うけど。春から何度もあしらわれて、岩出も懲りないね。先方もなかなか強情みたいだし、向こうは別に今回の件なんてどうとも思っていないんじゃない?」

「…………」

「まあいいや。面白そうだから協力しないでもないよ」

 この言われようでは訊きにくいったらない。しかし、安斉先輩も昨晩妙なタイミングで医務室に現れた。犯人と疑いたいわけではないが、何をして過ごしていたのか気にはなる。訊いておくべきだろう。

「きのうの自由時間、特に九時三〇分ごろ、どこで何をしていましたか?」

 おれをからかって少しいい気分だったのか、安斉先輩は遠慮のない問いにどこか面食らったようだった。だが、おれの前で動揺を見せる彼女ではない。

「ロビーで本を読んでた。悪いけど部屋を空けてほしいって実保が言ってきたから」

「坂村先輩が?」

「そう」

「ひとりでいたんですか?」

「そう」

 ということは、この時点で安斉先輩を犯人候補から外すことはできない。

 陽光に輝く黒髪のセミショートを揺らし、彼女は悪戯っぽく首を傾いだ。

「もういい?」

「あ、では、もうひとつ。その時間、留川を見かけませんでしたか?」

「それって、天文部の一年生の男子? それなら見たね。お風呂上りだったみたい。中央階段を使うつもりだったのか、ロビーを横切るところだった。そのすぐあとに辛島を見つけたみたいで、私がよくわからないうちに騒がしくなっていったね」

 ということは、まだ留川が犯人である可能性は残るわけか。いや、そもそも安斉先輩の言葉に嘘がないかも検討の余地がある。それには昨晩の戸川先輩の証言を確認するのと同じことで、つまり坂村先輩が本当に戸川先輩とふたりで部屋にいたのかを検めることになる。

 おれの礼を待たずして、安斉先輩は北棟へと去っていった。



 ところで、留川や安斉先輩の潔白を証明するにあたっては、辛島部長が転落した時間というのをもっと細かく掴んでおく必要がある。せめて五分単位くらいだろうか。留川が高橋先輩に報せに来たのが九時四〇分ごろだったから、九時半頃の行動を問うて回っているわけだが、背中を押す程度だったら何分とかかることではない。

 それでも、背中を押すだけということはなかろう。階段の踊り場を訪れると、まだ拭き取れていない血の跡が生々しく残されている。べったりと付着してしまったらしい。そう、これだけしっかりと跡が付いたということは、数分程度は倒れていたということだ。留川も倒れていたところを発見している。そして、立ち上がれないほどの事態であり、それこそ深刻な鼻血をもたらすとなると、殴られるくらいはあったと考えた方がいい。

 よって、数分間の口論などあって落とされたとみるべきだ。

 階段を戻り、二階に上がる。この場所で揉め事があったということになるが、どの部屋までならそのやり取りは聞こえていただろうか。暴力沙汰になるくらいだから結構な大声を出したとも考えられるが、いくら何でも夜にそこまで派手なことをするとは思えない。サイクリング部が就寝したその時間、もし騒がしくしたとして宮崎部長がどう思うか。機嫌を損ねたら厄介なことは共通に認識している。

 揉め事の声を聞いたという証言があったとしても、廊下での話でなければ信用に足らないかもしれない。

 二階から踊り場を見る。

 数段に一度、赤黒いプロットが落ちている。

 屋上へと続く階段へ目を移す。

 下から一段目と三段目、二か所に小さな赤色が滲み、その傍にはかすれた跡があった。

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