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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
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7-6 ふたつの輝き

 ロビーではジュースを飲むなどしつつ何かと長話をしていたものだから、改めて屋上に来たのは二一時二〇分ごろであった。おれと部長は入浴のための荷物を部屋に戻さなくてはならなかったので、ほかの三人から数分遅れて屋上へ上った。

「これはすごいな、肉眼でもよく見える」

 ペントハウスの扉を開けてすぐ、頭上で輝いている星々に見惚れてしまう。おれの住んでいるあたりも街中に比べればよく見えるほうなのだろうが、だからといってこの地の空とは比にならない。

 星には疎い。けれども、夏の大三角形くらいは中学校の理科で教わっているから、強く輝く三つの星――アルタイル、デネブ、ベガ――がまず目に入る。すると、それを基準として星空の視界がぱっと開ける。当然星はもとからそこに輝いているのだからおかしな話なのだが、要となる輝く三星があたかもおれに星を見せているかのようだと、素直にそう思うのだ。

 あのあたりのまとまった星たちはきっと天の川だろう。天の川だとわかると、決して星に詳しいわけではないのに、夏の空を見ているのだな、という懐かしい心地になる。星の輝く空を見ていると、不思議と微笑んでしまうのだ。

 屋上にはおれたちに先立って階段を上った三人のほか、高橋先輩もいた。部屋が思いのほか暑かったので、星を見がてら涼んでいたのだという。

「よかった、天文部員を待っていたんだ。天文台は鍵こそ開いているけれど、中がまだ散らかっていて片付けの手が必要だったんだ」

 夕方のうちにやっておけばよかったな、と高橋先輩は俵を手招きした。とはいえ、俵も戸惑ってしまう。彼女も部員とはいえこの場所に来るのは初めてだから、天文台の機材をいじるというのは少々難しい相談だ。

 無論、新聞部員のおれも部長も水橋も田橋も、高橋先輩のいう作業について知っているところはない。二年生部員は困り顔だ。

「ううん、俺がわかってるからたぶん大丈夫なんだけど……参ったな」

「留川もあとから来るし、部員が揃ってからやればいいんじゃないか? 後輩たちが作業を見て覚えられるし、こちらの都合を言うのはなんだが、写真も撮りやすければ質問もしやすい」

 三倉部長の提案に、高橋先輩は首を捻っていくらか考えてから、まあいいか、と頷いた。三〇分以上も前から準備することもないな、と。

 後ろ手に手を組みなどして胸を張って天を仰ぐ。

 ああ、空が広い。

 ――上を向いているだけなのに、大の字になって仰向けに寝転んでいるのと同じくらいに思える。そう、絶対的、客観的な意味で広いわけではない。相対的、主観的に大きいのみだとはわかっている。でも、そんなことを考えるのは野暮というか馬鹿馬鹿しいというか、どうだっていいじゃないか。この感動を大切にできなくてどうするのか。

「岩出くんは天体とか詳しいの?」

 俵の問いに、少々気恥ずかしくなって答える。

「ああ、いや。あまり知らない。いままで星座とか、星占いとか、そういう関連の伝説とかには興味を持ってこなかったからな」

「それも少しわかる。授業だと暗記ばっかりで眠いだけだし」

「そういうこと。いまとなっては、面白そうに思う」

 空全体を丸々見て満足していては仕方がない。ひとつひとつの星に注目してみたいと思っていた。この場だけの関心なのかもしれないが、そういう心地よさに浸っている。

「じゃあ、私が好きな星を見せてあげよう」俵はおれと話しながら望遠鏡の調節をしていて、たったいまそれを終えた。「ほら、覗いてみなよ」

 水橋や三倉部長も手招きされた。たまたま一番近くにいたおれが最初にレンズに目を付けた。

 見ると、拡大された円形の中にも無数の星が光り、その中央のふたつの大きな輝きにピントが合わせられていた。オレンジとブルーが並んでいる。

「アルビレオ。デネブがはくちょう座の尻尾なのは有名だけれど、こっちは嘴。二重星だね」

「二重ってことは……ふたつでひとつなのか?」

「そうそう。人間がそう言っているだけで、本当は太陽系五五個ぶんも離れているんだけどね」

「そんなに離れているのか……果てしないな」

 遠目から見れば重なった橙色と青色も、拡大すればするほどそれぞれの輝きが強くなる。実際の距離は数字でしか表現できない、それこそ天文学的というべき値だ。しかも、白鳥の嘴の話であるから面白い。

 水橋や田橋たちも交代でアルビレオに驚嘆の声を上げていった。天空の星が眼前に迫って見えること自体が新鮮にして強烈な感動をもたらす。ロマンチックというほどではないにせよ、小さな自分と大きな宇宙とを対比する非日常的な快感を味わう。

 しかし、使い古された野暮な言い方をするならば、それも束の間であった。

 ペントハウスの重い扉がばたん、と物々しい音を上げたので振り返ると、髪の濡れた留川がいて、その隣の高橋先輩が憔悴して捲し立てた。


「い、いま留川から聞いた話なんだが、法人が階段で転んで怪我したらしい! ひとまず一階に下りよう、医務室へ行くぞ」

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