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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
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7-5 友人

 合宿や修学旅行、林間学校などで訪れる宿舎で食べる最初の夕食は、おおよそカレーと相場が決まっている。違いはせいぜい付け合わせが福神漬けからっきょうかの差しかない。今回はらっきょうで、それが苦手な水橋や留川、三倉部長などに押し付けられた。おかげでカレーを食べた気がしない。

 二二時からの観測まで二時間ほどの自由時間となる。この間を利用して入浴を済ませたり仮眠を取ったりだ。食堂は入れ替わりに生物部が使いはじめ、サイクリング部はどうやらおれたちより前に食事を済ませていたらしい。

 生物部が到着してからは賑やかだったが、彼らが食事の時間になって一斉に食堂へ移動してしまうと、廊下は一転して閑散とする。窓の外では先刻屋上にいたときよりも群青色のコントラストがはっきりとして、一方では空と山の陰との境が曖昧になってきていた。ひとりで歩いていると普段とは違う場所にいることを強く意識させられる。

 トイレから部屋に戻ると、畳敷きの中央で三倉部長がひとり胡坐をかいていた。

「ひとりですか?」

「ああ、高橋と田崎は先に風呂に行ったぞ。留川はサイクリング部員に友達がいるらしく、そっちに行っている。辛島は……どこだろうな、とにかく外出中。俺たちもさっさと済ませようぜ」

「はい……あ、待たせていましたか」

 そういうこと、と三倉部長はビニールの巾着袋をくるりと回して肩に担いだ。

 浴場に向かうには一度宿舎の外に出ることになる。南棟一階東側の突き当りにある会議室の脇に扉があり、そこを出て渡り廊下と下り階段を経て辿り着く。腕時計を見ると、八時二〇分になろうというところ、部屋からは五分ほどかかった。

 脱衣所に入ったところで、田崎と高橋先輩に出くわす。

「早いな、ほかに誰か入っていたか?」

「いいや、誰も。僕たちが一番風呂だったよ」

 じゃあ辛島部長はどこにいるのだろう、という疑問は、問わずとも湯上りで頬を上気させた高橋先輩が答えてくれた。

法人(のりと)なら戸川と仲良くロビーにいるみたいだ」

 からかったその口調は、むしろどこか高橋先輩が惚気ているかのようだった。

 おれたちが服を脱ぎ終えるより先に、田崎と高橋先輩は先に部屋へと戻っていった。

 合宿所の風呂など何があるというわけでもない。ただ大きな浴槽があって、湯が張られているのみ。体を洗ったおれと部長は、広さを持て余しつつ湯に浸かった。

「去年の合宿はどの部に同行したんですか?」

 すでに肩まで浸かった部長は、首だけ振り返った。

「卓球部だった」

「どうでした? まだ部長になるとも思っていなかった時期の合宿は」

 一年生で集まってトランプをしていたときの話を思い出していた。そのとき傍で聞いていて興味のない素振りをしていた二年生は、ううん、と唸りながらまたおれに背を向けた。

「どうって、そりゃ岩出と同じさ」

「特別に先のことを考えるでもなく、ただ部員として過ごしていたということですか?」

 はは、と部長にしては珍しく声に出して短く笑った。

「つまりそういうことかもしれないが、部活とは別のことに執心していたのさ」

「おれがアリスのことばかり考えているように?」

 何度か大きく頷いた。

「違う高校に通う中学時代の友人が少々厄介な調べ物をしていてな、面白いと思って手伝っていた」

 正直なところ、可能なリアクションは「はあ」しかない。そういえば、新聞部への入部を決めたとき、「あのときのあいつみたいだ」と呟かれた。その人物の話だろうか。

「あいつは岩出とはちょっと違ったタイプだが、やっぱり相当真面目な奴でな。計画的で頭の回転もなかなかのもの――でも、想定外のことが起こるとすぐに自爆する。俺ぐらいの友人がいてちょうどいいんだろうさ」

 彼はどこを見つめて語っているのだろうか。

「その厄介な目的は果たせたんですか?」

「もちろん、俺の活躍もあって夏休み中にはケリをつけたさ。……だが、燃え尽きたのか、それともよほどの衝撃を受けて我を失ったのか知らんが、あいつは随分人が変わったというか、色々とモノを斜に見るようになっちまってな。いまとなってはあまり連絡を取っていない」

「…………」

「まあ、お前も星宮アリスの正体を明かしたからって、それで新聞部を抜けるなんてことはするなよ。部員が足りないんだから頼むぜ?」

「辞めませんよ、新聞部の活動は楽しいので」

「それはよかった。それなら大丈夫とは思うが、ひとつアドバイスすると、良い友達を持っておくといいぞ。それこそ、いずれ星宮アリスを見つけたときに自分を見失うことがないように」

 お前なら星宮アリスと仲良くなりそうだがな――

 部長はそう言って浴槽を出た。



 真っ直ぐ部屋には戻らず、何気なく部長とともに中央階段の方向へ廊下を歩いてロビーへ出ると、一年生たち――田崎、水橋、俵――がソファに座って談笑していた。

「あ、岩出も上がったね」

 葡萄ジュースのストローを咥える水橋も髪が濡れている。

「……戸川先輩と辛島先輩がいると聞いていたが」

「辛島先輩は知らないよ? 祐未子先輩ならさっき部屋にいたのを見たけどね。直巳先輩と実保先輩も一緒だった」

「まあ、そろそろみんな入浴を済ませるころだからな」

 ふと、先ほどの部長の話を思い出す。

 水橋や田崎は果たして部長の言うような、おれがおれらしくいられる友人なのだろうか。

「どうした?」

 怪訝な顔をする水橋にはっとして我に返る。

「いいや、何でもない。これから十時までどう過ごすつもりなんだ?」

「ううん、三人で早めに屋上に行く予定。岩出と三倉先輩は?」

 普段と違う空間にいると、普段とは違うことを少し背伸びして語りたくもなるのだろう。誰が友人かだなんて、恥ずかしくて考えもしないことを。

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