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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
43/58

7-4 夕焼けの屋上

 当初手も足も出ないかと思われたものの、俵がいい具合にかき回してくれたおかげで二番上がりの健闘ができた。その後四回ほど繰り返され、大富豪にはならずとも大貧民にもならず、堅実に乗り切った。

 トランプゲームは二年生女子の参加や辛島先輩たちが戻ってからも続けられたが、こうも人数が多くては面白くないということで切り上げられた。

 無為に時間を過ごしていても仕方がないので予定を変更し、寮長さんや後藤先生にも許可を取ったうえで観測の準備をすることに決める。通り雨の気配はないから、明るいうちに持ち込んだ望遠鏡を屋上へと運びセッティングも済ませてしまうのだ。新聞部も駆り出された。

 北棟の屋上に天文台があり、面積の半分ほどを占めている。南棟の屋上はタンクなどがあって入れないので、望遠鏡を並べるのは階段の出口となるペントハウスと天文台との間のスペースだ。

 しばらく冷房で涼みながらカード遊びに興じていたせいか、二階から屋上の短い道のりで器具を運んだだけでもじわりと汗が滲んだ。重い扉を開いても外はまだまだ蒸し暑く、手早く終わらせたい思いがかえって作業時間を長くする。

「天文台の望遠鏡だけじゃないんですね」

「もちろんそっちがメインだけど、それだけじゃ味気ないからな。自分で一から調節するのも醍醐味でしょ」

 高橋先輩が手で筒を作りながら笑顔で答えてくれた。

 すると、背後でシャッター音が鳴った。振り返ってみれば坂村先輩が携帯電話を使って写真を撮っていた。映す対象をいくらか替えながら、続けて二、三度シャッターを下ろす。

「何の写真を?」

 彼女の近くにいた水橋が問う。

「SNSに投稿するんだよ。天文部のアカウントでね。二年くらい放置されていたんだけど、去年の冬から再開したの」

 ということは、これも辛島部長の提案なのだろうか。だとしたら坂村先輩とはすべての企画で意見が合わないわけではないのか。

 投稿は何かイベントがあるときに限り、外部からのコメントを受け付けない設定のうえで活動報告を行っているのだとか。機械が最も得意で普段からSNSを利用している坂村先輩が担当している。

 きょうの夕食後にでもセッティングの様子を映した写真とともに、合宿の開始を伝えるという。終了の日に実際の観測の風景をアップするつもりだそうだ。

「新聞部にはできそうにないな」この集まりの中でパソコンなどの扱いに最も長けているであろう三倉部長は、感心した声を上げている。「西野先生なんて今時テストも手書きするくらいの機械音痴だから、面倒くさがってお許しが下りないだろうさ」

「いやあ、俺はそれでいいと思うぜ」高橋先輩の口元は微笑むが、目元は苦々しい。「SNSなんてややこしい代物には手を出さないほうが楽だって」

 どうやら高橋先輩もまた機械が不得手なようだ。

 聞くに、後藤先生から許しをもらうのもそれなりに大変なことだったという。肖像権とか著作権とかを理解できているのか、もし炎上したらどうするのか――大人にしてみれば心配事は山とある。そうして、制限の多い現行の形で手を打った。上手くいかなければ生徒指導部をも交えた会議になった可能性もあったという。そうなったら間違いなく実現しなかっただろう、と坂村先輩がどこか自慢げに振り返った。

「でもさ、実保この前、アプリが更新されてからSNSの動作が悪くなったって投稿してなかった? あれは解決したの?」

 辛島部長と一緒に作業していた戸川先輩が思い出したように尋ねた。たぶん大丈夫、と坂村先輩は手を振る。機械音痴の二年生部員は「それみろ」と子どもっぽく口を尖らせ呟いた。

「まあ、隆一(りゅういち)もどういう投稿がされたかくらいチェックしてくれよ。いくら苦手でもそれくらいできるだろ、検索すりゃ出て来るんだから」

 辛島部長が高橋先輩をからかう。言われなくてもやってるよ、と応戦。

 機材のセッティングが終わろうとしているとき、下のほうから賑やかな声が聞こえはじめる。東に面する手すりに歩み寄ってみると、眼前の中庭には人だかりができている。見下ろす格好だから死角もあるし、おれの目もさほど良くはないから正確にはわからないものの、ざっと一クラス程度の人数はいるらしい。

「何を見ているの?」

 下を気にしているおれを見つけた安斉先輩が問う。

「どうやら生物部が到着したみたいで」

「ああ、そういえば生物部も来るんだったね」

 おれたちが一週間滞在する合宿所には、同じく生物部も一週間泊まってフィールドワークの日程を組んでいる。生物部は四〇人超の大所帯で、部屋のほとんどは生物部が使用するそうだ。少人数のサイクリング部がここを中継地点として今晩のみ滞在するのとは対照的である。

「わかってはいましたが、この人数だと相当賑やかになりそうですねぇ……」

「でも、その代わり夕食やお風呂の時間はずれているし、私たちの自由時間にはミーティングをやっているみたいだから、そこまでうるさくは感じないんじゃない?」

「へえ、そうでしたか。というか安斉先輩、向こうの日程まで知っているんですか」

「まあね」

 生物部員たちが多少騒がしくなっても、おれは気にしないつもりだ。でも、「うるさい」というワードで思い出されるのはサイクリング部の宮崎部長であり、彼が今年また機嫌を損ねて面倒なことにならなければよいのだが。

 その宮崎部長がビニール袋を片手に中庭の端を歩いているのが見えた。何か買い物に出ていたのだろうか?

 さらりと涼しい風が汗ばむ首筋に心地よい。もう夕食の時間だ。

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