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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
42/58

7-3 階級闘争

 窓からは緑に囲まれた六面ものコートや黒土のダイヤモンド、天然芝と思しきフィールドなどが見渡せる。さすがは大学施設の充実ぶりだ。

 合宿所に着いてもしばらくは自由時間である。荷物を置いて一息ついても、やることがない。次の行動は夕食で、それにもまだ時間があるし、夜の観測の準備も夕食後を予定している。本番は夜、それまでまずは旅の疲れを取るということか。

 宿舎はL字型になっており、北棟と南棟に分かれている。北棟は四部屋あって主に女子が使用、南棟の六部屋では男子が寝泊まりする。男子部員たちは両部合同の六人で一部屋、L字の角にあたる中央階段に最も近い部屋で過ごすことになった。隣室ではサイクリング部員たちが休んでいる。

 辛島先輩と高橋先輩は丘を下りてコンビニへと出かけて行った。三倉部長はタブレット端末を起動し自分の世界に引きこもる。おれはおれで、どうしようかと悩むまでもなく、田崎と留川が準備をはじめたトランプに誘われることになる。水橋と俵も女子部屋のほうから呼び出された。二年生の女子たちは後から参加することになったらしい。

 定番の遊びとして大富豪が提案される。しかしこれがまた議論を呼ぶもので、まず呼称からして「大富豪」か「大貧民」か、それとも「階級闘争」かで揉める。正直どれでもいい。続いてルールが議論される。これにはそれぞれ得手不得手があって勝負の結果に直結しかねないから、八切りとは何かとか、縛りは面倒だとか、お前の言う階段と自分の言う階段が違う、七渡しなんて聞いたことがない――などとなかなかの白熱を見せる。

 どのようなルールにせよ、始まってしまえば楽しいものは楽しい。

「天文部も三年生になった時点で引退なの?」

 水橋がスペードの4を場に投じながら問う。

「そうだよ。辛島先輩も四月から部長になりたて」

 次の番の俵がスペードの6を出す。縛りはないかと留川が余計な心配をしてから、そのルールが採用されていないことを確認してハートの7を投げる。

「もう夏だから来年のことも少しは考えなきゃいけないんだよね」

 田崎がクラブのジャックを投じた。イレブンバックは採用されているから次の順番のおれは少し安心したが、田崎はそれを宣言しない。やむなくパス。

「田崎も岩出に劣らず真面目だなあ。ボランティアとか兼部してるし」

 水橋が心の籠らない声で讃える。キングで田崎に対抗する。これには全員がパスをして、水橋から再開される。新たな親はむごいことに、いきなり9を二枚も出してきた。

「スミレも英語部やってるんでしょ? 熱心だよねえ」

 今度は俵が水橋に感心しながら二人組の王様に勝負を託す。みな決断が早い。留川は苦虫を噛み潰した顔でパスをした。

「兼部なんてうちの高校じゃ当たり前のことだよ。まあ、兼部をしていない岩出が部長になるんだろうけど」

 田崎は二枚のエースでねじ伏せる。階級が決まる前から、彼は潤沢な資金をお持ちのようだ。次の親は田崎に決まる。

「おれの性質(たち)は部長に向かないと思うがな。というか、そこに三倉部長がいるじゃないか」

 三倉部長は窓際の壁に寄りかかり、おれに名前を出されてもタブレットから目を離さないまま、ひらひらと手を振った。いまは集中しているから話しかけないでくれ、というサインらしい。

「で、辛島部長はどんな感じなんだ? おれたちが二年で部長になる実感がないように、いまの二年生だっていきなり部長になったんだから」

 おれは田崎が出した3に勝つべく4を出した。まったく、おれの手札にはろくなカードがない。

「確かに、辛島部長も不慣れな感じだよね」

 俵がそう言いながら、水橋に続いてさっとカードを出した。まだ勝負に動きはない。

「そうだな。まとめられていないことはないんだけど」留川が俵の言葉に同意する。「坂村先輩はあまり気に入っていないみたいだし」

 それはどういうことかと尋ねながら、田崎がカードを出した。またおれの手持ちには手に負えない大きな数字。とはいえこのまま躊躇っていては仕方がない、打って出た。しかし、直ちに水橋によって鎮圧される。

「いままでとは違うことをしたいらしいんだよね、辛島部長は」

 俵が水橋のカードを抑え、親になる。「例えば?」と問うと、留川が答える。

「文化祭でプラネタリウムをやろうって。去年までは展示だけだったんだけど、今年は家庭用の器械を買って、部員が解説をしようって企画」

 俵の一枚目を軽くいなす。田崎も続く。おれも計画通り八切りで親になる。

「それがどう問題なんだ? 聞いた限り悪くないと思うけど」

 弱いカードで再開。平穏な立ち上がりかと思われたが、作戦があるのか、自信があるのか、唐突に水橋が数字を跳ね上げた。おかげで俵は手が出ない。

「まず器械を買うためのお金がね」俵が留川に手元を覗かれないよう警戒しながら答える。「会計は祐未子先輩の担当だからよくわからないけれど、うちらは観測会とか合宿とかいろいろ出費がかさむから」

「それに、解説するってのがな」留川もまた手元を隠しながら、水橋に勝てるカードを出す。「人前に出るのが得意なら、天文部には来ないよ」

 留川がそう大袈裟に言うあたり、彼はさほど辛島部長の案を気に入っていないのだろう。対して俵のほうはむしろ賛成か、日和見といったところだろう。

 田崎もおれもお手上げで、留川と水橋の一騎打ちとなる。

「留川も実保(みほ)先輩と同意見? へえ、知らなかった」水橋が悩んでいるあいだに、俵が困った顔を浮かべて語る。「まあ、実保先輩の立場も微妙だよね。高橋先輩は部長と仲良しで企画にも賛成みたいだし、親友の祐未子先輩も部長と付き合ってるんだからねぇ」

 やはりふたりは付き合っていたか。辛島先輩が戸川先輩を下の名前で呼んでいたから、薄々そういうことがあってもいいのではないかと思っていた。そしてやはり、水橋はまだまだ強いカードを持っていて、思い切って留川と競り合う。

 実のところ、先輩たちの交際関係よりも、ゲームの展開よりも、心の底では彼女の口から出た「ミホ」の名前におれはドキドキしていた。坂村先輩の名前なのだから焦る理由も必要もないのだが、おれには「美穂」に聞こえてしまう。

 留川は水橋のカードにまた勝利した。親となっていきなり強いカードで勝負を仕掛け、新聞部員たちをパスに追い込むが、俵にそれを食い止められる。瞬く間に場を仕切る権力を得た伏兵は、勝機を見出したのか、待ってましたと言わんばかりの自慢げな顔で四枚のクイーンを畳に叩きつけた。

「革命」

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