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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
文化祭特別号(夏休み取材編)
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7-2 長旅の車内

 合宿所へは、大きな荷物で周囲の乗客に迷惑をかけつつ急行電車に一時間ほど揺られたのち、ローカル線に乗り換えさらに一時間近くゆったりと進むことになる。乗車賃節減のために乗らなかった特急列車に何度も追い抜かれ、羨ましい思いをしながら、窓の外を眺めたり、眠ったりして過ごす。

 二両編成、座席も対面。エンジン音が不穏な古い車体。よほどの田舎だ。

「星宮アリス探しの進捗はどうだ?」

 おれの向かいに座った三倉部長が切り出す。車内は空いているから、この四人掛けのボックスの中ではおれと部長だけが座っている。隣のボックスには戸川先輩と坂村先輩がいて、ほかの場所に誰がどう座っているかは見えないが、おおよそ学年や性別ごとに固まって談笑しているようだ。

「おれなりの考えはまとまってきていますが、それに当てはまる現実の人物が絞り込めない、というところでしょうか」

 そういえばアリス探しについて、あまり他人に話さなくなっていた。やはり新聞部員との繋がりを警戒していたとはいえ、いつでもAlice Memoの存在を言いふらして近道できるところをわざわざ遠回りしているのだから、自分ひとりの考えに固執しては余計に時間をかける結果になる。

「当てはまる、というのは止したほうがいいぜ」三倉部長は窓枠に腕を置いて、淡々と語る。「無理やりな論理をこねくり回すことになるからな。理屈と膏薬はどこにでも、というやつだ」

 首肯。部長の言っていることは確かだ。

 しかし、文化祭特別号で『手紙を開くとき』が完結してしまうことを考えると、気持ちは焦る。十月以降アリスが新たに連載をはじめるかはまだわからないのだから、もし連載を終えてしまったら返却の機を逃すことになる。無論、おれがAlice Memoを持っていたせいで新作の構想に支障が出てしまう結果にもなりかねない。

 いままで複数回メールを送っても何も起こらなかった。夏休みのあいだに何かきっかけを作って、確実に返信が来るようなメッセージを発せればいいのだが。

「ねえ、いまアリスって言った?」

 思いがけず戸川先輩が隣の座席から身を乗り出してきた。彼女の向かい、おれの右にあたるシートでは、坂村先輩が船を漕いでいる。退屈しておれたちの話に聞き耳を立てていたのかもしれない。

「はい、おれが担当しています」

「そうなんだ。私、毎回読んでるんだよ」

 アリスの小説に感想が届いたことはいままでになかったが、毎回読んでいる生徒はそれなりにいるらしい。新聞部の新聞自体を読まない人がいる反面、読んでいる人ならアリスの小説も読んでいる、ということだろう。

 戸川先輩もそういうことだった。

「担当ってことは、直登を突き落とした犯人とかもわかるの?」

「いや……」

「読んだ限り愛羅あたりが怪しいよねえ」

 違う。

 愛羅は犯人ではない。Alice Memoにはちゃんと犯人が記されている。

 ただ、あの物語は確かにミステリではあるが、厳密には推理小説とは言い難い。犯行を直接に証明する証拠や場面は描かれず、犯人が明かされる場面というのは物語のクライマックスではあっても、それは登場人物を表現する演出でしかない。推理小説に欠かせない犯人捜しの過程や手続きが存在しないのだ。だから、どれだけ詳しく読み込んで綿密に論理を組み立ててもあまり意味はないと言っていい。

 そんな小説の犯人を言い当てていたとしたら、戸川先輩をアリスの演者として疑ったのかもしれないが、間違っているなら単なるいち読者なのであろう。敢えて間違えるにせよその意味とは何か。そう、垂れ目の彼女がアリスの演者だったとして、どうして自ら物語の内容についておれに話しかけようか。

 いままでおれに接触を図ってこなかった以上、今後もないに違いない。第一、Alice Memoにも『メールでしか対応しない』とあるのだから、おれに対してアリスをにおわせる接触は、彼女にとって「憲法違反」に当たる。

 おれの顔に「愛羅は犯人ではない」とでも書かれていたのか、なあんだ、と戸川先輩は欠伸した。

 シートに背中を預けこそしたが、正面の坂村先輩とは違って、戸川先輩のほうに眠ろうという気配は感じられない。むしろ、落ち着かないふうでもある。

 彼女に釣られたのか、部長まで大きく口を開いた。目の前で見せられると、おれまで眠くなってくる。まだ到着まで時間がかかる。おれは何を考えていたのかを考え、思い出せないままに眠ってしまった。


 路線バスで移動し、それからは歩いて小高い丘を登るとよく知った大学の名前が書かれた看板が目につく。その先に合宿所がある。到着は予定通り夕方の四時前だった。

 天文部の活動は言うまでもなく夜がメインであるから、初日は夕方に到着し、最終日は午前中に帰路に就く。昼間はというと、新聞部は天文部以外の取材に出かけ、天文部は大抵観光やレジャーに出かける。運動部には羨ましがられることだろう。いまごろ礼奈は陸上部で何をしているだろうか。

 道を外れると鬱蒼とした緑が広がり、空は青々として高い。水橋や俵は飛び交う虫を嫌がる。

「夜まで晴れているといいな」

 坂村先輩が呟いた。その視線の先、合宿所の屋上には白いドームが見える。あれが天文台なのだろう。おれは一旦立ち止まって、合宿所の全景を撮影した。

 砂利が敷き詰められた前庭で一息ついて、先生方や安斉先輩が手続きを終えるのを待っていると、隊列を組んだ自転車が走って来た。サイクリング部のようだ。そのうちのひとりがこちらの近くを通り過ぎ、

「また天文部が一緒か」

 と呟く。わざと聞こえるように、だ。

「申請一覧にも書いてあったぞ、見ていないのか?」

 眉間にしわを寄せた辛島部長が手でメガホンを作り、彼の背中に低い声で投げかける。

 感じが悪いですね、と坂村先輩に囁くと、彼女は喉に痰でも絡んだかの如く応じる。

「サイクリング部の宮崎(みやざき)。今年から部長になったのかな? ……去年も合宿所で一緒になってね、私たちがうるさいってクレーム入れてきたんだよ」

「遠乗りの疲れで過敏になっていたんですかね」

「違う、違う。ただの難癖。本当は大学生のサークルが騒がしくしていただけだったのに――どうせ注意する度胸がなくて私たちに八つ当たりしたんだよ。元々気の短い奴だしね」

 まあ、一晩の辛抱だから、と坂村先輩は諦めた口ぶりで言った。

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