6-6 秘めた想い
取材三日目、おれは部員たちが揃ったときに切り出した。
「ミーティングを始める前に、歌子のストラップのことについてわかったことがあります」
あれ以来ずっと、どこかぎくしゃくとした空気が流れている。コマ送りアニメーションの制作は順調に進められていたが、暇を見つけては部室の物陰を捜して気分を晴らそうということがしばしばだった。特に有紗先輩と望先輩はほとんど集中できていないのではないかという瞬間さえあった。
誰もが真相を明らかにしたいとは思っていたものの、できることなら偶然ストラップが見つかる形で解決してほしかったことだろう。おれの投じた爆弾に、あえて言葉を返そうという者はいない。
仕方がないから、そのままおれの順番で進めることにした。
「じゃあ、まず歌子のストラップがいまどこにあるのかを明らかにしましょう」
「どこにあるのかがわかったのか! なくなったふたつともか?」
大和田が先走って喜ぶが、そうではない。
「まあ落ち着け。正直、おれもどこにあるかはまだ確信を持っていない。だから、楠神か藤岡先輩……たぶん楠神が気付いているな、教えてくれないか?」
全員の視線が一年の女子生徒に集まる。
「私、盗んでないんだけど……」
「ああ、勘違いしないでくれ。何も楠神を犯人だと言っているわけではないから。でも、歌子が好きなお前なら、隠し場所がわかっていたとして、それを秘密にしていてもおかしくないと思っただけなんだ」
ふう、と息をついた楠神は、藤岡先輩に箒を取ってほしいと頼んだ。藤岡先輩は戸惑いながらも、背後の掃除箱を開いて箒を取り出した。
箒を受け取った楠神は、取っ手の部分を天井に伸ばす。蛍光灯の上を幾度か突くと、埃が舞いはじめた。おれや望先輩がいくらか咳をしたとき、小さなものがひとつ、ぽとりと落ちてきた。
一同が「あ」と声を漏らす。
それは埃に汚れた歌子のストラップだったのだ。
「ひとつだけか?」楠神に問うと、首肯した。「なら、これではっきりしました」
おれは有紗先輩よろしく大袈裟な身振りで注目を集めた。
「早い話が、吉寺が紛失したストラップと、有紗先輩がペンケースに付けていたストラップは同じものです。いま蛍光灯の上から見つかったものも、同じものです」
まさか――誰かが呟く。
そう、そのまさかだ。左手を腰に置き、右手は指揮の一振りでもするかのように犯人を示した。
「すべての元凶は有紗先輩です」
「え?」間髪入れず有紗先輩は応戦した。「それってつまり、どういうこと?」
おれは有紗先輩にはすぐに応じず、腕を組んだり首を捻ったりして言葉を選ぶ演技をした。焦らしに焦らしたら、不要な鷹揚を付けながら一気に捲し立てる。
「有紗先輩は吉寺とストラップを交換しました。相手が相手だ――相当せがまれて根負けしたのでしょうね。でも、このストラップは有紗先輩がふたつ目に手に入れて、開封しないでおいたものではありません。元々持っていたものだとは先に言った通りです。……では、なぜ交換に応じたものを盗む必要があったのでしょう?」
藤岡先輩に問う。彼女はいくらか考えてから、もしかして、と切り出す。
「交換に納得がいかなかったから?」
「その通りです。では、なぜ納得がいかなかったのか? それは簡単だ」
大和田に問う。彼はすぐにその理由を思いついた。
「入手しにくいというガセが訂正されたから」
「そういうこと。……平易に入手できるものなら、吉寺の頼みを断ることが容易くできたからです。吉寺は歌子の希少性と自分の金欠を理由に、いま交換できないと二度と手に入らないかもしれない――そう訴えたのでしょう。ついでに、光が手に入るのだから有紗先輩にとっても有利だろう、と。そうじゃないか?」
吉寺は苦々しい顔で首を縦に振った。
「俺は歌子がレアだと信じていたから、岩出に預けたファンレターにそのことを書いたんだ。だから、月曜日になってすぐデマだって発表されたんだと思う」
「……さて、有紗先輩にしてみれば、歌子のストラップにそれなりのプレミアがないとなれば、吉寺は自分で映画館に通えばいい――そう思うでしょう。そこで交換をなかったことにしようとしますが、失敗した。歌子のストラップを取り戻したい先輩は、仕方なく、吉寺の鞄から歌子のストラップを盗み出した。
でも、盗んだだけではじきにバレてしまい、本当に取り返したことにはならない。だから、次の手に出ます。とりあえずストラップを隠して、『紛失した』と訴える寸法です。盗んだものを一度手放せば、自分はその間疑われない。しかも、手放したものが落とし物として自分のもとに戻ってくれば、盗んだものであっても自分のものだと主張することができますからね。
その作戦を実行して、蛍光灯の上に歌子を隠します。望先輩の描いた歌子の絵を天井に貼るときです。なるほど『落とし物』と言えば、まあ頭の上にあるとは思いませんよ。念のため、スカートの中を見られてしまうという理由で男子を人払いして、あとは女子の目を誤魔化せばいい……というところでしたが、楠神に見つかってしまいましたね」
どうですか? 有紗先輩に返答を求めた。
沈黙。空調のごうごうという音だけが響いている。
彼女もまた、焦らしている。ようやく口を開いても、やはり勿体ぶった大仰な話しっぷりだった。
「その推理には欠陥があるよ、ワトソンくん」
「はて、何でしょうか?」
「私が交換に不満を持っていたという根拠がない。私は歌子がレアだと信じていたし、それが嘘の情報だなんて知らなかった」
嘆息。
ホームズは眉を顰める。
「それでは反証になりません。『むしろ得をする交換だったのだから』とでも言えば、おれも反論できなかったのに」
「どういうこと?」
ホームズはこのおれだ、ということである。
「ここ数日のSNSを調べさせてもらったんですよ、部員を中心に。『ダッシュ』の広報から発表があったのは月曜日。それとほぼ同時刻、望先輩が映画を二度観に行くつもりはない旨を投稿していたんです。有紗先輩は望先輩の予定を知っていましたね。さらに、有紗先輩は広報のアカウントを登録していました。――よって、それらふたつのメッセージは同じタイムラインに表示されたはずです」
三倉部長のお手柄だ。当然不正アクセスなどせず、全部検索だけで見つけ出したものだ。
「『ダッシュ』の発表は大和田をはじめ、何人もの有紗先輩の登録したアカウントから引用してコメントされています。有紗先輩はその間しょっちゅうSNSを利用している記録がありましたから、知らなかったということはないと思いますが?」
再びの静寂。
冷房が効いているのに、ホームズの顔はみるみると赤くなっていく。彼女の凛とした眼差しから、まさか逆上などしないかと焦りを覚えたが、そんなことは杞憂であった。
「ああ、恥ずかしい!」
……?
いままでずっと演技めかしてきた部長が、少女のように叫んだ。ポニーテールを揺らして表情を隠すように首を振る。
「もう、歌子が好きだってバレちゃったじゃない! みんなのあいだで『サービスしましょ』が流行っちゃって、それよりずっと前から好きだった私は、やっぱりわかってる顔したかったんだよ。古参のファンと新参のファンとで推しキャラが被るのも、作品を浅く読んでいるみたいで恥ずかしいじゃない? だから、歌子推しを隠して光が好きな振りをしてたのに!」
背伸びをしていたという告白を聞いて、一番に笑い出したのは望先輩だった。それによって堰が切れて、部員たちは次々限界を迎えていく。
「そんなことなら、早く言えばいいのに!」
その日は一日中、彼女の頬はまるでリンゴと見紛うかのようだった。
「部長、ありがとうございました」
部室に戻って礼を述べた。部長は相変わらず机に腰かけてまた別の調べ物をしているようだった。おれの感謝にも「あいよ」の一言だけだ。
アニメ文化部では、有紗先輩のふたつ目の歌子ストラップは本当の意味で共有財産となった。有紗部長が反省の証として部に寄付したのだ。埃を綺麗に拭き取って、棚に飾られている。吉寺はいまごろ複雑な表情で拝むように見つめているに違いない。
さらなる謝意を込めて有紗先輩は自分のもうひとつの歌子を望先輩に譲ろうと提案したが、そこまですることはない、と断られたそうだ。断られてかえって安心しているのではなかろうか。
パソコンの前に座ると、部長からアリスの原稿が届いていると教えられる。原稿をどう書き進めるかで頭がいっぱいだったのに、アリスの名を聞いただけですっかり忘れてしまい、はやる気持ちのままにメールを開いた。
『夏休み直前特別号の原稿です。確認お願いします。第六回で完結します』




