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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
夏休み直前特別号
37/58

6-5 トレード

 ううん、と有紗先輩が唸った。

 ピンクのフレームの位置を直し、頬にその手を滑らせて口元に当てる。右肘は左手で包むように支え、左足に体重をかけ右足は遊ばせる。ドラマに出てくるような、典型的な「探偵」のポーズを取った。

 つくづく思うが、この人はひとつひとつの仕草を演出するのが好きだ。

「さて、やっぱり怪しいのは……」

 大和田が切り出し、吉寺に「呆れた」という視線を向ける。それに続いて、部屋中の誰もが吉寺を疑惑の視線で見つめる。気が付いた吉寺は、慌てて手を振った。

「違う、違う! 盗んでない、俺はただ――」

「お前の言葉は信用ならないな」

 吉寺の言葉を遮った大和田はすたすたと隣の部屋へ移動する。おれたちもそちらへ移り、大和田と共に吉寺の鞄を覗き込んだ。

「俺って信用ないなあ」

 嘆く吉寺。

「日頃の行いだな。狂信的なお前の歌子愛は見ていて呆れる」

 バッグを漁る大和田の言葉に、心の中で頷いた。

 しかし、吉寺は歌子のストラップを持っていなかった。それどころか、『サービスしましょ』の限定ストラップをひとつも所持していなかったのだ。

「え? それはおかしいぞ」

 証拠物件が見つからなかったことに関して驚いたのは、なぜか吉寺だった。

「何をちんぷんかんぷんなことを言っているんだ? 矛盾している」

 おれの問いに、吉寺は自分でも鞄の中や本の隙間を確かめつつ、早口に答える。

「さっき言いかけたことだよ。俺は歌子のストラップをいま持っている。もちろん、俺のもの。ああ、やっぱりない――ということは、俺も被害者じゃないか!」

「ええと、話がまったく見えない」

「日曜日の帰り、有紗先輩と交換したんだ。二対一のトレードで」

「それってつまり……」

「歌子のストラップと、俺が持っていた光、れいなのストラップを」

 ええ! と大きな声を上げたのは望先輩だ。当然だろう、交換で歌子を手放したということは、有紗先輩が望先輩との先約を守る気がないということになりかねない。

 途端に追い込まれた長身のポニーテールは、ええと、だとか、あの、だとか言葉を濁しながら二、三歩後ずさる。望先輩との約束を破ったという疑惑と、紛失それ自体がまったく意味のない訴えだったという疑惑が同時に向けられたのだ。

 体の後ろでテーブルに手をかけた彼女は、すっと息を吸ってから、

「ごめん!」

 と手を合わせて頭を下げた。

「実は私、歌子のストラップをふたつ持っているの」

 唖然。度重なる驚きに誰もが声も出ない。

「ああ、でも、歌子のストラップって別にレアじゃないんだよね? なら、おかしな話でもないんだよね」

 一足先に冷静さを取り戻した楠神が、先刻の大和田の言葉を確認する。有紗先輩は先日の日曜日、袋を開けないでいたストラップがあった。その中身が歌子だったのだ。

 そういうことなんだろうね、と有紗先輩は色を正して、望先輩に向きなおった。

「その……ごめんね。ふたつもあったら望にあげればいい話だったんだけど、修二くんなら光のストラップと確実に交換できるから、つい秘密にしちゃって。あと、ほら……望、映画に二回行くつもりはないって言ってたでしょ? だから、目先の欲に目がくらんだというか……もう私が悪いとしか言いようがないんだけど」

 ううん、と望先輩は釈然としない声を噛み潰しながら肩を下げた。

 とはいえ、有紗先輩が謝ったところで何の解決にもなっていない。

「じゃあ、俺の歌子はどうなるんだ?」

「私だって、ペンケースに付けていたものを修二くんに渡したわけじゃないよ」

 有紗先輩も吉寺も、ストラップが戻ってきたわけではないのだから。

 盗まれたにせよただの紛失だったにせよ、そもそもの状況を整理しなくてはならない。各々に訊いていくと、最初に学校に来たのは望先輩だったようだ。漫画部の部室を開けて待っていると、有紗先輩と吉寺がやって来てアニメ文化部の部屋を開錠した。ここで吉寺は、階下の友人たちに会いに出かけて行ってしまった。有紗先輩も荷物をアニメ文化部に置いたまま、漫画部で過ごすことになる。続いて大和田がやって来るが、挨拶だけして階下へと去った。この直後におれが来た。最後に楠神と藤岡先輩が一緒に顔を出し、アニメ文化部には荷物を置いただけで漫画部へ移動する。

 時系列に整理した時点で、盗みが可能なのは大和田――タイミングとしては先輩たちに顔を見せ、階段を下りるまでの時間だ――くらいのものだ。だが、歌子ではなく英里が狙いで、しかも歌子のストラップに希少価値がないことを知っていた大和田に、盗みをはたらく理由は見当たらない。その上、彼は自分で鞄を見せて潔白を証明した。

「となると、誰かが嘘を吐いていなければ辻褄が合わない」

 有紗先輩は探偵のポーズのまま、それこそ探偵めいたことを口にする。

 有紗先輩の説は妥当なのだが、おれはひとつ腹案を持っていた。

 動機の面から考えると、歌子が欲しいのは吉寺と楠神、そして望先輩が怪しい。吉寺は大和田と一緒に過ごしていたため盗むことはできない。楠神は最後に来たひとりだから疑っても仕方がない。だが、望先輩はどうだろう? おれが望先輩と会ったとき、有紗先輩はトイレに部屋を出ていた。この間に隣の部屋に行って鞄を漁ってペンケースを取り出し、ストラップを自分の懐へ入れる。

 だが、可能性は低い。トイレなどという不確定な時間に、細かい手先の作業を要するストラップの窃盗を遂行するというのは、いささかリスクが高すぎる。それに、望先輩がそうやって席を外したなら歌子の絵の進行が遅れて、有紗先輩も妙に思ったはずだ。

「犯人捜しは難しそうですね」楠神が視線を泳がせながら話す。「作業をはじめませんか? そのときに偶然見つかるかもしれませんし」

 彼女の言う通りだ、とコマ送りアニメーション制作に部員たちは動き出した。誰も納得ができないままに。唯一おれだけは、少しずつ理解しはじめていた。

 被害者と加害者とを間違っているのではないか、と。


 うっかりカメラを借り忘れていたので、部員たちが打ち合わせをしているあいだに階段を下りなくてはならない。でもその前に、最も浮かない表情をしていた望先輩にこっそりと声をかけた。

「あの、先輩は歌子のストラップが欲しいんですよね?」

「まあ、そうだけど……」

 自分が疑われているのではないか、という不安な視線をおれに向ける。

「あ、確認ですから。それで……歌子は欲しくても、二回目は観ないんですか?」

「うん……もう観ないつもりだけど、それがどうしたの?」

「いや、日曜日には言っていなかったな、と」

「うん。SNSにちょっと書いただけだから」

 …………。

 望先輩に礼を言って、おれは新聞部へと駆けた。

 汗を滲ませ息を上げながらやって来た後輩に、退屈そうに机に腰かけてタブレットを操作していた三倉部長は「どうした?」と面食らったようだった。

「よかった、部長がいて」

「……調べ物をしてほしいということか?」

「そうです。趣味の悪い頼みだと思わないでほしいのですが、SNSを調べてもらえませんかね?」

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