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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
夏休み直前特別号
35/58

6-3 待ち人来ず

 チケットを各々購入し、指定されたスクリーンへ向かう。その入口のところで劇場のお姉さんから小さな袋を手渡される。財布に入るほどの大きさのその中にはラバーストラップの固い感触があった。上映時間間近だったのであまり良い席ではなく、どのようなストラップを手に入れたかもよくわからないまま映画を観ることになった。

 物語は確かに原作やアニメ放送に馴染みのない観客にもある程度配慮されたものとなっていた。季節は冬、主人公歌子たちは選抜県大会を控え練習に励んでいると、先日引退した光を先の大会で破った百武英里(ももたけえり)が現れ、歌子と一緒に自主練をしたいと言い出す。かつての敵からの申し出に歌子の仲間たちも困惑、ライバルで一年先輩の柳瀬(やなせ)れいなとは喧嘩にまで発展してしまうが、歌子は英里との特訓を選ぶ。ぎくしゃくした空気のまま迎えた地区大会一回戦、「殺人ジャックナイフ」と恐れられる大黒早帆(おおぐろさほ)率いる強豪との対戦の様子がクライマックスに描かれる。

 映画のメインキャラクターは意外にも主人公ではなく、そのライバルである柳瀬れいなであった。最大の見せ場はれいな対早帆のシングルスで、追い込まれたれいなが歌子や駆け付けた光の声援を契機に形勢逆転する様は、原作でも名場面として有名なのだろう。ラストは歌子とれいながぎこちなく和解するハッピーエンドであった。

 存外にも楽しんでしまった、というのが正直な感想だ。

 広い通路に出たところで部員たちと集合する。ベンチに座るなどして落ち着いたところで、各々配布された「収穫」を開封しはじめた。

「やった、詩織(しおり)ちゃん来た! いままで連続で早帆だったんだよね」藤岡先輩が声を弾ませる。

「俺も第一希望です、英里が出ました」大和田も藤岡先輩と一緒に顔をほころばせる。

「ああ、光だ! また歌子じゃない!」吉寺がうるさく悲痛な叫びを上げる。

 おれも袋を破いてみた。出てきたのは柳瀬れいなのストラップだ。

 先ほどまで見ていたれいなとは違い、かなりデフォルメされたデザイン。ラケットを持ち自慢の俊足で駆けている恰好だ。それを見ておれは、いままでに抱いたことのない感覚を得る。かわいい、というか、愛着が湧く、というか。

 ふと、有紗先輩はどこにいるのかと振り返ると、一歩離れたところで望先輩と一緒にいた。

「歌子も光も出なかったよ」望先輩が残念そうに話しかけたところだった。「そう簡単に出ないよね。有紗は誰が出たの?」

「いや、私も外れみたい」有紗先輩が苦笑いを浮かべる。「外から触ってみる限り、たぶん早帆だと思うんだ」

 少し気になったので、おれも話に加わってみることにした。

「あの、有紗先輩はどうして開封しないんですか?」

 訊かれたほうは、どうしてそんなことを訊くんだ、とでも言いたそうな顔だ。

「そんなの、狙いのキャラじゃないからだよ」

「開けたっていいじゃないですか」

「開けないでおけば、ファンどうしの交換とかオークションとか、結構有利だからね」

 なるほど、どうせ気に入らないなら、それを利用して自分以上に熱心なコレクターを釣ろうという狙いか。

「じゃあ、ふたりは誰を狙っているんですか?」

 ふたりは一瞬顔を見合わせてから、

「連載当初からのファンとしては、やっぱり風間部長推しだよね」と有紗先輩。

「それを言うならわたしだって初期から好きだけど、歌子が一番だよ」と、有紗先輩の言葉を受けた望先輩。

 でもね、と望先輩は続けて嘆息をひとつ。

「歌子は主人公ってこともあって滅多に出てこないみたいなの」

「ああ、配布数に勾配があるんですね」

「たぶんそういうこと。だから、有紗と約束してたんだ」

「約束?」

「そう。有紗が歌子、わたしが光を手に入れたら交換する予定だったんだ」

 今回はお互い違うキャラだったから不成立だけどね、と有紗先輩が横から付け足した。

「実のところ、私はもう歌子を手に入れているんだけど……」

 そう言って有紗先輩はペンケースを取り出し、それに吊るされた歌子のストラップを見せた。彼女が手にするそれを目にして、望先輩と吉寺のいいなあ、という声が重なった。

 次の水曜日に学校で集まるということを聞いて、その日は解散した。



 家に帰って何気なくパンフレットを見返していると、礼奈が背後から覗き込んでいることに気が付かなかった。

「兄貴、それ観てきたの?」

 ぎくりとして、冊子をテーブルに放りだした。

「ああ、いや。別に……成り行きでな」

 アニメ映画を観てきたとなると、礼奈に何と皮肉を言われるかわかったものではない。また見下されるのではないか、そう思っての弁明だったが、

「なにそれ、わたしに知られて困るわけ?」

 と礼奈は声を低くした。

「そういうの恥ずかしいと思ってるんだ。ああ、兄貴のこと見損なったな」

 そんなことを言って機嫌を悪くするとは思いもしなかった。礼奈に見くびられたくないと思っての弁明が、かえっておれを見くびらせることになってしまったらしい。

「いや、そんなつもりはなかったんだが……」

 礼奈はソファを離れ冷蔵庫を物色していた。右手で扉を持ち、左手で自分の髪の毛先を摘まんでいる。

「礼奈も知っているのか?」

「……まあね。わたしは観てないけど、学校では有名」

 麦茶を取り出してコップに注ぎながら、仏頂面でおれの質問に答えた。

「礼奈のことだから、おれがこれを観てきたことをからかうものと思った」

「……だとしたら、なおのこと見損なった」

 妹はお茶を一口で飲み干し乱暴にコップを片づけると、おれの座るソファの背を蹴飛ばして去っていった。

 …………。

 れいなのストラップを取り出し、目を合わせる。

 先刻感じた愛着は、黒髪のショートカットという容姿や気が強く芯のある性格、名前など、このキャラクターが妹と似ていたから来たものなのかもしれない。

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