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5-6 プールサイド

 女子水泳部の取材初日。

 掲示された「女子水泳部活動中! 男子禁制!」の看板を無視する罪悪感に胸を押し潰されそうになりながら、室内プールの扉を開いた。

 水着の女性ばかりの空間に行くということで、あえて時間帯を遅らせて部員たちが全員水の中にいる頃合いに訪ねたのだが、それがかえって悪かったのか、マネージャーが見当たらない。にわかに聞こえてきた水音に振り向くと、競泳水着を身にまとった進藤が梯子を上ってきているところであった。

「あ、諒」

 と向こうは気にもせず慣れっこな様子だが、クラスメイトの水着姿に何の心の準備もなく出くわしたら当然困惑してしまう。

「お、お前マネージャーだよな?」

「そうだよ。中学生のころ怪我して競泳は止めたから」

「なら、どうして水着で……!」

「競泳はもうやらないけど、水泳は好きだもん。たまに、マネージャーの仕事が少なければ泳がせてもらってるんだ」

 そうか、と適当な返事しかできない。心臓の鼓動が病的なまでに速くなる。それを上手く隠せないおれを、進藤美妃は見逃さない。

「諒、いま変なところ見たでしょ」

「……ぬ、濡れ衣だ!」

 例のごとく、頬にはくっきりと笑窪があった。

「エッチ! 変態! 眼鏡! 思春期こじらせてるんじゃないよ!」

「ここでそういう冗談は止めてくれ!」


 ジャージに着替えてきた進藤と並んで座った。露出がぐっと少なくなったとはいえ、濡れた髪は煽情的で気が休まらない。おれのインタビューは形式ばっていて不自然で、これといって話を掘り下げることもできず、新入部員特別号のころよりも下手だったことだろう。

 撮影も終えて一呼吸。窓の傍に寄りかかって風を感じながら気苦労を和らげていると、進藤がきのうの話をしようと言ってきた。

「諒はどこまでわかってたの?」

 きのうはせっかく用意したパーティだったので、下校時刻ぎりぎりまで飲み食いして楽しんだ。もちろん、お互いの誕生日を改めて確認した。進藤の本当の誕生日は一月だったようで、的外れもいいところだと笑って大騒ぎした。

「全部。といっても、確信したのは倉庫から出たときだけどな」

「亜妃姉の誕生日だってことも?」

「わかっていた。お前が『亜妃姉にも連絡しておかなきゃ』って言ったから。帰りが遅くなるかもしれないことをわざわざ姉に伝えるなんて、違和感があってな。おれと礼奈だったらありえない。もしかして亜妃先輩が誕生日で、家族で食事をする予定があるのかも、という具合に」

 ははあ、と進藤は頷いた。ジャージのポケットに手を突っ込んで、見せつけるように口を尖らせる。

「そんなにわかってたなら先に聞いておきたかった」

「お前だって、ちょっとはわかっていたんじゃないか?」

「あれ? バレた?」

 横目におれを見て、左の口角だけを上げる。ポケットから手を出して、その前で指を組んだ。

「クラッカーにもそれほど驚いていなかったみたいだから、気付いていたんだろうなって。というか、お前だったら自分の誕生日なんて大声で宣伝しそうだし」

 おれの軽口に失笑がこぼれる。

「そんなことないって」

「でも、亜妃先輩の誕生日だってことも言わなかった」

「ああ、それな。確かに倉庫の中では『誕生日』ってワードは避けてたね。でも、そんなにわかってたなら、なおのこと話してくれてもよかったじゃん」

「人違いで、しかも驚かせることまで失敗したら、サプライズパーティとしてあまりにも悲惨だろう」

 それな、と適当な相槌。しばしば会話を途切れさせてしまうフレーズだが、そのタイミングを利用して違う質問を進藤に返した。

「なあ、あまり訊かれたくないのかもしれないが、いいか? お前の外見のことだ」

 先ほどの「バレた?」のときと同じ顔をしたので、念のため誰も聞いていないことを確かめてから続けた。

「斜視を隠そうとしているんだよな?」

「……正解。ついでに、黒目が小さいの。三白眼ってやつ?」

 四六時中ニコニコしているなんて、そう楽なことではない。特に進藤は場面に合わなくても笑顔でいるし、自分で冗談を言うことで笑っていられる環境を作ろうとさえする。何か理由があるのかと思った。

 そして、その理由は携帯電話の画面を見ているときの顔から思いついた。笑って目を細めていれば、目のコンプレックスを少しでも隠すことができるのだ。

 無意識のうちに片目が外へ流れてしまうことは幼いころの写真からもわかった。おれが写真を見ているうちに美妃と亜妃を辛うじて見分けられるようになったのも、気が付かないうちに目を比べていたのかもしれない。小さいころの自分が「ボケっとして写真に映っている」のが嫌だと言っていたのは、目が流れているところを撮られてしまうからだ。

 進藤の目は、普段は何ともないものの、本を読んだり携帯の画面を見ていたりすると流れていることがあるそうだ。黒目はカラーコンタクトで大きく見せてもいいのだが、矯正のレンズを使用していることもあって使う気になれないらしい。

「それにしても、やっぱり見てわかるくらい目立ってるのかな」

 らしくもないため息を漏らす。クラスでは見たことがない。こういうときにこそ、彼女は冗談によって場面を変えようとする。

「それで? 諒は『気にしなくてもいい』とか『おれは気にしない』とかカッコいいこと言っちゃう感じ? 青春する感じ?」

 それらがきっと、彼女がいままで言われてきた言葉なのだろう。

「言わないよ」

 彼女は笑顔を引っ込めて、へえ、と意外そうな顔をした。

「気になるなら気にしていたっていい。コンプレックスに思うことは恥ずかしいことじゃないんだから。気にしていることを『気にするな』って言っても何の解決にもならないし、『おれは気にしない』と言ったところで、大切なのはおれの意見ではないだろう?」

 殊に外見というものは、人からとやかく言われたくないからかえって悩んでしまうものなのだと思う。

「……なんだ、結局カッコいいこと言うんじゃん。ズルいね」

「恰好つけてなんかいないつもりなんだけどな」

 少しだけ、彼女の肩がおれの腕に触れた気がした。



 去り際、もうひとつ質問をした。紛失した写真はないか、と。返答は「わからない」だった。姉のイタズラで集められたのだから、数を把握していなかったそうだ。無理もない。

 でも、黒板に貼られた写真たちの中に、一枚だけ見つけられなかった写真がある。

 一緒に映っているのが誰かわからないと言っていた、幼稚園児が数人並んだ写真である。

 かなり強引な憶測だが、勇士がそれを持って行ったのではないかと思う。

 なぜなら、そこに自分が写っていたから。

 進藤が勇士との関係を思い出さないままの状態を維持したいにせよ、むしろそれを打開したいにせよ、勇士はその写真が欲しかったと考えられる。進藤が持っていると、自分が態度を決めかねている状態のまま昔馴染みであったと明らかになってしまう可能性があるし、反対に自分が写真を持っていれば、昔の絆を証明するものとなる。

 サプライズパーティの日、勇士と保森が教室に残されたあと、写真の日付を見てパーティを企画したのは間違いない。つまり、少なくとも写真を見ていたということだ。勇士はそのときに自分の映っている写真を選別して回収したのではないか。おれに心当たりがあるのはたった一枚だが、本当は何枚もくすねていたのかもしれない。

「ちょっと、論理が飛躍しすぎているかな」

 おれは部室のパソコンを立ち上げながら、独り言を呟いた。

 自分で自分に返事。「それな」なんてね。

 女子水泳部の記事を書きはじめる前に、メールにログインする。アリスからのメールが届いていたのでさっそく開くのだが、その内容に目を疑った。


『申し訳ありませんが、今号は都合により休載とさせてください。次号、第五話を送りますので掲載をお願いします』

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