5-5 閉じ込めた理由
「いやあ! 災難だったね!」
扉を開けたのは保森だった。おれと進藤はふたつの意味においてほっと息をついた。外に出られる安堵と、同級生が開けてくれた安堵。
進藤はクラス代表としてパネルの話をしようとしたが、一時間も出られなかったんだからまた今度にしよう、と保森は引っ張るようにおれたちを外へと連れだした。久々の外気に深呼吸、やはり日が傾いて、閉じ込められる前と比べると随分涼しくなっている。
その空気に頭が冷えて、おれは自分たちが閉じ込められた理由や経緯を悟った。おれたちは単独犯と複数犯とを間違っていたから、倉庫の中で結論に至れなかったのだ。だが、いまのところは話さないでおこう。
言ったら台無しになってしまうからな。
四階の教室でただひとつ光が漏れるD組。
保森が一番に教室のドアを開け、勿体ぶるかのようにくるりと身を翻しながら部屋に入っていった。それに続いて部屋に入り、進藤がドアをくぐったところで、にわかにぱんぱんと破裂音がふたつ鳴り響いた。
「ハッピーバースデー、ミキティ!」
ドアの窓からは見えにくい場所で、勇士と章剛が待っていた。ふたりの手にはクラッカーが握られ、火薬臭い煙を上げながら進藤に紙吹雪を浴びせている。一時間ほど前会議のために並べられていた机には、山のようにお菓子が積まれ、ペットボトルのジュースまである。
さらに、黒板には大きくカラフルな飾り文字で「Happy Birthday! 進藤美妃生誕一六年」と書かれ、その周囲には進藤先輩がイタズラで持ってきたあの写真たちが飾られていた。まさしく進藤を祝うために装飾されているのだ。
「え、ええと……」
呆気にとられる進藤に、おれは後ろから説明を与えてやった。
「要するに、三人はグルになっておれたちを倉庫に閉じ込めたんだ。このためにな」
その話を引き継いだのは勇士。彼女を意識しているような素振りは巧みに隠して、あくまで友達という印象を強く与える口調で語った。
「もう、誕生日なら事前に言っておいてくれよ。水臭いじゃないか。パーティの準備をしなきゃならないだろう?」
次に保森が話す。
「せっかくだからサプライズパーティにしようって話になって、時間稼ぎにキミティを倉庫に閉じ込めたの。いやあ、ごめんね」
おれは小さく手を挙げて口を挟む。
「だからって、おれまで閉じ込めることはなかったろうに」
「ああ、ごめん! いるとは思わなくてさ、完全に想定外の事態。間違って閉じ込めたってわかってから、三人で緊急会議だよね。岩出にもパーティの準備を手伝ってほしかったもの。三人で頑張ったから少し時間がかかっちゃった」
水泳部員である保森は、教室から倉庫までの道のりをショートカットできる。そこから倉庫に来れば、おれたちから遅れて行ったとしても、章剛が来るよりも先に施錠することができる。ただ、保森が鍵を閉めるタイミングを窺いにきたとき、ちょうどおれは階段を上るか上り終えるかしていて保森からは見えなかったのだろう。階段は直線状だから、扉が開いていると特別教室棟の側からは様子がわからない。
「誕生日はどうやって調べたの?」
目を丸くしたまま動けない進藤が、気の抜けた声で尋ねる。誕生日ケーキを食べているところを映した写真を見てわかったと、章剛が答える。
おれたちが教室を去り、教室に残った保森と勇士のふたりは、机の上に残された写真の日付からきょう進藤が一六回めの誕生日を迎えていたと知った。驚いたふたりだったが、すぐにサプライズパーティをしようと画策、まずは時間稼ぎに保森がおれたちを倉庫に閉じ込めた。まもなく、再試を終えた章剛が計画に合流した。
倉庫を外から施錠すると中の人間が出られなくなるということは、勇士が最初に倉庫を開錠したときに貼り紙を見て知ったのだろう。そもそも、鍵が壊れていることを知っていたから開錠しに行ったのだ、章剛か用務さんから聞いていたのかもしれない。
保森が進藤からのチャットに応じたとき、おれたちが閉じ込められたことにまるで驚かず絵文字付きでメッセージを返してきたものだからおかしいと思った。返信の内容も「鍵を誰が持っているかわからない」というのはあり得ない。鍵は教室にあったのだから。いま自分は持っていないから開けることができない、という言い訳をでっち上げようとした結果、ボロが出たのだ。
三人の共犯関係も簡単にわかる。勇士が鍵の扱い方を伝えなければ、保森はおれたちを閉じ込めようとはしない。保森がおれたちを閉じ込めたと知らなければ、章剛はおれたちに合流しようと倉庫を訪れ、異変に気が付いたはずだ。
さて、この場の主役はというとぽかん、とわずかに口を開けたまま言葉を失っている。言葉を失う理由はおれにもわかる。
嬉しいからではない、心底驚いているだけだ。
友人たちが焦って作り出したパーティには、残念ながら大きな欠陥がある。それは非常に初歩的にして根本的なもので、最初のステップで失敗を犯している。
保森は、誕生日ケーキを食べる女の子の写真の日付からパーティの開催を決断した。だが、進藤家の写真には日付こそ記してあっても、年号までは刻まれていない。そして何より、幼いころの姉妹は――当人たちにしかしっかりと判別できない。
いつになく小さな声で、進藤は詫びを入れた。
「ごめん、きょう……私、誕生日じゃないんだ」
やっぱりな。
きょうは進藤亜妃の一八歳のバースデーだ。




