5-4 密室のミステリ談義
冒頭に戻る。
「覚えがないにしたって、じゃあほかに誰が私たちを閉じ込めるっていうのさ」
進藤の指摘は的を射ていた。
おれの耳を信用するならば、誰かが階段を上ってきて鍵を閉めたことは確かだ。そうでなくとも、この倉庫の周囲に人は少ないし、おれたちを性質の悪い悪戯で閉じ込めるにしたって鍵を持っていないはずだ。ひとりでに鍵がかかることを知っていて、それを期待していたとしても、もしそうならなかった際におれたちに追いかけられたらさすがに逃げ切れないだろう。
だから、犯人は鍵を扱える状況にあった三人に限られる。
犯人捜し――クラスメイトを疑う作業など、できることならしたくないのだが。
「ショーゴ、ユーシ、もりもりのうちの誰か……でも、応答しないショーゴとユーシが特に怪しいよね」
どこか楽しげな声で話している。これが進藤の常なのか、空気を明るくしようとしているのか、もしくは本当に犯人捜しが楽しいのか。
「いいや、章剛ということはないと思う。おれたちが閉じ込められたとき、まだ単語テストを受けていたはずだ」
「真面目にテストを受けていなかったかもしれないよ」
「それを疑ったらキリがないんだが……でも、たぶんそれもない。章剛は鍵を持たずに職員室に行ったから」
なるほど、と頷く。
職員室は教室棟の一階にある。章剛が犯人だったとして、おれたちより先に職員室に行った彼がもう一度四階に行って鍵を取ってきたとしたら、おれが倉庫に入ってすぐ閉じ込められるようなタイミングにはならないはずだ。
もっとも、職員室に向かったこと自体を疑うならまた別の話だが。階段の陰にでも隠れていれば可能である。ただし、その場合勇士や保森の目を盗む工夫は必要になる。
「じゃあ、ユーシが?」
「でも、保森にも言えることだが、勇志だとしたらここの鍵の事情を知らないはずなんだ。普通、外から施錠したって内側から開けられると思うだろう、おれだってそうだった」
章剛に案内を頼んでいたのは、彼が鉄道研究部員としてここに何度も足を運んでいたからだ。倉庫のそこら中に鉄道模型があり、いまも足元に注意していないと蹴ってしまいそうになる。
「まあ、誰が何だと考えていたって」きょう何度目かの嘆息が漏れる。「あまり建設的ではないよな」
「でも、何か喋ってないと退屈」口元は笑ったまま、少し眉根を寄せる。「早く外に出られるヒントが見つかるかもしれないし」
つい、おれはくすりと笑ってしまった。「退屈」という言葉を選んだところが彼女らしいと思ったのだ。おれだったら「気まずい」と言っていただろう。
何がおかしいの? いいや、ちょっとね、というお決まりの問答。
時間を訊くと、閉じ込められてからもう一時間近くなるという。下校時刻まであと二時間といったところか。
「結構時間経っちゃったね」
「このまま出られないと帰りが遅くなるな」
「それな。亜妃姉にも連絡しておかなきゃ」
携帯電話を取り出し、液晶に顔を落とす。このとき何となく「ん?」と思ったのだが、引っ掛かりの正体がわからないので黙っていた。
勇士や章剛とのチャットの画面も確認して、携帯電話をポケットに戻した。やはり返信はなく読んだ形跡もなかったそうだ。
「さ、ミステリ談義を再開しようか」
わざとらしく大きな身振りでこちらを振り返った。回転に合わせてハーフアップのセミロングが靡き、少し遅れてスカートがふわりと舞う。
「まだ犯人捜しをしようって言うのか?」
「だって、心当たりがないんでしょ?」
「……まあな」
実のところ勇士とは少し気まずいところがある。
以前、ロッカーに忘れ物をして誰もいないはずの時間の教室に戻ったとき。教室で彼と章剛が話しているのを偶然に立ち聞きしてしまったのだ。廊下から聞いていたのだが、その内容が非常にデリケートな問題で、なんと恋愛相談をしていたのだ。
というのも、勇士は中学以来好きな人がいるらしく、その人との仲をこれといって進展できないまま別々の高校へ進学したのだとか。そこまでは章剛も知っていたようだったが、勇士が悩んでいるのはその先の話だった。驚いたことに勇士と進藤は昔馴染みで、転校によって疎遠になっていたのが、この春思わぬ再会をして戸惑っているのだという。
進藤のほうは幼いころ一緒に遊んだ仲だったとは覚えていないらしいのだが、はっきりと記憶している勇士は気になって仕方がない。言いだそうにも言えないでいると、次第に、進藤を異性として意識しているのではないかと自分を疑うようになってしまったのだという。中学のころの好きな人と、久々に現れた幼馴染……混乱しても仕方がない話だ。
こっそり立ち去ろうとしたときにうっかり勘付かれてしまい、立ち聞きしていたことを詫びた。勇士は気にしていないと言っていたが、まったく普段通りに接する、というのは少々難しく思っていた。
このことで彼が腹を立てるなり強く動揺するなりしていたら、おれが閉じ込められた理由になるかもしれない。そんなことをするはずがないとは信じているのだが。
もちろん、これを当事者に話すわけにはいかない。
「お前だって、閉じ込められる覚えはないだろう?」
訊き返して誤魔化した。
「ないといいけど、諒から見て何かある?」
「進藤に限ってないとは思うが……こじつけるとするなら、章剛か?」
「どうして?」
「クラス代表の仕事をしていて忙しくなって、単語テストにも不合格になった。で、それは水泳部で忙しくてなかなかミーティングに参加できない進藤のせいだと考えた、とか」
「ええ、それは無茶じゃない?」
「でも、クラス代表の話くらいしか思いつかないぞ。ほら、勇士で言ったら、吹奏楽部の練習に出られず困っていたとか」
「でも、それで諒まで巻き込む必要ないじゃない? ましてあのふたりなら、不満があったらちゃんと言ってくれるよ」
まあ、そうなんだよな。
「保森とも……何もないよな? 水泳部とかで」
「あるわけないって! もりもりはマネージャーの仕事も手伝ってくれてるもん」
そう、保森と進藤は非常に親しい仲である。
犯人捜しが進展せず、彼女が言った通り「退屈」になろうというそのとき、階段を踏む金属音が聞こえてきた。
「やったぞ、ようやく来てくれたんだな」
おれは小さくガッツポーズを作って喜んだが、返答はまだ慎重な声色だ。
「いや、まだだよ。これで用務さんだったら困っちゃうもん」
ドアノブががちゃがちゃと音を立てはじめた。鍵を差し込んでいるのだろう。
――そして、閉ざされていた扉がついに開かれた!




