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5-3 壊れたカギにご用心

 倉庫があるのは学校の敷地の北端である。西には特別棟があり、南は体育館に面しており、東は弓道場がすぐそばにある。また、建設中の中学校舎も見える。

 そこに向かうには少々時間がかかる。まず昇降口で靴を履き替え、東に進む。体育館をぐるりと回って部活棟の前を過ぎ、プールの向かいにある弓道場の脇を通らなくてはならない。これがなかなかの遠回りで、五分以上かかってしまう。おれは進藤が追いついてくるものと思ってややゆっくりと歩いていたから、もう少し時間が経っていたかもしれない。

 倉庫の外壁に階段があり、弓道場の側からまっすぐに上る。建物の中から一階と二階を行き来することはできない。扉は開けっぱなしだ。

 はじめて訪れるそこにいささか緊張しながら階段を上る。一段踏むたびにガラガラと大きな音が鳴り、頼りない手すりがおれの緊張を増す。あと少しで二階というところで、

「遅かったね、諒」

 と進藤が入口から顔を出した。驚いて階段を落ちるところだった。

 どうやって先回りしたのかと問えば、まず昇降口で下足を持って中庭に出、そこから体育館と特別棟のあいだを通って来たのだという。だから、進藤は上履きを手に持っている。

 そのルートならば、第一、第二とふたつ並んだ体育館を迂回する遠回りをしないで済むぶん早い。わざわざ表から来るなんて真面目だ、とからかわれた。何でも、水泳部員はプールから教室に戻る用事があるときによく通るのだそうだ。

 倉庫は明かりを点けていても薄ぼんやりとして埃臭い。しかも風通しが悪いから蒸し暑い。なかなか広い部屋なのだが、モノが多すぎてむしろ狭い。要するに、あまり長居はしたくない空間である。

 意を決し、一歩中へ踏み入れると、焦ったように進藤がおれの腕を掴んだ。

「待って! 扉は閉めないで」

 そして、ドアの脇にある貼り紙を示した。

『注意! 現在カギが故障のため、内側からカギを開けられなくなっています。ドアを閉めるとひとりでにカギがかかってしまうこともあるので、この倉庫を使う際は、閉じ込められないようカギを持って中に入らないようにしてください』

 おお、危なかった。先刻勇士が教室に来たとき「鍵を開けてきた」と言っていたので、わざわざ開けずとも鍵を持ってくるだけでいいのに、と不思議に思っていたのだが、これで疑問が晴れた。中に入る生徒が鍵を持っていると危険なのだ。

 貼り紙はまだ貼られたばかりのもので、先週貼られたという日付が書かれている。修理の日程も書かれており、それはあさってだそうだ。

「諒が来るまでにちょうどいい大きさのパネルを見つけたんだよね」

 奥へ手招きするので歩いていくと、階段を上る音が聞こえてくる。

「あれ? ショーゴがもう来たのかな?」

 特に気にもせずパネルの物色をしていると、ばたん、という振動が伝わってきた。はっとして振り返るも、そのときにはもう遅かった。がちゃり、という嫌な音が続いて聞こえてきたのだ。

「ま、まさか鍵が閉まったの?」

 焦った進藤がドアへと駆けていき、ドアノブを回す。しかし、がちゃがちゃとうるさく響くだけで扉は開きそうにない。その音で聞こえにくかったが、階段を急いで下りていく音も聞こえた。

 進藤はやがてドアを開けることを諦めた。わずかに息も上がっている。

「まあ落ち着けよ。携帯があるじゃないか」

「あ、そうか、そうだね。もりもりに連絡してみる」

 携帯電話を取り出し、保森に通話をかける。ところが、応答はない。

 教室にいないのかな、と怪訝な顔で連絡手段をメールに切り替え、素早い操作で保森に送信した。それを終えて顔を上げると、打って変わって表情を明るくした。

「いやあ、参ったね。閉じ込められちゃった」

 参ったどころの話ではないと思うのだが。

「まあ、メールを見たらすぐにでも返信をくれるだろう」

 とは言ったものの、一抹の不安がある。おれがこの耳で聞いた限りでは、誰かが意図的に扉を閉め、鍵をかけたように思うのだ。

 とりあえず気を取り直し、気楽に助けを待ちながらパネルを物色した。



 だが、そう上手くいかなかった。

「もう一五分か……どうして返信がないんだ?」

 メールからそれだけの時間が経って、未だに音沙汰なしではおかしな話だ。それに、そろそろ章剛が単語テストを終えたころだ。

 もう一度連絡をしてみることにした。おれは携帯電話を教室の鞄に入れたままにしていたので、進藤のものを使うしかない。通話をするが今度もつながらないので、連絡方法を替えてチャットを送って待つことにした。チャットなら勇士や章剛ともコンタクトが可能で、相手がメッセージを読んだかがこちらからも把握できるため、有効な手段だろう。

「いやあ、密室だね、密室」

 クラス代表は相変わらず笑っている。中から連絡が取れる以上そこまで切羽詰まる必要はないのは確かではある。しかし、級友たちを疑うわけではないが、もしものことを考えないでもない。

「あ、もりもりがメッセージを読んだみたいだよ」

 喜々として液晶を覗き込んだ進藤だったが、すぐに表情が暗くなった。

「鍵、誰が持ってるかわからないって……」

「そんな! どうして?」

 おれにもそのチャットのやりとりを見せてくれた。絵文字の女の子が手をついて謝罪しているのが見えた。ならば勇士や章剛はどうだと確認してもらったが、ふたりともメッセージを見てもいないという。

 鍵を誰が持っているかわからない――なぜだ? 持っているも何も、教室に置いておいたはずだ。

「まずいな……進藤、学校の電話番号は携帯の連絡先に入れているか?」

「入れてないよ。そんなの真面目な岩出しか入れないって」

 いや、言っておいてなんだが、おれも登録していない。

「じゃあ、保森に頼むのでもいい。事務室の人にマスターキーで開けてもらおう」

 鍵を見つけるのはひとまず置いておいて、おれたちが外に出ることを優先する。真っ当な順番とは前後してしまうが、鍵が壊れていたことを考えれば大目に見てくれることだろう。

 しかし、進藤は大きく首を振って拒んだ。

「絶対ダメ! それだけはできない!」

「どうして? 少し叱られれば済む」

 このときばかりは彼女から笑顔が消える。

「済まないよ。大人にバレるのだけは絶対にダメ。ふざけて閉じ込めたと思われたらこの倉庫もパネルも使わせてもらえなくなっちゃう。それに、こんな人の来ない場所に男女ふたりきりでいるとなったら……」

 なるほど、その先は言わずもがな。

 頭を抱えるおれの顔を覗き込む。にやりと笑って。

「いまエッチなこと考えたでしょ?」

「うるさい」

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