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5-2 写真とクラス代表

 閉じ込められるまでの振り返りは、ほんの数時間前からでよいだろう。

「なあ進藤、ちょっといいか? 取材の話をしたいんだが」

 おれは前日のミーティングで女子水泳部の取材が籤によって決定したため、そのマネージャーである進藤と日程の相談をしようと、放課後さっそく話しかけた。

 きょうは水泳部の練習が休みのため、文化祭のクラス代表である彼女と章剛(しょうご)は話し合いを始めようとしていた。進藤と同じ水泳部員の保森(やすもり)も、代表ではないが一緒にいた。三人はまだクラスメイトたちが数人残っている中、教室の中央で机を四つ向かい合わせて座っていた。

 声をかけられた進藤が顔を上げる。三人で話しているときは微笑む程度だったのだろうが、おれの言葉を聞いた途端ににっと口の角度を上げた。彼女が笑窪を作るときは、おおよそにしてジョークをかます合図だ。

「え、取材? そんな、緊張しちゃうな……ええと、わたしは進藤美妃です。一五歳の高校一年生。身長一五五センチ、体重はヒミツ、趣味はサブカルチャーとヘアアレンジ。好きな人は……いません」

「あのな、そうじゃないだろう」

 我ながらよくぞ冗談に付き合って、わざわざ全部聞いてやったものだ。進藤は舌を出し、残るふたりが大笑いしている。

 進藤は常に笑顔なだけあって、自然と人が集まってくる人気者だ。こうしてクラス代表の仕事を任せられ、代表でない生徒にも手伝ってもらっているのだってその証である。もちろん自分からも積極的に話しかける。入学式のあとの初顔合わせのとき、「推薦入試で一緒だったよね」と声をかけられて驚嘆したことを憶えている。

 明日から取材に行っていいかと問うと、たぶん大丈夫だろうと答え、ほかの部員に連絡すると言って携帯電話を取り出してメールの作成をはじめた。さすがイマドキの女の子は携帯の操作が速く、両手で包むように持った親指を駆使して入力していく。

 保森からクラスナンバーワンのスピードだね、という茶々を入れられ、それな、と短く鼻で笑った。

「岩出、きょう取材しないなら暇だろう? 手伝って行けよ」

 章剛の提案に、もちろん、と応じる。

「でも、何をしようとしていたんだ?」

 机を覗き込むと、写真が広げられていた。

 おれのクラス、D組は、写真を貼り合わせて作ったモザイクアートを文化祭で展示することにしている。文化祭当日に長時間遊びたいから、夏休みみんなと会いたいから、という理由で準備さえしっかりやれば展示するだけという作品の制作が決められた。数か月しか経っていないクラスとは思えないほど和気藹々としたD組らしい企画である。

 モザイクアートには大量の写真を集めなければならない。クラスメイトからはもちろん、昇降口に募集箱を設置して募っている。机の上に広げられているのもそうして集められた写真かと思っていたが、そうではなかった。

「ああ、もう! 諒にまで見られたぁ」

 一枚手に取ると進藤が嘆いた。彼女の幼いころの写真だったのだ。

「どうしてこんなにたくさんの写真が?」

「亜妃(ねえ)のイタズラだよ。卒業アルバムで小さいころの写真を使うことになったらしくて、それに合わせて自分のだけ持っていけばいいのに、私のまで大量に持ってきて募集箱に入れていったの」

「イタズラ……進藤先輩が?」

 進藤先輩とは六月号の料理部の取材で会っている。

「するよ、するする。もう、しょっちゅうだよ」進藤は愚痴をこぼすが、表情は楽しそうだ。「亜妃姉はイタズラが大好きだもん」

「それは意外だな」苦笑いが漏れる。「喧嘩にならないのか?」

「ならないね。物心ついてからは一度も喧嘩したことないの」より一層の笑顔で首を振った。「姉妹仲が良好なのは進藤家の自慢だね」

 おれの場合も礼奈という二歳差の妹がいるものの、年々兄妹仲は険悪になっていっている。どこの家でも、年齢の近いきょうだいはそういうものかと思っていた。

「募集箱のこと新聞に書いておいてよ。『みんなの写真をください』って。あと、イタズラ禁止だってことも」

「まあ、部長に相談することにはなるが、たぶんできるだろう」

 写真を見て強く思うのが、小さいころの進藤姉妹はそっくりだということだ。卒業アルバムに使うのだから、三歳くらいの写真だろうか。だが、イタズラで集められたというだけあって妹が三歳くらいのものもたくさんある。同じ三歳くらいの顔だと、姉妹で映っていない限りほとんど区別できない。年号を頼りにできないかと写真の端を見ても、月日しか記されていないからお手上げだ。

 ううん、このケーキを作っているのは亜妃のほうで、こっちでケーキを食べているのが美妃だろうか? いや、撮られた年代がわからないから逆かもしれない。せめて一緒に食べている写真があればわかるのだが、偶然にも揃わなかったのだろう。

 同級生に幼いころの自分を見られて、当人は照れ笑いである。暑い、暑いと赤い頬を手で扇ぐ。

「もう、小さいころの写真って本当に嫌だね。どれもこれもボケっと映っててさ、ちゃんと映れよって」

「そんな無茶な」

「まあ、懐かしいよねえ。一緒にいるのが誰だかわかんないのも結構あるけど」

 と言って、幼稚園の制服で何人かが並んでいる写真を投げだした。おれにはもはや、そこに映っている友達どころか進藤本人が姉なのか妹なのかすらさっぱりわからない。何枚か見ているうちに何となくわかるようにもなってきた他方、進藤先輩との面識がないほかのふたりにとってはおれ以上に難しいようで、顔からは見分けられそうにないからと洋服や利き手を頼りに区別を試みていた。その利き手の見解すら一致していなかったが。

 そのとき、教室のドアが開いて勇士(ゆうし)が入ってきた。章剛と中学以来の友人だという勇士も文化祭の企画、進行に積極的に参加している。お気楽な性格がクラスメイトに受けて、盛り上げ役としてクラスの中心にいる生徒である。

「鍵、開けてきたぞ」

「おお、ユーシありがとう!」

 勇士は机に鍵を置いた。何の鍵かと問うと、倉庫の鍵だそうだ。特別教室棟の裏に二階建ての倉庫があり、その二階には行事で使うパネルやいくつかの部活の備品が置かれている。今回、モザイクアートを貼り付けるパネルの下見に行くのだそうで、勇士はじゃんけんに負けて職員室まで鍵を借りに行っていたそうだ。

「じゃあ、ショーゴ。約束通り案内お願いね。あと、倉庫に行くなら力仕事もあるかもだから、諒も一緒に来て」

 クラス代表に頼まれ、おれと章剛は頷く。だが、その前に、と章剛が手を挙げた。曰く、先日赤点を取ってしまった英単語テストの追試を受けに行かなくてはならないという。

「赤点か、章剛らしくもないな」

「まあ、最近忙しくて対策を忘れてて。再テストなんて長くてもせいぜい一五分くらいだろうから、先に倉庫に行ってて」

 と言って、そそくさと教室を去っていった。勉強な得意な章剛が赤点とは、意外である。

 仕方なく、章剛の言葉通りおれと進藤だけで先に倉庫へ行くことにした。進藤がトイレに寄っておきたいというので、別々に倉庫を目指した。

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