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5-1 薄暗くて埃っぽい

進藤美妃(1)――水泳部員。文化祭クラス代表。諒のクラスメイト

嶋谷章剛(1)――鉄道研究部員。文化祭クラス代表。諒のクラスメイト

保森澄香(1)――水泳部員。諒のクラスメイト

棚岡勇士(1)――吹奏楽部員。諒のクラスメイト

進藤亜妃(3)――美妃の姉。料理、文芸部員

 少しおかしな話かもしれないが、おれはアリスのアイデンティティというものを考えはじめた。

 暑さで寝苦しい夜、天井を見ながら「眠りたい、眠りたい」と念じて過ごしているのが退屈になると、自然、アリスのことばかり考えるようになる。メールでしか接触できない、現実には会うことのできない少女のことを。手の届かない彼女のことを。

 アリスは架空の少女である――その前提のもとパソコンの画面を通してアリスを演じる人物と連絡を取り、おれはその人物を突き止めようとしている。このとき、アリスはただの道具というか、あくまで非実在の存在となってしまう。でも、果たしてそれでいいのか。アリスは何者かが演じることによってはじめて実在できるとはいえ、誰かが演じているアリスは、演じている当人とは別人だと言っていい。別人でなければ、演じているうちには入らない。

 彼女自身にも個性があっていいのではないか。もっと人間的でいいのではないか。

 アリスには一五項目の性質が決定されている。でもそのほとんどはアリスが他者と接触するときに備え、演者がどうアリスを表現しなくてはならないかを書き置いた「マニュアル」として作られたもののように思う。それはアリスの説明書ではあっても、人間性を決定づけるものではない。強いてアリスに人間性を与えている部分といえば、『どちらかといえば性善説を信じている』『「真面目」こそ自分の長所でありたいと思っている』という二項目だけだろう。そのほかはむしろ習慣やポリシーとでもいうべきもので、人格を「決定」しうるものではあっても「特定」できるとは限らない。

 彼女は何が好きなのだろう。何を自慢できるのだろう。何をしているとき、自分を星宮アリスだと強く感じることができるのだろう。少なくとも小説を書いているのだから、日ごろの思考や感情を間接的に表現しているのだから、そういった何かしらがあるはずだ。演者の人格からの影響だってないはずがない。

 アリス探しで最も頼りになる部長にも、この悩みは話していない。部長は一貫してアリスのことを「星宮アリス」とフルネームで呼んでおり、どちらかといえば無機質な存在と割り切っている。だから、アリスを下の名前で呼び、なおかつ「会いたい」と言い続けてきたおれとは相反するところがある。部長は相談相手とはなり得ない。

 いや、誰とも話せないだろう。

 おれはアリスを見つけるだけではなく、アリスと向き合わなくてはならない。少なくとも現在のところ、彼女を最もよく知っているのはおれなのだから。Alice Memoを最も熟読しているのはおれなのだから。

 毎夜のように決意を新たにする。アリスが誰で、誰が演者で、などとややこしいことを考えた頭は疲れ切っているから、そうした決意を何かの区切りに、すっと眠りへと落ちていくのだ。



 夜中に考え事をしていると、翌日の夕方ごろ睡魔に襲われる。

 欠伸をひとつ。

 そのひと息でわっと埃がおれの口の中へ駆け込んできて、咽こんでしまう。

「おいおい、大丈夫?」

 平気だ、と掌で示す。

「まったく、埃っぽくて困る。欠伸ひとつできない」

「寝ちゃダメだぞ、寝たら帰れないぞ」

 言葉とは対照的に、輝かんばかりの笑顔である。

「変な言い方をするなよ、怖いじゃないか」

 雪山に遭難したわけじゃないんだから。

 と、言い終えたところでまた喉に違和感を覚えて、咳払い。いまはまだ汗が流れるほどに暑いが、この薄暗い空間は日が傾いていくにつれて涼しくなっていくだろう。この劣悪な環境、夏風邪を引かないかと不安になる。おれもつい先日引いたばかりだし、進藤(しんどう)だって近頃忙しくて体調を崩しやすいはずだ。

 時間は過ぎていく。できることは、ただ座ってクラスメイトと向き合っているだけ。その進藤は、置かれている状況には似つかわしくない満面の笑みを絶やさない。普段から絶えず笑っているから、いまも変わらないというだけだろうか。

「こうして向き合っていると照れるね」

「そうだな」

 はあ……何度目の嘆息だろうか。

「ほらほら、暗いぞ、諒。ため息するたびに幸せが逃げていくって聞いたことはないか? スマイル、スマイル」

「……おれにしてみれば、お前が笑っていられることのほうが驚きだよ」

美妃(みき)ちゃんはスマイルがトレードマークなのだ」

 と、両手の人差し指を自分の両の頬に当てる。そして、悪戯っぽく口角をさらに上げる。確かに進藤美妃という少女は、はっきりと浮かぶ笑窪が特徴的だ。六月に会った姉にもうっすらとそれが見て取れたことから、ふたりが姉妹だと合点したくらいである。

 もうひとつ大きく息を吐き、内心呟く――一緒にいるのが彼女でなかったら、なおのこと滅入っていたことだろう、と。

「良い連絡はまだないか?」

 頼みの綱は彼女が持つ携帯電話のみである。

「ないよ、全然だね。皆無」

「未だに見つからないのか、おかしいな」

「ねえねえ、暇だからゲームしててもいい?」

「止せよ、無駄に充電を消耗するだろう」

「あはは、冗談に決まってるでしょ」

 場を和ませようにも、冗談を選んでほしいものだ。

 現状、冗談を冗談として笑う余裕はないのだから。おれだって、いつも気さくな進藤を冷たくあしらうようなことはしたくない。通常の学校生活だったら一緒にいて楽しい。

「まったくどうしてこうなったんだろうなあ……」

「本当だよねぇ、誰がこんなことをしたんだか。まあ、犯人はもりもりかユーシかショーゴの三人にひとりだけど」

「その三人にこんなことをされる覚えはないだろう?」

 それな、というイマドキな言葉とともにおれを指さしてウィンク。欝々としたこの空間、この状況に、進藤の存在は少々眩しすぎる。煩わしいというほどではないのだが、一緒でよかったという気持ちと混ざり合って矛盾した心境がもどかしい。


 そう――おれと進藤美妃は、倉庫に閉じ込められている。

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