第四回 事件は突然に
六月号掲載
『手紙を開くとき』
星宮アリス
主役が階段から転落し病院へ運ばれた。
不幸中の幸いというべきか命に別状はないのだが、脳震盪と打撲がひどく、本人の希望で見舞いも遠慮してほしいとのことだった。
体格のいい直登がこのように頭から階段を転げ落ち、ひどい怪我をしたとなると、不意の出来事だったに違いない。自ずと、誰かが突き落としたのではないかという流言がちらつきだす。教室から階段は見えないし、うずくまる彼を見つけたのは片付けに忙しい暗い時間帯、誰かが彼の背中を押したとしても確かな目撃者はいなかった。
当然、映画制作どころではなくなってしまった。これまで必死に引っ張ってきた美穂と正樹もこれにはお手上げだ。
直登が転落した日集まっていた生徒は皆担任に呼び出され、交代に話を聞かれていた。それが終わると、行き所がないからと教室に集まって、ただ黙って座っている。
その空気に耐えかねたのは、直登の転落に最も動揺している愛羅だった。彼女は香織が職員室から戻って溜息をついた瞬間、凄みを利かせる。
「ねえ、香織。あんたがやったんじゃないの?」
これには教室中が驚いたが、仲裁より先に香織が応じてしまう。
「愛羅、それはひどいよ。どうして?」
「だって香織、ずっとイライラしてたじゃん。直登が原作をいじるからって、ついにキレちゃったんじゃない?」
「まさか、バカバカしい。それ以前に、勝手に原作にされて正直呆れてたくらいなんだけど。あんまり好きな作品じゃないし」
香織が予想外に素っ気ない反応をしたためか、愛羅はかっと赤くなって語気を強めた。
「じゃあ、そのバカバカしい撮影を止めてやろうと、直登を襲ったんでしょ?」
「はあ? それこそあんたがこのみに直登を取られたみたいでイライラしてたからじゃないの?」
美穂ははっとして教室を見回す。ふたりを止めることよりも、このみがどうしているのかを確認せずにはいられなかった。幸い、このみはまだ職員室から戻ってきていないようだった。
美穂が動き出せないそのわずかなあいだに、正樹と圭介が目配せして愛羅と香織のあいだに立ってふたりを宥める。
「喧嘩をしている場合じゃないだろ、直登がいなくなったいま、いっそう撮影を急がないといけないんだから」
正樹の言葉を聞いた愛羅は、怒りの矛先を仲裁するふたりに向けた。
「はあ、優等生ぶるなよ! こんな行き当たりばったりの撮影じゃどうせ終わりやしないよ。カメラだって壊れてるみたいだしさ!」
圭介までもが小さく震えはじめる。その横で、流石に、正樹も耐えきれなくなった。
「ふざけたこと言うなよ! 愛羅が役をやりたいって言うから、原作と折り合いがつかなくなって進行が混乱しているんだからな!」
同時に圭介も声を上げる。
「カメラだってお前らが雑に扱うから調子が悪くなったんだ! こんなことになるんだったら最初から貸すんじゃなかった、お前らの家にあるような安物とは違うんだぞ!」
男子生徒ふたりは寸でのところで愛羅や香織を突き飛ばさないよう堪えたようだったが、女子ふたりのほうに止まる気配はない。
「原作と合わないって、私のせいとでも言うの? もうそんなのどうでもいいじゃない、あんたたちで勝手に進めてるんだから!」
「カメラなんて、自分で貸したんだから自己責任ってもんでしょ! そもそもちゃんと使い方を教えたの? そうか、カメラが壊れる前に撮影を止めさせようと、直登を階段から落としたんだ!」
クラス委員はもう、ぽかんと口を開けて突っ立っているだけだった。そのとき、がたん、とドアが物音を立てる。嫌な予感がして開けてみると、案の定、このみが泣いていた。
「みんな、怖いよ……」
ただひとり、彼女だけは綺麗なままだ。
【次号に続く】




