4-5 数が足りない!
火曜日の放課後、おれはノートの不足を思い出して帰り道とは反対方向に向かうバスに乗ることになった。
駅に向かうバスは大雨ということもあって普段よりも混雑している。一本乗り逃したおれは、バス停の小さな屋根の下に入った。傘を差したままのその列に、おれは宮村を見つけた。向こうも傘の端がぶつかったはずみでおれに気付いた。
「ひどい雨だね」
「バケツをひっくり返した、ってやつだな」
高校生が放課となる時刻ということもあってバスの本数が多く、待ち時間は長くなかった。駅までは十分から一五分ほどの道のりとなる。
濡れ鼠となったおれと宮村は並んでシートに腰を下ろした。濡れて額に張り付いた前髪、頬を滴る水滴、しわの寄ったワイシャツの肩、ネクタイを緩める仕草とその襟元、タオルをあてがう首筋、疲れた吐息にうっすら開いたままの唇――おれは暴れる心臓をいまにも口から吐き出しそうになる心地に耐えた。
深呼吸。一方で拳には力が入る。
「そういえば、きのうはどうだった? 先輩からプリンをもらったんだろう?」
体や荷物の水滴をハンカチで払い、バスが発車するまでの時間に声をかけた。宮村もタオルを首に巻いてこちらを上目で振り向く。
「ああ、みゆう先輩のプリン? あれ、おいしそうだったなあ」
「え? 食べていないのか?」
宮村は頷いた。同時にバスが発車に向けてエンジンをふかし、車体が揺れる。
「数が足りなかったの」
「足りない?」
「月曜日の放課後は八人で集合したんだけど、八つしかなかったの。りょうこ先輩とあき先輩のぶんを残しておかないといけなかったから、じゃんけんで負けたわたしと、家が近所だから遠慮したみどりちゃんは食べられなかったんだ」
そう言って宮村は口を尖らせる。
「それは残念だったな」
「仕方がないよ。だって、とっても有名な個数限定のプリンだもの」
おれたちの通う高校は周囲を田畑に囲われたような辺鄙なところに立地しているが、隣の駅はターミナル駅としてそれなりに活気づいた町である。城崎先輩が手土産として持ってきたのは、そこのショッピングモールにある洋菓子店で売られているものだ。
「人気の限定プリンだってことはおれも知ってるし食べたこともあるけれど、昼には売り切れるんだな」
予定通りだったなら、城崎先輩が学校に来たのは昼休みごろだ。しかもその店は隣の駅で、高校に来るまでにはまだ時間がかかることを考えると、購入は一一時ごろだったのではないか。そのときに部員の人数ぶん――十個を確保できなかったのだから。
だが、料理部員は首を傾げる。
「そうでもなかったと思うんだけどね……夕方くらいまでは買えるんじゃないかな。かほ先輩もそう言ってたし」
城崎先輩と同じく野々村先輩もプリンには目がない人のようだ。
「じゃあ、いまから行くか? 時間ならあるし、おれも久しぶりに食べたい」
宮村は笑った。
「そこまでしなくてもいいよ」
……まあ、そうだよな。
でも、どうして足りなかったんだろう――宮村が呟く。
「確かに、差し入れなのに個数が合わないんじゃ変だよな。部員数だって確認しただろうに。……本当に、売り切れるには早すぎるんだな?」
「そう思う」
「一度に買える個数に制限はなかったよな?」
「ないよ」
ううん、と腕を組んで唸っていると、宮村は少し身を乗り出しておれの顔を覗き込んできた。
「名探偵の推理?」
「……そんなんじゃないって。ちょっと気になっただけ」
「なら、わたしも気になる」
――これでは恰好つけないわけにはいかないではないか。
「やるからには本気で考えるぞ」
「うん」
「確認だが、限定プリンが足りなくなったんだよな? きのう参加しなかった部員や城崎先輩のために作った、手作りのものではなくて」
「そうだよ。限定プリンのほうはカップを見ればすぐにわかるし、店でテイクアウトしたときの箱に入っていたから」
「それなら混同することはないな、なくなったのは限定のほうだ。となると、不足する場合には二通りの状況がある」
おれは指を立てて数えるようにしながら説明した。
「ひとつ、箱を開ける前から少なかった。ふたつ、開けてから減った」
バスがカーブに差し掛かり、宮村は手すりに手をかけながら応じる。
「つまり、みゆう先輩が買った時点で足りなかったか、学校に持ってきてから盗まれて足りなくなったか、だね」
「その通り」
料理部ではおとぼけのように言われていた宮村だが、案外頭の回転が速い。
「でも、前者はおかしい。だから、後者――盗まれたということだ。それには、プリンがどう保存されていたかを知りたいんだが……」
宮村は人差し指を唇に添え、やや上を見ながら話した。
曰く、家庭科室の隣にある家庭科準備室の冷蔵庫にプリンがあったはずだという。家庭科室と準備室の行き来は自由だが、特別棟の廊下から出入りするには鍵が必要。月曜日は授業の関係から五時間目以降部活までずっと家庭科室および準備室は開錠されている。だが、一番に家庭科室に来ていた宮村と秋津は、準備室に家庭科室側から出入りする人影は見なかったという。二階なので窓からの出入りは論外、まして豪雨の中だった。
次に確認すべきなのは、プリンが減る過程だ。
「まず、先生が食べたはずだよね」
「城崎先輩は?」
「食べてないらしいよ。だから、みんなが集まるまでに減ったプリンはひとつのはず」
城崎先輩は部員のぶんと先生のぶんの、合わせて一一個買ってきたはずだから、先生が食べてから部員が箱を開いて不足を知るまでに、二個減っていたわけか。
「じゃあ、小林先輩と進藤先輩が会って食べたということはないのか?」
その三年生ふたりは授業が四時間で終わるコースに所属している。塾や予備校で忙しいようだが、会ってプリンをもらうくらいの時間は工面できたはずだ。個数の状況からしても一番可能性が高いように思う。
「あき先輩もりょうこ先輩も食べてないってチャットで言ってたよ。だから取っておくことにしたんだもの」
「そうだよな……じゃあ、部外の誰かか? 怪しいのはいないか?」
「誰でも怪しいよね、部員が集合するまで一五分くらいあったから。授業が終わった三年生とか、五、六限に家庭科室を使ってたクラスの人とか。あ、あと放課後には階段でダッシュしてる運動部員とかもいたから」
…………。
――それでは、絞り込みなど不可能ではないか!
焦りを覚える。どこか聞き落としはないか。見逃している可能性はないか。バスの到着も近くなり、雨で冷えた肌とは裏腹に頭の芯はかんかんと熱くなっていく。それに呼応してか、蒸し暑さのせいか、額に汗が流れるような気がした。
誰にでも盗みが可能? そんな馬鹿な。ありえない。
「あ、もう着いちゃったね」減速に気付いた宮村がそう言った。「犯人捜しはもういっか」
そうか、と力ない返事。宮村は荷物をまとめはじめた。
「でも、岩出くん、全然関係のない料理部のことも考えてくれて、真面目なんだね」
「いや、そんなんじゃ……」
頭の中が散らかっていて、おれは改札を去っていく宮村に別れの挨拶をすることも忘れてしまったのだった。




