4-3 プリンを作ろう
日曜日、料理部員は駅前に集まる約束になっていた。プリンを作るための卵をスーパーで購入しなくてはならないからだ。おれも買い出しの取材ができるチャンスだし、時間をそれほど気にせずに済む日曜日のほうがインタビューなどに都合がいいので同行することにした。
昼下がり、集合には少々早すぎるくらいの時間に改札口を訪れると、すでにひとり部員が待っていた。
「あ、岩出くん」
宮村である。なんという僥倖か。
「時間を間違えたみたいで、早く来すぎちゃった」
そのうっかり、大いに感謝!
しかし、すぐに三〇秒を超える沈黙が訪れる。何か話題を。
「雨降らなくてよかったな」
「うん。明日からは一週間降りっぱなしらしいよ」
…………。
人見知りの少女と緊張しきりの少年とでは話が弾もうはずもない。ようやく振り絞ったのが、
「亜妃って先輩は来ることになったのか?」
という他人のことを尋ねる質問。せっかくふたりきりなのだから、宮村本人のことを訊けばよかったものを。
「来られるみたいだよ……あ、ちょうど来た」
……ちょっと残念。
改札を出て来るなり、意外にもその三年生はおれに目を付けた。
「岩出くんだよね、新聞部の」
「あ、はい。チャットで聞いたんですか?」
「それもそうだけど、直巳からね」
「ああ、安斉先輩の幼馴染って――」
「そうそう、私のこと。文芸部でも一緒なの」
笑窪を作って微笑む。その顔を見て、そういえば自分のクラスメイトと似ていると思い出す。おそらく進藤の姉だ、本人が姉妹で学校に通っていると話していた。訊いてみると確かにそうだった。料理部とは接点も何もないと思っていたが、案外学校とは狭い世界のようだ。
さて、間もなくほかの部員たちも集まってきたのでスーパーへと向かった。そこはこの田舎町にとってはかなり便利な店で、それゆえ品揃えも陳列も大量にして雑然とした地元密着という感の強い場所だ。
買うものはそれほど多くないので、数人だけが中に入った。荷物持ちとしておれも中に入ると、野々村先輩がこのスーパーには面白い話があると言って話しだす。
「ここ最近雨が多いでしょ? それでこの前見たんだけどね、その日はずっと雨が降っていたのに、まったく濡れていない小さな男の子がお菓子のコーナーにいたの。不思議だと思わない? いくら傘を差していたりカッパを着ていたりしても、少しくらい濡れるのに」
進藤先輩が口を挟む。
「雨が降る前から店にいたんじゃないの?」
「それはありません。だってその日は一日中雨の止んだ時間はなかったので」
もうひとつ、おれも意見を出す。
「じゃあ、親が車で店の前まで送ってきたというのは?」
「近くに車はなかったよ。裏の駐車場を使うと結局濡れちゃうし」
それなら、と宮村が付け足す。
「親だけ車で別の場所に行ったとか?」
「お母さんは近くにいたんだよ。ロングスカートの裾から水が滴るくらいにびしょびしょだった」
ふむ、それなら不思議な話ではある。この店の上の階に住居はないから、濡れずに入店するには何か特別なことが必要だ。まして背が低い男の子となると、思いがけないことで濡れてしまう。
ところが、部員たちは特段この話を続けようというふうではない。幽霊でも見たんじゃない、と適当に笑って会計へと向かってしまった。
「ほら、しっかり混ぜる!」
学校に移動してプリン作りが始まると、取材には体験も必要、と進藤先輩から冗談半分に泡立て器を手渡された。しかしお菓子などまともに作ったことのないおれには卵をかき混ぜるだけでも重労働だった。何しろ十人前以上あるから卵が多いのなんの。
手首が痛くなってきたところで秋津と交代した。
「いつもこんなに疲れることをしているのか?」
手を捻って伸ばしながら宮村に問う。部員たちにとってはプリンを作る程度朝飯前、先ほどの買い物中に自費で買ってきたお菓子をつまみながら作業しているくらいだ。宮村も好物だというマシュマロを時々口に入れている。
「そうだよ。お菓子ならわたしも得意」
「はあ、すごいな」
おれの家でお菓子を作るとしたら礼奈だが、その礼奈も甘いものが特別好きではないから誰もお菓子作りに興味がない、という話をして笑った。そのうちに秋津と宮村が交代し、その秋津と野々村先輩がカラメルソースの準備を始める。進藤先輩は食器を取りに調理台を離れた。
「お、やっているな」
玉田先生もやって来た。日曜日の調理室が賑わう。
「城崎とは会う約束をしたのか?」
先生の問いに、野々村先輩が鍋を覗きながら答える。
「いやあ、大学生は忙しいみたいで、やっぱり会えないと思います。進路企画が終わったらすぐ帰っちゃうって言ってました」
「そうか。でも進藤や小林なら四時間目で授業が終わるコースだろう? 会えるんじゃないか?」
食器棚の前で携帯電話を見ていた進藤先輩が顔を上げる。
「ああ、私も涼子も塾があるので……たぶん会えないんじゃないかと」
そう言って、蒸し器と三つのカップを持ってきた。この三つのカップはきょう作ったプリンを明日以降に食べる小林先輩と欠席の新入部員、そして城崎先輩のためのものだ。進藤先輩は改めて棚にカップを取りに行く。今度はきょう参加しているメンバーのために、少し小さなものを出す。
「あ、そうだ。いま部員って何人?」
進藤先輩は棚の前でこちらに背を向けながら問う。
「小さいカップは十個出してくださいね」
野々村先輩が大声を出して伝えた。
「わかってるって」
進藤先輩は言われただけのカップを持って戻ってきた。あとはカップにプリンの生地を注ぎ、蒸すだけだ。
そのあいだ、手持無沙汰な進藤先輩と野々村先輩が話す。
「いまね、美優先輩と連絡してたの」
「え、そうだったんですか」
「うん。差し入れにプリン買ってくるってさ。ほら、隣の駅の有名なやつ」
「本当ですか! あれおいしいですよね。……でもプリン被っちゃいましたね、美優先輩らしいですけど」
ふたりの談笑におや、と思い宮村に囁く。
「なあ、チャットって部員共通なんじゃないのか?」
進藤先輩と城崎先輩がチャットで話していることを野々村先輩が知らないのは、変だと思ったのだ。それに、城崎先輩だってプリンが被ると知らなかった。
「そうだよ。チャットは部員全員にタマちゃん先生を入れて十一人」
「ああ、そうか。OGは入っていないのか」
進藤先輩と城崎先輩がグループとは別に連絡を取っていた、というだけのことか。
その後完成したプリンはとても甘くて美味かった。