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4-2 カルボナーラを作ろう

 クラスメイトの男子生徒たちと話していると、しばしば「男子の思う『かわいい』と女子の言う『かわいい』は違う」という話題になる。その考えに流されてしまったのだろう、何となくその通りだと思っていた。でも宮村にそれは当てはまらない。いや、おれと話していた連中は宮村を見て「違う」と思うのかもしれない。しかし、おれは自分の好みというものはともかく、初めて宮村を目にしたこの一瞬で何かを鷲掴みにされている。

 ……こういうことってあるんだな。参ったものだ。

「あ、きょうは何を作るんですか?」

 適当な質問をして誤魔化す。心臓がすっかり照れて胸骨の裏に隠れてしまったのか、いつもの場所にないようで、あるべきものを感じられないふわふわとした感覚に襲われている。そわそわとして落ち着かない。

「きょうはカルボナーラだよ。部員全員お昼抜き」

 二年生のひとりが答えた。それを号令にしたかのように、部員たちはバンダナを巻くなどして支度をはじめる。九人では多いので五人と四人のグループに分けて作るそうだが、おれは部長がいる四人のほうに加わった。

 これは本当に意図していなかったのだが、そちらのグループには宮村もいた。

 一年生が宮村を入れてふたり、二年生がひとり、そして三年生の小林部長だ。

「この部は三年生も引退せず活動するんですね」

「まあね。料理するだけで負担もあまりないから、九月の文化祭くらいまでは。とはいえ私も土曜日の調理にしか参加しないし、もうひとりいる三年生の亜妃(あき)は塾の都合で一日も来られないんだけど。だから、実質的な部長は果歩(かほ)だよ」

 果歩というのは二年生の野々村(ののむら)先輩のことだ。ついでだからと自己紹介が続き、宮村の友人の一年生は秋津(あきつ)みどりだとわかった。

「ええと、わたしは宮村ひとみ……です」

 人見知りなのかシャイなのか、お下げ髪の彼女は声も姿勢も縮こまる。まだバンダナを巻いていない彼女は、つむじまでもが見えそうなほど背が低く、恥じらっていっそう小さくなる様子を見ていると背筋をくすぐられるようだ。

 ただその容姿とは印象の異なる、大人びた低めの声がおれの頭に響く。少しだけハスキーがかった声は、宮村に容姿だけではない奥ゆかしさを与えている。

 名前はもうわかってるでしょ、と秋津が宮村の背中を叩く。叩かれたほうは大袈裟にびくり肩を揺らす。おれもつられて小さく、びくり。

「ひとみってこんなふうにスキだらけなの」

 秋津が含みのある言葉で嫌味な笑みを浮かべる。おれは表情を隠すのが苦手なようで、見れば、ほかの三人までもにやにやとしている。居心地が悪いったらない。

 さて、カルボナーラと聞くと、作るのが面倒だという家事に物ぐさな母の言葉を思い出す。ところが思ったより材料は少ない。卵がやたらと多いくらいだ。

「そういえば岩出くん……だっけ?」

 宮村が小さく手を挙げる。やめろ、小首を傾ぐな。心臓が破裂してしまう。

「あ、うん。そうだけど」

「……お昼食べた?」

「少ししか食べてない」

 おれは平然と嘘をついてしまった。

「じゃあ……岩出くんのぶんも少し取っておかないとね」

 直視に堪えない宮村の笑顔。ああ、そこから覗く八重歯が。

「数段飛ばしで手料理ゲットだね」秋津の軽口に、おれは奥歯を食いしばって表情を引き締めた。「おお、そう怖い顔をしなくても」

 いい加減新聞部としてのスイッチを入れ、一歩下がって写真を撮ることに専念した。料理風景の写真だから、使うのは数枚でも多めに撮っておいたほうがいいだろう。言うまでもないことだが、宮村がひとりで映っている写真は撮っていない。断じて。

 ミーティングの時点で調理方法を確認しているので、てきぱきとカルボナーラが作られていく。おれも必要に迫られて料理をすることはあるものの、素直に感心する。何かを一方でしているときに他方で別のことを進める、ということを分担という以前にその場その場の判断でこなせるのだ。

 その中で宮村だけは危なっかしいところがある。段取りが悪いのか、単におっちょこちょいなのか、言われたことを忘れていたり、危うく器をひっくり返しそうになったり。おれはうっかりそれに目を奪われそうになっては部員の視線に気が付き首を振る。

 平常心を保つのが難しい。

 特に卵を上手に割れず手をべとべとにするところばかりは正視に堪えなかった。

 ついにパスタと卵を絡めようかというとき、準備室から玉田先生が現れた。おれは別の先生に家庭科を教わっているのでよく知らないのだが、背が高く切れ目の外見もあってクールな人という印象だ。煙草を吸っているところも見たことがある。

「タマちゃん先生、どうしました?」

 野々村先輩が顧問を出迎える。

「タマちゃん先生って……」おれはつい呟いた。「イメージと違うな」

「すごくフレンドリーな先生なんだよ」傍にいた宮村が囁くように答える。「部員のチャットにも入っているくらい」

 へえ、と気の抜けた返事。

 タマちゃん先生は活動の様子を見回しながら、野々村先輩に応える。

「いや、二年生は月曜日に進路の企画があるだろう? そこに城崎(しろさき)が来るんだよ」

「え、美優(みゆう)先輩が!」

 何人かの部員が玉田先生をばっと振り返る。そして、感慨深そうに「早く教えてほしかった」「会えるのかな」などと色めき立つ。

 どんな人? と宮村に小声で尋ねる。宮村は首を振った。

 確かに、その城崎美優という先輩の来訪に興奮しているのは小林先輩や野々村先輩といった二、三年生だ。

 玉田先生は、言っておけばよかったなと苦笑い。

「城崎とお前たちが会えるかは微妙だが、何か作ってやるのはどうだ? ほら、城崎といえばプリンが好物だっただろう。もし会えなくても、後輩たちの作ったプリンがあったらきっと喜ぶぞ」

「そうですね、明日集まって作りましょう!」

 野々村先輩が手を叩いた。本当に楽しそうだ。

 ここで、話にあまりついていけていない一年生を代表して、その城崎美優とはいったい誰なのかと質問する。

「料理部のOGだよ」小林先輩の声は小躍りしている。「三年生のとき引退せずに毎回部活に参加してた先輩でね、しかも名門大学に進学したすごい人なんだよ」

 と聞いても、後輩たちとは温度差がある。人気者だとはわかった。

 野々村先輩は話を進め、日曜日の明日学校に来てプリン作りに参加できないかと部員たちに尋ねる。できると答えたのは七人だった。

 できないと答えたうちのひとりは小林部長である。

「ごめん、日曜日は無理なの」

 そうですか、と残念そうな野々村先輩。

「じゃあ、亜妃先輩も誘わないほうがいいですかね?」

「ううん、それはいいんじゃないかな? むしろ訊いてみたら? 亜妃はまだ何も知らないんだし、ひとりだけ何も知らなかったじゃいくら受験生でも寂しいもの」

 野々村先輩は頷いて、さっそく携帯電話を取り出した。部員用のチャットを使うらしい。

 その後まもなくカルボナーラが完成した。宮村が盛り付けたそれを、おれは食べ過ぎなど毛頭考えず二度目の昼食として腹に収めた。

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