第一回 ホームルーム
新学年特別号掲載
『手紙を開くとき』
星宮アリス
「主役はやっぱり俺だろう!」
直登が声を張って手を挙げたのは、文化祭に向けて制作することが決定した映画について話し合う、初めてのホームルームでのことだ。
いささか気の早い立候補に戸惑いつつも、クラス委員の美穂やすでに進行役となることが決まっていた正樹は、内心、直登が役に就きたいと思ってくれたことに喜んだ。映画の原作となるのは文芸部員の香織が昨年描いた小説『手紙を開くとき』で、その主人公は溌溂とした明朗な役柄。つまり直登にはぴったりだったのだ。もっとも、それこそ目立ちたがりである直登の性格を考えれば、映画の主役など食いつかないはずはなかった。
美穂と正樹が正式に多数決を取ると、反対者はひとりもいなかった。それは、直登がはまり役であることに誰もが同意しているというだけでなく、直登に意見するのは憚られるという教室の空気をよく表していた。
「じゃあ、次はヒロインの役を決めないと。誰がいい? 立候補はいるかな?」
香織の作品『手紙を開くとき』は高校生の男女の物語である。クラスでの立場が相反するふたりが、偶然が重なった結果手紙でやり取りをするようになり、次第に惹かれあっていく、というものだ。セリフが多く登場人物の関係性が明確なこの物語は、素人が集まって夏休みの時間だけで作る映画にはうってつけであった。ただし原作者の香織は「陳腐なストーリの古い作品だから」と、映像にするまでもないというふうに言っている。
「主役が直登なら、相手役は愛羅じゃないか」
どこからかひそひそと、ヒロインの配役について囁く声が聞こえてくる。その言葉を敏感に聞きつけた愛羅は、気取って髪を払い、座席でふんぞり返って腕を組む。
「まあそのとおりね。なんなら、やってあげてもいいけど」
彼女の態度の真意を理解できないクラスメイトはひとりとしていない。ただひとり直登を除いて。
「まさか! お前じゃキャラクターが合わないだろう」
直登は愛羅を指さしからからと笑う。ふたりは普段から軽口を言い合っていて、このときも愛羅は顔を赤らめつつ「ええ、つまんない」と甘えたような声で不平を言った。
半分ふざけていた直登だが、言っていることは正しかった。小説に登場する少女は、引っ込み思案で物静かだ。派手でよく目立つ愛羅とは似ても似つかない、それこそ正反対の存在だ。いや、むしろこの映画において愛羅が得られる役はないかもしれない。
一応、美穂は愛羅に気を遣って訊く。
「愛羅、どうしても何か役が欲しかったの?」
愛羅はいっそう顔を赤くし、目を泳がせる。
「ま、まあ、せっかく映画やるなら映っておきたいよね」
椅子に座りなおして肘をつき、髪をいじっている。その様を見た直登も直登で思うところがあったらしく、
「愛羅も出られるようにすればいいじゃないか。ちょっとくらい変えたっていいだろ?」
と笑いながら提案する。
「おいおい、無茶を言うなよ」
直登と親しい正樹が主役の失礼を諫める。とはいえ、当の香織のほうは「別にいいよ」と欠伸でもしたいふうだ。
それからというもの、配役には少なからず直登の意見が反映されるようになった。主役としてある程度そうしたことがあってもよいのであろうが、一部のクラスメイトには不満を押し殺した色が見えた。
その直登の指名も、なぜかヒロインには言及されない。不思議に思った美穂は焦らしているのかと思って、直登にヒロインも決めてしまうよう言った。
すると、直登はしばらく黙って勿体ぶると、「実は最初から決めていたんだよ。ヒロインはこのみがぴったりだ」
と、この会議でひとつも言葉を発していなかった教室の隅の少女を指さした。
【次号に続く】