3-6 信任投票
事務室に寄っておじさんに二、三訊いたのち、新聞部に向かった。
それには岡本もついてきた。犯人がわかったと言ったせいで、それを教えろと言って付きまとうのだ。一応、岡本がいれば生物部関係の部分でおれのフォローにもなるだろうと思ってそのまま来させた。
部活が始まる前のこの暇な時間帯、部長はお客さんを呼んで談笑していた。
「南先輩、ちょうどよかった」
部長と選管の委員長が会話をいったん止めた。
「投票用紙の紛失事件、犯人に興味はありますか?」
「え、調べていたのか? 三倉ともそれを話していたんだ」
部屋の奥に進み、説明を始める。
「犯人は佐伯先輩です」
ええ、と岡本が割って入る。
「でも、理由がないじゃん! 部室にも入りたくないんでしょ?」
「それはいまから説明する」
おれは南先輩のほうに向きなおり、順を追って話した。
つまり、こういうことだ。
佐伯先輩が投票用紙を盗む手順は極めて単純だ。生徒会室には窓から侵入する。生徒会室の窓は暑さのために開けられており、簡単に入ることができる。しかも、選管は各クラスがしっかり回収できているかを確かめるために出かけており、唯一残った南委員長もドアの外で立って待っていた。生物室から生徒会室内の様子がよく見えるとはいえ、せいぜい部屋の半分程度、佐伯先輩が目撃されないよう配慮することは可能だ。となれば、誰の目もない無人の部屋から紙の束を持ち出すくらい容易い。
ここから部室棟に大量の紙の束を運ぶときは、川崎が言っていたように目立つから苦労するだろう。だが、佐伯先輩は事前に鍵と台車を借りてあった。生徒会室で同時に盗んだ段ボールに投票用紙を入れて、それに乗せたらもう生物部員お馴染みの光景となる。
岡本が「だから事務室に行ったのか」と手を叩いた。そう、おれが先ほど確認したのは、鍵を借りた生徒のリスト。そこにはばっちり佐伯先輩の名前が書いてあったし、おじさんが「まただね」と言っていたのはおそらくこのことだ。
だが、鍵を借りるには時間がかかって、並んでいるうちに生徒会室に人が戻ってきてしまうのではないか、という部長の質問。これも解決できる。佐伯先輩はクラス委員として生徒会室に自分のクラスの投票用紙を持ち込む役目があり、しかもそれによって終礼に参加する時間を省くことができる。また、生徒会室は一階だから、部室棟に行くまでの時短に有利だ。
そうして、エレベーターで六階まで運べばいい。なお、ここまでに川崎と会っているだろうが、川崎がそれを疑問に思っていなかったのは、川崎は部室へ出かけてすぐ梶原先生とすれ違っており、佐伯先輩が荷物運びを任せられていることを聞いたからだ。箱の中身を確認することもない。腹痛でトイレに行ってしまって、その間におれと岡本が発見して持ち帰ってしまったのだから。
虫嫌いに関しては、さほどの障害にはならなかったと考えられる。冷暗を保つために籠には布がかけられていたし、佐伯先輩自身、岡本がすぐ横で素手でミルワームを扱っている程度なら我慢できる。
最後に、南先輩がどうしてそんなことをする必要があったのかを問う。
「それはおそらく、投票方法を間違えて伝えてしまったのでしょう」
え、と南先輩が顔を歪める。周知を徹底した側にとっては意外だろう、佐伯先輩には真面目という評判もある。
「佐伯先輩は昨年、選挙管理委員を務めていましたよね? で、今年は久々の信任投票で選管全体が戸惑っていました。佐伯先輩だって間違えても仕方がないと思います」
同時に、生物部では岡本が「会長候補」と呼ばれていた。これによって決選投票だと少しでも思い込んでしまったなら、信任投票とわかったとしても投票方法に向ける意識は薄れてしまいかねない。
「だからって投票用紙を盗むのか?」
「佐伯先輩にはそれしか考えつかなかったのでしょう。というのも、『不信任』の投票方法と『信任』の投票方法を間違えてしまったんだと思います。選挙結果のパネルでも、ちょうどおよそ一クラスぶんの不信任が投ぜられているとわかりますから」
「自分のクラスメイト全員に不信任の票を入れさせてしまったということか! ああ……どうりで何枚も不信任が続いたところがあったわけだ」
「二条先輩の支援者として、そして友達として、できるだけ不信任の票を入れさせたくなかったから、できることなら自クラスの投票用紙すべてを盗んで信任の票として書き換えてしまうしかない、と考えたのだと思います。そうそう、学年ぶん全部盗んだのは、手間を省くのと、目的を見えにくくしようとしたので間違いないでしょう」
とはいえ、実際盗んでみて訂正が困難だとわかったのだろう。四〇枚以上を可能な限り痕跡の残らないように直そうというだけでも難しいだろうが、中にはボールペンで書かれたものだってあっただろうし、まったく白紙という紙を用意して差し替えようにも副会長以下の決選投票のせいで白紙は見つからない。川崎がいることも考えると、隠すところまでで精一杯だったのだろう。だから、おれたちに発見されてしまった。
南先輩は腕を組んだ。
「そうか……それだと、佐伯を責めるのも申し訳ないよな。二条の不信任が佐伯のクラス全員ぶんだなんて、いくら勘違いだとしても二条に伝わったらふたりとも嫌だろう。二条が無事に当選したいま――佐伯には悪いが――何もなかったということするのが一番だ」
投票用紙紛失事件の真相は、新聞部部室にいた四人だけの秘密となった。
その後、取材は一からやり直しとなった。
何せ、生物部のことを生徒会との関係を絡めて記事にしようとしていたのに、今回の件を表沙汰にしないためにもすべてボツになってしまったのだから。二度めの取材に中谷先輩はかなり面倒くさそうで、とても申し訳なかった。三倉部長は二回も取材できて練習になっただろう、と笑った。
結局、生徒会に関する記述がなくなったせいで、特色のない普通の紹介記事になってしまった。正直自分で読み返しても、中学生のころのレポートのようだ。部長の手助けもあったおかげで初めてのときのような厳しい校正もなく終わったが、次からは何か工夫があったほうがいいだろうと話した。
岡本からは、とびきりかわいい女の子の写真を貼ってほしいとしつこく頼まれた。そしてそれは自分をおいてほかにいない、と。お前の写真はあるから、と言って黙らせないと無理やりにでも写真に入ろうとして来るものだから大変だった。とはいえ岡本とは秘密を共有する仲なので、おれは約束をちゃんと守ることにした。
だから、メスのハムスターの写真を貼った。
作業を終えたおれは、新聞部のアカウントでフリーメールにログインする。
『五月号の原稿です。確認お願いします』