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3-5 投票用紙が消えるまで

 おれの家では家族それぞれ起きる時間がかなり異なるため、朝食は各々が好きなものを好きなように食べる。

 食パンを見つけ、適当に焼いて食べようと決める。冷蔵庫を開けるとスライスチーズがあったのでそれを乗せて焼いた。一枚だけではパンもチーズも中途半端に余ってしまい、トースターの電気代ももったいないので、礼奈のぶんも作ってやった。

 朝食後は、支度を済ませてリビングで天気予報を見てから出かけるのが習慣だ。そのときに礼奈が下りてくるか、寝坊しているのを起こすかだ。

 きょうは自分で起きてきた。

「パン、チーズ乗せて焼いてあるぞ」

 二歳年下の妹から返事はない。朝はいつも口を尖らせ黙っている。

 礼奈はパンを一瞥すると、手を付ける前に冷蔵庫を開いた。そしてマヨネーズを取り出してたっぷりかけると、少しだけ焼き直して食べはじめた。

 ……こいつめ。

 礼奈は偏食のきらいがあり、特にマヨネーズをよく好む。しょっぱくて濃い味が好きなようで、甘いものよりもそちらを選ぶ。かなりカロリーの高い食事をする割に太らないのは、陸上部で運動しているのと、本人の燃費が悪いのとが理由だろう。

 食パンの両端を両手で持って齧っている姿は、ハムスターを彷彿とさせる。礼奈も昔親にねだって飼っていた。お金以外はおれや親に頼らず自分で世話をし、死んでしまったときも気が強いので泣かなかったのを憶えている。

 しかし、次第にきのう脳裏に焼き付いたハムスターの映像が重なっていく。礼奈もそいつも、ゲテモノを口にして――

「……何見てんだよ、眼鏡」

 妹が不機嫌そうに兄に向って暴言を吐く。だが、今回ばかりはそのおかげで余計なものを想起せずに済んだのだから感謝したい。



 登校するとすぐ、赤い花のついたパネルが目に飛び込んできた。


『生徒会長候補 二条榛名 当選

 信任 一一三六

 不信任 四二

 無効票 五』


 ……まあ、そうだよな。


 この日は土曜日で、取材前に食堂を訪れる。誰とも約束せずに来たので、ひとりで食べることになるかと思っていると、見知った顔に出会う。

「あ、諒じゃん! ちょうどいいや、一緒に食べようよ」

 同じくひとりで座席を探していた岡本である。

 こいつと食べているとせわしなくて嫌だな、とは思ったが、テーブルでおれと岡本が一緒にいればそのうち部員が集まってきて取材にちょうどいいかもしれない。適当に席を見つけ向かい合ってトレイを並べた。おれは日替わり定食、岡本はカレーだ。

「それにしてもきのうは何だったんだろうねえ。投票用紙が部室にあるなんて」

 正面のお団子頭はまた無為で支離滅裂な話でもはじめるかと身構えていたら、意外にも真っ当な話を切り出した。

「誰かが生徒会室から盗んであそこに持って行ったんだ。それ以外考えられない」

「じゃあ犯人は?」

「生物部の誰か。でないとあの部屋を開けないはずだ」

 それならね、と岡本が人差し指を立てた。

「川崎が怪しいよ」

「……確かに、途中からいなくなったよな」

「きっとそのあいだにやったんだよ!」

「だが、時間が足りないと思うぞ。川崎が生物室を離れたころには、部室棟の事務室に行列ができている。鍵がなければ用紙を運び入れることなんてできないんだから、並んでいるうちにおれたちと鉢合わせただろう。だから、犯人という可能性は低いんじゃないか?」

 ちぇ、と岡本。

 まあ、充分怪しいとは思うがな。

「それよか、佐伯先輩のほうが怪しいと思わないか? 佐伯先輩も放課後になってしばらく生物室に姿を見せなかったぞ」

「ええ? それはないよ。優樹菜先輩は優等生だから」

「主観と客観とを間違えるなよ」

「いやいや、だってクラス委員だよ? 去年は選管だったし」

「なおさら怪しいんじゃないか? きのう、あの先輩が生物室に来るまで二〇分は空白の時間があった」

 二〇分もあれば部室棟まで往復できるのではないか。

 しかし、岡本はスプーンを咥えながら首を横に振った。

「それは変だよ。優樹菜先輩は会長になった榛名先輩の支援者だよ? 投票用紙を盗んで開票がストップしちゃったら、かえって良くないじゃん。やる前から榛名先輩が会長でほぼ決まりだったのに。あと、優樹菜先輩は虫が嫌いで部室には寄り付かないんでしょ?」

 う、と口籠る。ごもっともだ。理由のことは考えていなかった。

 仕方がない、切り口を変えよう。

「じゃあ、今回の選挙に直接関係している部員はほかにいないのか?」

「ああ、それなら東尾ちゃんだよ」

「そうか、選挙管理委員だからな。だが、選管は見回りで忙しかったはずだ。ほかにいないのか?」

「なら、あとはあたしだね」

「……はあ?」

「あたし、会長選に立候補しようとしたんだよ。まあ、支援者十人が集まらなかったから諦めたんだけどねえ」

 …………。

 こいつ、やっぱり根性あるんだな。

 この学校では生徒会長は生徒の代表としてふさわしい人物が選挙で選ばれればいいというスタンスなのか、学年に制限はない(任期切れ前に卒業してしまう三年生は除外となるので、具体的には一、二年生に制限がないということ)。それでも、歴代の会長の中に一年生はいないと聞いたことがある。

「それは大騒ぎになっただろう」

「まあねぇ。生物部じゃ『会長候補』なんて呼ばれてたよ」

 つい味噌汁を吹き出しそうになる。馬鹿にされていたんじゃないか。

 半分ほど食べたところで、川崎がおれたちを見つけてラーメンを持ってやってきた。きのうの話か、などと訊きながらおれの隣に座った。

「川崎、あんたきのうどこで何やってたのさ」岡本がストレートに問い返す。「諒が探してたんだって。犯人候補だぞ」

 いや、ついさっきおれは川崎犯人説を否定したぞ。

「犯人? そんな馬鹿な、俺は部室にいたんだぞ」川崎は淡々と答える。「でも、腹の調子が悪くてトイレに籠ってる時間が長かったから、入れ違いになったかもな」

 その川崎もラーメンをいくらか啜ってから疑問を口にする。

「それにしても、どうやって投票用紙を運んだんだろうな? あんなのを持ってたらかなり目立つぜ? 二年生の用紙全部なんて、四百枚弱はあるわけだから。万一ばら撒いたら大変だ」

 …………。

 おれはトレイの上の皿を空にして、箸を置いた。この食事のあいだに今回の経緯はだいたいわかった。

 まもなく川崎も食事を終えたので、立ち上がる。

 取材のときに写真を撮りたいから、新聞部にカメラを借りに行くから先に生物室に行ってほしいとふたりに伝える。すると、岡本が呟いた。

「犯人がわからなくてがっかりだねぇ」

「いいや、おれにはわかった。時間から考えて犯人はただひとり、大切なのはその理由のほうだ。……これから事務室に行って確認する」

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