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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
アリスの小説
12/58

第二回 映画制作

新入部員特別号掲載


『手紙を開くとき』

星宮アリス

 映画は夕方のシーンが多かった。

 夏休みまで制作を後回しにしていたクラスにとって、時間的制約は何よりも厄介であった。映像加工が得意なクラスメイトはいないため、必然的に夕日が差し込む時間の作業が増える。そうなると、学習塾や家庭の習慣などによって撮影になかなか参加できないメンバーが多くなってしまうのだ。

「ごめん、きょうも……この時間までなの」

 ヒロインに抜擢されたこのみも、例外ではない。予備校が週四日の日程となっており、空がオレンジ色になる理想的な時間帯には学校にいられない日が続いた。

 各々忙しい中でも集まっていた十数人ほどのクラスメイトたちは、そのたび落胆の色を隠せない。

「そっか。仕方ないね」

 このみと最も仲の良い美穂がフォローする。

「わたしのシーンが一番多いのに、これじゃ撮り溜めできないよね。ほんと、ごめん」

「ううん、いいの。むしろ、自分のシーンじゃないときも手伝いに来てくれてて助かる」

 美穂の言葉を受け取ると、このみは頭を下げるかのように身をかがめてそそくさと教室を後にした。

 彼女の気配がなくなると、自然、不満の声が聞こえはじめる。

「主役のくせにまだ三分の一も撮れてないぜ」

「いまのって、進行係と原作への皮肉?」

「役を代わってもらえばいいのに」

「もとはといえば直登の我儘のせいだよ」

 その声に美穂は声を荒げそうになるが、ぐっと堪える。委員長がクラスの和を乱してはならない、そう自分に言い聞かせた。

 だが、その日は美穂ではないひとりが堪えきれなくなって声を上げた。

「そういうこと言うなよ。台本だってかなり無理を言って変更したんだ。いまでも充分あいつは役割を全うできているよ」

 美穂は一瞬直登がそう言ったのかと思ったが、振り返ってみるとそれは正樹であった。直登はそのとき、自分の出番ではないからと席を外していた。

 正樹は大声で威嚇するようなことも、睨み付けて黙らせるようなこともしなかった。少し俯いて、静かに説得する口調だ。とはいえ、映画制作のあいだに正樹と長時間関わってきた美穂や愛羅、香織などは、そのときの正樹が確かに怒っていることを感じ取っていた。

 そのとき、直登が教室に戻ってきた。

「ありゃ、このみは帰っちまったのか?」

 間の抜けた声を漏らした直登は、口を尖らせふうん、と頷きながら荷物をまとめはじめた。

「直登? まさかお前まで帰るのか?」

 親友たる正樹でさえ、直登のその行動を疑った。主役まで名乗り出た映画の撮影を軽く見ているのではないか。

 正樹に疑念の色が出ているのは誰が見ても明らかであった。それでも、直登は飄々としている。

「俺ひとりで撮れる夕方のシーンは全部終わらせたじゃないか。ほかの場面はこのみがいなきゃできないし、きょうは夕立がありそうだぜ」

 直登の言っていることはすべて正しかった。彼は彼のできることを終えていたし、台本や制作の流れはその通りで、窓の外には積乱雲らしき不穏な雲が山の端から覗いていた。

 それじゃ、と直登は本当に帰ってしまう。

 教室が静まり返る。悪くなった教室の空気を元に戻してくれるとしたら直登しかいない、集まった全員がそう思っていたのだ。

「さ、あたしたちでできることはやっちゃおう。まだまだやんなきゃいけないことはたくさんあるんだし!」

 愛羅が手を叩いて教室の中央に躍り出た。助かったとばかりに作業は再開され、正樹も角を立てることはなかった。少しばかりの生徒が、夕立の心配を理由に帰っていった。

 にぎやかな教室が戻って美穂は安心していたが、他方校舎前を直登と歩くこのみを偶然にも見かけてしまってからは、気が気でない。

【次号に続く】

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