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アリスをめぐるミステリー  作者: 大和麻也
新入部員特別号
10/58

2-5 倉庫の整理は難しい?

 ミニハードルの片付けは結構な労働だ。棚は下のほうなのだが、そのものが重いから倉庫に運ぶだけで腕が痛くなるほどだ。

「ここに置けばいいんですか?」

 赤川先輩に片付けの方法を問うが、助っ人マネージャーはこくりと頷いたり首を振って指さしたりとあまり親切に教えてくれない。おれと交わしてくれる言葉なんてせいぜい「うん」と「ううん」くらいだ。

 指定されたものを運んでグラウンドに戻るころには、荷物運びの重労働と、先輩の無言のメッセージを読み取る気苦労でいささか疲れてしまっていた。

 こっそり米原先輩に尋ねる。

「赤川先輩って無口なんですね」

 ああ、と赤川先輩の友人も苦笑い。

「シャイな子だから」

「勝手なイメージですが、物静かで、サッカー部って感じの人じゃないですよね」

「そうね。でも、お兄さんがサッカーをやってたらしいから、意外と詳しいの。それに、中学が同じだった藤田くんとはよく喋るんだよね」

 確かに、藤田先輩は話しやすそうな人だった。

 米原先輩はしばらく手が空きそうだったので、ところで、とおれは話題を切り出す。

「倉庫はまた散らかっていました?」

「平気だったよ。きのうはみんなちゃんと片付けたみたい。まあ、充にも注意しておいたしね」

 米原先輩は腰に手を置き、ふう、と息をついた。土曜日は活動時間が長いから、平日に比べれば落ち着いていられるのだろう。

「やってみて思ったんですけど、倉庫の整理ってそんなに難しいですかね?」

「そんなの、簡単に決まってるでしょ。どこに置けばいいかなんて書いてあるんだし。というか、簡単なのに間違えて仕舞ってあるから困るんだよ。……いろんな部員が出入りするから、手抜きするのも中にはいるんじゃない?」

「しょうがないことなんですかね?」

「たぶんね。マネージャーも部員も、慣れているわけじゃないもの」

 ここでひとつ、米原先輩に訊いてみたかったことがある。

「先輩は一番にカギを借りて、最初に倉庫を開けるんですよね?」

「そうだよ」

「先輩は片付けをしないんですか?」

「…………」

「あと、倉庫を開錠してから、中を見てます?」

 おれから目を逸らす。いままでさんざん先輩ぶっていたが、当の本人も「慣れすぎている」ところがあるようだ。

「やらないんですね?」

「ま、まあね。片付けはほかに忙しいことがあるから結子や充に任せているし、カギを開けたときも中なんて見る必要はないでしょ? どうせすぐ戻ってくるんだし」

 明らかに焦った口調。表裏があるというか、この先輩にはいくつかの側面があるようだ。

 次からは中をちゃんと確認し、モノを出すときにだけカギを開けるよう勧める。

「何となくわかりました。サッカー部は、うっかりと故意とを間違っていたようです」



 新聞部に戻ると、部長と安斉先輩がちょうど部室にいたので、取材中の様子や下準備をしていなくて叱られたことを話したら、案の定笑われた。

「米原先輩って案外毒舌なんですね」

 と安斉先輩にちょっとばかり愚痴を垂れる。先輩は笑いながら返す。

「そうかも。私よりはマシだけど」

 …………。

 すぐに、安斉先輩は文芸部に顔を出しに出かけてしまった。入れ替わりに顧問の西野(にしの)先生と、田崎が部室に入ってきた。

「先生、どうしました? 英語部は?」

 部長が訊くと、西野先生は特に用事はない、とさっぱりした応答。英語部にはいま映画を観せているから、少し抜けて新聞部のほうの様子を見に来たのだという。新入部員特別号の進捗などを部長といくらか話した。

 ここで、英語部と聞いてふと思い出す。

「あ、西野先生。先生って英語部でも顧問なんですか?」

 社会科教諭はおれを振り返る。入部届の提出のときに会ったので顔見知りだ。

「そう。若いころはよく旅をしたものでね、何ならフランス語部だって指導できるぞ。で、それがどうした?」

「ああ、いえ。サッカー部のマネージャーにも英語部員がいたな、と」

「中沢のことか? あいつきょうも遅刻してたなぁ。岩出、知り合いなら注意しといて」

 けらけらと笑って、白髪の教師は部室を出て行った。

 豪快な人がいなくなり、少々の沈黙。

 田崎は? と部長が問うと、田崎はUSBメモリを差し出した。

「記事のチェックお願いしてもいいですか?」

 その言葉に驚いた。もう取材が終わったのかと問う。

「うん、もう終わった」田崎は微笑んだ。「手芸部は緩いから、何となくって感じで取材が進んじゃった」

 聞くと、授業終了から三〇分ほどは活動が始まらずのんびりと部室で過ごし、終わるときも各部員が作業の進行を判断して適当なところで切り上げてしまうのだという。だから、田崎はその開始前の三〇分のうちに取材をおおよそ済ませてしまったのだ。新入部員がたったひとりだったのも田崎の取材終了を早めた理由のひとつである。

 部長が田崎からメモリを受け取り原稿のチェックを開始する前に、ひとつ頼みごとをする。

「あの、室戸監督のことをちょっと検索してもらってもいいですか?」

「おう、いいぜ」部長はブラウザを起動し、にやりと笑う。「下調べってやつか? 真面目だなあ」

 室戸監督の経歴を紹介する記事を発見した部長は、そのリード文をざっと読み上げる。少々古い特集記事のようだ。

「『永正(えいしょう)大学OB。永正大学付属第二高校サッカー部で監督を務め、四年目となる今年は県大会で三位入賞を果たした。全員攻撃、全員守備の組織力と前線からのプレッシャーにカウンターも絡めた運動量重視のスタイルは、長い時間と数々の苦労なしには完成しなかった。根幹となる体力強化の見直しにはエースの怪我や部員の反発が付いて回り、それらを乗り越えた室戸監督の手腕に迫る』――だってさ」

 …………。

「わかりました、ありがとうございます」

「これだけでいいのか? 面白そうだからもう少し調べてもいいし、こういうのは好きだから俺に任せてくれれば何だって徹底的に調べてやるぜ」

「じゃあ、可能な限りでいいので、かつて室戸監督の下で怪我をした主力部員の名前を調べてくれますか? ここ数年のデータで大丈夫かと思いますが」

「あいよ、任せとけ。わかったらメールで知らせてやる」

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