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おどろきは白

大変お待たせいたしました。

今回は少し長めです。



 雪深い今日、ボクはニーリャから驚きの報告を受けた。


「えっと、それは結婚するってこと?」

「うーん、結婚を前提にお付き合い、かな」


 でもそれって、結婚が決まったのと同じことなんだよね。



「ニーリャは、幸せ?」


 一応、そう聞いてみた。


「うん。いろいろ、あるけど、そんな風にリュカさんに言ってもらえたことが嬉しいって思えたから。

 みんなとちゃんと、向き合いたいって、思えるようにもなれた」


 伸びた艶やかな黒髪から覗く綺麗な黒い瞳には、そんなニーリャの思いと同じように深いところで光っている。



 ニーリャは、なんて言うか、ずっと宙ぶらりんだった。

 かわいくて、頭も良くて、夕日色のお兄さんのお気に入りのニーリャは、ボクにもとってもやさしくて、ここに馴染むのも早かったけど、偉ぶったりなんてことはなかった。

 でも、ボクらとは、ちょっと距離があるような気がしてた。


 よその世界から来たらしくて、言葉もわからない、生活もちがう、知り合いがいない、自分がわからない。そんな不安を隠そうとして、でも隠しきれてないニーリャは、周りから見ると迷子で途方にくれる子どもみたいだった。


「ニーリャなら、大丈夫」


 でも今日のニーリャは、ちゃんと地に足がついてるというか、ぼんやりあった迷子ちゃんみたいな雰囲気はない。


「ありがとう」


 はにかみながらそう言うニーリャは、たった一日で別人みたいになった。

 あんなにニーリャが大切だって態度で示してた夕日色のお兄さんの言葉が、ニーリャの心に響いたんだと思う。



「…ちゃんと言葉にしないとダメなこともあるんだね」

「ん?」


 うっかり考えてたことが口から出ちゃったみたい。でもそれはしっかり聞かれてた。


「言葉だけでも態度だけでもダメ、だよ」

「え?」

「心がこもってないと」


 少し恥ずかしそうに笑うニーリャ。

 ニーリャは、あまりボクにこういうことを言わない。“セイシンロンではどうにもならない”ってよく言うニーリャが、どうしたんだろう。


「うん、考えもちょっと変わったの。

 それに心がこもってる言葉や態度を受けても、それを受け入れる準備ができてないと、しっかり受け止められないみたい」


 ボクの目を見て困ったように笑うニーリャは、恥ずかしそうではあるけど、どこか自信があるように見える。


「でも、受け取ってるだけじゃ、ダメ」

「ダメ?」

「そう、今度は、もらった心を返さなきゃ」

「返す」


 そう言うとニーリャは向かい合っていたソファから立ち上がって、ボクのとなりに座った。


「そうしたいって、思ったの」


 今度はボクの手を取って、軽く握る。

 ほんのり温かい手に包まれているだけなのに、そこからニーリャを強く感じる。


「ね、雪、見にいこ」








 数日前から降り続く雪はまだやまない。


「“しんしん”って使うの。雪がしんしん降るって」


 “しんしん”、そう言われると、雪の降り続く外は、他の季節と比べるととても静かに感じる。

 音もなく空から落ちてくる雪をそんな音で表わすなんて、やっぱりニーリャのいたところの言葉は少し変わってる。


「さむいねえ」

「うん」

「アイスのかみは、雪の中にいると、同じね」


 手をつないで外に出てきて、二人で雪を見ながら話す。


 ニーリャはよく外に出て話したがる。

 なんでかニーリャ聞いたら、雪景色が自分の住んでいたところを思い出すんだ、って少し目を細めて言った。

 だから、寒いけど、ボクらはよく外でお話をする。勉強のことも、料理、掃除、洗濯、服装、天気とか他にもたくさん数えられないくらいのことをニーリャと話した。



「ニーリャは、いつ結婚するの?」

「うーん、まだわかんない。リュカさんは、いくらでも待つって言ってくれたけど、そんなに待たせるのも、ね」


 びっくりするくらい顔を真っ赤に染めて、ニーリャはとっても恥ずかしそうに、早口でそう言った。ボクの方を見ないで言うから、耳まで真っ赤になってるのがよく見えた。


「でも、ニーリャは好き、なんでしょ?」

「……」


 顔を真っ赤にしたまま、ニーリャは口を開かない。目をキョロキョロと動かし、ぎゅっとつむったかと思うと、こくんと首を振って頷いた。


 すると突然、ニーリャは雪かきされていないところめがけて倒れた。


「ニーリャ!」


 慌てて体を引っ張ったけど、ボクの力じゃ支えられなくて、ボクも一緒に倒れこんじゃった。



 二人でぼふんっと音を立てて雪に埋もれて、自然と目線を合わせる。


「雪ん子って、ほんとにいたら、きっとアイスみたいだと思う」

「ユキンコ?」


 未だに真っ赤な顔をしながら、何が面白いのかわからないけど、楽しそうに笑い出したニーリャ。

 きっと恥ずかしすぎて、無理やりボクにわからないような話に変えたんだ。


 ニーリャの真っ赤な笑顔は、真っ白な雪の中で見てるからか、とても目に焼きつけられた。

 その幸せそうな表情は、色んな線があいまいな雪景色の中で、それだけがびっくりするほどはっきりして見えた。



「わたしね、自分がいたところでは、とっても普通だったの。こんな風に、特別にしてもらうことなんてなかったし、リュカさんみたいなきれいな人に大切にしてもらって、さらに、まさか、す、好きって言ってもらえるなんて、ありえないって思ってた。ううん、考えられないことだったの。

 だからね、すっごく不安だったし、今もこわいの。ここで幸せになればなるほど、わたしはどうなっちゃうんだろうって」


 二人寝ころんだまま、ニーリャはボクを見てしゃべってる。ボクの目を見ながら、ボクに向かって話してる。必死にボクになにかをうったえかけるように。


「でもね、だからって、みんなと線を引いて、勝手に不幸に浸ってるのもダメだって、教えてもらって、ようやくわかったの。ちゃんと、幸せになる努力をしないといけないって。

 ねぇ、アイス。わたしが、リュカさんに見つけてもらったように、あなたは、副隊長さんに見つけてもらったんでしょう?」


 ニーリャには色んなことを話してある。だから素直に頷いた。


「あなたもいつか、わかると思う」


 それはどういう意味? と尋ねようとしたけど、やめた。

 やんわりと笑ったニーリャを見て、ボクがきいても教えてくれなさそうだなって思ったから。



「そう。ちゃんと、自分で考えてみて」

「わかった」


 ボクがそう返事したら、ニーリャは嬉しそうに笑ってボクの頭を撫でてくれた。



「じゃあ、ヒント」

「ヒント……」


 ニーリャはボクの頭に手を乗せたまま話し始める。


「“好き”にも、いろんな“好き”があるの」

「いろんな、好き…」

「うん。わたしがね、アイスを好きなのと、龍族のみんなを好きなのと、リュカさんを好きなのはみんなちがうの。わたしにとっては、同じじゃないの」

「ボクとみんなとスフルリュカさま……」


 ボクだって、みんなのことは好き。兄上さまはきっともっと大好き。

 そういうことじゃないの?


 ちゃんと聞きたくて、ニーリャに尋ねようとしたけど、その言葉は突然あらわれた人によって、ボクの口から言葉になって出ることはなかった。



「こら、ニーリャ。そんなことをしていては冷えてしまいますよ」

「イスタも。何故雪に埋もれているんだ。風邪を引くぞ」


 気づけば、ニーリャは夕日色のお兄さんに、ボクは兄上さまに抱えられていた。

 二人はいつの間に来たんだろうと首をかしげると、兄上さまが大きなため息をついた。



「お前達が外に行ったのは聞いていたが、窓から雪に埋もれた姿を見て、慌てて出てきたんだ。こんなに冷たくなって……心配させるなと何度も何度も言っているだろうが」


 ほんとに心配させちゃったんだ…と反省していると、突然寒さをあまり感じなくなった。

 顔を上げると、兄上さまとボクの周りには薄い膜みたいなのができてた。

 きっと、兄上さまが魔法でボクたちを囲ってくれたんだ。冷たい空気を感じないから、寒くないんだけど、服がちょっと濡れちゃってたみたいで、かえってその冷たさを感じて、思わずぶるっと震えちゃった。


「全く、それ見たことか。早く部屋で着替えて温まるんだ」


 兄上さまには気づかれちゃったみたいで、足早にボクは部屋に連れてかれることになった。



「ニーリャもですよ。一度部屋に戻って、着替えてから温まってください。クルク達には、温かい飲み物でも用意するよう私から言っておきますから」

「は、はい。すみません」


 夕日色のお兄さんに抱っこされて、さっきよりもっと顔を真っ赤にさせているニーリャと、ニーリャにだけはとってもていねいな口調で話す夕日色のお兄さん。


 二人でお部屋に戻るみたいだから、ボクはもう今日はニーリャに会えないだろうな。

 さっきのことを聞きたかったけど、夕日色のお兄さんはニーリャが大好きだから、一緒にご本を読んだり、お話をしたり、お食事をしたり、お茶をしたりしてずっとニーリャと一緒にいたいんだ、って兄上さまが言ってた。

 さっきのは、また今度聞いてみればいっか。






 部屋に戻ると、兄上さまの魔法なのか部屋がぽわっと暖かくなった。着替えるように言ってすぐ兄上さまはどこかに行ってしまった。



「よし、着替えたな。ここに座れ」


 戻ってきた兄上さまは、自分が座るソファの隣をぽんぽんと叩いたから、ボクは大人しくそこに座る。

なんだろうと見上げてると、そっちを向け、と言われ兄上さまに背中を向けた。


「全く、髪も湿ってる」


 結んでた髪紐を取り、兄上さまはボクの髪を優しくタオルで拭いてくれる。お風呂上がりにこれをしてもらうのが、ボクはとても好き。




「こら、寝るな」


 とっても気持ちがいいから、体が勝手にふわふわしてきた。


「…仕方がないな」


 あ、体が浮いた。


「違う、俺がお前を運んでやっているんだ」


 でも、ふわふわ。


「もういい。冷えて疲れたんだろうから、ベッドで大人しく寝てろ」



 あっという間にふわふわと浮いた感じがなくなって、ボクはふかふかのベッドにいた。

 薄眼を開けて兄上さまを見れば、ベッド脇にある椅子に当たり前のように座ってボクの頭を撫でてくれる。


 いつものことがボクはたまらなくうれしい。

 でもこれは、いつまで続いてくれるのかなぁ。



「目覚めてから夕飯を食べてもいいし、そのまま朝まで寝てても構わん。

 龍族の子供は、成龍となる二十歳を迎えるまで身体が弱い。無理はするな」

「はい、兄上さま」


 よしよしと頭をぐりぐり撫でられると、眠くて落ちていたまぶたが元に戻った。

 突然眠気が飛んじゃったから、せっかくベッドにいても寝られる気がしない。どうせなら…って思って兄上さまを見上げれば、どうしたって目がきいてくれた。



「…あのね、兄上さま。さっきね、ニーリャから結婚するってきいたの」

「ああ、その話な。スフルリュカは直ぐさま結婚するつもりだったようだが、ニーリャの気持ちを考えて待つと言ったんだ。だから、本当に結婚するのはまだ先だろう。全てニーリャ次第だがな」

「ニーリャ、次第?」

「そうだ」


 兄上さまが言うには、夕日色のお兄さんの好きとニーリャの好きはちょっとちがうんだって。


「好きって、違う好きがあるの?」

「ああ。特に俺ら龍族は」

「でも、ニーリャは夕日色のお兄さんのこと好きって言ってたよ」


 あれ、言ったんじゃなくてうなずいてたんだっけ? まぁどっちも一緒かな。だって、あんなに顔が真っ赤だったんだもん。


「そうか、そんな反応なら(あなが)ち遠い未来でもないな」

「うん、だって、ニーリャが言ってたの。ボクとみんなと夕日色のお兄さんの“好き”は、全部違うんだって」

「ほう、それはいいことを聞いたな」


 後であいつに報告してやろう。って悪い顔して兄上さまは言った。こういう顔の兄上さまはいつも楽しそうで好き。



 そういえば、兄上さまなら知ってるかも。さっきニーリャが言ってた、“好き”のちがいが。

 でも、兄上さまに聞いたら、ズルしたことになっちゃうのかな。


「ん、どうした」


 聞こうかどうしようか迷ってたら、兄上さまに気づかれちゃった。



「…ニーリャには、ないしょ、だよ?」


 兄上さまがちゃんと頷いてくれたから、ボクはさっきニーリャが言ってたことを話す。




「…成る程、それは益々いいことを聞いた。偉いぞイスタ」


 えへへ。褒めてもらいながらなでてもらってると、兄上さまは少し真面目な顔になって口を開いた。



「さっきの好きの違いについてだが、聞きたいか?」


 その聞き方はずるいと思う。

 ボクは知りたいから聞いたのに、兄上さまはわざわざ確認してくる。ボクが、うん、って言うのをわかってるくせに。


「そう拗ねるな。深く考える必要はないが、ヒトとして育ったお前には理解しがたいと思うからこそ、知りたくないなら知る必要はない」


 それでも聞きたいか、と目で問われたような気がして、ボクはただ頷いた。


「ニーリャの言うように、イスタやこの城の面々と、スフルリュカを好きな気持ちは違うのだろう。

 イスタには家族愛というか、妹を愛でるような感じなのかもな。

 この城の連中は皆、気のいい者ばかりだから、そういった知人への情なのだろう。

 スフルリュカに対しては、どうやら愛情まで後一歩というところか。この好きは、男女の好きと言ってわかるか? 結婚したいって思るような相手に感じる好き、とか言った方がわかりやすいか?」

「ニーリャ、スフルリュカさまのお話のときは、びっくりするくらいお顔が真っ赤だったのって、結婚したい好きだから?」

「まぁ、そういうことだろうな」


 結婚したいくらい好きってどれくらい好きなんだろう。やっぱりちょっとわからない。




「ねえ、兄上さま」

「ん」

「ボク、兄上さまが大好きだよ」



 一瞬お目々が飛び出るんじゃないかって思うくらい兄上さまの目が開かれた。こんな表情はめったに見られないから、とっても貴重だ。


「あ、ああ、ありがとう。俺もイスタが大切だ」

「うん。でも、ボク、結婚したいくらい好きって、よくわかんない」


 ぐりぐり頭を撫でてもらうと、気持ちよくてつい目を閉じちゃう。頭から手が離れて兄上さまを見れば、お顔が少し赤い。

 目が合うと、兄上さまはゴホンと喉を鳴らして話の続きに戻った。



「お前の言う好きと、結婚する好きは違う。

 そして言うなら、龍族ではな、慈愛と執着愛という二つの愛に分けて考えられることが多い」

「ジアイとシューチャクアイ?」

「ああ」


 一度言葉を切って、もう一度話し始めるまで、ちょっとの間だけれど、兄上さまはじっとボクの目を見た。何を言われるのかと首を傾げてみたけど、ボクに何か言いたいわけじゃなかったみたいだった。



「慈愛というのは、慈しむ愛、簡単に言うと守りたいって思う気持ちだ。俺がイスタ、お前を大切に思う気持ちも、お前が俺に思う気持ちもこれだ。ニーリャが言う、イスタやこの城のやつらに対する気持ちも、大きく言えば慈愛だ。その相手を大切に、守りたいという好きだな。

 大切で守りたいと思える相手から、愛を返して欲しいとはあまり思わない。親が子を守り育てるのに、理由はいらないのと同じだ。

 執着愛は……」


 静かに話を聞いていたら、兄上さまは突然話すのをやめてしまった。

 どう説明したものか…って珍しく兄上さまが悩んでいるから、ボクはそれなら話さなくていいという思いを込めて首を振る。


 兄上さまはそれに気づいてくれたけど、笑ってお前は優しいなって言って、続きを話し始めた。


「執着愛はその言葉の通り、執着する思いのことだ。それは凄く凄く相手が好きで、その相手から自分と同じだけの思いを返して欲しい。好きになって欲しい、愛して欲しい、そういう思いが執着愛と龍族の間では言うが……お前にはまだ難しいかもな」


 ちょっと照れたように笑う兄上さまのお話は、ボクにだってわかる。



「さあ、目が覚めてるなら、起きて何か食べたほうがいい。身体ももう温まっただろう。それとも、もう寝るか?」

「起きる」


 布団を避け起き上がると、兄上さまが脇に手を入れて抱き上げてくれた。

 こんなことしなくても、ボクは一人で起きられるのに…って思っていると、兄上さまはボクを抱えたまま笑う。


「そうむくれるな。俺はまだまだお前を甘やかし足りないんだ」


 大人しく甘やかされろ、と笑顔で言われた。兄上さまはボクがイヤと言わないことをわかってる。それがちょっと悔しくて顔を背けても、兄上さまが笑っているのが振動になってボクも感じるし、笑い声だって堪えてるけど、全然堪えきれてない。



 せっかくさっき教えてもらった“愛”のこと、ボクもわかったよって言いたかったのに。

 ボクだって、ボクが兄上さまを大好きなくらい、兄上さまにボクを好きでいてほしい。

 これって、兄上さまが言う“シューチャクアイ”でしょ?





◇◇◇



「…というわけだ。よかったな」

「ああ」


 そっけないようだが、その顔は全然誤魔化しきれていない。イスタから聞いた話をしてやれば、嬉しそうに頬を緩め、その表情はニーリャが来る前は考えられない表情だ。


「婚約おめでとう。早く結婚出来るといいな」

「目標は半年後の橙の九月だ。お前も準備しておけよ」


 龍族の結婚は当人同士の合意はもちろん、結婚式として他者にお披露目することで婚姻を公にする。

 どうやらスフルリュカはすでにそこまで計画しているようで、順当に絡め取られているニーリャが少々不憫だ。



「しかしあの子供が“兄上さま大好き”とは…。お前も俺のことが言えぬな」

「煩い」


 二人きりの酒宴はつい幼い頃を思い出して、ついつい口が軽くなる。

 うっかり漏れた言葉から根掘り葉掘り聞かれ、結局すべて話してしまった。


「ノクタ、これでお前もわかったであろう。執着愛の向かう先など、己ではどうすることもできない。“運命”など陳腐な言葉だと思っていたがな」



 この手の話を聞くと、つい苦虫を噛み潰したような顔になる。


 龍族における執着愛は、運命とも言われる。

 定められた相手にのみ向かう愛は、相手からの愛を渇望し、その者のみを愛する。

 それは(つがい)とも呼ばれ、唯一無二の存在となる。これは我々の間では当然のように考えられてきたことで、親から子、子から孫へと己の体験を語り、いつしか自分も番を…と求めるようになる。


 しかし、実の親のいない俺や皇家のような特殊な環境で育った俺の親友(スフルリュカ)は、そんなものは甘い幻想と信じていなかった。



「ノクトタンル。お前も、結婚が決まったら知らせろよ」


 その言葉に俺は苦笑を漏らすしかない。


「馬鹿言え。イスタは俺の家族だ。大切なのは当たり前で……番とは限らない」

「はっ」


 明らかに馬鹿にしたように鼻で笑われたので、睨みつけるように向かいに座るスフルリュカを見れば、その金に輝く瞳は驚くほど真剣なものだった。


「誰がアイスターシュだと言った。重々自覚しているのだろう。

 確かにあれはまだ幼いが、ヒトの成長は早い。そうやってお前が己の心を偽り続ければ、そのうち自分の感情さえ読めなくなるぞ」

「…まさか、お前にそんなことを言われる日が来ようとは、な」


 ふんっ、と見下されるように再度鼻で笑われた。俺は自分の心に正直に生きているからな、と椅子にふんぞり返って自慢げに言われた。


「愛だの何だのと言葉で御託を並べることに何の意味がある。しかも、賢いとはいえまだまだアイスターシュは子供だ。感情など言葉だけで理解できるものではない。

 確かにあれにとって家族はお前だけだ。“兄上さま”の地位はさぞかし甘美なものだろうが、そんなもので満足していては、そのうち変な奴に横から掻っ攫われるぞ」




 その後も何か話をしたが、酒も入っていたせいかよく覚えていない。いや、あの忠告に衝撃を受けたせいで、その後はどこか上の空だったせいかもしれない。



 我が悪友からのその忠告は、胸に沁みて、何か形容しがたい色が俺の心に滲んだ。

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