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まいにちは色々



 目を開けると、見慣れた天然の木目ではなくて、かすかな日の光にキラキラ光るきれいな布が目に入る。

 あれ、ボク、木のうろの中で寝てたんじゃなかったっけ?




「起きたか」


 光と布の動きで変わる上の模様に全然見飽きないでぼんやりながめていると、突然声が聞こえてきた。


 驚きはしたけど、その声はボクを返って落ち着かせてくれる。

 ゆっくり声の聞こえた方を見れば、兄上さまが薄く微笑みを浮かべていた。


「おはよう」

「お、はよう、ございます」


 お月さまのような瞳に向かって、ボクは安心して朝の挨拶を返す。


「敬語はいいと言っているんだがな」


 まぁいい、と言ってボクを撫でてくれる。

 ボクはそれがあんまり気持ちいいものだから、ついうっとりしちゃって、また寝ちゃいそうになる。


「起きられるか? まだ寝たいようなら、寝て構わない」

「いえ、起きます」


 体を起こそうとすると、左手が引っ張られる。ボクの左手は、兄上さまの左手を握っていた。

 これは、ひょっとして、寝てる間ずっと?


「無理するなよ」


 そう言ってボクから手を離す兄上さま。頭を撫でてくれた手も退けて、ボクは途端に寂しさを感じた。

 一人で木のうろにいた時には感じなかった胸の痛み。兄上さまに救ってもらってから、色んな感情を受けとるボクの心はパンクしそうだった。


 兄上さまに抱き起こされるような形で、ボクは上半身だけをベッドに起こす。さっきよりもずっと兄上さまが近くなった。



「顔色は悪くはないな。体調はどうだ。気持ち悪かったり、腹が痛かったりはしないか。ああ、腹は減っていないか?」

「大丈夫、です」


 首をふるふるさせてそう伝えれば、心底安心したとでも言うように、兄上さまは口元を緩ませ、またボクの頭を撫でてくれる。


「異変がなくて良かった。着替えて、食事にしよう。食べられそうか?」


 こくん、と頷きかえすと、それまで感じてなかった空腹が突然やってきた。


「そうか、それはいいことだ。まずは着替えだな」





 昨日とってもお世話になったクルクさんとイルミさんがやってくると、兄上さまは一旦部屋から出て行ってしまった。

 それをボクは何も言えず、ただ見送ることしかできなかった。


「大丈夫ですよ。副隊長さまはすぐお戻りになられますから、今のうちにアイスターシュさまはお着替えを済ませましょう」

「そうよ、着丈の確認をしたいから早速着てみてちょうだいな」




 龍族の人が着てる服は、ボクたち人間の国の服の形はあまり似ていない。

 これまでは、上衣は大きめで腰のベルトで丈を調整するのが普通だった。男女の区別はあまりなかったような気がする。

 でもここの龍族の人たちが着てる服は、みんなそれぞれの身体に合わせてピッタリだ。上半身は身体にピタっとしているのに、腰から下は両脇に切り込みが入っていて、男の人も女の人も形はおんなじ。


 身体にピッタリってことは、その人だけの服ってこと。

 上半身だけじゃなくて、袖もズボンと上衣の足元まで垂れる裾も、全部ピッタリ。


 ボクは昨日、全部がダボダボとしたものを着させてもらってた。ここに子供はいないから、ボクに合うサイズの服がないって言われて。

 でも、ボクはそれでも十分だった。とっても触り心地がいいし、まくれば問題なかったし、すっごく動きやすかったし、何より顔を隠さないでいられるだけで、視界も広がってボクは何の不満もなかったのに。



「袖はちょっと長すぎたわね。まぁ、捲れば大丈夫。裾は…うん、問題ないわ」

「下が問題ないなら大丈夫でしょう」

「長い裾は歩く時に邪魔になるからね。ピッタリでよかった」



 顔を洗って、簡単に体を濡れたタオルで拭いてもらうと、イルミさんがボクに合わせて作ったという服を着せてもらった。


 こんなにピッタリしてるのに、全然キツくない。


「どう? アイスターシュの服だから、何かあったら言ってね」


 何も問題がなくて、イルミさんに向かって大きくうなずいた。

 自分の服、その響きがあんまりにも嬉しくて、何度も服を撫でたり軽くひっぱったりして、ボクはそれが本物であることを確かめる。



「ふふ、すぐ新しい服作ってあげるから、楽しみに待っててね」


 これで十分、とばかりに首を振ったのに、遠慮なんてしなくていいんですよ、とクルクさんに言われ頭を軽く撫でられた。


「ノクトタンル副隊長さまを呼んできますね」


 そう言ってクルクさんは音もなく部屋から出て行くのを見つめた。

 かすかなぬくもりを残して行ってしまったことに、ボクはかすかにさびしさを覚える。


 ボクはあっという間に弱くなっちゃったみたい。今まで一生懸命着てたよろいが脱げちゃったんだ。きっと、昨日兄上さまに取られちゃったにちがいない。

 だって、兄上さまと離れるとこんなにさみしいんだもん。




 兄上さまを待つ間、イルミさんに髪をとかしてもらった。


「綺麗な銀色ねぇ。でも所々切れちゃってるわね」


 多分森で暮らしてたときだと思う。僕の細い髪はしょっちゅう枝に絡まったので、そのまま切ったことも少なくない。


「あとで切りそろえてあげる。こんなに綺麗な髪なんだもの。伸ばしたほうがいいわよ」


 丁寧に丁寧に髪をとかしてくれたおかげで、髪がサラサラと流れる音が聞こえてきそうだった。

 とりあえずね、と言って、イルミさんに後ろで一つに結んでもらった。前髪も目を隠すために伸ばしてたけど、目に悪いからって、こっちもおでこの上のほうで結んでもらった。


「前髪はずいぶん短くなってるところもあるから、しばらくは目にかからないように結んでるといいわ。こっちはもうちょっと伸びたら、綺麗にしましょ」



 ここの人は僕の目を見ても何も言わない。

 目を合わせて、笑ってくれるし、心配してくれて、未来の話をしてくれる。

 それって、こんなに特別だったんだって、みんなのおかげで気づいた。






 それからの毎日はあっという間に過ぎていった。

 それこそ、龍族のみんなが龍になって空をかけっこするみたいに、ビュンって感じ。




「この子が副隊長が拾ってきたヒトの子ですか?」

「めっちゃ綺麗な銀色だな」

「ずいぶん濃い黄色の目だ」

「きっとご先祖さまに強い龍族がいたのね」


 兄上さまが働く軍の軍人さんに紹介されたとき、ボクは周りをぐるっと囲まれてちょっと怖かった。

 みんなおっきくて、ボクを見下ろすから、つい兄上さまの後ろに隠れちゃっても、優しい兄上さまはボクを抱っこしてくれた。同じ目線になった龍族の軍人さんの顔がよく見えると、みんなにこにこしててすぐ怖くなくなった。



 今では気軽に声をかけてくれるから、ボクも龍族のみんなと楽しくお話しできて嬉しい。優しいみんなは、ボクにいろんなことを教えてくれるの。


 ここにいるみんなはトゥルンジェムエイリュル皇国第七騎士団に所属する兵隊さんなんだって。この間ようやく覚えて言えるようになったら、みんなに褒めてもらえた。

 兄上さまは副隊長っていう二番目に偉い人で、隊長さんは夕日色のお兄さん。なんとこのトゥルンジェムエイリュル皇国の第五皇子サマなんだって。あの堂々とした雰囲気は当たり前だった。




 そうやって、兄上さまはボクをいろんな人に会わせてくれた。

 ご飯を作ってくれる人、掃除をしてくれる人、お屋敷でいつも忙しそうにしてる人、兵隊さんたち、僕の身の回りのお世話をしてくれるクルクさんとイルミさんも。


 みんなは僕にとっても優しくしてくれる。それが未だになれなくて、どこかくすぐったい。

 でも優しくしてもらえると本当に嬉しくて、胸のあたりがポカポカしてきゅうってなる。

 病気なのかと思って兄上さまに言ったら、息ができなくなるくらいぎゅうううって抱きしめられた。とっても苦しかったけど、あんな風に誰かに抱きしめてもらうと、胸だけじゃなくて身体中がポカポカしてきて、あんまり居心地がいいもんだから、ついつい寝そうになっちゃうんだ。




 兄上さまは、ボクを抱っこしたり、抱きしめたり、頭を撫でたり、スキンシップが激しい。

 慣れないボクはいつも戸惑うけど、兄上さまの匂いに包まれると安心して、本当の居場所を手に入れたような気になる。

 そうしてボクが体から力を抜くと、兄上さまはボクの目を見てこう言うんだ。


「俺はお前の家族だ。兄であり、父であり、性別が異なる母にだってなってやる。

 だから、俺はお前を一人でも生きていけるようにしたい。アイスターシュが何かしたいことが見つかった時、それに向かって駆け抜けられるように。

 でも、お前の帰って来る場所はここだ。それを忘れるな」


 ここ、の所で兄上さまは自分の胸を軽く叩く。それを見てボクは、いつも言葉にならなくて、こくこくと頷き返す。

 嬉しくて泣きそうになるなんて、お話だけのことだと思ってた。




 ボクかここに来て、しばらくはいっぱい食べてたくさん寝ることが仕事だと言われた。


 だんだん身体が回復してくると、動きたくてうずうずしてたら、今度は兄上さまに騎士団のみんなの所に連れて行ってもらって、みんなと一緒に訓練に参加した。


「チビィ、もう一周だぞー」

「ほらほら、あたしも一緒に走るから」

「行っくぞー!」

「お前らは十周追加だ」


 これはよくあること。


「また的中か!」

「チビィは目がいいなぁ」

「ほんとほんと。あたしたち雑だから弓みたいな細かいこと向いてないのよ」

「お前ら今日の夕食抜き」


 こんなこともたまにある。


「チビィには剣は重いかぁ」

「そうねぇ、短剣とかのほうがいいんじゃない」

「そうだな、今度皇都に行ってなんか見てくるか。それとも一緒に行くか?」

「日が暮れるまで打ち込みしとけ」


 この後、死んだようになってみんなが食堂に来た時、ボクはびっくりしすぎて椅子から転げ落ちた。



 こんな風にボクは、兄上さまの言う“一人でも生きていける”ための訓練を受けている。

 大変だし兄上さまもちょっぴり厳しいけど、みんながとっても面白くて、ボクはこの時間が毎日楽しみなんだ。

 クルクさんとイルミさんと一緒の料理も楽しい。料理長のおじさんに包丁さばきがうたいってほめられた。

 このお城を掃除している人たちにくっついていく日も楽しい。シーツのかけ方が特に上手って喜ばれた。





 僕がここに来て大体二ヶ月がたって、いつも一緒にいていろいろお世話してくれてたクルクさんとイルミさんがボクから離れた。


「そろそろ、お一人で色んな事が出来るようになりましたね」

「さみしいわぁ。アイスターシュってばなんでもできるんだもの。あたしたちはもう必要ないわね」


 そんなことないって言って、二人の腕を掴んで、引き止めたかったけどしなかった。

 それをしたら、兄上さまがボクのためにしてくれたことを無駄にしちゃうから。


「毎日のお世話はしませんが、私たちは変わらずこの城の中にいます」

「何か困ったことがあったら、真っ先に私たちを頼りなさいよぉ」



 そんなことがあった次の日。

 ボクはいつも通り一人で起きて、目を擦って、着替えて、ソファに座って部屋の扉をじっと見つめて迎えを待った。


 しばらくして、二人は来ないことに気づいて、また目をゴシゴシ擦ってから一人で部屋を出た。すんごく寂しくて、朝食で会った兄上さまにくっつくまでボクは泣くのをぐっと我慢した。

 兄上さまに、頑張ったな、って言われてぎゅってしてもらって、その日だけ一緒に寝てもらった。


 やっぱり、ボクは弱くなっちゃったのかもしれない。





◇◇◇



「…お休みになられましたか」

「ああ」


 泣きそうな顔をして朝食時に抱きついてきたアイスターシュとこうして今日はずっと一緒にいた。


 相変わらず表情の乏しい娘だが、最近は騎士団の馬鹿共につられて楽しそうにしていたので、良い傾向だと思っていたのだが。やはり急過ぎたか。


「すみませんでした」

「いい、謝る必要はない。俺も急だった」


 母娘共々頭を下げてくるが、この二人が悪いわけではない。今日一日気が気でなかったのはこの二人の方だろう。


 ころりと眠りについたアイスターシュの安眠を妨げぬよう、布団を寒そうにしている首元まで上げてやり、極力小声で応答する。



「二人は今日ほど極端に避ける必要はない。アイスターシュの来る前まで担当していた職務に戻り、時間が空いたなら様子を気に掛けてやってくれ」


 はい、と母娘の声が重なる。


 この二人も本来は忙しいのだ。

 愚かな南のヒトの国から奪ったこの城に我々が居城を始めたのは四か月にも満たない。城内の雑務は彼女らを含めた少数の使用人によって行われており、約二月の間アイスターシュの世話のために有能で貴重な働き手を独占してしまったが故の仕事の滞りもあるだろう。

 それもこれもうちの隊の馬鹿共は揃いも揃って体力自慢ばかりで、使用人がこなしてくれる雑務をまともにできないという問題のせいもある。それでも少数精鋭の優秀なこの城の使用人たちは文句も言わずに働いてくれるのだからありがたい。


 そしてそんな曲者共を早くも懐柔したのが、今俺の隣で穏やかに眠る少女だ。



「それでは、朝と就寝のご挨拶には私どものどちらかが伺うようにいたします」

「私も引き続きお洋服を仕立てさせていただきます」

「ああ頼む。おまえらも適度に休めよ。他の使用人連中にも伝えておけ」


 かしこまりました、と頭を下げ、いそいそと部屋を出て行こうとする二人を見て思い出した。


「そろそろ(だいだい)の九月だ。ついでに、帰省したい奴らの休暇申請は早めに出せと伝えておいてくれ。ライナスにも早めに俺に持ってくるよう言ってくれ」


 それだけ伝えると二人は今度こそ部屋から出て行った。微かな音と共に戸が閉まり、静けさがこの部屋を支配した。



 …こんなに早く寝るつもりはなかったが。

 アイスターシュの寝息が静寂とシンクロして妙に静けさが強調される。こいつが寝付いたなら、俺は自分の部屋に戻って未だ山積みの書類整理に行こうかと思っていたのだが…この寝顔を見てしまってはそうはいくまい。


 安心しきった顔で、遠慮しながらも小さく真っ白な手で俺の服を握っているのだ。振りほどくのは簡単だが、それをするのが非常にもったいないと感じている。

 起きぬよう頭を一撫でし、部屋の明かりを消す。



 ここにいる様々な色に当てられて、この真っ白な少女は少しずつ表情と成長を掴み始めた。

 その様子を好ましく思う反面、無性にこの腕の中に閉じ込めて隠してしまいたくもなる。


 己の愚かで傲慢な甘すぎる思いを胸に抱き、アイスターシュの身体との間にある僅かな隙間に安堵の息を漏らす。

この差をどうしても埋めたいという衝動がやってきた時が……俺の終わりだな。



 外はまだ夜の帳が落ちたばかりであろう。明日にはさらに増える仕事に目を背けるように、何時振りかの早い就寝についた。




更新が長らく止まっていてすみませんでした。次回は1月20日に更新予定です。


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