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どうも私は叶との接し方がわからぬ。また、言い方が冷たいのだろうか。叶えは驚いているようだ。
「部屋から出ていいの?」
「私が居る。問題ない。私はお前が逃げようなどと愚かなことを考えないので有れば出歩くことも構わないと考えているが、どうもこの城は人の子と相性が悪いらしい。ミナの許可が下りるのを待て。あれは過保護だ」
いや、私も十分過保護かもしれない。だが、この国は人の子にとって危険なのもまた事実だ。
「エドワード様は普段は何を食べるんですか?」
「私は特に食事を必要としない。習慣として摂っているだけだ」
人の子の命の源を貰っているとは言えまい。怯えさせてしまう。それに叶まで餌として見てしまう事を知られたくない。
「ここが食堂だ。食事はここで行う。人の子に合わせたつもりだが、お前の故郷のことは何ひとつ知らぬ。不満があれば料理人に言え」
椅子に腰を下ろせばミナがその丁度向いの席に座るように叶に促した。
食卓には得体の蠍の素揚や甲虫の油揚げ、生の果物などが並べられている。人の子の食事は本当に理解できんな。
「……これ……何?」
叶は固まっている。感激のあまり、ではないことは確かだ。
「蠍の素揚げだ。人の子はこういったものを食べるのではないのか」
「わ、私の国では食べません」
ふむ。ウィルの言ったとおりに甲虫を用意させたのだが、食文化が違うらしいな。
「こ、これは?」
恐る恐るという様子で叶が私に訊ねた。
「甲虫の油揚げだ。ふむ、お前の国ではこのようなものは食べないのだな。下げろ」
後ろに控えている使用人に声を掛ける。
「だから私は申し上げましたのよ。遠い異界からいらした叶様が甲虫を召し上がったりなどはなさらないと。エドワード様、桃の砂糖漬けなどは妥当かと思いますが」
「甘いだけのあれがか」
理解できぬ。しかし、叶を餓えさせるわけにはいかない。
「確か……クレッシェンテの伯爵が持ってきたものがあっただろう。保存食だったが一応、人の子の食べ物だ。持って来い」
別の従者に声を掛ける。
叶の前から蠍や甲虫が消え、桃の砂糖漬けとチーズと蜂蜜が並んだ。
「これはどうやって食すのだ?」
おそらく叶が居なければ生涯食すことのなかったであろうもの達だ。
「……えっと……調理とか無しならそのままほんとにかぶりついたりとかでいいと思います」
「ふむ、人の子の食事は理解できぬな。ミナ、明日の朝までに叶の食料を確保し、料理人に調理法方を覚えさせろ」
「はい」
返事をしたミナはすぐに消えた。
「お前を見る限り人の子は甲虫や蠍は食さぬようだが、お前の祖国では何を食すのだ」
「えっと……お米とか、お肉とか、お魚とか、果物とか野菜とか……虫以外を」
叶は答えながら、目の前の桃の砂糖漬けに手を伸ばした。
ようやく叶が私と会話をしてくれるようになった。少し慣れてくれたのだろう。もっとお前の声が聞きたい。もっとお前と会話を続けたい。
「参考になった。だが、この甘いだけの果物で人の子は生存できるのだろうか」
「普段はバランスよくご飯とお味噌汁とお魚と煮物とか、そんな食事です」
答えながら叶が私を見る。
「私の顔に何かついているか」
思わず訊ねた。しかし、訊ねないほうが、叶は私を見てくれていたかもしれない。
「いえ、エドワード様は何を食べるのかと思って」
「お前が気にすることではなかろう。まずは自分の食料を確保しろ」
「は、はい……」
また、怯えさせてしまった。怯えさせたいわけではないのにうまくいかない。人の子にはそれほどまで私が恐ろしく映るのだろうか。私の物言いはそんなにも冷たいのだろうか。いや、止そう。ただ、次はどう接するか。それだけを考えることにしよう。
「人の子は眠らなけれ身体が持たぬらしいな。もう休むと良い」
叶に部屋に入るよう促しそう言う。
「エドワード様は眠らないのですか?」
「私は人の子とは違う。この夜の国で眠りを必要とはしない。ごくまれに嗜好として楽しむことはあるが、特に必要というわけではないな」
しかし人の子の眠りとは非常に興味深い。ただ横たわってじっとすることにどんな意味があるのか私には理解できない。
「エドワード様」
「なんだ」
「私はここでなにをすれば良いのでしょうか」
「今は休むといい」
「いいえ、これから、ずっと」
叶は真っ直ぐ私を見る。その瞳には不安の色が見えた。
「特にお前がしなければならないことはない。ただ、お前がこの国にいることで、この国は永久の呪縛から解放されると預言を得た」
「永久の呪縛?」
「この国の民はこの国から出られない。国境が檻のようになっている」
招かれぬ地には足を踏み入れることが出来ない。憎き魔女、デネブラが我らに掛けた呪い。いや、デネブラ以前からこの国は呪われている。あのクレッシェンテによって。
「檻とはどういうことですか」
「お前は知らぬほうが良い」
叶をベッドに押し倒す。知らぬほうがいい。知らぬままでいて欲しい。
「眠れ。眠らぬのであれば……魔物が来るぞ」
私がこんなことを言うなんて本当に妙な話だが、叶にはこれが一番わかりやすいだろう。
「え?」
「この国は魔が巣食う国だ。月明かりの無い時間は他国ではヒルというものらしいが、わが国にそれは無い。人の子に味方するものは無いと思え」
「あ、あの……ど、どんな魔物が出るんですか……」
なんと愛らしいだろう。叶は怯えた様子を見せる。魔に怯えるとは実に人の子らしい。
私の后は本当に人の子なのだと実感する。しかし、それ以上に叶は好奇心が旺盛のようだ。
「……興味を持つとは……。まぁいい。人の子の肉を喰らうものや血を絞り取るもの、死を予告するものから、些細な悪戯をするだけのものまで幅広い。特に、お前のような若い娘は狙われやすいぞ」
そう答え、眠れと叶の額に手を置く。
「お前が眠らねば私は執務に戻れぬ」
「どうして?」
「ミナを外に行かせてしまった。お前を見張るものが居ない。お前に逃げ出されては、国が滅びるかも知れぬ」
ただの言い訳だ。見張りなどなくとも、叶は逃げたりはしないだろう。
「……逃げませんよ。こんな広いお城からどうやって逃げるんですか。この高さから落ちたら多分運に関係なく即死できますよ」
本当に、愛おしい。この娘が私の后でよかった。
「眠れ。人の子の眠りには興味がある」
もっとお前を知りたい。人の子を知りたい。そう思う。
「眠れません」
叶は不満そうに私を見た。
「何故だ」
「晩餐の前にたくさん眠りました」
「そうか。それは残念だ」
抱き上げる。
「仕方ない。来い」
「え?」
「執務室にお前の椅子を用意させよう」
抱きかかえたままゆっくりと歩き出すせば叶は慌てる。
「あ、あの、私、重いので降ろして下さい」
「お前程度で重いなどと言っていては国王は務まらん」
幸せ、とはこんなことだろうか。この温もりが喜ばしい。私は、これから叶と共にこのファントムを変えていくのだ。
人の子と、我らの共存の世界を作るのだ。
叶はただ、書類の上でペンを走らせている私をぼんやりと眺めている。その様子が面白くてつい、声を掛けた。
「魔物が恐ろしいか」
「……はい」
叶は頷く。
「何も知らねば恐ろしいかも知れぬが、知ってみれば案外恐ろしくは無いかも知れぬぞ」
「え?」
「恐怖は未知から生まれる」
知られたくないと同時に知って欲しいと思う。叶に私を知って欲しい。そして受け止めて欲しい。叶ならば、と期待している。きっと彼女ならばと。
「二ール、この予算案は立て直せ。それと、これとこれは却下だ」
書類をいくつに纏め、ニールに指示を出す。私の話を聞いていなかった愚か者が居るらしい。予算案は問題だらけだ。
「ノゾミ……」
叶が何かを呟いた。私の知らない言葉、いや名前だろうか。おそらくは人名だ。きっと故郷の誰かが恋しいのだろう。触れないことにしよう。
「ミナは戻ったか」
叶の呟きを知らぬふりしてニールに訊ねる。
「いえ、それが国境の船を捕らえるのに苦戦しているようで」
「そうか。近頃は他国の船はこの辺りに近づかぬようだな」
困ったものだ。対策を考えねば。
「それと王妃様の耳には入れないほうがよいかと思うのですが、東の海岸に人の子の娘が打ち上げられていたようです」
ニールが叶には聞こえぬように耳元で言う。
「家畜か」
「いえ、それがどうも外部から現れたようでして……」
「外見は」
「金の髪に蒼の瞳の娘です」
「そうか。叶に絶対に知られるな。片付けておけ」
「はい」
妙な話だ。人の子が外部から入り込むなど。
「叶」
「は、はいっ」
「怯えるな。部屋に戻るぞ」
ここに置いては嫌な話を聞かせてしまうだろう。
「お仕事は?」
叶は驚いたように私を見上げた。
「今終わった。私も眠りを楽しむ程度の時間の余裕はある。尤も、固まって動かないことに楽しみがあるとも思わぬが」
人の子の眠りとは実に不可解で興味深い。しかし、叶は驚いたように私を見ている。
「目は閉じるの?」
「人の子はそうするのか?」
「眠ると夢を見ます。一日の出来事の整理をするために人は眠るそうです」
なんと。あの行為に意味があったのか。
「ほう。人の子は興味深いな。では今日からお前が眠るときは私も共に眠ることにしよう。人の子の睡眠は理解できぬが、お前と居ればそれに近いものを体験できるかも知れぬ」
「え?」
「叶、眠るぞ」
私も夢を見てみたい。
叶はというとなんとも愛らしく、柔らかい笑みを浮かべていた。
「お前は、とても表情が変わるな」
「エドワード様は全く変化がありませんね」
「そうか? ふむ、もう少し変化をつける努力をするべきだろうか」
「はい」
どうも私は外見変化が少ないらしい。これは心外だ。叶に私の全てを見せてみたいものだ。叶はどんな反応を見せるだろうか。私がこんなにも、お前のことばかりを考えていると知れば、きっとお前は呆れるだろう。だが、それも悪くない。もっと、お前を見たい。お前を知りたいと心から思っている。
叶が横たわった寝台に潜り込めば酷く驚いた顔をされてしまった。
「あ、あの……」
「なんだ」
「ち、近いです……」
「別に良かろう。お前は私の妻だ」
そうだ、夫婦なのだから何も問題ない。寧ろ、私はもっとお前に触れたい。
「で、でも……」
「はっきり言え。お前は意志が弱い」
また、言い方が悪かった。どうも、私は……言葉がきついようだ。
叶は少しばかり怯えた様子を見せる。
「……私には人の子のことは分からぬ。だが、お前は私が話に聞いた人の子とは大分違うようだ。私の聞く人の子は狡猾で野蛮な掠奪者である一方で脆く儚い愚かな生物だ。お前はどちらかと言うと脆い部類にあるようだが、それとも違うようだ。私には理解できぬ」
言葉を紡ぎながら叶を抱き寄せる。
「人の子はこのように振る舞うのであろう?」
「え?」
叶の手をそっと包む。
温かい。
人肌のぬくもりがこんなにも温かなものなのかと驚く。
人の子とは温かいのだな。
「人の子は、時に抱き合い互いの感触を確かめあうものだと聞く。私は、人の子を知りたい」
「エドワード様は人間ではないのですか?」
「……ああ」
私は捕食者であり、翼手族だ。人の子とは違う。人の子から見れば私は怪物に違いない。
「叶、もう眠れ。お前が眠らぬと言うのなら喰うぞ」
「え?」
「……どうやら私は妻でさえ美味そうだと感じるらしい」
こればかりは冗談ではなく本心だ。叶は美味そうだ。今こうして叶に触れている瞬間でさえ、この高鳴りを抑えるのが苦痛でもある。
「私が怖いか」
「……はい」
「素直だな」
叶の髪に触れた。柔らかく艶やかな髪に。
「安心しろ。お前を殺したりはしない。殺させたりもしない。お前は国にとって唯一の希望だ」
それだけではない。一目見た瞬間から、いや、出会う前から愛おしかった。
もっと触れたいと願い、悲しませたくないと思う。
「眠れ。私も眠ってみたい。夢とはどのようなものだろうか」
「夢はいつだってめちゃくちゃでへんてこりんですよ。自分ってこんなこと考えてるのかな、ってたまに凹んだり笑ったりします」
「ほぅ。それは興味深い」
人の子とは実に不思議な生き物だ。我々とはかなり違う。
叶が瞼を閉じた。
そっと抱き寄せる。
「エドワード様?」
驚いたように見上げる叶がいっそう愛おしい。なんとも愛らしい造形だと改めて感じた。
「叶、傍で見ると、中々愛らしい顔をしているのだな」
「え?」
「中々私の好みの造形であることに今気がついた」
「あ、あの……」
「やはり私はこの世界で一番の強運の持ち主らしい。お前を手に入れたのだからな」
このエドワード・カオス・ファントム三世は歴代ファントム国王の中で最も恵まれている。こんなにも愛らしい娘を后に迎えたのだ。これ以上の幸せはあるまい。
「ゆっくり休め。明日は、お前にもう少しまともな食事をさせられるようにとミナが苦労した結果が分かる」
「エドワード様って、結構悪戯っ子だったりします?」
「さぁな。ほら、早く眠れ。喰うぞ」
「そう言われてすぐに眠れません」
「そういうものか?」
「そういうものです」
頬に触れる。
滑らかな肌は微かに紅潮している。
触れた先から叶の鼓動を感じた。
「速く眠らないと夢魔に襲われるぞ」
「そ、それは嫌です」
「では、休め」
まるで子供を寝かしつけるようなしぐさで、背を出来るだけ優しく撫でた。
私に怯えないで欲しい。
私の心は伝わらないかもしれない。それでも、せめて怯えないで欲しいと思う。
そっと背中を撫でていると、いつの間にか規則正しい呼吸が聞こえる。
「叶?」
返事はない。ただ、擦り寄ってくる叶に少しばかり嬉しく思う。
これが眠り、なのだろう。
「私も真似てみよう」
瞼を閉じて、一定の呼吸を繰り返す。
しかし、一向に夢と言う現象は訪れなかった。
一体どれほどの時間、目を閉じてじっとしていたかはわからない。ただ、夢と言う現象は起きないので、すぐにそれに飽いてしまった。隣に居る叶を眺める。
ゆっくりと呼吸し、鼓動もどこか大人しい。まるで私を誘うようだと思う。
こんなことは考えていけない。叶は私の妻であり、この国の希望だ。やがて私の子を産み育て、この国の未来を作る娘だ。
ずっと眺めていたいとさえ思うその姿を、ふとした瞬間に獲物として認識してしまう本能が憎い。
私のそんな葛藤を知ってか、叶は瞼を開いた。
「エ、エドワード様?」
驚いたように見開かれる瞳さえ愛おしい。
「目覚めたのか。どうやら私には眠りは訪れなかったらしい。お前は夢を見たのか?」
気を紛らわせたくてそう訊ねた。それに夢とは興味深い。
「祖母の夢を見ました」
「ほぅ」
「人の血を啜る鬼、ここでは魔物と呼ぶのでしょうか。それに怯えていたのを思い出しました」
「血を啜る魔物は恐ろしいか」
「……はい。でも、しっかりと信仰を持っていれば襲われないと祖母は言っていました」
叶と距離を取る。
「そうか」
叶にとって我らは恐ろしいものなのだ。暫く、叶に私の事を話すことはできぬな。
燭台に灯りを点す。
ゆらりと揺れる炎が少しばかり眩しい。
「失礼します」
女の声に叶は飛び上がりそうになったが、それをミナと認識し、安堵する。それは彼女が今のところ叶の敵ではないようだと言うことを認識しているからであろう。おかしな話だ。ミナもまた私と同族なのに。
「チョウショク、と人の子は呼ぶようですが、食事をお持ちいたしました」
机の上に皿が並べられる。
紅茶の香り。紅茶は嫌いではない。それに大量の肉と得体の知れない棒のようなもの、小枝の山のようなものと緑の塊。不思議なものばかりが並ぶ。
「これはなんだ?」
「豆、ですね。どうも人の子は緑の物を食べたがるようです。私には理解できない感覚ですが」
「あ、ありがとう……」
戸惑いを見せながらも叶は起き上がる。
「折角だ。私も頂こう。ところで、これは一人分の量か」
「文献によると」
「人の子は随分食べるのだな」
私だって日に食べる量は殺さぬ程度の少量だというのにか弱い人の子は随分と食べるのだな。
「存分に食え」
「は、はい」
「申し訳ございません。本日の商船には卵が無く、手に入れることができませんでした。本来ならばこの上に焼いた卵が乗るようですが本日はこちらでお許し下さい」
「じゅ、十分です」
卵なら知っている。竜や蛇が生まれるあれだ。人の子はあのような物まで食すのか。貪欲だな。
「ミナ、食事が終わったら叶を浴室に連れてってやれ。人の子は我々以上に湯浴みが好きだと聞く」
「はい。叶様、食事の量は足りますでしょうか?」
「えっと、ちょっと、ううん、かなり多いです……」
文献が間違っていたのだろうか。叶が人の子にしては少食なのだろうか。家畜の餌など確認したことはない。人の子のことは理解できぬ。
「まぁ、では晩餐の際には量を調節致します」
ミナは紅茶を注ぎながら答えた。
目の前の不可思議な棒が気になり口にする。少し熱い。
「……肉か」
豚だろうか。非常中の非常時に備えて置いてある非常食の味がする。
「はい。こっちもお肉です」
叶が指差したそれは随分水分が奪われた肉だ。
「それは見た目で理解したが、人の子は奇妙なものを食うな。ウィリアムは生肉を貪っていたか。生肉は食わぬようだ。人の子は不可解だ」
緑の豆を口に含みすぐに吐き出す
「これは酷い。人の子は不可解だ」
よくこんな酷い味のものを食べられるな。
「子供の嫌いな食べ物ランキングの常に上位を占めていますからね。グリーンピースは」
叶は干からびた肉を口にする。どうやらこれは人の子の食べ物に間違いはないらしい。
「改善点は量の他はいかがでしょうか?」
「生野菜が欲しいです」
「生野菜、と言われますと?」
「トマトとか、レタスとか……こっちにあるかは分からないけど……」
叶は遠慮がちに言う。ミナは叶の使用人にも同じなのだから遠慮などする必要はないのに。
「パンかご飯は無いですか?」
「パン?」
「小麦をこねて発酵させて焼いたもの、ですかね」
聞いたことのないものだが、なんとなく想像は出来る。
「ああ、森羅の人の子が食べるあれでしょうか」
「ハウルの人の子が食べるあれか」
ミナとは違うものを想像してしまった。もしかすると違うのかもしれない。
「晩餐の席に両方用意させよ」
「かしこまりました」
「人の子は不可解だ」
部屋を出る。叶にはミナがついているのだからもう、安心だろう。
私はこれ以上長居してはいけない。叶の愛おしい首筋に今にも牙を立ててしまいそうなほど餓えている。
「アン」
「はい、エドワード様」
「腹が減った。食事を持ってきてくれ」
「おやおや、叶様とは食事をなさらなかったのですか」
「人の子のものでは満たされん」
「では、デルタの娘をお持ちしましょう」
「くれぐれも叶に知られぬように用心しろ」
「我らのことは何も?」
「知らないほうがあれの為だ」
人の子は魔を恐れる。叶もまたそうだ。
「では、私は執務に戻る」
「執務室にお持ちして?」
「ああ、頼んだ」
空腹が突き刺さる。
これはきっと贄の娘では治まらぬだろう。わかっている。私は叶を食いたいのだ。あれを喰わねば治まらぬのであろう。
「ウィル、ウィリアム」
「どうした」
「私を見張れ」
「理由を聞かせろ」
「私が叶を食わぬように見張っていろ」
こんなにも美味そうな娘は他にいないだろう。素晴らしき馳走だ。それを目前として私はいつまで耐えられるだろうか。
「食えばいいだろう。花嫁は代わりを探せ。お前の嫁になりたい娘はいくらでもいる」
「私の后はあの娘でなければならない」
予言が在る。
いや、それだけではない。
「私は……私の子を産むのは叶であって欲しいと思う」
「何故だ。王家は代々純血だろうに」
「そろそろ混血児があってもよかろう。現に、ハウルは混血児が現れさらに繁栄している」
「だが、ファントムは違うかもしれないぞ」
「それでも、私はあの娘がいい」
ただのわがままなのかもしれない。何故、執着するのかもわからない。
それでも。私は叶が必要だと感じているのだ。




