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 今宵、我が花嫁が現れる。この庭園に現れる。

 年甲斐も無くはしゃいでいるのかもしれない。浮き足立つとはこの事だろうか。いつもはさほど興味を持たない薔薇の香を楽しむ余裕さえある。いや、この薔薇は我が花嫁に捧げよう。

 ふと、空を見上げればなんとも月明かりが美しい。この国では月と星の他は松明の炎くらいしか灯りがない。我々は不自由なく過ごせるが、花嫁にはとても苦労させてしまうだろう。少しでも人の子の世界に近い暮らしをさせてやりたいものだ。

 待ちきれぬな。まだ、来ぬのだろうか。

 一刻も早く花嫁を見たいと気持ちばかりが逸る。人の子とはどのような生き物なのだろうか。なにを食し、なにを考え生きるのだろうか。翼手族の長である私には全く想像が吐かない。ただ、普通に考えれば、人の子は我々にとって捕食対象であり、そして我々を狩る加害者だ。

 だが、我が花嫁に選ばれたのだ。きっと共存できるだろう。少なくとも私は、人の子と共存したいと考えている。

 人の子は白い薔薇と赤い薔薇、どちらを好むだろうか。それとも、紫や青の方が好きだろうか。そう、考えながら白い薔薇に手を伸ばせば、背後に物音がした。

 人払いはしてある。よって、今宵この場に現れるのは我が花嫁以外ない。

「お前か」

 声を掛ければ少女は怯えた様子で身体を震わせる。脳内に浮かんだ姿そのままの、黒い髪に鳶色の瞳の愛らしい少女だ。だが、とても臆病に見える。

「だ、だれ」

 声まで震わせている彼女の心音は非常に速い。これは完全に恐怖を感じている音だ。

 私はお前を怯えさせたいわけではないと言うことを理解してもらわねば。

「私はエドワード・カオス・ファントム三世。この国の支配者であり、お前の夫だ」

 これで敵意が無いことはわかってもらえるだろう。そう思ったが彼女は目を丸くして私を見るだけだった。まだ、警戒もしている。これはどうしたものか。

「娘、名は」

 真っ直ぐと娘を見る。

「か、かなえ……です」

 娘は私に怯えたまま、震えた声で答えた。

 まあいい。これからゆっくりと、共に過ごすのだ。

「叶、来い。婚礼の時刻だ」

 ゆっくり、知り合えばいい。

「ま、待って……ください……」

「なんだ」

 聞き返せば叶は怯えた様子を見せた。私の物言いは冷たいと言われるが、そのせいだろうか。別に怖がらせたいわけではない。うまく伝わらない。

「婚礼って、どういうことですか?」

「今宵、庭で初めに見た娘が私の妻になると預言が降りた。私が初めに見た娘はお前だ。だからお前は私の栄光の証だ」

「私の意思はどうなるの」

 震える声が響く。

「預言は絶対だ。異論は認めぬ」

 お前にはとても酷いことに感じられるかもしれないが、こればかりは絶対だ。予言に逆らえば、国が滅びる。私は国王なのだ。

 ただ、私に出来ることは、大切に護ることだけだ。

「カミカクシ……」

 叶は意味のわからない言葉を呟いた。彼女の国の言葉だろうか。ただ、それが少しばかり不気味なもののような印象を受ける言葉であることが気に掛かる。もしかすると、彼女の国では歓迎されないことなのかもしれない。

 どこか諦めた様子の彼女が少しばかり哀れに思えた。




「これは我が花嫁だ。仕度をさせよ」

 アンに命じる。アン・ゴーストは数少ない信頼できる者の一人だ。花嫁を預けるに相応しいだろう。

「はい、ただいま」

「これはアン。私の世話係だ。これからはお前の世話もする」

 花嫁の仕度は時間が掛かると聞く。私は居ない方が良い。少しウィルと話でもしてこよう。

 部屋を出ればすぐ外にウィルは立っている。

「エドワード、出ていいのか」

「ああ。お前と話をしたかった」

「なにを」

 ウィリアムは怪訝そうな表情を作る。が、彼の場合は完全な表情ではない。人の子を模した姿では彼の真意は表面に現れないのだから。

「さぁな。だが、今日ほど喜ばしい日はないだろう」

「ああ、四百年。長かったな」

 おそらく私はこの国の歴史を書き換える。妻を持たなかった時間の長さもそうだが、人の子を花嫁にするのだ。これほど奇異な出来事もない。ただ、これは始まりだ。この国に、新たなる歴史を刻む。

「我が花嫁は愛らしい娘だ」

「珍しい。お前がそんな表現をするとは」

 ウィリアムはからかうように笑うが、それを厭わしいとは思わない。

「ああ。しかし、愛らしい娘だ。少し臆病だが、口を開くところを見たい。あの声をもっと聞きたいと思う」

 叶と言った。愛おしい名だ。私はこれから彼女を愛し続けるだろう。我が一族の思念の予言によって選ばれた花嫁。私がこれからこの国と同等に守らなくてはいけない存在だ。

「ウィルは人の子を見た事はあるか。彼女以外で」

「ああ。弱く脆い生き物だ」

「我々に比べればそうなるだろう」

 人の子の寿命は短い。きっと私の半分も、彼女は生きることが出来ないだろう。しかし、それでも。別れのその時まで傍に置きたい。

「民も臣も私には心など無いと思っているようだ」

「どうした。急に」

「そうではない。私とて、人並みに欲はある。叶は私が永く待ち望んだ花嫁だ。ウィル、お前も誓って欲しい」

「エドワード、お前が望むなら俺はなんだってする」

「そうか。嬉しく思う。では、頼む。叶には敵が多いだろう。お前も彼女を気に掛けてやってくれ。彼女には、そうだな。ミナを護衛につけよう。しかし、ミナだけでは守りきれまい。この国の民は皆人の子の臭いに敏感だ。餌以外の人の子を見たことが無い者も多い。きっと叶も餌と認識されよう。ウィル、私が傍にいられないときは、お前に頼む」

 人の子は弱い。人の子は脆い。そして何より、人の子の若い娘は美味い。あの体内に脈打つこそ、我らに命を与える。

「ウィル、もう一つ頼みがある」

「言ってみろ」

「私が、私が叶を喰おうとしたら止めてくれ」

「喰えばいいだろう。人の子だ。いつもと変らん」

「私は彼女を守りたい。待ち望んだ花嫁だ。そして、人の子と我々を繋ぐ重要な架け橋だ」

 だが、美味そうだと感じてしまうのもまた本能。所詮私は闇の住人だ。人の子とは違う。人の子は美味い。私に命を与えるあの滴が欲しい。それが彼女のものならば、いっそう美味いだろう。

「仕度が済んだようだぞ」

「ああ。では、私も行こう」

 いよいよだ。

 待ち望んだ瞬間が来る。

 我が花嫁に誓おう。永遠を。




 漆黒の花嫁装束に包まれた叶は美しい。アンが施した化粧は彼女をより美しく引き立てていたし、なによりも、黒い装束は彼女の白い肌をいっそう白く見せた。

「な、何をすれば良いの?」

 恐怖と緊張で混乱している叶は今にも泣きそうな顔でそう訊ねた。

「司祭から杯を受け取り中身を飲み干せ。安心しろ。お前の杯はただの葡萄酒だ」

 私の杯には贄となり捧げられた人の子の血が入っているということは言わない方が善いだろう。彼女を怯えさせてしまう。

「さぁ、奥様」

 アンが黒薔薇の花冠を叶の頭に乗せる。薔薇は青の方が良いと思うがこれは伝統なのだから仕方ない。

 叶の手を引く。先ほどよりは優しく出来ただろうか。

 そのまま司祭の前に立つ。

 その瞬間に多くの視線を感じた。皆が我らを祝福してくれるだろう。我が花嫁に多くの期待を抱いているはずだ。

 司祭は伝統ある祝福の言葉を述べる。そして、杯を渡した。中を飲み干す頃には、叶の心音がさらに速まっている。怯えている。いや、緊張だろうか。

 司祭は彼女の前に杯を差し出した。叶がちらりと私を見見たので飲めと視線で促す。

 叶は杯の中身の赤い液体を一気に飲み干した。

しかし叶はすぐにその場に倒れる。

「叶?」

 一体どうしたというのだろう。

「ウィル、これはどういうことだ」

「……酔った、のではないだろうか。俺には無縁の話だが。人の子の中には酒を全く受け付けない体質の者も居るらしいからな」

「……叶の部屋は用意できているのだろうな」

「勿論ですとも」

 アンが答える。倒れた叶を抱きかかえ、視線で早くすぐに寝かせられるようにしたくしろと促した。



 赤が基調この部屋は、人の子である叶が不自由ないように燭台に灯りが点されている。

 彼女の枕元には彼女が庭園に現れたときに落ちていたというかぎ針と編みかけのショールが置かれていた。

「目覚めたか」

 微かに瞼が動いた叶に声を掛ければびくりと震えるが、少しすると、やや落ち着いた様子を見せた。

「酒が飲めぬなら先に言え。人の子のことはよくわからぬ」

 酒が毒になってしまっては困る。

「聞かなかったから」

 叶はぽつりと答えた。

「そうか」

 それで会話が終わってしまう。

 どう、会話を繋げばいいのかが解らない。もっと叶の声が聞きたいのに、どう接すればよいのかがわからない。

「ここはどこですか」

「今日からお前の部屋だ」

「そうじゃなくて……」

 折角叶が会話のきっかけを作ってくれたというのに、私はそれに上手く対応することができない。それどころか質問の意味を間違えたらしい。

「ああ、ここはファントム王都ゴーストだ」

「……あ、あの……私に理解出来るように説明して頂けますか」

「……そうだな、ここは、闇と怨念の国と人々に呼ばれる永遠の夜の国ファントムだ。恐らく、お前の故郷からは異界となるだろう」

 また、言い方が冷たいと後でミナやアンに説教を貰うかもしれないな。

「私は……帰れないの?」

 叶は絶望的な表情を見せた。私はこの娘に本当につらい思いをさせてしまうのだな。

「私はお前を帰すことなどしない。お前は生涯をこの城で過ごす」

「そんな……」

「逃げようなどと考えるな。死にたくなかったら」

 別に怯えさせたいわけではない。大切にしたいと思っている。けれど、今はそれ以上に逃げられては困るのだ。

 わかってくれとも言えず、私はただ、叶の前から姿を消した。




 我が宮廷騎士団長補佐は女性ながら非常に優秀な翼手族の一員だ。ただ、私と違い、許可なく空間に入ることが出来ないのが問題だ。

「ミナ・テレール、お前を私の妻の護衛に命じる」

「かしこまりました。我が命に代えてもお守りいたします」

 特筆すべきはミナの忠誠心。ウィルにも引けを取らないだろう。私もまた、ミナを気に入っている。優秀な家臣を持つことが出来、幸せだと感じている。


「叶、入るぞ」

 もう少し、別の言い方が出来ればいいのだが、どうも私は叶を怯えさせることに関しては非常に有能らしい。嬉しくはない才能だ。

「は、はい」

「怯えるな。別に捕って喰ったりはしない。お前はファントムの希望なのだから」

 私の大切な花嫁だ。怯えさせたくはない。叶が臆病なこともあるのだろうが、私はどうも人の子に嫌われる傾向があるらしい。

「ミナ、来い。叶、これはミナだ」

 燭台を持ったミナが部屋に入る。私が招き入れたことにより、ミナはこの空間に足を踏み入れることを許されたのだ。

「はじめまして、ミナと申します」

「は、はじめまして。叶です」

「これからお前の護衛になる。それと、アンと共にお前の世話をする」

「え……」

 どうやら叶はなにを言われたのか理解できなかったらしい。しかし、私が説明しても叶はまた怯えてしまうのだろう

「分からぬことはミナに聞け。私は執務がある」

 執務など言い訳だ。ただ、叶をこれ以上怯えさせたくない。それに同性のミナの方が叶を安心させることが出来るだろう。

「ウィル」

「どうした」

「人の子はなにを食すのだろうか。叶の食事の用意をさせねば」

「蠍や甲虫ならこの国でも用意できるが、それ以外となると他国から入手しなくては厳しいだろう。この国の果実は、人の子には毒になる」

「ああ。非常に問題だ。やはり、あれだ。クレッシェンテのように葡萄を育てたりしたほうがよいのだろうな」

「残念だが、この国で育てれば、人の子には有毒になる」

「なんとかならんか」

「無理だ。ここは呪われた地だ」

 人の子はこの国で長生きは出来ない。それは奴隷になり、やがて餌になるからだ。人の子は家畜だ。我々が食す為にここに運ばれ、食すときまで生かされる。ただ、それだけだった。

 しかし、叶は違う。彼女は私の花嫁となり、ここで王妃として過ごす。いつかは私の子を産み育て、そして死んでいくのだ。その中で彼女が餌になるようなことがあってはいけない。餓死させるなど論外だ。

「叶には永く生きて欲しい。できることなら、私と生涯を共に。私の命が尽きるときまで叶には居て欲しいと思う」

「エドワード、正気なのか?」

 ウィルは目を見開く。何をそんなにも驚く必要があるのだろうか。

「待ち望んだ花嫁だ。理解して欲しい」

「だが、人の子だ」

「だからこそ、大切にしたい」

 きっと人の子である叶が私の花嫁に選ばれたことは意味がある。私が望む以上に、彼女は我がファントムにとって重要な存在になる。

「ウィル、数えてみろ。ファントムに自らの意思で足を運ぶ人の子を。私が知る限り、それはたったの五人だ。その中の三人はクレッシェンテ人。あとの二人は我々を狩る力を持った憎むべき怪物だ」

「お前が怪物と呼ぶのはなんだか可笑しいな」

「我々から見ればあれらの方が怪物であろう」

「ああ。そして、憎き女があの国には居る」

「ああ。デネブラ。いつか八つ裂きにしてやる」

 クレッシェンテは我らの敵だ。しかし、中には話のわかる奴も居る。あの金の髪の伯爵のように。我らが同胞であるローザのように。

「とにかく、叶の食事のことは頼む。私には理解できない」

「ああ。わかった。俺なら生肉、生肉、生肉で問題ないが、一応女だしな」

 ウィルは笑う。私には理解できない。食べて食べれぬことはないが、人の子のような食事では満たされない。

 私はいつまで耐えられるだろう。あの愛らしい花嫁にいつまで耐えられるだろう。

「エドワード」

「なんだ」

「はしゃぎすぎて喰うなよ」

「ああ。わかっている」

 喰わない。叶だけは喰わない。

 一度味わえばきっと殺してしまう。あんなにも愛らしく美味そうなのだ。殺してしまうに決まっている。若い娘は美味い。だからこそ、私は耐えねばならない。

 晩餐の時刻にまた、彼女に会う。

 私は彼女を見て、彼女の声を聞いて、彼女に触れて。どこまで耐えられるだろう。

 きっとこれは試練だ。人の子と我らの共存のための試練なのだ。

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