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RE:商店街の魔女①

 五月。学校が始まり、親しい友達もでき、新しい環境にも慣れた頃だ。

 高時給のバイトは、日常に慣れるまではやめておこうと決めていたが、色んな人にそのバイトはやめておけと言われたのが、すぐにバイトを受けられない理由でもあった。

 他の誰かに先を越されてしまうのではないかと考えるとこれまた不安になってしまう。だから何度もあの人気のない商店街に出向いて、張り紙がまだ貼ってあるかどうかを確認していた。

 痺れを切らした俺は、今日の放課後に電話をして面接のアポを取り付ける予定だ。


 昼飯時、机の上に置いたスマートフォンに映る張り紙を眺めていたが、がさつにスマフォの上にコンビニの袋が置かれる。

 顔を上げると、目の前には常に隈を標準装備している男がやってきた。相変わらずの長髪。売れないバンドマンみたいに前髪は目を覆い隠してしまっている。長袖のシャツを着ているが、その肩にはフケがパラパラと乗っているのが見えた。背は俺よりも小さく、170cmあるかないかぐらいじゃないのか?


 パッと見で近寄りがたい雰囲気を纏っている彼だが、俺の唯一の友達でもある。初日から休み時間は自分の席でオカルト雑誌『モー』を黙々と読んでいる姿に惹かれた。モーを人目を気にせず読むその姿勢に恐れ入った。俺も本屋に立ち寄った時は立ち読みしている程度には読んでいる。あの雑誌の内容は万人受けするものじゃない。でも俺はモーの都市伝説やら陰謀説とか嘘っぽい記事がなんとなく好きだった。

 モーを読む彼に興味を持ってしまったからには話しかけたに訳にはいかなかった。俺が勇気を出して話しかけてから、よく一緒に過ごす事になった。元々集団から外れていた彼に俺、一緒に居て悪い事なんてなかったし、奴と繰り広げたオカルト話はかなり盛り上がった。


「おい、飯食おうぜ」

「あ、あぁ」

 俺の机の前に、空いている席から拝借した椅子を持ってきて、それに座った大野おおのは、俺の意識を呼び覚ます様に飯を食おうと言った。

 そうして俺はやっと自分の机の上に、唐草模様のバンダナに包まれた弁当箱を置く。

 ビニール袋の下からスマフォを救出しようと、手を伸ばしても大野はビニール袋をスマフォの上から退かそうとはしない。


「お前、まだバイト諦めてないだろ」

「るせぇな、いいだろ別に」

 毎日同じ事を言われ続ければ、嫌になるし対応を雑になってしまう。それだけ俺の事を気にかけてくれていると考えれば、もう少しマシな対応が出来たんじゃないのか。そんな事はどうでもいい。考えても無駄だ。弁当のひじきと同じぐらいどうでもいい。


「お前が言う商店街なんか駅周辺には存在しない。そもそも魔女の提示物かもしれないんだぞ」

 不思議な事に商店街を見たと言うと、大野を含む地元の人間はそんな場所は無いと口を揃えて言い、俺を馬鹿にした。

 魔女はここ周辺に出没する不審者の話だそうだ。何で魔女という呼び名が付いているのかは分からないが、自らそう名乗っていたそうだ。聞いてる限りじゃ噂が一人歩きしている様な気がした。魔女に関しては頭の螺子がぶっ飛んだ奴で、本物の魔女じゃないだろうと判断した。


「真面目な話、死ぬぞ」

 適当に返事をすると、真剣そうな口調でそんな事を言われた。目が見えないのにも関わらず、本気で言っている事が分かった。それでも俺はバイトがしたい。こんな所で地元に居た頃と同じく、何も出来ずに終わってしまうのは嫌だ。


 放課後、速やかに家に帰った俺は、張り紙に書かれていた電話番号に、自分のスマホから電話をかけた。

 が、10コール程しても誰も電話に出ない。一度電話を切ってもう一度かけ直す。が、誰も出ない。

 商店街の一角であるあの張り紙の張ってあった店は、今日が定休日なのかもしれない。張り紙には定休日の事なんて書かれていなかったし、その可能性もあるわけだ。

 まだ家着じゃないし、商店街の様子でも見に行ってみようか。


 早歩き気味で商店街の入り口までやってきたが、そこで俺は珍しいものを目にした。

 商店街の中に大型トラックが入って行く所を目撃してしまった。気になってしまい、トラックの後を追う様に商店街に入っていく。


 トラックは大通りの真ん中で停車している。荷台から荷物を降ろすわけでもなく、ただポツンと人気のない閑散とした商店街の中で佇んでいる。

 トラックの横をすり抜けて運転席を覗きに行くが、そこには誰もいなかった。変だ。流石にこれはおかしい。車というのは人が操ってこそ動く物だ。そんな揺ぎ無い事実を知っている。

 ここに長居したくない。そう感じた俺は荷台の方に向き直り、帰ろうとしたところで、荷台の扉が開いていくのを見てしまった。金属の軋む音が心臓の鼓動を早めていく。

 荷台の扉が開いて少ししてから何かがこちらに向かって歩いてくる。


 それは人間ほどの大きさで、赤い目と背中のトゲが特徴で、家畜の血を吸うあの……。

「チュパカブ――」

 写真でしか見たことがない。未確認生物の名前を言い終わる前に、ヤツは俺に跳びかかってきた。4~5mあった距離を一瞬で詰められる。想定外の出来事に対してすっかりフリーズしている俺の脳みそ。抵抗も何も出来ないまま、意識が途切れた。


 もう目を覚ます事はない。そう思っていたが、俺はまだ生きているみたいだ。

 上半身を起こすと眩暈がした。頭を押さえて眩暈に耐えること数十秒。

 落ち着いてから周りを見渡してみる。自分の体はベッドで寝かされており、体には白いシーツがかけてある。それだけで誰かがここまで運んできてくれた事が分かる。服はピンク色のガウンに似た患者衣に変わっていた。下には何も履いていない。


 部屋の中にある棚には薬品やら背表紙が英語で書かれたよく分からない本等が陳列されている。他には灰色のデスクと、セットで置かれた椅子ぐらいだ。

 外の様子が気になり、立ち上がる為に足を地面に降ろす。それから立ち上がろうと腰を浮かすが、違和感に苛まれた。理解が追いつかないまま、前のめりに、手と膝を地面につける様にして倒れてしまう。


 俺が倒れると同時に、部屋のドアが開き、外から女性が入ってきた。彼女の髪は綺麗な金色をしていたが、ボサボサに乱れている。髪は伸ばしっぱなしで手入れをしていないのかと思えた。結構整った顔をしているし、身長も高く体もスラっとしてそうなのに、着ている服がスウェットだ。みてくれに興味がないのだろうか。色々と残念そうな人だ。


「おう、起きたのか。なんだ? 不思議そうな顔をしているな。お前を助けた張本人だ」

 声だけ聞けば日本人かと思ってしまう程に自然な日本語で女性は喋った。

 顔を上げると、首の横から何かが流れ落ちていった。くすぐったい。片手でそれを掴んでみる。麦の色をした長い髪。俺の髪は派手な金髪だし、そもそもこんなに長くない。なんで自分の髪が違うのか。疑問の答えを考える間もなく、女性は話を続ける。


「私が現場に到着した時にはもうキミは死にかけていた。一般人のくらみんがなんであそこに居たのか知らないけど、くらみんを死なせたのは私のせいだ。だから私はくらみんを生かす事にした。でもくらみんの体は死んだも同然の状態だったから新しく作った」

 くらみんというのは俺のあだ名みたいなものだろうか。俺の名前を知っているのは、倒れている時に財布の中の学生証でも見たのだろうな。

 女性は床に手鏡を置いた。鏡を覗き込んでみると、女の子が映っていた。先ほど自分で触った麦色の髪をしている。顔の輪郭はそこはかとなく丸い。白目は普通だったが、瞳の色が薄い茶色だ。目の形はどんぐり眼に近いな。ぱちくりとした目が顔の輪郭と相まって、女の子の顔は幼く見えた。


「少ない素材でくらみんの体を作るのには苦労した。途中で、なんでこんな事してるんだろうって思ったね。どうせくらみんは元の生活に戻れないんだし、それなら自分の好きに作ってもいいよねって考えになったんだ。そしたら思いのほか作業効率が上がってね」

 話が長い。省いてもいい情報が含まれてるだろ。その創作秘話みたいなの俺に言っちゃ駄目だろ。


「ちょっと待て、よく分からないんだが」

 俺の喉から出た声は、甘ったるしい少女特有のソレであった。そこまで変わっているのか。自分の出した声に驚いたが、気にしないように努め、女性の言葉を待つ。


「まとめると、くらみんの体は使い物にならなくなりました。こちら側の不手際が死んだ原因だからどうにかして生き返らせたい。新しく体を作ろう。でも作業し始めてから、人の為に頑張るのが嫌になってね。だから私の好き勝手に作ったらそうなったと。特に一番力を入れた耳を見てくれ」


 耳? そんな物にこだわるのか? 耳たぶをプニプニと触っていると、床の鏡を拾った女性は、俺の頭部が映る様に鏡の位置を調整して、俺に鏡を見るように言った。女性の言う通りに見てみると、俺の頭にはおにぎりを少し長細くしたような耳が付いていた。色は髪の色と同じだ。耳からは白くふさふさしてそうな耳毛がもこっと生えていた。

 思わず獣の耳、ケモミミを触ってみる。俺の手が触れるとピクリと動いたが、気にせず先端を掴んで少し引っ張ってみる。触られてる感触がするし、引っ張られた痛みもある。


「な、可愛いだろ」

「いや、まぁ可愛いが」

 確かに可愛いが、悪くないと思うがそれでも駄目だろコレ。他人が見たらコスプレだと思うだろ。


 ……そろそろ瞑っていた目を開く時だ。現実を直視せず、女性の言葉を鵜呑みにしてあまり考えない様にしていた。だから自分の死と向き合う時だ。

 女性が言うように俺は本当に死んだのか? そもそもチュパカブラに殺されるってありえるか? 家畜の血を吸うとかなら聞いた事があるが、人の血は流石に吸いやしないだろう。

 考えると気分が悪くなった。吐き気がする。襲われた時の事は、チュパカブラが俺に跳びかかって来たところまでしか覚えてない。死ぬ直前の事は覚えてない、それなのに死んだと確定していいのか? 過去の出来事にしてしまっていいのか?


「おいおい、顔色が悪いぞ。生理か?」

 しゃがみこんで俺の様子を伺う女性を見上げる。吐き気を堪えながらも、女性の言葉を無視して質問をする。

「俺を襲った、あのチュパカブラみたいな生き物は本物なのか? 俺は、俺は本当に死んだのか?」

「くらみんは死んだよ」

労わりも何もなく、気遣いも何も感じない言い方ではっきりと自分の死を告げられた。同情あるいは気遣いの代わりかどうか分からないが、頭のケモミミとケモミミの間にポンと優しく手を置かれた。


「チュパカブラは本物だ。でも話にある様に絶対に家畜の血を吸うって訳じゃない。人間の血を吸う個体がいてもおかしくはない」

 絶対に。そう念を押した。何せ未確認生物だから、と。確認できてない事をする奴もいる、と。


「くらみん、ホムンクルスって知ってる?」

 いきなり話が飛ぶのね。ホムンクルスは有名だし知らない方が変だろう。

「馬の糞で作るアレだろ、手間がかかるって事は知ってる」

「うん、まぁ知ってるみたいだね。くらみんの体はホムンクルスを作る要領で作ったんだ。体だけが出来上がる様に、本来の製法に手を加えて作ったんだ。それにくらみんの魂を入れたのさ。でも馬糞とか使ってないから、あの作り方はデマだから」

 今の体の出所が分かったがホムンクルスか。確か生まれた瞬間から知識量が半端ないんじゃなかったけか? でも知識が増えてるかどうかは分からない。分からない事は分からないし、知らない事は知らない。知識量に関しては前の俺と差異はないんじゃないか。


「結局ホムンクルスを作れた人は1人しかいない。彼の死後に同じ物を作れた人は今もいない。だから未確認なんだよ。未確認生物じゃなくて未確認な製造方法。未確認事象の部類だね」

 女性はつらつらと話を続ける。俺に聞かせるというよりは、自分で言って確かめている意味合いの方が強い感じだ。

 未確認。未確認な事象。そんな言葉は聞いた事もない。チュパカブラの時は、チュパカブラがどんな事をするかは、奴が未確認生物だから分からない。そう言っていたよな。だったら事象ならばどうなる? ホムンクルスの場合はどうなる? ホムンクルスの生成方法が確認されているもの以外にもあるってところか。

 嫌な事を考えてないからか、気分が少し良くなってきた。断じて頭を優しくわしわしと撫でられているからって訳じゃない。


「もう俺は人間じゃないのか」

 項垂れる。うっかり口にしてしまったが、言葉にしてしまうとその事実が体に降り注いできている気がした。そのせいで体が重く感じる。

 頭を動かしたからか、女性は俺の頭から手を離して立ち上がった。


「そんなに気にすることはない。こちら側を知ってしまった時点で元の生活に戻すつもりはなかったし。そう考えるとその体は都合が良い」

「都合って何だよ。俺にはデメリットしかないだろ」

 デメット①。こんな体じゃ満足に外を出歩けない。恥ずかしい。

 デメット②。体に慣れてない。十数年慣れ親しんだ体からこんな体になったんだ、満足に動かせる訳がない。

 瞬時に思いついたのはこの二つだけだが、そのうちまだまだ不満は出てくるだろうな。


「私の手助けをしてもらう上で都合がいい。力を大幅に上げているからね。そうでもしなきゃまた死ぬだろうし」

 と、俺に鏡を差し出してくる女性。鏡を渡してくる意味が分からないが、片手を出して鏡を受け取ろうとしている自分も意味が分からないな。条件反射に近いよな。手を差し出されたら握手してしまう感じに似ている。

 手鏡の端と端を親指と他の指で挟んで、鏡を持ち上げようとしたのだが、手鏡はいとも簡単に折り畳まれてしまった。折り紙で言うところの山折りだね。鏡の部分は無事な部分が少ない程破損してしまった。外枠の部分も指で持った部分を中心にして大きくへこんでいる。

 女性は飛び散る鏡の破片を浴びない様にすぐ手を引っ込めたので、怪我はしてないみたいだ。

 いやいや、手鏡を壊すつもりはなかったし、壊れるほど手には力を入れてないんだが。これが力を上げたって事なのだろうか。


「くらみんの当面の仕事は体に慣れる事だ。そんな調子じゃ歩けないだろうし、触れる物みな壊すからね」

 ギザギザハートの子守唄か。とは口に出さない。ツッコミを入れるより先に聞きたい事がある。

「ってちょっとまて、手伝いって何だ? そんなことやるって言った覚えはないぞ。勝手に決めるな」

「ここで手伝いをしないならくらみんはどうするんだ? 外に居場所はあるの? 元の生活には戻れないって分かってるだろ? まともに動けないケモミミ怪力少女に何が出来るっていうんだ?」

 出来る事は何も無いだろうし、学校にも行けないだろう。しかもこんな状態で外に出れたとしても行き倒れてしまうだろう。

 女性の言葉に何も言い返すことができない。何か適当に反論しようとしても言い淀んでしまう。


「じゃあ手伝ってくれるのなら給料を出そう」

「おいくら?」

 先ほどまで言い淀んでいたのが嘘のように、すんなりとこの一言が喉から出た。

 女性は指を三本立てて俺に見せ付けてくる。

「三千円?」

「イエース」

「やる!」

 カタコト英語は無視して即答。

 俺の頭にはバイト募集の張り紙の事がまだ残っていたみたいだ、それで時給が三千円なんだと思い込んでしまった。だから何も考えず、疑いもせず即答。


「よろしく、私はフマルだ。今日は疲れたろうから、もう休んでくれ。異性の体には興味あるだろう? まさぐってもいいんだぞ」

 フマルと名乗った女性は、人を馬鹿にする様な笑みを浮かべ、要らんことを言ってそのまま部屋の外に出て行った。

「するかそんなこと!!」

 フマルの姿は言う前にもう見えなくなっていたが、それでも否定したかった。

 1人残された訳だが、フマルの言う通り休ませてもらおう。ベットとの距離は近い、振り返ればすぐの距離だ。だからベッドに乗るまではそう苦労しなかった。体の一部分だけを動かす事は出来るのだが、歩いたりだとか複数の部分を同時に動かすと感覚が、足と地面の距離感が分からなくなる。だから歩き出そうとすれば倒れてしまったのだ。


 カバーを体にかけて寝る体制に入るが、フマルの言っていた事が頭から離れず、変に体を意識してしまう。

 まぁ自分の体だもんな。見ても触っても誰にも文句は言われないだろ? だったらいいだろ? 少しぐらいならな、役得ってやつだよ。


 患者衣をはだけさせてみる。がっかりな大きさの胸に手を当てて触ってみるが、二の腕を触っている様な感じがするし、自分の胸を触っても触られた感触がするせいで楽しくない、嬉しくない。

 自分の体を見下ろしてみても別にどうも思わない。胸が大きいわけでも、腰がくびれているわけでもない。そんな体を見ても何とも思わない。

 思わずベッドの上に立ち上がってしまう。患者衣がはらりとベッドの上に落ちていく。立ったことで揺れた髪が背中を擦っていく感触がこそばゆい。

 体中をべたべたと触ってみても、不快感しか感じない。これって自分の体だからだろうな、自分の体に欲情するわけないか。


「ひゃっ」

 突然背筋を上から下へ人の指の様なもので触られた。驚いて情けない声が出てしまった。

 開きっぱなしのドアからは誰も入ってくる気配はなかったし、足音もしていない。しゃがみ込んで患者衣を羽織る。何かがこの部屋に居るのは間違いない。

 ふと気がつくと足元にメモ帳を切り取ったものが落ちているのに気づいた。しかも文字が書かれている。

『驚かすつもりはなかったんだ、ごめんよ』

 これは紙に文字を書いた人が背筋をつーっとやったと考えていいんだよな。

 紙を手にとってみる。これを置いた人が分からない。紙を裏返してみても仕掛けとかなさそうだし。


「艶めかしい声を出してどうしたくらみん!」

 慌しく部屋にフマルが入ってくる。コイツ、部屋の外で待機してやがったな。

 急ぎすぎて足なんかもつれて転びそうになってるぞ。危なかったしいなぁ。


「そんな声は出してない! 誰かに背筋を触られた!!」

 患者衣の前を絞めずに部屋に入ってくるフマルを迎え入れる。といっても両手をグリコの看板みたいに斜め上に上げただけだが。


「それは多分入谷さんの仕業だな。いるんだろ? 入谷さん」

 静寂。しばらくして目の前の空間に紙が現れる。宙に浮くその紙は、手に持ったままの紙と同じ物だ。宙に浮く紙にも何か書かれている。


『(>ω・)てへぺろ』

 悪びれてる様子が感じられない内容だった。


「紹介しよう、こちらは透明人間の入谷さんだ。会話は筆談で会話ができる」

 紙のある方とは別の方向を向いて入谷さんの紹介をしているのが何だかシュールだ。

『よろしく』

「倉見です。よろしく」

 簡単な挨拶。相手は筆談で、書くのに時間もかかるだろうから面倒な事は言わずに一言で済ませた。


「入谷さんは知らぬ間にここに住んでいたな。実は私の知らないだけでずーっとここを隠れ蓑にしていたそうだ。ここの商店街には人払いの結界を張ってあるし、国のお偉いさんに地図の上からも商店街をなかったことにしてもらってるからね。だから私が結界を張る前から住んでいたんだろうね。面倒だから一度結界の内側に入ったら出入り自由に設定したからな」

 入谷さんの説明かと思ったら商店街の説明か。どうりで学校の連中は商店街の事を知らなかった筈だ。知ってても取り壊されて今は無いとしか言ってなかったし。

 これでフマルに権力者との繋がりがあることが分かった。どこでそんなコネが出来るかは最近まで一般人をやってた俺には想像できない。

「なぁ、フマルって本当に人間なのか? 俺の体を作ったり結界だとかお偉いさんだとか色々ありすぎて如何わしい」

 ふぅ、やれやれ。そう言いたげに肩を竦めてからフマルは話し始めた。

「私は魔女だ。魔女のフマル。錬金術から魔法までどんとこい、だ。国から未確認を確認し、対策を立てて世の中に影響が出ない様にする仕事を承ってね。だからここを拠点にして活動してるんだよ。ここでは何が起こっても不思議じゃ済まないからな、覚悟しとけよくらみん」

「お、おう」

 何が起こっても不思議じゃない。人から外れた生活をするってことはなんとなく分かっていたが、常識の外に放り込まれたって事を再認識した。

 フマルが魔女なのかどうかは俺に確認する術はないが、透明人間だとかチュパカブラ、そんで自分がホムンクルスだ? そんなにゾロゾロとオカルトめいたものに登場されたら、抗い様も無い。ただ受け入れるだけしかできないだろ。


「くらみんもお楽しみの途中みたいだし、入谷さんも引き上げよう」

「楽しんでない!」

 何もないところに手を伸ばし、入谷さんの手を掴んで部屋から出て行った。フマルが掴んだ部位が正確には分からないが、腕でも肩でも腰でも手でも部屋から出て行ったということに変わりはないからどうでもいい。

 ただ床には『一緒に楽しみた』と執筆途中の少しくしゃくしゃになった紙が落ちていた。


「ってうわ」

 丸出しだった胸に気づいて急いで患者衣の前を絞めようと、紐を結ぼうとしても上手く結べない。何度やっても上手くいかないので、シーツを被ってベッドに横になった。

追加しました。前回は中途半端に更新してしまってすみません。展開が多少変わりました。

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