やばい匂いどころじゃなくなってきた
先近寒くなりましたね
作戦は幸と先生が担当。実行に使う器具や小道具も調達された。ここまでの使用時間たったの二十分だ。後は実行に移すだけ………なのだが。
「さて、問題は誰が実行するかということだが」
先生があごに手を当てて言う。
そう、最も危険が大きく責任の押し付け合いになった時に真っ先に責任がかかるのが、実行部隊だ。大企業にでもなればそのトップが責任問題などになってくるが、名もなく団体でもなければ、ただ実行犯が捕まった瞬間に雲隠れすればいいだけのこと。危険が大きく、リスクも大きい。その分見返りも大きいかもしれないが、普通に切り落とされる可能性のほうがでかいといえるようなものだ。できれば実行部隊には入りたくはない。
「私たちは物資の調達したから選択肢から抜けるとして、トセおじさんとお兄ちゃん、どうしますか?」
幸は子供のような笑顔で言っていた。………こいつ、逃げやがったな。
まあ最初から幸には頼む気はさらさらなかったから別に問題はない。
今回の一大イベントの実行部隊にふさわしい人材は、どう考えてもこのおっさんだ。
「すまぬが、この役は優一氏が適任であろう」
何も詫びいれるような様子もなくおっさんが言ってくる。
「っはあ!?やだよ、俺がまたあの………何先生か忘れたけども、あの先生に何かやったら今度こそ殺されちゃうよ!?さっきだって体罰受けてきたばっかりだよ?見てよこの頭、タンコブまだあるよ!」
だいぶ小さくなったけれども。
「いや、だからこそだ。優一氏には先のお詫びと言う口実があるが、俺には何もない」
「お前さっき派手に絡ませてもらうとか言ってなかったっけ?」
「すまぬ、今日のところはお前に大役を譲らせてもらおう」
「心配しなくても大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちゃんと二人に仕事あるもん。お兄ちゃんがやらなかったら別の仕事をしてもらうだけ」
「「…………あ、そうでございますか」」
春多喜高校は三万人もの生徒が通うマンモス校だ。その分校舎はでかく複雑になっている。
教室などがある生徒用校舎だけでも敷地内に七つあるのだ。その中で最南端に東西に延びる校舎に職員室がある。
俺たちは今もグラウンドから聞こえてくるリア充の掛け声に紛れ、川西の背後………まあ要するに職員室の目の前にいた。この時間は部活動が盛んで、職員室は人が少ない。
『―――あ、ああ、……聞こえるか東堂?』
「感度良好。聞こえるぞ、ドS共」
耳に装着された小型スピーカに小声で応える。
「で、俺はこれからどうすればいい?」
ここまで指示に従ってきたが、俺は何一つあいつらに言われていない。先生曰く、実行部隊の人間は何も知らされない方が良いのだそうだ。
『つい先ほど渡した物は持ってるな?』
「この包み紙のことだよな?持ってるぞ」
教室を出るときに渡された、小さめの何かが入ってる包み紙を取り出す。
『開封を許可する』
何でいちいちそんなふうに言うんだよ。なんか悪いことしてるみたいじゃないか。
………悪いことしてるんだろうなあ。作戦を聞いてないからどの程度やばい事なのかいまいち分らないけど。麻薬の運び屋とかってこんな心境なのだろうか。
で、言われたとおり開封してみた。
「何だ?これ?」
一つは薬ビン、一つは……なんかのスプレーだろうか?もう一つは………白い粉の入ったケースだった。
「……………ねぇ、何これ?」
『まだ知る必要はない』
「いやこの後これ使うんだよな?もうそろそろなんか情報ぐらいくれてもいいだろ」
『では一つ譲歩してやろう。それを使ってあいつがまだ健在ならお前の高校生活は終わりを迎える』
「おいぃ!?」
『嘘だ………とでも言うと思ったか?』
「思いたいよ!」
ああくそっ、少しだけ安心してしまっていたじゃないか!!
せめて麻薬ではないことを………祈っていいのか?あいつらに。
『大丈夫だ、問題ない。お前がいなくなるだけで、私たちが失うものは何もない』
「問題あるからな!?」
「うるさいぞ!!仕事ができんだろうが!!」
俺の叫び声を聞いた川西が職員室から顔を出してきた。
「またお前か貴様!!こんなところで何やって………何だ?その白い粉は?」
「―――――っな!!」
ま、不味い不味い不味過ぎる!!!
どれほど不味いかって?女子小学生の服を人気の無い所でひん剥いていたのを母親に見つかったのと同じ位やばい!!
『プププ、あーあ、やっちゃったな。もう引き返すことは出来なくなったな。ここはひとつ、派手に爆発してくるといい』
こいつ、俺を最初からこうする積もりだったんじゃないよな?
『お兄ちゃんがんばって!私の言うとおりにやったら万事うまくいくから』
いくわけないだろ!!!
「おい貴様!!何だそれは?まさか―――」
川西の視線が俺が持っている、白い粉が入ったケースに固定される。
「い、いいいいえいえいえいえいえ違いますよ!コレハデスネ……」
『お兄ちゃん私に続けて―――――』
「そ、そう、今日は先生に大変な失礼をしてしまい――――」
あああああ、やってしまった!!もうホントのホントに戻れなくなっちゃった!!ダメだ嘆いてもしょうがない。頼むぞ幸、この俺を救ってくれ。
「そのお詫びとしてですね……先生にこれをもってきたんです」
『お兄ちゃん物を全部渡して』
渡しちゃって良いんだよね?大丈夫だよね!?
俺は持っていたもんを全部手渡す。
「これは何だね?」
「これはですね………最近開発された育毛剤です」
「!!!ほ、本当かね!!??」
さすがハゲ頭と言ったところだろうか、ものすごい勢いで喰い付いて来た。
「ほ、ホントウデスヨ?」
たぶん嘘です、はい。
「そうか、いやあ、なんというか、さっきはすまなかったな。私も最近イライラしててな」
「…………いえ、お気になさらずに」
川西の目が、息を吹き返したように生き生きしてる。
『チッ、しくじった。お前にカメラも持たせておけば、生き生きとした川西が絶望のふちに立たされる最高の顔が見れたと言うのに』
…………………悪魔だ。悪魔だよこれ。すいません川西、俺も実行犯ですけど………。
「で、では早速試してみてもいいかね?」
「あ、は、はい。で、でも試作品らしくて少し危ないらしいですけどいいですか?」
「かまわんかまわん。何回も危ない橋は渡っている」
俺は先生から目線をそらし、躊躇いがちに渡す。なんか、俺もやってやるとか思ってたけど、ものすごい罪悪感が押し寄せてくる。
「で、これはどういう風に使えばいいのかね?」
「あ、こ、これはですね」
俺はもう一度スピーカーに耳を澄ます。
「まず、粉の入ったケースがありますよね?」
川西は「うむ」と返事をする。
「それをですね、頭に振りかけてください。出来るだけ満遍なく」
「分った」
そうまた答えて、先生は鬘を取った。先生の素は始めてみたけど………頭のてっぺんはお坊さんだったけど、その回りにはまだ髪の毛はちゃんと生えてはいる。
『どうだ、東堂?川西の素顔は?』
「少し以外ですね。髪のこととても気にしていたからもっと無いのかと思ったんですけど………」
俺は川西には聞こえないよう小声で言う。
『そうだろ?ちゃんと生えているんだよ。なのに私たちはそれで怒られた。………クフフフ』
また先生が悪魔モードに入っちゃった。
「かけ終わったぞ?」
うわ、川西の顔が真っ白だ。
「そ、それじゃあ続きですね。えっと、そのスプレー缶みたいな形をした奴に、ある液体が入っています。それもまた頭にふりかけて下さい。満遍なく」
「うむ。…………これでいいかね?」
川西の顔がツルッツルになっていた。
「あ、はい。後これは出来るだけ毎日やらないと効果が薄いらしいですから」
「毎日やるとも」
顔面真っ白で、ツルッツルの生物がガッツポーズをしていた。
毎日やるんだ。
「後最後に、その薬ビンに入っているカプセルを飲んでください。………三個ほどいってくれると良いらしいです」
「三個と言わず十個といこう」
川西は本当に十個取り出し飲み込んだ。耳元で幸の『あっ』って声が気になったが………どうやら幸の想像以上のことが起こるかもしれないらしい。
「「……………」」
俺と先生が固唾を呑んだ。
そして―――――
「ぎゃああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ!!!!!!!!?????????」
あああああああああああああああああああ―――――。
やっぱりだ。やっぱり育毛剤なんかじゃねぇ。何これ!?先生ものすごく苦しんでんだけど!?
『わぁお、さっすが東堂。なかなかえぐい事やんじゃン』
百パーあんたらの所為だからな!!!
「あああああああ、痛い、頭が痛い!!な、何だねこれは!?」
何だろうね!俺のほうが聞きたいよ!!
「ああああああああああああああああああ、喉があ焼けるう!!!」
ああ、川西の顔がドンドン赤くなっていく。赤い、そう、まるで燃えてるように。
「って、ホントに燃えてる!!?」
川西の顔は、発火していた。まるで現実感がないが本当に燃えている。その炎は理不尽に先生の残りの髪の毛を焼いていく。だけど川西はそれに気付いてすらいない様だった。
川西は制服にまで炎の手を広げ右往左往している。何で火災報知機が作動しないのか……はだいたい想像できるからいいや。
「貴様、この私に何を飲ませた!??」
川西はこの俺に標的を定めた。帆脳に焼かれ苦しみ、激痛にもがく中でも、俺に近づいてくる川西は、下手なホラー映画よりもよっぽど怖かった。
「うわ、やっべっ」
『いやー、マイクの声から察するに面白いことになっているみたいだねお兄ちゃん』
面白くねぇよ!!
「それはそうと幸、何だあれは!!??」
俺は走りながら幸に問いかける。
『あ、お兄ちゃん走らなくても大丈夫だよ。たぶん向こうは追いかけてこれないから』
振り返ってみると本当に先生の姿がなくなっていた。少しほっとし、やってしまったと言う罪悪感を胸にしまい、幸にもう一度聞きなおす。
「で、あれは何だ?」
『お兄ちゃん、キャロライナ・リーパーって知ってる?』
「?何だそれ?」
『最近発見された世界で一番辛い唐辛子。普通の唐辛子の三千倍ぐらい辛いんだ!』
…………何その殺人兵器?後なんでそんなもんお前が持ってんの?
「なるほどあのカプセルには―――――」
『そ、それを粉末にした物。作るとき防護服着ないで作った馬鹿が、倒れて今も意識不明の強力な奴』
………………防護服とかいるの?意識不明なの?
「なあ、作った奴ってもしかして………」
『トセおじさんだよ!』
………良かった。何もよくないけどおっさんよりは良かった。
なるほど、のどが焼けるほどの激痛には説明がついた。だがそれよりもだ。
「でも頭に火がついてたぞ?いくら辛くても火なんてつかないだろ?」
『うん唐辛子はあくまで汗を出させるために用意しただけ、最初にかけてもらって粉あるでしょ?』
「ああ、あったな」
『あれ実は生石灰でね、水を含むと温度が数百度まで上昇するの。それでその後に塗ってもらったオイルとアルコールを混ぜたものが発火したんだ』
………よく分んないけど、良い子は絶対まねしないでねってことだな。
『でもびっくりしたよ。あれを十粒食べて正気を保っていられるなんてあの先生すごいね』
正気ではなかったと思ったぞ?
『東堂、問題が発生した』
「何ですか岬先生?」
『この後処理するはずだった佐奈だが………あの馬鹿が倒れた所為で状況が変わった』
「どう変わったんですか」
『処理が間に合わなくてな。今そっちに川西が向った。かなりきれてるから………死なない程度にガンバレ』
………ガンバレッテ、ナニヲ?
まあいい。一旦落ち着こう。何事も冷静になることを忘れてはいけない。状況を整理するんだ。
今何が起こった?俺が先生をはめて激辛なんたらを飲ませた。
で?なんだっけ?切れた先生が俺を探していると。
何で?俺を殺すために!!
「ちょっと待てえぇぇぇ、うまくいってたんじゃないの?どうしていつもこうなるのおお!!??」
「見つけたぞ!!優一!!!!」
灼熱の熱風が吹き荒れた。俺は先生から逃れるため一階から三階まで上がって長い廊下の真ん中あたりを、右往左往していた。その俺にまで感じさせる殺気。それは西側の方、極西の廊下は灼熱の大気と化したのか、はっきりとしているはずの輪郭が、空気の膨張光の屈折角が曲がり、ゆがんでいる。ちりちりと肌をなでる殺気はその歪んだ空間の中央部。そう、歪みに歪み切ってもはやモザイク化してしまったなにかから発せられた。
しかし、一歩歩くたびにその歪みは輪郭を取り戻していく。
いったい何を俺は見ているのか。これがこの世のものだと?そんなバカなことがあるか。
こんな、こんな――――。
全身真っ黒ほぼスッポンポンの川西がいるはずがない!!
「優一、覚悟しなさい。これから、特別授業を開始します」
全身がこんがり焼かれ、申し訳程度の焼残りの布を身に着け、川西は疾走した。灼熱をまとい、まるで人間であることを忘れたかのような、鬼の形相で。
「ちょま、何であんなに早いの!?」
「髪の毛の恨み思い知らせてくれる!!!」
ちょっ、スッポンポンで思いっきり走ってくるのやめてくれませんか!!
俺は思いっきり階段を駆け下りる。
「待ええええ!!!」
階段の通路に反射でもしてるのか川西の声が何層にも重なって聞こえた。
超怖いんだけど!!??
「まずいな―――――よっと」
階段を下りていくことに余裕が見出せなくなった俺は、思いっきり階段から次の階段へと飛び降りていく。
「えっ?」
逃げているのに必死だったなんて言い訳はしない。だけど、俺はこれまたとんでもないことをやってしまった。
よりにもよって俺は女の子にドロップキックをお見舞いしていた。
まだまだ続くと思われます