003 狐の見つめる先
少女は運命的な出会いを果たした。
時は秋。
一般的に学生さんとかだと“大型テスト”とかある時期なんじゃないだろうか。いや、あたしもその一人なんだけど。
あたしは今まさに、渡された大型テストの点を見て愕然としていた。目をいつもより大きく見開いて。口も思わずぽかーんって。見間違いかと何度見ても同じ点数。自席に戻って配られていた模範解答と照らし合わせ、3回くらいテストの点を計算し、その場に膝から崩れ落ちる。
「じゅっ、13……点……」
史上最悪記録更新。頭の中でファンファーレが鳴り響き、どこからともなく『追試決定おめでとう!』という声が聞こえてきた。
正直なところ、今まで追試は何回か経験してきたことはあったが、最低でも20点はキープしてきた。それなのに、今回この点数だ。しかも13とか縁起が悪い。
急いで立ち上がり、周りを見渡す。せめて、せめてあたしと同等か、それ以下……!
だが見渡しても同じ点数のような人はどこにも見えなかった。それどころか手の内で震えるテストの点数よりもずっと上の人が多数。
「今回のテストの平均、65点だからなー。お前らならもうちょい頑張れるから。次のテスト楽しみにしてるぞー」
極めつけのこの一言。心に5倍のダメージ。
あたしは目の前が真っ暗になった。
「何だろう……何がいけなかったんだろう……」
あっという間に放課後になり、友人への別れの挨拶もそこそこに、通学路を重い足取りで歩いていた。今回の大型テストは自分なりに、いつもより長い時間勉強していた。授業も多分、あまり寝てないはず。それなのにこの結果である。親、何て言うかな……塾行けだの予備校行けだの言うんだろうな……。確かにどこにも行ってない。遊ぶ時間を自ら減らしたくないから。でもこの点数を取ってしまった以上、お説教は確実なのだ。ああ、出来ることなら逃れたい……!
カラン
ん?
あたし、今なにか蹴飛ばしたぞ?
テストの点数という深刻な問題をも無意識に蹴飛ばして足元を見る。何か、木をくりぬいたような感じの物体。紐がついている。
拾い上げる。軽い。
ひっくり返す。結構汚れていたが、そこには白を基調とした青や赤で彩られた狐の面がそこにあった。ちょっと驚いたけれど、それよりも疑問符の嵐が頭の中を吹き抜けていく。
「何でこんなものがここに?」
辺りを見回しても誰もいない。そもそもここの地域は比較的新しくできたところなので、こんな古めかしい面がある方が珍しいというかありえないというか……。
結局、持って帰ってきてしまった。
親には散々叱られ、頑張ってるのは口だけだっただの塾探しとくだの言われた。予想はしてたけどやっぱり心にくるものがある。不幸中の幸いは晩ご飯抜きを免れたこと。そしてあの面が見つからずに済んだこと。持ってた鞄に突っ込んできたからあんまり心配はしてなかったんだけども。自室に戻って明かりに照らす。拾ったときと同じように汚れていた。
「拭いたらきれいになるかな……」
水で濡らしたティッシュを汚れた部分にあて、横に滑らす。汚れは全くとれず、こすってようやく落ちるというくらい。あたしは何度もこすった。ティッシュが汚れると新しいものに取り替えて汚れを取る。これを何度も繰り返し、終わる頃には一時間近く経っていた。汚れはほとんど消え、さっきよりも白が目立って明るく見える。何も映していないはずの狐の瞳はじっと、あたしにも分からないような何かを見ているようにも見えた。
せっかくだから身につけてみようと思い、両側の紐を持ち、面を顔に当て、後ろで結ぶ。結構ぴったりとしたサイズで目の高さもちょうどよかった。鏡に目を移すと人の形をとった狐という自分がそこにはいた。
―――ほう、現代はこうなっておるのか。
え?
今、人の声が……。
―――ふむ。妾は目覚めたようじゃな。まさかこうなるとは思わなかったが……悪くはないな。
どこから?どこから聞こえてくるの?
―――なんと!こんな子供が妾の新たな『持ち主』になるというのか!妾としては、ちとおとなしい者だと……まあ、よいかのう。
まあいいって……あたしは全然よくないよ!?そもそもどこから話しかけてきてるの!?っていうか、もう子供ってトシじゃないよ!?
必死に訴えかけても、謎の声はふふふふっと笑うのみ。辺りを見回しても誰もいない。
ここにいるのは……あたしだけ。
―――口の五月蝿い小娘じゃな。そんなに大きい声を上げんでも妾は聞こえておる。心の中で念じてみよ。
心の中で……?
言われるままに、心の中で『あーあー』と言ってみる。
―――そうじゃ。今『あーあー』と言ったじゃろう?
『わわっ!ホントに聞こえてるんだ!』
―――聞こえるのだから教えたのじゃ。こうでもせんと、おぬしの声だけが響くだけで独り言を言ってるだけに思われるのじゃよ。
それは大変だ。気をつけなければならない。
そう思いながら狐の面を外そうと紐に手をかける……。
―――ああっ!こら、小娘!それを外すと、妾と話すことが出来なくなるのじゃ!
「えっ、そうなの!?」
―――ええい、もう忘れたのか!そうするとおぬしの声だけ周りに響く事になるのじゃぞ!ちと静かにしないか!
『そうだった!ごめんごめん』
―――ふう……分かればよいのじゃ。妾も声を荒げ過ぎた。
暫しの沈黙。耳を澄ましていても誰かが近づいてくる足音はしないので、どうやら親には気づかれなかったみたいだ。
ひと安心して、狐の面から聞こえてくるあの声に問いかける。
『ねえ』
―――何じゃ。
『どうしてここから声が聞こえるの?いったい、何者なの?』
―――そんなことか。
いや、あたしとしては“そんなこと”じゃないんだけど。
―――妾はな。所謂……“付喪神”なんじゃ。
『ツクモガミ……って、捨てられた古い物に憑いてて、化けて出てやるー!みたいなヤツ?』
―――まあ、大体そんな感じじゃな。あと一年。あと一年だけ使われてたら妖怪となって浮き世を騒がせられたものを。捨てられ、動くことも話すことも出来ず、ずっと一人。いっそ壊れれば黄泉の国で自由になれただろうと考えて眠りにつき、再び目覚めてみれば。
そういって少しの間がおかれる。
―――見たこともない景色が広がり、今、妾を使っている者は、おぬし。何という巡り合わせというわけじゃ。
『そうだったんだ……』
今話していた声はずっと一人。一人ぼっちで、誰かを待っていた。友達や親と一緒が“当たり前”のあたしじゃとても考えられない。
『辛かったよね、きっと』
そんな言葉が口から出た。
―――同情か?
『だってあたしじゃ考えられないし。そんなの……寂しいもん』
寂しくって寂しくって仕方がない。そんな立場だったら……って思うと。
思う度に、両の目から溢れる涙が頬を伝う。何でこんなに泣けてくるかは分からない。分からないけれど、止まることを知らずに面の内側を濡らす。
―――そんなに泣くでない……。妾は、大丈夫じゃ。それに、面の内側が湿ってしまうではないか……。
その声がかすかに震えていることを、あたしは聞き逃さなかった。もちろん、口には出さなかった。
少し上にあげて涙を拭き、深呼吸をする。もう大丈夫だ。あたしは泣かない。
―――それで。おぬしはこの狐の面をどうする?
『もう決めた。あたしの物にする』
―――え……?
『あたしは捨てたりしない。例え親とかに何か言われても、例え友達に変な人だって言われても。絶対に!』
そこに人がいるわけでもないのに必死に言った……というか心の中で叫んだ。そして思わず立ち上がった拍子に机に足の指をぶつける。
「うええええ……痛い……」
その場に座り込み、足の指をさする。
―――おぬし……おっちょこちょいだな。ふふふふ……気に入ったぞ。
『もう、笑わないでよー!』
テストの点は不吉だったけれど。親には怒られたけど。足の指をぶつけたけれど。
こんなに不思議で素敵な出会いは、ふつう一生かかったって出会えないんだから。
三回目の投稿が最初から一年経つとは思わなかった……。
でも……それなりに考えて書いたので……。
言い訳ですね。精進します。