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六 情報屋

「なんで家の場所知らないんだよ!」

 ミシェルが、一向に見つからないフォードの知り合いを探すのに疲れ、そう呟いた。

「あいつ、よく住む場所替えるから、どこにいるかなんていちいち聞かねぇんだよ。それに、もうずいぶん前の話しだしな。でも、この村で一番有名な人って言えば分かるんだ」

 そう言い終わると同時に、ミサリアに頭を叩かれた。

「そういうことは、もっと早く言って!」

 そう言い残すと、ミサリアは道を歩く男に声をかけた。

 少しの間話していると、ミサリアは男に頭を下げて戻って来た。

「この先をずっとまっすぐ行くと、小さなぼろい家があるって。そこにいるみたいだけど……本当に有名なのね」

「何がだ?」

 ラデンが不思議に思いそう聞いた。

「だって、この村で一番の有名人が住んでる場所はって聞いただけで、教えてくれたし」

「そういうこと。おっし、早速会いにいくか!」

「本当にあってるの?」

「ああ、間違いないぜ。なんたって、あいつはボロ家にしかすまねぇしな」

 フォードたちが、ボロ家に着いたのは、日が沈みきってからのことだった。

 見たところ、ボロ家に住んでいるというのは本当のようだが、思っていたよりも醜い。ここに人が住めるのかと、そう思ってしまうのは、知り合いのフォードですら同じようだ。

 外壁の塗装は剥げ、陽が当たり黒く変色している。小さな風が当たっただけでもガサガサばきばきと、木が撓る音がして、台風でも来たら飛ばされてしまうのではないかと思えるほどだ。

「間違い、ないよね」

 驚愕のあまり、言葉にもならないミシェルは、やっとの思いでそう口にした。

「ああ、多分……」

「多分って……」

 四人が惚けて家を眺めていると、後ろに気配を感じ構えながら振り返った。

「物騒だねぇ。しまいな、それ!」

 フォードが後ろの気配に向かって長剣を向けると、それに驚く事もなく、剽軽そうな声が返ってくる。

「ウォン!」

 フォードは長剣をしまいながら、目の前にいる女性に向かってそう叫んだ。

「おっす。久しぶりだな、フォード!」

 二十代前半に見えるウォンと呼ばれた女は、恥ずかしがることもなく、やたらと露出度の高い服を着ている。首から胸の半分までが露出し、袖のない服に太股を半分も隠していない短パン。ミサリア以上の服で、その大きな胸が強調されている。

 漆黒の髪は、ショートに見えるが後ろの首の付け根当たりで少量の髪を結っている。

 事態を把握できていない三人は、しばらくの間二人の成り行きを見守っていた。

「何だ、そいつら?」

「俺の仲間だ。ほら、前に言ったろ。仲間と賞金稼ぎしてるって、それがこいつらだよ」

「なんだ、なんだ。だったら中に入れよ。少しボロいけど、入れないわけじゃねぇしな」

 そう言われて中に入ってみれば、外見と変わらず人が住めそうな部屋ではなかった。

 床に片足を乗せただけでみしみしと鳴り、風が当たり壁からは中まで木の撓る音がする。その上、風が部屋の中にまで侵入してくるようでは、壁の意味がまるでない。

 一階建てなのがせめてものすくいだ。二階があれば間違いなくあがれないだろう。奥行きが広く、ボロボロなことを除けば部屋自体は狭くはない。こんな所に本当に暮らせるのだろうかと誰でも思える、そんな状態だった。

 しかし、現に人が住んでいることから、誰もそのことについては口に出さない。

「エディットに会いたいやつがいるって、この人のこと?」

 部屋に通され今にも崩れそうな椅子に腰をかけると、ミシェルがそう聞いた。

 ウォンは、暗くなった部屋の隅と、中心に置いてあるテーブルの蝋燭に、火をつけている。

「お、紹介まだだったな。こいつはウォンって言って、俺が賞金稼ぎになって初めて一人で仕事した時に知り合ったやつだ」

「初めまして。フォードの親友のミシェル・ウォー……」

「おーっと、名のるなら名前だけにしたほうがいいぜ」

「何で?」

ミシェルが名のり終わる前に、フォードが口を挟んだ。

「こいつは金と情報が手に入れば、仲間さえ見捨てる性悪な情報屋だ。名前全部教えるとろくな事がないぜ」

「まだ根に持ってたのかよ」

「あたりめぇだ、くそばばあ!」

「それ以上いうと、頭打ち抜くよ?」

ウォンの方に身を乗り出したフォードの額に、銃を当て笑顔で言ってくる。

ゴクリと唾を飲み込むフォード。

「さすがだね」

 フォードの額に銃が突きつけられた瞬間、三人が一斉に殺気立ちウォンに向かって戦闘態勢をとった。

「平気だぜ」

 銃を突きつけられたまま、フォードが三人に向かって笑う。

「ただのお遊びだからな」

 そう言うと、ウォンは銃を下ろした。

 三人もそれを見て構えを解く。

「それはただの麻酔銃だ」

「情報屋は、人殺しはできないからな。ま、痛い目をみさせるために眠らせて叩きのめすにはちょうど良い武器だからよ」

 警戒心は解いたものの、ウォンのその言葉に、三人とも恐怖を覚えた。

「さて、自己紹介の続きといこうかな」

 そう言われても答える気にはなれなかったが、恐る恐るミサリアが名のった。

「ミサリアです……よろしく」

「ラデンだ……」

 そうとう怖かったのか、それ以上は何も言わなかった。

「そんな怖がることねぇって。始末屋よりは人間に近いやつだからよ」

「うるさいね!」

「でも、どういうこと? 名前教えるとろくなことがないって」

「あ〜」

 ミシェルにそう聞かれ、フォードは思い出したくない記憶を頭に浮かべた。 

 フォードの話は、今から約二ヶ月前の出来事だった。

 一人で仕事を引き受けたフォードは、別の村で偶然情報屋であるウォンと出会い、気があって世話になった。その数日後に仕事関係の情報を聞き出した。

「そんとき、俺は金を持ち合わせてなくてダメもとだったんだ。けど、その時のウォンは、金がなくてもいいって言ってくれて、代わりに良い情報を教えろ、って言われてさ。金の代わりに自分が持ってた情報を教えたんだ。本名と今やっている仕事の内容と一緒にな」

 その後、ウォンと別れ手に入れた情報を頼りに仕事に戻ろうとした。

「その途中で、敵に見つかり危うく殺されそうになったってわけだ」

「それがどうしてウォンさんのせいなんだ?」

 話のどこにもウォンのせいではないと、ミシェルは不思議に思い質問する。

「敵に見つかったのは、フォードが間抜けだったからじゃないの?」

 そういうミシェルに、フォードは信用されていない自分に言葉も出なかった。

 代わりに隣では大口を開いてウォンが笑っている。

「俺と入れ違いに、敵がこいつに金で情報を聞き出してたんだ。俺の居場所や目的、その他俺に関する事で知ってる全てをな!」

「それじゃあ、信用出来なくて当然ね……」

 ミサリアもフォードに同意した。

「数日の間、一緒に暮らしてたんだぞ。もう仲間って言ったって普通だろう。それなのに、俺を売り上がったんだからな、こいつ」

「そんなの、あんたがあの連中に負けるわけないと思ったから教えたに決まってるだろう。どうせあいつら倒さないとだったんだし、それなら早いほうがいいと思ったからだぜ。言い方によっては、仲間を信用してるからできる技、かね」

「見た目に似合わず、かなり賢そうだな」

「いいこというじゃねぇか。こんなガキに付き合ってないで、オレのところで働くか?」

「それもいいな……」

「おいラデン!」

「冗談だ」

「お前、冗談なんて言えたんだな」

 フッと鼻で笑うラデンを見た瞬間、冗談ではない気がしたのは、フォードの杞憂だろうか。

 いつの間にか、皆、緊張感をなくしたように話をしている。初めはウォンの威圧感やフォードと彼女の過去の話で悪い先入観をもっていたが、彼女の人なつこい性格のためか、今では気兼ねなく話ができる。

「お、そーだ。お前達が来るっていうから、美味い飯でも食べさせてやろうと思ってたんだ。一緒に買い物でも行こうかって考えてたんだがよぉ、なかなかこねぇから、買ってきちまったぞ!」

 ウォンがテーブルの上に無防備に置いた袋を指さした。

 そこには野菜だの果物だの、多種多様な食料がある。

「これでも、予定より早く着いたんですよ?」

「たりぃことぬかしてんじゃねぇよ。昼頃、山道歩いてただろうが、なんでそれから半日もかかるんだよ?」

「え、なんであたしたちが山道歩いてたって、知ってるんですか?」

「鴉だろ」

 唐突にそういうラデンに、皆の視線は集中した。

 一体ラデンが何を言おうとしているかが、分からない。目を点にさせ、じっと見つめている。

 すると、ウォンはヒュ〜という高い音の口笛をならし、

「よく分かったね。気に入ったぜ、お前! どうだ、本気でオレのところに来るか考えてみねぇか?」

「自分の道は自分で決める。俺は今の生活に不満はない」

「ちょっと待てよ! 二人だけで話し盛り上げてねぇで、俺らにも分かるように説明しろ!」

「あぁ、悪い……。いや、山道にいたときに鴉見なかったか?」

 そう言われてフォードは思いだそうとするが、そんな記憶はどこにもなかった。

「鴉の群の中に一匹だけオレの鴉がいたんだよ。で、お前たちがこっちに向かって来るのを知らせてくれてたんだ」

「なんで、ラデンが分かったの?」

 ミシェルの質問に、ラデンは笑みを浮かべた。

「その鴉と、ウォンの匂いが同じことに気づいたんだ」

「それだけか?」

 簡単な答えだと、フォードは呆れた声を出す。

 必死に頭を使った俺がばかだったと、ぐったりと椅子に腰を下ろす。

「それだけだとぉ? オレの鴉はその辺のカラスとはわけが違うんだよ。あいつは仕事もこなしてくれる。フォードなんかよりも、ずっと頼りになるやつだぜ」

「あ、そうですか。で、その鴉はどこ行ったんだよ」

「仕事だ」

 ウォンがいうには、情報のだいたいの内容はその鴉が持ってくるようだ。そして、気になった情報、依頼された情報で詳しく知りたい時に、初めて自分の足を使うのだという。

「その分、えさ代が高くついてな。いい飯を食う代わりに他のところで節約しなけりゃならないってわけだ」

 そのためのボロ屋か、と思いきや、半分は単なる趣味のようだ。

 短くなった蝋燭の火が消えかかり、新しいものに替えると、そんなことはどうでもいいというように、ウォンは夕食の準備を始めた。

「あたし、手伝います」

 ミサリアがキッチンに入ろうとするのを、フォードは止めた。

「なに、あいつに任せなって」

 それなら、と歩いて疲れた分、休もうとミサリアは椅子に腰を掛けた。

 そのままの体勢で、四人は、ぐったりと座り沈黙が続いた。

 鍋のグツグツと煮える音と共に、部屋に今まで嗅いだことのない匂いが漂い始める。

 そんな中、沈黙を破ったのは、料理をしているウォンだった。

「そういえば、例の情報、貴重なのが入ったぜ」

「本当か!」

 そう言われて叫びながら飛び上がったフォードは、内容を教えろと促した。

「生きてるってさ。そいつらを見たって情報が数日前に手に入った。隣村のガディアでな」

 ほっと、安心したように、穏やかな表情に変わると、静かに座り直した。

「珍しいな。あんたが飛び出さずにいるなんて」

「いや、今すぐにでも行きてぇんだが、明日には行くからな。今行かなくてもいいだろうって思っただけだ」

「あぁ、新しい仕事の目的地がそこってわけか」

 頷くフォードに、ウォンも笑みで返した。

「例の情報?」

 二人の会話を不思議に思ったミサリアがそう聞く。

「ん、ああ。……まぁ、ちょっとな」

 珍しく言葉を濁すフォードに、ミサリアとラデンは首をかしげたが、あまり考えることをしない彼が、難しい顔をしているのを見て、追求はしなかった。

「それよりも、明日のことを少し考えておこうぜ」

 話をそらしたかったのか、それとも本当に考えようとしているのか、フォードは気を取り直して、机に向かってそう言った。

 ミサリアが地図を広げ、ここからどういうルートでガディアまで行くかを決める。

 一番近いのは、村の中心に位置する道から、川を渡って行く道だった。

「この川は、確か橋が壊れかけてて、誰も通ろうとしなかったところだったよな。ま、少しくらい平気だろう」

「だったら、遠回りしてもいいんじゃないの? 時間的にはそれほど変わらないんじゃないかな?」

「いや、ガディアに行くまでなら変わらないが、目的地までを考えるなら、橋を渡ったほうが早い」

「じゃあ、次に休むところは、橋を渡ってからにする?」

「そうだな。先に橋を渡ったほうが安心だしな」

 地図に向かって、色々と考えてみる。

「よし、それじゃあ、ここからが本題だ」

「賞金首が何を目的として、子どもや女性を誘拐したのか……だね」

「お前ら、あの賞金首を捕まえる仕事をするのか?」

 出来上がった料理をテーブルの上に置きながら、ウォンが興味深げに聞いた。

「情報の早いお前が知らないなんて、珍しいな?」

「まぁな、今少し忙しいせいかね? エディットでも色々と事件が起きているからな。他の村の情報まで入ってくる余裕がないだけだ」

 そういいながら、ウォンは四人を見渡した。

「忙しいっていっても、別にどうこうってわけじゃあないさ。泊まらせたくなかったら、今頃追い出してるって! だから、そんな湿気た顔してないで、食べながら相談すればいいだろう。さ、いっただきまーす!」

 そういって、自分の分を口にほお張った。

 その美味しそうな食べっぷりを見て、四人も空腹感を覚えた。

「いただきます」

 四人も、用意された自分の食事を次々と口にし始めた。

「おいしい!」

 見た目はそれほど豪華でもなく、どちらかというと質素だったか、口にすると調味料に負けることなく、材料そのものの味が感じられる。

「ああ、オレは料理と仕事にだけはこだわりを持って生きてるからな! うちの鴉が美味いもんじゃねーと捨てるから、そんなことやってるうちに負けてたまるかって、料理の腕を必死に磨いたときもあった。だから、オレの料理で不味いとは言わせないぜ」

 ビシッとフォークを突きつけられた四人は、とても不味いといえる自信はなかった。

「で、話を反らしちまったみたいだが?」

「あ、ああ……」

「そのことなんだけど、いい考えがあるわよ?」

 そのミサリアの提案に、

「駄目だ! 危険すぎる!」

 真っ先に反対の声を上げたフォードに、ミシェルとラデンも頷いた。

「攫われた人がどうなったか分からないなら、なおさら危ないよ?」

「けれど、あのリストを確認する限り、利用価値のないものはみんな切り捨てられているわ。きっと殺されかけたのよ。殺すことが目的なら、わざわざ捕らえたりしないと思うわ? 攫われた人たちはまだ生きてる可能性が高いと思うの」

「けれど、一人で行くのは危険すぎる」

「大丈夫、任せて!」

「オレは、そういう仕事をしたことないから、あまり口出しはできないが、そんな危ない、ましてや本当に無事で帰ってこられるかわからないところに、一人で乗り込むのは危険だと思う。せめて二人で行くべきだ」

「……」

 ミサリアは、俯き顎に手をあてて考える。

「分かった。まだ時間はあるし、明日また考えることにするわ」

「明日は、何時にここを出るつもりなんだ?」

「遅くても陽が登り始めた頃だろ」

「そうね、陽が出ていないと色々と危険だものね、知らない土地だし」

「ならもう寝るか?」

「そうだな。もっと話したいこともあったんだけど、それはまた今度ってことか!」

 背伸びをして、一日の疲れを取るために寝ることを選ぶ。

「部屋はこことオレの自室しかねぇからなぁ。お前らはここで寝ろ。ミサリア、お前はオレの部屋へ来い」

「はい」

 同姓のためか、しっかりと配慮するところが、ウォンのいいところである。

「お前ら、美人が二人いるからって、襲うんじゃねぇぞ!」

 そういう言葉がなければ、もっといいと、ミサリアは苦笑した。

「誰が襲うかよ、くそばばぁの寝てるとこなんか!」

 そう叫ぶフォードに背を向け、ミサリアの肩に腕を回し、手を振りながら自分の部屋へと去っていった。

「もういい! 俺は寝るからな!」

 テーブルのすぐ隣に横たわり、片方の腕を枕代わりにして目を閉じた。

 そんなフォードを呆れてみていた二人も、翌朝に備えて寝ることにした。

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