五 エディット入村
ガディアまでは、ルースターを西へ西へと向かい、エディットを抜けるルートで歩いていく。
村の最も東に位置する孤児院からだと、ルースターを抜けるのでさえ、半日はかかる。まるで州のようにこの村は広かった。それでも流通が栄えているため国の中心の主となっている主村、ロステリアほどの面積はない。
ロステリアの次に大きい村がルースターである。
「それにしても、ミサリアの戦闘服っていつ見ても綺麗だよね?」
「これ?」
「いつものスカートもいいけど、パンツ姿も綺麗だよ? でも何で仕事のときはスカートはかないの?」
孤児院の中で一番の美人であるとミシェルに言われたことがあるミサリアは、どんな服を着ても彼には綺麗に見えるようだ。
「あたしの戦闘方法って、身体を大きく使うでしょ。スカートなんて穿いてたら動きにくいからよ。それに、武器だって出しやすいほうがいいしね」
短い袖に肌にぴったりとした革製の白い服に、腰にはベルトを締めてヒラヒラとなびくシルクの薄いスカートの様なものを固定している。ベルトはただのベルトではなく、武器がしまえるように固定してあるものだ。
ミサリアが持っている武器は、普通よりもやや大きめのトンファーである。
トンファーを持ち、身体をフルに動かして攻撃するために、自然と動きやすい服になってしまう。
仕事用に服を替える人は多くいるが、それは個人の自由であり、定められているわけではない。
「ま、この服の利点は、あたしの能力をフルに発揮できるからっていうのもあるんだけどね」
「そう……だね」
ミサリアが自分の力を好いていないということは、ミシェルも知っていた。彼女は自分たちのおかけだといったけれど、それはほんの些細なことにすぎないことも。
ミシェルは失言だったと後悔した。
「確かに、お前の能力だけは、絶対にやだけどなぁ」
そう言って、後ろからフォードがミサリアの頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「ちょっと、何それ! 撤回しなさい、フォード!」
すたすたと歩くフォードを追いかけて、ミサリアは彼の頭にトンファーをたたきつけていた。
「気にすることはない。ミサは自分自身の力を受け入れている。今では隠すことなく仕事でも使っているんだからな」
「分かってるさ。けど、フォードみたいに素直になれないだけ。どうしても、同情しちゃう僕がいるんだ」
「同情されるのが嫌だと多くの人はいうけど、同情されることで救われる人も、中にはいる。同情は悪い言葉にも聞こえるけど、受け入れるって事でもあると、俺は思う」
「ラデンは大人だね。一つしか変わらないのに」
「そうか……」
うんと、頷くと、ミシェルは叩かれているフォードの方へと走っていった。
「大人、か……」
前でふざけあっている三人を見つめながら、ミシェルに言われた事を反芻した。
ふと笑みを浮かべて、ラデンは三人についていく。
「で、道はこっちであっているのか?」
ラデンは地図を持っているフォードにそう確認すると、それをのぞき見た。
「ああ、間違いない。仕事でもエディットには何回か行ってるし、地図でもそのとおりに進んでる」
「確か、エディットに行くには深い林の中を通らないといけないんだよな?」
「なら早く進みましょう? 太陽が真上にきたときに、丁度林の中を通らないととても暗いはずよ?」
地図と太陽の位置を確認すると、四人は少し足を速めてルースターとエディットの村境に向かった。
林の前に来たのは、それから数時間経ってのことだった。
太陽はそろそろ天辺に向かうころ。予定よりも早くついた四人は軽く一息ついて、丘の上からルースターを見渡した。
大きいと思っていたはずの孤児院が小さく見える。
何度も見て見慣れているはずの、仕事の前の小さくなった孤児院だけれど、いつみても、寂しくなる。また帰ってくることを信じていても、寂しくなるのだ。
「行こう」
ラデンの一言で、先に進む。
濃い緑の木々が生い茂り、太陽は真上にあるというのに陽が隠れて辺りは薄暗かった。
小さな弱い風が木の葉を揺らし、それが不気味さを増す。
木の葉が揺れれば止まっていたカラスがばっと飛び立ち、小心者なら怯えるだろう。
「腹減った……」
地図を持っているはずのフォードが一番後ろをのろのろと歩いている。
「今日中に隣国まで行きたいんでしょ。これくらい我慢しなさい」
「我慢できねーっての!」
「だったら、せめてここを抜けるまで頑張りなさい。それと、こっちに地図貸して。一番後ろ歩いてる人が持ってたって意味無いでしょ」
そういうと、フォードが手に持っている地図を奪い取った。
道は一本道しかないため、一度入れば迷うことはない。しかし、林を抜けてから隣村までの距離が長く分かれ道も多いため、地図が必要だった。
地図を手にし、ミサリアはすたすたと歩いていく。
「ねー。ミサリアってあんなに怖かったっけ?」
ミシェルが、先頭から速度を落としてフォードに耳打ちした。
「仕事になると結構スパルタだぜ、あいつ」
「フォードが引き受けた仕事なんだから、ちゃんとやる気見せないと、もっと怒られるよ。もし、何かあっても助けてくれないかもしれないし」
「それを言うな……」
「って言ってる間に、二人ともいないし」
お腹がなるのも、我慢して、二人はミサリアたちの後を追った。
ミサリアとラデンに追いついたのは、それから十分ほどだったが、フォードたちにとってはそれ以上の時間をかけたように感じていた。
息を切らせてその場に座り込んだ二人を、涼やかな顔でミサリアとラデンが出迎えた。
二人は満足そうに団子屋の外の椅子に座り、お茶と三色団子を頬張っていた。
「俺にも……」
フォードが店の人に声を掛けようとした瞬間、
「あ、おばちゃん。お会計お願い」
と、ミサリアの悪魔のような声がフォードの耳に入った。
「はいよ」
そう言って出てきたおばさんは、会計を済ませると二人分の食器と湯飲みを持ち、店に戻っていった。
「さてと。休憩もしたことだし、二人ともやっとついたし、出発しますか」
ぐっと背伸びをして立ち上がると、地図を持ち歩き出した。
「何をしている。おいていくぞ」
「ちょっと待てよ! 俺たちにも昼飯っ」
「遅く歩いてたのは、あなたたちのせいよ。だったら昼ご飯くらい我慢、我慢。今からなら今日中には隣村につくはずよ」
「そんな……」
巻き添えを食らったミシェルが泣きそうな声になり、先行く二人を見つめていた。
「だから言ったんだよ。助けてもらえなくなるって」
「俺に泣きついたってどうしようもないだろ!」
「早くしなさい」
ミサリアがそう言うと、フォードの身体はずるずると意志に背いて動きだした。
続いてミシェルの身体もその後を追う。
引きずられ服が砂で汚れていく。
「分かったよ、文句いわねーから! 自分で歩きますから」
「ミサリアー許してぇ」
犬のような格好で引きずられている二人に、ラデンはクスッと軽く笑う。
「あ、お前っ。今笑ったな!」
引きずっている紐もなく、座ったまま前進する二人を、他の人間が見たら不思議がるかおもしろがるだろう。
ごくまれに、人とは違った力を宿し生まれてくる子供がいる。その子供は興味がられ人気者になるか、忌み嫌われ差別されるかのどちらかだ。
ミサリアは後者の方の一人である。
しかし、フォードたちは、その力を忌み嫌ったり、差別したりはしない。賞金稼ぎにとって、とても役立つ能力だと受け入れている。
だが、こうして何かあれば力を使われることがあるために、ミサリアには逆らえなくなっている。
「ま、こんなもんでしょ」
力を緩めると、フォード達は止まり自ら立ち上がると、服についた砂をぱたぱたと払った。
「数週間、思いっきり遊んであげてもいいけどね?」
「冗談じゃねー」
「もう逆らうの、やめよう」
二人はげんなりと、とぼとぼ自分の足で歩きだした。
「自業自得だ」
ラデンはそう言って、鼻で笑った。
しばらく歩き、だんだんと日も暮れたときだった。四人は枝道の前へと差し掛かった。
地図を見て、どの道が村へと繋がっているか調べる。
通常では枝道の前に標識が立っているものだが、ここにはそれがない。
左の道をたどると、湖になる。休憩には最適の場所である。
右の道はエディットにはたどり着くが、途中で大きくカーブしているため、距離が最短ではたどり着かない。
そうすると、真ん中にの道が最短距離でエディットに入れる道だった。
それほど歩かないうちに家がぽつりぽつりと見え始め、人の行き来が多くなり、騒がしくなってきた。村や町がある証拠だ。
エディットに着いた四人は、早速フォードの知り合いを探し始めた。