三 家族の絆
太陽が真上からやや西に位置を傾けた頃、フォードたち三人は、部屋に戻ってこれからのことについてラデンの意見を聞いていた。
「俺も、エディットから向かうことに賛成だ。ガディアまでは、早くて3日はかかる。もし向こうの都合がよければ泊めてもらおう」
「そういえば、あまり関わりたくないって言ってたけど、どんな人なんだ?」
「あ〜。それは……」
フォードがはっきりとしない声を出していると、ドアがノックされた。
「みんな、お客様よ。居間にいらっしゃい」
入ってきたのはカピリアで、そういうと直ぐに戻ってしまった。
四人は顔を見合わせたあと、居間に向かった。
居間では、外で遊んでいた子どもが部屋に戻ってきて、誰かに抱きついたりしているのが見えた。
「こらこら、相変わらず元気だな」
抱きついてる子どもを胸から離すと、そこには四人の見知った顔があった。
「「ケイル!」」
フォードとミシェルの声が重なる。
「うそ、ケイル?」
その声に驚いたミサリアは、二人の間から覗き見た。
「お客様、か……」
ラデンも納得したように、ケイルを見た。
手や足に張り付いた子どもをそっとおろすと、ケイルと呼ばれた男は、四人に近づいた。
「久しぶりだな」
「おう!」
フォードとケイルは腕を絡めあう。
「元気にしてたか?」
ミシェルの頭をわしゃわしゃと撫でたケイルは、にかっと笑った。
「また子ども扱いして! もう卒院したんだから!」
「悪い、悪い……ついな」
二つ歳下のミシェルを孤児院での生活のときに、弟のように接していたのが彼だった。
「疲れてるみたいだな。仕事もいいけど、たまにはのんびり休むのもいいもんだぞ!」
「ああ。その言葉、覚えておく」
ケイルとラデンはお互い拳を相手の胸に軽く乗せる。
「綺麗になったな」
「ありがとう」
褒められて悪い気はしなかったが、
「でも、そういうのは好きな人に言うものよ!」
「ああ。でも、俺の好きな人はそういう言葉、好きじゃないからな。プロポーズの言葉も考えるのに苦労したんだ、これが」
「結婚したのか?」
四人は驚いたが、声に出したのはラデンだった。
「一番結婚に縁のないやつだと思ってたのにな〜」
「うるさいっ!」
冗談交じりに言ったフォードに、半分本気の拳が振り落ちた。
容姿、性格、共に悪くはない。おまけに持ち前の明るさと人を笑わせることのできる才能を持ち合わせていて、彼の周りはいつだって笑いに溢れていた。彼が言葉を発すれば、それが真実であろうが、うその話しであろうが、誰もが笑った。
しかし、彼は女性に恐怖心を抱いていた。
母親や姉たちに虐待され、逃げるように孤児院まで走ってきたところを、カピリアは発見して保護をした。
当時は切り傷や痣があった身体が今ではほぼ綺麗に治っている。火傷のあとだけはくっきりと残っているが、彼は孤児院に来たきっかけになった思い出だと語った。
それ以来彼は女性が苦手になっていた。
初めはカピリアにでさえ、恐怖心を感じていたと言っていたこともある。
そんな一人の男が、孤児院を卒院して立派に結婚したのだという。
一緒に過ごしてきた四人が嬉しくないはずがない。
「今日は、そのことを言いにきたのもあったんだ。お世話になったカピリアだけには知ってほしくて」
「そういってくれて嬉しいわ」
キッチンから6人分の飲み物を持ってくる。
「ほら、そんなところで立ってないで、もっとよく顔を見せて」
ソファに座ったケイルたちにカピリアは飲み物を配った。
「本当に大人っぽくなって……」
「そんなに見られると恥ずかしいだろ! 俺はデリケートなの! デリケートのケイルに変わったの!」
一つの言葉に冗談が混じり、それが笑いを生み出す。
カピリアを含め、5人は笑った。
「相手の方は?」
「ちょっと体調が悪くてこられなくなった。けど、よろしくって」
「どんな人なんだ?」
フォードが興味津々に聞いてくる。
「呉服店の一人娘で、俺より一つ下。もともと、それほど身体が丈夫じゃないんだ。けど、普通に暮らしてる分には何の問題もないし、元気のときは服も作ってる。誠実で、真っ直ぐな人なんだ」
ケイルが女性のことをこんな風に語るところを、5人は初めて見た。
「でも、ちょっと変わりもの。『愛してる』の言葉はいらないから、ずっとそばにいてってよく言うんだ。そんなこと言われたらここにも来るにこられなくなってな。けど、仕事だったから何とか説得してこうして現れたってわけ。また落ち着いたら今度は二人で来るよ」
「ええ。いつでも遊びに来てね」
「そういえば、仕事って? さっきもなんか用事がまだありそうないい方してたけど?」
「ああ。俺、情報屋の仕事やってるんだ。その仕事中に彼女に出会ったんだけどな。副職は呉服店の手伝いで、服を売り歩いているんだ。情報屋として町や村を転々としながらね」
孤児院でも当番制に関係なく、時間があれば手伝う働き者だったが、それは今でも変わらないようだ。
「ここに来る前ガディアにいたんだけど、そこに誘拐犯が滞在しているらしくて、村中の賞金首になってるんだ」
「それ、俺たちが受ける仕事だ」
「そう、何十組の賞金稼ぎや万屋、奪還屋がそいつを捕まえるのに犠牲になっていると聞いた。今では誰も手が出せなくて野放しだとか。けど、こっちについて、新しい情報が入った。それが、お前たちのことだ。賞金稼ぎ『MUGEN』が受けてくれると知って、それが誰かと聞いたところ、みんなだったってわけ。まだ孤児院にいるって聞いて、ここまではるばるやって来ました」
「で、それのどこが仕事だってんだよ!」
フォードたちはすでに情報を知っている、今はそんな情報では意味がない。
「ここからが、本題だ」
前のめりになり指を一本だして真剣な表情をすると、自然とフォードもミシェルもゴクリと息を呑む。
「ガディアにいるとき、リズ姉にあったんだ。ほんと偶然さ。いつもはきはきしているリズ姉が元気なくてどうしたのかって声をかけたら、5歳の娘が誘拐されたって泣いたんだ」
「それってっ!」
「そう、その賞金首だよ。リズ姉も必死に賞金稼ぎや万屋に頼んでた。けど、誰も聞き入れてはくれなかった。だから、どこかの村に捕まえてくれる人を探してたんだ。こっちに戻ってくるついでに少し遠回りしながらね」
4人はお互いに顔を見合わせた。
「のんびりしていられなくなったな」
「すぐにでも出発しなくちゃ」
フォードとミシェルがソファから立ち上がる。
「ごめん。俺は同行できないけど……」
悲しさと悔しさの入り混じった表情がケイルの顔に浮かんだ。
それは、自分がただの情報屋で、戦いには向いていないこと。同行しても足手まといになることを知っているからだった。そして、大切な家族だった人の望みを自分の手で叶えてあげられないことへの情けなさでもある。
「そんなに気負うことはない。あとは俺たちに任せてお前は家に戻ったほうがいい」
「大丈夫。あたしたちは絶対に帰ってくるから!」
「ああ、任せた」
不安にならないわけはなかった。
しかし、十何年と共に過ごしてきたケイルには、4人を信じて待つことができる。
「それと、ガディアの地図。リズ姉さんの家が赤いマークだから。それから、誘拐犯が拠点としている場所は、黒いバツが書いてあるところ。その他の青いマークが、犠牲になった人の家。これをもっていくといいよ」
「すまないな」
ラデンに地図を渡すと、
「じゃ、俺もうそろそろ行くわ。また顔見せにくるよ」
「ええ。そのときは、おいしいものを作って待っているわ」
別れを惜しまないカピリアは、またいつでも彼にあえると信じているから。
「え〜ケイ兄ちゃんもう帰るの?」
「ねー、もっと遊んでいこうよ!」
「ずるい! わたしたち、まだ遊んでないのに〜」
「一緒にあそぼ!」
「こらこら、お兄ちゃんは遠くへ行ってきて、疲れてるんだからそんなわがまま言わないの。また今度遊んでもらおうね」
寂しがる子どもたちに、カピリアは納得のいくように説明する。
ケイルはその様子を懐かしい目で見ていた。
離れていても、いつでも思い出す。楽しかった孤児院での生活。本当の家族ではないけれど、本当の家族以上に絆の深さがあったと思った温かい場所。そして、孤児院を出てからも、忘れられることなく些細なことでも自分を必要としてくれる子どもたち。そんな思い出がまだ胸の中で輝いていることを、ケイルは改めて感じていたのだった。
「それじゃあ、また」
「ああ、元気でな!」
ケイルを見送ったあと、フォードたちも部屋に戻り、すぐに出立の準備を始めた。