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023 エピローグ


「………さて、ここで問題です。にゅーよーくにいきたいかー?」


「むにゃ…、メディア……お友達………」


「………なんでヘラが私の隣で裸で寝てるん?」



爽やかな朝、白いベッド、倦怠感、私の隣には裸のピンク髪。「ああ、ヘラなら俺の隣で寝てるぜ」状態。


今、私の目は間違いなく死んでいる。ハイライト消えてます。


うん、状況を一つ一つ挙げていくと、どう考えても朝チュンなのですが、どうしてこうなった。



「頭ガンガンする…」



昨日は……、そう、あれから駄主神より真名を聞き出して、奥義暗黒吸魂輪掌破でその権能の全てを奪った後、戦勝の祝宴を行ったのでしたね。


祝宴。


戦争における勝者は、敵側がため込んでいる酒やご馳走を好き放題に飲み食いする権利を与えられる。これ、中世以前の常識。戦利品は神からの報償。


神々の倉には素晴らしい酒が飲みきれないほど貯蔵されていた。


そうして私たちは神酒ネクタルをがぶ飲みし、ご馳走を前にヒャッハーして、ペリアスをどうやって宇宙に飛ばすのかを話し合って…、


うん、それからの記憶が途切れていますね。え、これ、どういうことなの? 誰か説明してプリーズ!!


そんな風に軽い錯乱状態に陥っていると、横で眠っている女神ヘラがもぞもぞと動き出し、起き上がった。



「ん…、メディア…、おはよう」


「……オハヨウゴザイマス、ヘラ様」


「もう、様付けはやめてよ。昨日はあんなに……、フフ」



顔を真っ赤にして頬に両手を当て、ニヨニヨ照れ笑いを始める女神ヘラさん。そして、そのまま私にしなだれかかってくる。


おい止めろ。そういう状況証拠を積み上げる作業は止めなさい。



「……えっと、この状態はいったいどう説明すべきなんでしょうか?」


「友情よ」


「……それ、無理ねぇですか?」



断言する彼女に私は異議を申し立てる。いくら何でも裸で同衾は流石に友情行為から逸脱はしていまいか?


すると、女神ヘラは手ぶりを交えて弁論を開始する。



「女友達同士なら一緒にお泊りしてもおかしくないでしょ?」


「ふむ」


「女友達同士なら、裸になって一緒にお風呂に入ってもおかしくないでしょ?」


「まあ、確かに」


「女友達同士なら、抱き付いたり手を握ったり、腕を組んでもおかしくはないでしょ?」


「おかしくはないですね」


「つまり、女友達同士なら、一緒の部屋で裸になって抱き合いながら寝ていても、おかしくはないでしょ?」


「いや、その理屈はおかしい」



別々ならば問題のない行為ではあるが、それらを一緒くたに行うと途端にいかがわしくなっていますよヘラさん。


いや、それよりもここは自分の意見をはっきりと表明してこのヤンデレフレンドシップを抑止しなければならない。


さもないと、女神ヘラの友情行為はエスカレートし続け、私のフリーダムライフは崩壊してしまうに違いないだろう。



「いいですかヘラ…」



そうして、私はヘラを諭すように話しかけようとした。その時、



「「お母様、おはようございま……」」



寝室の出入り口に現れた二人のピンク髪の美少女。一人はポニーテールで気の強そうな、もう一人はボブカットのユルフワ系。


挨拶しようとしたのだろうけど、二人は私たちを見て固まってしまった。いや、ユルフワの方は好奇心たっぷりといった表情で、ポニテの方が驚愕に固まった感じで。



「えーっとぉ、お母様、昨日はお楽しみでしたかぁ?」


「え…、え? どういうことなの? え? お母様とメディア姫が……え?」



はい、オワタ。完全に現場を押さえられてしまいました。つか、あの二人は何者でしょう。ヘラによく似た顔だちですが?



「娘のエイレイテュイアとヘベよ」


「わお」



なるほど。これはつまり、不倫現場をよりにもよって相手の娘二人に見つかった図ですね。アカン。これはアカン。


この状況はとにかく何とかしなければならない。エイレイテュイアは口が堅そうだからいいが、あのユルフワ系のヘベはスーパースプレッダーに違いないのだ。



「待ちなさい二人とも。これはやましい行為ではありません。友情行為なのです。ねぇ、ヘラ」


「ええ、これは友情行為よ」


「ええ~~」



疑いの目を向けてくるユルフワ。ポニテの方も胡散臭いものを見るような訝しむ目だ。


だが問題ない。主張において重要なのは正しさではなく、強い意志で言い切り続けることである。


どれだけ荒唐無稽な主張であっても、主張し続け、権力や武力でもって正しい主張を潰し続ければ、それは揺るぎない固定観念、常識へと昇華するのである。


自分で言っててクズいなこれ。



「いいですか? 女友達同士なら一緒にお泊りしてもおかしくないでしょう?」


「ええ、まあ」


「女友達同士なら、裸になって一緒にお風呂に入ってもおかしくないでしょう?」


「まあ、おかしくはないわね」


「女友達同士なら、抱き付いたり手を握ったり、腕を組んでもおかしくはないでしょう?」


「それは、認めますがぁ」


「つまり、女友達同士なら、一緒の部屋で裸になって抱き合いながら寝ていても、おかしくはないでしょう?」


「「いや、その理屈はおかしい」」



私のカーボンコピーのような主張にヘラの娘たちはハモるようにツッコミをいれてきた。


だが、ヘラはというと、私が同じような言葉を語った事に感動したようで、目をキラキラさせて私を見つめてくる。


うん、早まったかなコレ?





オリュンポスの高地、森林限界を超えたその荒涼たる風景の中、なんか根元に矢の羽のようなのがついた先が円錐に細くなる白い円筒が立っていた。


そして、その円筒に縄で縛り付けられた幼女一人。



「のぉ、ワシ、昨日からずっと磔られておるんじゃがー。というか、この柱みたいの何なんじゃ? のお? 誰かー? ワシのこと忘れておらんかのーっ?」



ペリアスの声はむなしく荒野に響く。





さて、そんな早朝の危機的状況を考えられる限りワーストな形で乗り越えた私は今、魔法的なパゥワーによって復元された神々の家、大神殿は玉座の間にいます。


玉座の間にはアテナやアポロン、アルテミスやデメテル、ヘルメス、アフロディーテ、ヘスティア、デュオニュソスといった錚々たるメンバーが揃い踏みです。


ヘラ、ああ、ソイツなら私の隣でニッコニコの笑顔でいるよ。


それはともかく、私たちの視線は中央、今回の催しの主役に注がれていた。居心地悪そうにしている彼に私は軽く語り掛けた。



「というわけでハデス様、今日から貴方が主神です」


「どういうわけか分からんのだが」



はい、そうです。今日の主役は幸薄そうな根暗系イケメンの冥王ハデス様。寝不足そうな眼とか、頬のこけた感じとか、もう、ザ・冥界って感じですね。


理由は皆さんお判りでしょう? そう、この男をあの駄神の代わりにオリュンポスの玉座に据えるためです。


あの駄神はどうしたって?


もちろん真名を奪って全ての権能を奪い取った後、身ぐるみ剥いで簀巻きにして呪いをかけて、そのままレテ川に流しました。


プロメテウスと同じ目にあわさなかっただけ良心的だと思います。


それはそれとして、あれれー、おかしいなー、こんなに栄誉な地位に就くチャンスなのにハデス様ったら嬉しそうじゃないなー。


「いや待て。ここはゼウスを討ち、さらにはその権能の全てを奪った君がなるべきではないか? それに私には冥界を管理するという重要な仕事が…」


「あ、そのお仕事、もうヘカテー様が引継ぎに入ってますので」


「え?」



いやー、協力者さんのおかげでスムーズに事が運んで楽ですねー。まあ、引継ぎって言っても、官僚に丸投げでしょうし、具体的にはランパスとかに押し付けるんでしょうけど。


いやしかし、私経由で官僚組織っていう概念を得てしまったのは冥界最大の不幸になるかもですね。


ほら、中華の冥界観って官僚主義に毒されてるじゃないですか。お役所仕事上等、午後5時15分で受付終了です。


あ、手続きは遅いですよ。袖の下を通さないと審査早まりません。コネは重要です。議員(偉い神様)に顔が利くなら、審査も甘くなるんじゃないですかね?


なお、これ以降、冥界での待遇については演歌をうまく歌えるかどうかが待遇改善の鍵となる模様。


リベラルアーツに演歌が含まれるようになるわけですね分かりますん。



「なので心置きなく、主神に就任してくださいね」


「いや、しかしだな…」



難色を示すハデス様。まあ、突然こんなところに連れてこられて、トップになれって言われても困りますよね。


しかしここで、今回最大の協力者さんが援護射撃に出てくれた。



「あなた、このお話、お受けになってください」


「ペルセポネっ?」



ハデスを諭すように口を開いたのは、彼の妻である女神ペルセポネであった。可憐な花のように美しい彼女は、慈愛に満ちた言葉と表情をハデスに向ける。



「此度の争いは全て、神々の王とは思えぬ横暴な振る舞いをなされたゼウス様の咎によるもの。であれば、次に王となるべきは賢明にして温厚な性格の持ち主である方が望ましいとは思いませんか?」


「う…うむ……」


「そして、あなたはゼウス様、ポセイドン様らお二人の兄にして、先代の王クロノス様のお子の長兄。であるならば、あなたが選ばれたのはむしろ必然ではありませんか?」



実に理にかなった論説である。


すなわち、世襲が基本である王統においては、長男が王位継承順第一位であることが最も自然にして混乱のない規則であり、


前回においてゼウスが神々の王になったのは、あくまでも特例、彼が直接クロノスを降し、武力で以って王位を簒奪したからに他ならない。


いや、まあ、クロノスとゼウスは同じ末弟として成功した神なので、末子成功譚の亜種としての解釈なら、これはこれで正統なんでしょうけど。


とはいえ、ゼウスが放逐された今となっては、前例に倣いゼウスを討った私メディアか、それとも継承順第一位のハデスが王位につくことが必然となる。



「確かにメディア姫は天空神ウラヌス様と大地母神ガイア様の系譜に連なる者。太陽神ヘリオス様と海神オケアノス様を祖父とする神統。しかし、失礼な言い方ですが、それは神々の王の系統から鑑みれば、傍系となってしまいます」



ウラヌスの曾孫としての格、世代という視点で言えば、私、アポロン、アルテミス、アテナと同世代になるんですけどね。


どこでこれだけの差がついた。祖父の代は農耕神と海神で同格っぽいし、やはり親の代か。いや、父系基準なら玄孫世代になるからその辺りか。



「加えて、メディア姫は女性。女が王位に就けば、それを納得しないものによりいらぬ混乱が生じましょう」


「むう……」



父性社会の象徴ともいえるゼウスを主神として頂く神話体系だ。当然、この古代ギリシアもまた男性社会なのである。


よって女王など混乱を生むだけだ。アイドル担ぎ上げて国が纏まったり、三国志の武将を女性化させて喜ぶようなどこぞの変態島国とは違うのである。


そして、ここにさらなる加勢が。海神ポセイドン様の登場である。



「兄貴、俺は兄貴が王座に就くなら文句は言わないぜ。俺はこの通りの短気な気質だからな。神々の王なんてのには向かないんだわ」



ハデスが驚いた表情をポセイドンに向ける。物質界を支配し、ゼウスに比肩するほどの実力を持つ彼が、ハデスを相手に一歩退いた態度をとったのだからそれも仕方はない。


着々と埋められていく外堀。そして、



「私、あなたが神々の王になった姿、見てみたいわ。きっと素敵な事よ」


「お……おぉ、お前……」



おおっと、ここでペルセポネ選手の上目遣いだぁぁぁ! こうかはばつぐんだ。


ただでさえペルセポネにだだ甘のハデス、彼女の圧倒的オネダリ力の前に彼が陥落するのは時間の問題でしかない。


流石はギリシア神話最大の超銀河アイドルの実力やでぇ。萌えろ俺の小宇宙。ハデスは散々に迷った挙句、



「わ、分かった……」



頷いた。「きゃー、嬉しー」とハデスの首に腕を回して抱き付く美少女系幼妻。二人は幸せなキスをして終了。


いやー、お熱いですねー。バカップルですねー。末永く爆発しろ。



「お見事でした」



私は親指を立ててサムズアップ。ペルセポネさんは勝利のVサインで返してくれた。お互いにニヤリと笑みを浮かべる。



『まあ、結局のところ、彼女って冥界が嫌いなだけなんですよね。冥界の女王ですのに』


「シッ、聞こえますよ旦那の方に」



冥界の女王ペルセポネ。ハデスによって攫われた花の女神。望まぬ結婚を強要され、冥界より帰ることのできなくなった悲劇のヒロインである。


が、彼女、実のところハデスの事はちゃんと愛しているのだ。つまり、ストックホルム症候群系ヒロインなのである。


基本的に、この夫婦の仲は良好なのだ。


じゃあ何が問題なのかと言うと、豊穣神を母にもつ彼女の元々の属性は《花》。陽光の下が好きなのであって、じめじめして暗い地下暮らしは彼女の肌には合わないのである。


というわけで、今回の協力関係が生まれた。つまり、


ハデス、神々の王になる。

じゃあ、職場は神界のオリュンポスになるよね。引越ししなきゃ。

もちろん、神妃になるペルセポネもホワイトハウスにお引越しだよね(ニッコリ)。

冥界の食べ物を食べたから、冥界から出られない? そんなの最高神権限でどうにでもなるよ!

ペルセポネ、冥界から離れてお母さんのいるオリュンポスへ。

ペルセポネ大勝利。



「《将を射んとすればまず馬を射よ》でしたかね」


『ハデス様はペルセポネに首ったけですからねぇ』





寒風吹きすさぶ荒野。その中心にそびえ立つ白い塔。張り付けられている幼女。そこに、翼を背中に生やした少女が舞い降りた。



「イ、イカロスではないかっ! 助けてっ、この縄を解くのじゃっ!」


「無理」


「何故じゃぁぁぁ!?」


「準備があるから」



喚き散らす幼女をよそに、後ろに回って白い柱を弄り出す羽女ことイカロスさん。カチャカチャと機械を弄る音がペリアスの不安を増大させていく。



「の、のうイカロス。何をしておるんじゃ?」


「準備」


「なんの?」


「打ち上げ?」


「Nooooooooooo!!?」



ペリアスの声はむなしく荒野に響く。





「アタランテ、お待たせしました」


「メディアっ」



神々の会合が終わったらしく、メディアが私たち人間の滞在が許された館に顔を出した。


てっきりこのままオリュンポスの神々の一柱として神界に君臨するとばかり思っていたが、まるで変わらない彼女の態度に呆れるとともに安心する。



「良いのか?」


「何がです?」


「お前ならこのオリュンポスの神々として、いや、主神として君臨できるだろうに…」


「ああ、そういうのは興味ないですから。まあ、人間からは外れちゃいましたけどねー。というか、神様とそうじゃない存在ってどういう基準で決まるんでしょうね?」


「……吾に聞かれても困るんだが」



メディアらしい高位存在とは思えぬ軽口に自然と笑みが浮かぶ。本来ならばもっと傲慢になっても良いだけの戦果をあげたというのにだ。



「だいたい、雷霆なんて貰っても使い道ないんですけど」


「メディアにかかれば雷神ゼウスの象徴も形無しか」



彼女の手には二の腕ぐらいの長さの、電光を走らせる存在が握られていた。それこそゼウスがキュクロプスに製造させた、神々の王の武器。


そんなものを素手で掴んでいる時点で、彼女が人外であることは明らかである。


ゼウスを討ち果たした彼女が持っていてもおかしくはないが…。



「誰かにあげようかと思ったんですが、皆首を横に振るんですよね。アテナなら受け取ると思ったんですが」


「ふむ」


「欠点なんて、ギリシア神話主神クラスの力がないと制御できなくて暴走するぐらいですのに」


「うん、それが原因じゃないか?」


「ん? いや、私でも制御できるんですし、他のオリュンポスの神々方も制御できるでしょう」



それが出来ないから首を縦に振らなかったんだろうなと思いつつ、それ以上は水掛け論になりそうなので止めておく。


自分にもできるんだから当然他のヒト(神)にもできるという思考は、諍いしか呼び起こさないので止めておいた方がいい。



「しかし、雷霆を所有したということは、メディアは雷神になったのか?」


「いえ、タルタロスに幽閉されているクロノス様あたりを引っ張り出して、農耕神兼雷神になってもらう予定ですね」



農耕と稲妻は非常に縁深いものであり、この二つを同時に権能とする神は珍しくないのだとメディアは語る。


いや、そうじゃなくて、クロノス神といえば先の戦争でゼウスに封印された神だったはずで、争いの種になりそうなのだけど。



「ん、ああそれならこの仔が何とかしますし」


「PIGA?」



メディアは頭の上に乗せた蜥蜴を撫でる。


まあ、確かにこの竜王がオリュンポス側につけば、ティターン神族も下手な真似は出来ないか。


何しろ、ゼウスを除くすべてのオリュンポスの神を遁走させたという怪物王の再現だ。ゼウスどころか海神ポセイドンにすら勝てなかった巨人族では相手にならないだろう。



「そうだ、この雷霆、バハムートに組み込んでしまいましょう。風に関わる神格持ちですし、違和感とかもないですよね」


「PIIGA?」



メディアの頭の上で小型化している竜王が「何かくれるの?」と言わんばかりに鳴く。


そのやり取りを前に想像する。どうせまた何かをやらかすだろうメディア、そこで投入される雷霆を操る竜王。


話は聞かせてもらった、人類は滅亡する。



「それは止めた方がいい」


「そうですか?」


「いろいろと問題が起きそうだ」


「んー、仕方ありませんね。まあ、武力の過剰な拡張は緊張を煽るといいますし、自重しましょうか」



こうして世界は救われた。


うん、その、なんというか、彼女が好き好んで騒動を起こしているわけではない事は分かるのだ。


ただ、彼女の考えなしのその場の思い付きの行動が、とんでもない事態を引き起こしかねないだけなのだ。


あれ? もしかして、こいつ、厄介さにかけてはゼウスとさして変わらない?


そういえば、前に空を飛ぶ船で訪れた別の大陸の国で、たしか、主神級の2柱をこのドラゴンに食わせていたような…。


……気付かなかったことにしよう。



「それではヘラクレスさんにも挨拶に行ってきましょう。今回の件では彼にもずいぶんお世話になってしまいましたし」


「ん、そうだな」


「もちろんアタランテにも感謝していますよ。何かお礼が出来ればいいんですが」


「報償ならオリュンポスから直接貰っているから、気にしなくてもいい」



アルゴー船に乗船してからというもの、随分と大変な冒険をしたが、それでも終わってみれば素晴らしい体験だった。


様々な異国を訪れ、多くの人々や神々と出会い、多くの戦いを経験した。まるで一生分の経験をこの短い期間に凝縮したかのようだ。


メディアの後ろについて宴会の会場を回る。どうやらイカロスは仕事があるらしく、この場所にはいないらしい。



「ええ、ポセイドン様から依頼がありまして。ペリアスのために後世に残るような派手な催しを頼むと」


「自分も行こうとしたのであるが、イカロスが自分だけで何とかすると言ってきかなかったのである。無事に打ち上げは成功するであろうか?」


「独り立ちしようとしているのでは? 実験では失敗ばかりでしたけれど、調合した火薬はちゃんと反応していましたし、まあ、ぶっつけ本番ですが何とかなるでしょう」


「うん、悪い予感しかしないな」



言葉の端々に現れる不穏なターム。あの幼女はいったいどうなってしまうのか。まあ、たぶんは星座であろうが。


などと、一緒に旅したペリアスの身を案じていると、メディアはいつの間にか大英雄ヘラクレスの傍に行っていた。



「大英雄ヘラクレスよ、此度は私の私事にお付き合いいただき、感謝の念に堪えません」


「はっはっは、気にするな心の友よ。イピトスの件の借りを返せたと思えば、何でもないことだ。それに、俺を苛んでいた狂気の呪いもこのとおりだ」



大英雄は両腕を広げてそう笑う。


そう、女神ヘラによる彼にかけられた呪いは完全に払われた。理由は簡単だ。


女神ヘラがゼウスの妻というあり方に拘らなくなった以上、ヘラがヘラクレスを呪い続ける意味はない。



「それは重畳。とはいえ、それは貴方が此度の試練を乗り越えた事により勝ち得た報償。私からの礼を別に受け取ってはいただけませんか?」


「ほう?」


「予言を。いつか貴方が射殺すであろうケンタウロスの渡し守に注意を払いなさい。その男の死の間際の言葉が、いつか貴方を殺すでしょう」


「ケンタウロスの渡し守……、覚えておこう」



女神の予言ほど恐ろしいものはない。これはギリシア世界の常識だ。何しろ、それですべてを失った者は神を含めて枚挙にいとまがない。


流石のヘラクレスもメディアの予言には神妙に頷いている。



「よし、堅苦しい話はこの辺りにしておこう。メディア姫、お前はこの後どうするつもりだ?」


「そうですねー、一度、両親と弟に顔を出しておきたいので、コルキスに戻ろうかと思っています。その後は、ヒッタイト帝国とかウガリットあたりに旅行しようかと」



明るい口調で問うたヘラクレスに、メディアはそう答える。


それはなかなか面白そうな計画ではある。エジプトに匹敵する巨大帝国ヒッタイト、そして古くより国際交易都市として繁栄するウガリット。


いずれも、未だ話にしか聞いた事のことのない異国だ。ギリシアとは比較にならないほど豊かな国なのだろう。



「早めに行っておかないと、あそこ、100年もしたら滅ぶんですよね」


「「ん?」」



今何か、物凄く聞き捨てならない言葉がメディアの口から出たような気がするが、気のせいだろうか?


ヘラクレスと共に思わず聞き返すような反応をしてしまう。


何かの間違いだろう。100年後の滅びなど、それは予言ではないか。そんなことは神々にしか…、いや、コレ、神様だった。



「イリオスにも行ってみたいですね。一度は行ってみたかったんですよ。滅ぶ前に見ておかないと」


「…………」


「そういえば、アタランテの故郷にも行く話をしていましたよね?」


「……メディア」


「ん?」


「アルカディアも滅ぶのか!?」


「え、あの、ええ、生き残るんじゃないですか? アルカディアだけは」


「そうか」



メディアの言葉に安どする。そうか、アルカディアは滅ばないのか。アルカディアだけは。ん? だけは?


……あまり深く考えても良い結果にはならなさそうだ。



「そうですねー、両親に顔を見せた後、アルカディアに寄らせてもらいましょう」


「あ、ああ。歓迎しよう」


「楽しみですねー」



などと和気あいあいとメディアと語り合う。


なんというか、言葉の端々に聞き捨てならない内容が含まれてはいたが、100年後であれば自分と関わりあいはないだろうと聞き流すこととする。


そしてふと、何気なく、吾はメディアの背後に視線を外してしまった。何気なくである。特に意味はなく…だ。


そして、激しい後悔に見舞われた。


大理石の柱の影に、ピンク髪の般若の姿が。



「グギギギギ」


「ひっ」



吾は無意識に一歩、その場から後ろに退いていた。野生の本能が「やめろ、アレと目を合わせるな。死ぬぞマジでいや本当に」と悲鳴を上げた。


恐怖に引きつりそうになる私に、メディアが首を小さくかしげた。



「どうしましたアタランテ。まるで窓の向こうにこの世ならざる冒涜的なものを目撃したかのような顔ですよ」


「めめめめめ、メディア、その、なんだ、他にも誰か一緒に連れてきてもいいんだぞ?」


「?」



吾のとっさの言葉にメディアは不思議そうな表情をするが、後ろの御方はニッコリと頷いた。


その瞬間、身の毛もよだつような殺気が嘘のように消える。首の皮一枚繋いだか…。


だが、



「どうやら私を呼んだようね!!」



余計なのが涌いた。


唐突に芝居がかったポーズで現れたるは金色の神の美の女神。同性から見ても覚めるような美しい容姿は、しかし変なポーズのせいで台無しだった。


そんなアフロディーテの登場に、メディアは真底面倒くさそうな表情で応じる。



「いや、呼んでねぇですから」


「照れなくてもいいのよ。ええ、皆まで言わなくても大丈夫。女友達同士の小旅行はフレンドシップの健全な維持のためには不可欠なのでしょう? ま、

まあ、一応私たちって友達同士だし? 私も色々忙しい身だけれど、どうしてもって言うなら、付き合ってあげなくはないわよ?」



得も言われぬ面倒くささにイラっとくるも、柱の向こう側にいる御方の機嫌がフリーフォールしている様子に、吾は異様な寒気を感じた。


女神と云うかヒロインにあるまじき怨念のこもったオーラ。寿命がガリガリと削られる感覚を幻想する。


と、その時、メディアがふと言葉を口にした。



「なら、他にも誘いましょうか」



九死に一生。吾は思わず心の中でガッツポーズをとる。ああ、アルテミス様は吾を見捨ててはいなかった。

(※なお、アルテミスは狂わせるほうである。)



「そうですね、ダイダロス親子も呼びましょう」



ちがう、そうじゃない。ああ、柱の後ろの御方から闇が染み出して…。



「あとは……」



ごくりと唾を飲み込む。吾は祈る。どうか、どうかご慈悲をアルテミス様!!





その頃のアルテミス。


ぐっすりと昼寝中であった彼女だったが、唐突に、何かを感じたのかバッと起き上がった。寝顔を眺めていたシスコンがそれに驚く。



「ど、どうしたんだいアルテミス」


「………無理」



ぼそりと一言言い残し、アルテミスは再びコテンと横になって寝息を立て始めた。



「えっ、二度寝? 今の何だったのっ?」





メディアは私の言葉に促され、旅の同伴者について真剣に考え込む。


そうだ、あともう一声。お願いだ。神様、アルテミス様!!



「ヘラクレスさん、どうします?」



メディアは次に大英雄ヘラクレスに声をかける。やめろっ、よりにもよってヘラクレスはダメだ。


ヘラを誘わずに、ヘラクレスを誘うなど、もう自分から燃え盛る炎の中に飛び込んでいるとしか思えない。



「またの機会に頼む。周りが女ばかりの旅だ。襲わずにいられる自信がない」



断りの言葉に一瞬安堵する。しかし、



「そうですか……、うん、他にはいませんね」


「そん…な」



現実は非情である。


全てが終わった。吾は諦め受け入れることとした。死はあらゆる生き物に平等に訪れる。それは自然の摂理なのだから。


そして私は目撃した。すべての表情が消えてなくなり、能面となった女神ヘラの顔を。吾は改めて思った。アカンこれ。



「おや、さっきからどうしたのですかアタランテ。顔色が優れませんよ?」



私に気を遣うメディア。吾は最後の勇気を振り絞り、メディアに逃げろと伝えようとするが、しかし喉が動かない。


何故なら、ほんの数秒前より呼吸をすることすら忘れていたのだから―



「どうしたのですかアタランテ。まさか何か悪いものでも食べ…、ほぇ?」



そして、その手がメディアの肩に乗せられた。メディアはいったい誰だろうと後ろを振り向く。そして、



「ひっ!?」


「少し、お話ししよっか。メディア」



メディアの表情が恐怖にひきつる。



「違っ、これは違うんです! 誤か…、あ…、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っっっ!!?」



次の瞬間、異様なほどの力でもってメディアの体が部屋の向こう側へと引きずりこまれていった。


その後、彼女がどうなったのか、吾には分からない。恐怖に身がすくみ、追いかけようなんて気すら浮かばなかったからだ。


そして、そんな一連の惨劇に美の女神は一言呟いた。



「友情はすばらしいものだけれど、友達は選んだ方がいいのね」



真理である。吾はその言葉に頷き、いつの間にか吾の頭の上に移動していた蜥蜴の背中を撫でた。


そうして部屋の奥の方から視線を外すと、後ろからダイダロスの声が。



「おーいっ、花火の用意が出来たのである!」



もうそんな時間か。うん、いろいろあったが、気にしていても仕方はない。吾たちは皆一緒に会場に向かうことにした。





今、一つの時代が終わりを迎えようとしている。


ゼウス敗れる。その報はヘルメス神によってギリシア全土に伝えられ、全知全能にして最強の神々の王の輝かしい権威は、一夜にして失墜した


かくして、神々の王という地位におぼれて好色に耽った暴君は、その好色故に事もあろうに女によって放逐され、オリュンポスは新しい主を迎えることとなる。


それは奇しくも、多くの国々が滅亡するこの時期と重複することとなった。


後代の考古学者はこの主神の交代、ゼウスの失墜をこの時代の激変の一幕が神話に反映されたのだと考察するだろう。



「うん、じゃからな。たのむから、縄を解いてくれんかの?」


「では、カウントダウンを開始するのである」「わかった」


「いや、止めるのじゃっ!! 頼むから!!」



これより後、100年もせずしてギリシアの神代は終わりを告げる。コルキスの王女がもたらした変化が、後の世にどのような影響をもたらすのか、それは誰にも分らない。



「いや、だから綺麗にまとめる前に、誰か助け―」


「3、2、1、発射」


「ぐぉぉぉぉぉぉっ!!?」



白い柱の根元から、恐るべき勢いで炎が。同時に、白い柱はペリアスを張り付けたまま、天高く、煙の尾を引いて昇っていった。





天空にて大輪の光の花が咲く。残った夜空には、新しい星座が誕生した。私はそれを神殿の外から眺める。



「たーまやーっと。星座が増えるとか物理的にはどういう仕組みなんでしょうか。集団幻想? 重力レンズ?」



そして私はすぐに段ボール箱を被りなおす。AMAZONESの段ボールは万能、分かるんですよね。



「メディアァァァァ、何処に逃げたのぉぉぉっ?」



おや、追手のピンク髪が近づいてきていますね。そろそろトンズラこきましょうか。



「では皆さま、また機会がありましたら、お会い致しましょう」



メディアちゃんはクールに去るぜ。



―――― 第一部『オリュンポス騒乱』 完 ――――



というわけで、オリュンポス編終了です。これで一旦は終わりという事で。お付き合いいただき有難うございました。


次回以降はあるかどうか分かりません。とりあえずは、嘘予告だけ置いておきますね。


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