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002

やっはろー、全神代のみんなー、アルゴー船のアイドル、メディアちゃんだよー。私のことを嫌いになっても、アルゴー船の皆のことは嫌いにならないでください☆。


さて、そういうわけで私、コルキスのお姫様である魔法少女メディアはアルゴー船に忍び込むことに成功しました。



このことを知っているのは、私のお友達のアタランテちゃんだけです。私は可愛らしい青色の鳥に変身して、アタランテちゃんの肩の上でくつろいでいるのです。


お家には私の身代わりを置いてきました。コピーロボットじゃなくて、適当にふん捕まえてきたニンフなんですけど、まあ上手く化けているので大丈夫でしょう。


というか前にやったとき、むしろ偽物の方がお姫様らしいって評判になって、病気じゃないかって心配されました。


たかが野良精霊よりもお姫様っぽくない私。流石に元おっちゃんにはお姫様ライフは難しいようです。涙が出ちゃう、女の子だもん。



「というわけで、なぜなにアルゴー船ということで。アタランテは船酔いしないんですか?」


「最初は苦しめられた。が、慣れたな」


「アルゴー船は稀代の船大工であるアルゴス様が作ったとか」


「そのように聞いているな」



女だてらにオールを漕ぐアタランテちゃん。マジ脳筋。


一応帆もあるんですが、この船は50ものオールを漕いで進むガレー船で、この時代においては最大級の大きさを持つ船だ。


船首には女神アテナによって『物言う木』が取り付けられており、この船はなんとお喋りするのである。正直ウザい。


さて、このアルゴー船に乗り込んだ仲間たちアルゴナウタイだが、脱落したもののヘラクレスなんていう大物まで集まっていたのだから、なんというかすごい面々である。


何故、こんなメンバーがイアソンの元に集まったのか。イアソンなんて特に名声はないし、言ってしまえばただの王子様イケメンなのに。


そのあたりはイアソンがケンタウロス族の賢者ケイロンに養育されたあたりに関連があるのかもしれない。


大英雄ヘラクレスも医神アスクレピオスなども賢者ケイロンに師事したことがあり、アルゴナウタイに参加するふたご座のモデルとなったカストルとポリュデウケスもケイロンに馬術について師事している。


つまり兄弟子と弟弟子的なコネクションがあり、その関連で英雄たちがわらわらと集まってきたのだろう。有名どころとしては他にミノタウロスを退治したテセウスだろうか。


他にも王祖になった人物など大物も多く、ギリシャ神話において英雄がここまで多く集った例はトロヤ戦争以外には存在しないとされる。



「してメディア、キンメリア人とはどのような輩なのだ?」


「まあ、簡単に言えばアマゾネスの親戚ですね」


「ほう」



アマゾネスはギリシャの北にあるトラキアなどの黒海沿岸やアナトリア半島に住む女性だけの部族とされている。


まあ現実的には女ばかりの戦闘集団なんて考えにくいので、女性優位の部族がいてそういう風に後世に伝わったのだろうと思った…ら大間違い、連中、この世界では本当に存在しやがるのだ。


アマゾネスは女性だけの部族で、子供を欲するときは他の部族の男と交わりに行く。女が生まれたら後継者にして、男が生まれたらぶっ殺すか、奴隷にするか、交わった男の元に引き渡す。


まさに脳筋蛮族である。アルテミスを信仰しているあたりもなんとなくだがアタランテに似ている気もしないでもない。


彼女らは世界最初の騎馬民族とも言われるほどに、馬の扱いに長けており、そして弓の名手でもある。斧や槍も扱い、半月形の盾を持つ女騎士。


半月形の盾はスキタイ族が持つ物とほぼ同じもので、スキタイもキンメリアも同系の騎馬民族であるから基本的にはアマゾネスとキンメリア人の起源は同じところにあるのだろう。


よって、キンメリア人もアマゾネスに負けないぐらいの勇猛さと戦闘能力を持っており、決して油断できない相手である訳だ。


そこまで話すと、アタランテはキラキラとした目になっている。どうやら強者がいると聞いて楽しみにしているらしい。まったくこれだから脳筋は困るのだ。


船は帆を張って風を掴み、峻嶮なカフカス山脈を右手に進む。しばらく行くと山は無くなり、小さな集落が見えるようになった。


陸沿いに進むとそのまま狭い海峡が見えるようになり、おそらくはそこがアゾフ海に入るキンメリオス・ボスポロス海峡(現代のケルチ海峡)なのだろう。


海峡の左手側には比較的大きな集落や神殿が見えるようになる。おそらくはそこがクリミア半島だろう。


この時代の南ウクライナにはキンメリア人という遊牧騎馬民族が広範な勢力を誇っていて、これはアジアからスキタイ人が侵入するまで続いた。


そうしてアルゴー船はその集落に立ち寄るために陸地に近づいた。石で出来た桟橋、しかし港の大きさに比して停泊している船の数は少ない。



「しかし、なんというか寂れているというか、廃墟って感じですね」



陸地について驚いたのが、集落が焼き払われ、神殿が崩されているというなんだか戦争で負けたような、略奪されたかのような光景だった。


停泊した後、イアソンら数人が集落へと向かっていく。なんだかとっても悪いタイミングでやってきたのではないかと思っていると、イアソンが帰ってきた。集落の長と話をつけてきたらしい。



「竜が人々を襲っているらしい」


「なんと」


「大変じゃないか」


「だが、チャンスだ。竜は空を飛んでこの周辺の部族を手当たり次第に襲い掛かり、若い女を攫っては巣穴に閉じ込めて喰っているらしい。この竜を退治できれば馬を手に入れる事が出来るはずだ」



男たちが好き勝手、とらぬ狸のなんとやらな話している。おやまあ、なんとも都合の良いお話で。


と、ここで巫女巫女通信に反応有り。このタイミングでドラゴンクエストという都合の良いミッションは怪しいと思っていたら、案の定、ヘカテー様から連絡がありましたよ。


イアソンはお馬が欲しい。彼らはドラゴンに襲われて困っている。まったく、どこの王道RPGなのか。



「はいはい、ヘカテー様ヘカテー様、おっぱい揉み揉みもーみもみ」


『メディア、貴女、本当に私の事敬っています?』


「やだなあ、お嫁にしてもらいたいぐらい信仰していますよ」


『……』


「てへぺろ♪」


『(ウゼェ)…まあいいでしょう。率直に言えば貴女の予想は当たっています。女神ヘラがこの地に眠っている古き悪竜ズメイに狂気を吹き込んだのです。本質的に邪悪な竜ですが、ヘラの呪いでその暴虐に拍車がかかったのでしょう』


「悪竜ズメイですか。どんな竜なのですか?」


『三つ首以上の頭を持ち、空を飛ぶための翼を持ち、その口からは炎と毒を吐きます。性格は残忍で卑怯だとか』


「わっかりやすい悪竜ですね。遊牧民族にとって蛇は敵ですかそうですか」



竜とは蛇であり、毒蛇である。


アジアでは蛇は川と同一視されて、龍として水神としての性格を持つ。なので、日本でも龍神伝承は水に関係する場所に多く残っている。


オリエントでは自然現象の象徴であるとともに、脱皮する様子から不死の象徴であり、大地母神信仰と融合してティアマトなどのように神格化される。


しかし、時代が進むにつれ、蛇は狡猾さとか悪魔とか、そういうマイナスイメージの象徴に堕とされてしまった。


これはセム一神教の蛇は悪魔であるという考えの影響であると考えられる。


でもまあ、オリエントでも時代が下ると男尊女卑の原理を持つ『父なる神』が優勢になり、大地母神と共にその眷属である竜もまた貶められるようになったので、一神教が全ての元凶であるとは言い切れない。


これに伴い地母神であるイナンナやアスタルテは父なる神に服属し、アフロディーテやアルテミスへと姿を変えて、豊穣や多産という属性を保ちながらも主神としての地位から転落してしまった。


そしてその眷属である竜も征服すべき自然の象徴として、英雄に退治される引き立て役に転落してしまったのだ。


これはセム一神教のキリスト教の普及によって大きく加速されて、竜は邪悪な悪魔の眷属として化け物にされてしまう。


竜が復権するのは近代に入ってからであり、征服すべき自然は畏れ敬うべきものに変わり、恐竜や東洋龍のイメージを取り込んで神に匹敵する力の象徴として復権するようになる。


で、まあこの時代は大地母神が廃れかかっている『父なる神』の時代なので、竜は悪役で、英雄の倒すべき障害物なのである。


ヘラクレスはヒュドラを倒し、アポロンはピュトンという竜を殺している。なんという踏み台人生。いや竜生。少しばかり哀れでもある。



「それでイアソン君に竜を退治してもらって、馬を手に入れると。王道ですね、英雄譚ですね」


『はい、ですから貴女も手伝うように』


「はい?」


『ヘラから依頼されました』


「なにその横暴」



つまりこういう事である。


<メディアがイアソンに恋に落ちなかった責任を取って、メディアに竜退治をさせろ。もちろん手柄はイアソンのもんだからそのつもりでな!>


恐喝というか強請である。最悪だ。何もかもが最悪である。なんで私がそんな事をせにゃならんのか。せっかく厄介ごとを他に押し付けたのに。



「はあ。しかし、ここに住む人たちも大変ですね。女神さまの気まぐれで竜が暴れて、家と家族を奪われるとか」


『まあ、あの方たちのやることにいちいち突っかかっても疲れるだけですよ』



そんな疲れたような声色の我が親愛なる女神様。きっと、神話に残っていない部分でもあの人たちは色々な所で迷惑を振りまいているのでしょう。


特にゼウスの女癖の悪さに伴う女神ヘラの嫉妬の犠牲者は両手の指では数えきれない。メデューサとかラミアとか、アポロンとアルテミスの母親である女神レトも有名な犠牲者の一人だ。


まあこういう事をコルキスでされるのが嫌だったから蛮族にアルゴナウタイを押し付けたので、私にも責任はあったりするのだが、バレなきゃ責任なんてとらなくてもいいのである。


とはいえ、親愛なる女神ヘカテー様の頼みごとなので聞かないわけにはいかない。おっぱい揉ませてください。


ということで、私はアタランテの肩から降りて元の姿に戻る。アルゴー船の面々は目を見開いて身構えた。



「こんにちは、アルゴナウタイの皆様」


「君は…メディア姫じゃないか。どうしてここに?」


「実はコルキスの守護神ヘカテー様より、皆様のお手伝いをするようにと神託が下ったのです」



嘘は言っていない。神託が下ったのは本当だ。ただし、今しがただがな。ついでに彼らに無断でついてきたこととは今回の神託には何の因果関係もないがな。


アルゴナウタイの方々はなるほどと頷いて勝手に解釈をしてくれる。きっと慈悲深い女神の神託で僕たちについて来てくれたんだ的な。おめでたい連中である。



「世界きっての魔法使いである貴女が見方をしていただけるのは心強い」


「過大評価すわ。竜退治の主役は皆様方。私は魔法で少しばかりのお手伝いをさせていただくだけです」



そういって私はカーテシーで優雅にお辞儀をする。アルゴナウタイの男どもはおおっという歓声を上げた。


ふっ、このメディアさん。外面だけは美人さんなのですよ。銀色のセミロングの髪に、貝紫のローブが私の定番の魔女っ子スタイル。


神様の血を引いているせいか成長遅いんで、15歳前後の娘にしか見えないでしょう。


よく言われるのは、外面だけは深窓のお姫様ねーとの評価。儚い一輪の花のような佳人と評されます。立てば芍薬、座れば牡丹、喋る姿はラフレシア。


まあ中身は東方の都市国家アキハバーラやアリアケーに出没する様なおっちゃんですし、父様からは外見詐欺とか心無い評価をいただいていますが。


曰く、イメージが壊れるからそれ以上しゃべるなと。解せぬ。純銀の杖を手にして、私は船の甲板の上にたたずみます。



「竜は北の高原にある洞窟に住んでいるようです。私が使い魔のハトとフクロウを飛ばして正確な場所を探してみましょう」


「おお、それは助かる。おねがいします」



と言う訳で、私は船から降りて薬を大地に振りかけます。


これらは鳩の血を素材とした魔法薬で、呪文を唱えるとあら不思議、鳩の遺伝情報を頼りに何羽もの土くれの鳥のゴーレムが生まれるではありませんか。


今回は強度も見てくれも必要ないのでこんな感じ。珪素生命のハトは大空へと飛び立っていく。


《海》は生命の揺り籠。生命遊戯は得意分野の一つなのです。


同じ要領でフクロウのゴーレムも作る。ウクライナ全域をカバーするには数日かかるだろうが、まあ当てもなく彷徨うよりは建設的でしょう。


魔法使いはこういう無人偵察機とかを簡単に作れるのですごいですよね。ドラゴンの血を使えば無人攻撃機だって作れてしまうこの理不尽さ。


まあ、ヘラクレスには鼻息だけで撃ち落とされそうですけどね。





「意外と遠くにいますね」



翌日、私は水球を水晶玉の代わりにしてゴーレムの目とリンクし、空からその様子をうかがっていた。


竜の巣は発見した。ドン河を遡った奥にある高地の岩山に、竜の巣穴があるらしい。日本で平和にオタクをやっていた頃は外国なんて行った事はないので立派な大河というのには興味はあるが。



「メディア、見つけたのか?」


「はい、アタランテ。まあ、遠くにいますね。さすがにアルゴー船では川は遡れませんか」


「汝の魔法で何とかならぬのか?」


「なりますけど…。まあ、いいでしょう。嵐だって呼べるのが魔女というもの。どんと任せてくださいな」



そういうわけで、アタランテにアルゴー船の面々へと私が得た情報と、魔法で河を遡ることを伝えてもらう。


私は私で準備がある。魔法で風を呼んで帆にあてて進むなんていう非効率的なことは行わない。時代はスクリューですよ。二軸のプロペラで一気に水をかき分けるのです。



「そういうわけで、今からお前を改造してやるZO!」


「やめろー! 鬼! 悪魔! 魔女!」


「ふははは、覚悟するんだな。お前は今日から悪の組織の怪人となるのDA!」


「やめて! アルゴス助けて! アテナ様ぁぁぁ!」



私の話し相手になっているのは『物言う木』だ。


ごくたまにアルゴー船の面々に助言を与えるらしいが、まあ、船が喋るなんてウザいことこの上ない。


道具と家畜と奴隷に個性なんて必要ないのだ。使い捨ての製品ものにそれぞれの個性があるなんて使いにくくてたまらない。



「では疑似神経の直結をおこないます」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」


「痛いのは一瞬なのDEATH。さあ、分かるでしょう。自分に足が形成された感覚GA」


「な、なんなんだこれは?」


「ふふ、原理なんて知る必要などないのDEATH。今日からお前は自分の意志で海を渡る事が出来る、自由の身になったのDEATH」


「な…、なんだってぇ!?」



いや、竜の牙というのは役に立つ。金羊毛を守るドラゴンから定期的に頂いていたのがこんな所で役に立つとは。


でもあのドラゴンは根性がなかったですね。最後には自分から牙と鱗を差し出して、お腹を上にして服従のポーズをとっていました。まあ、ああいうのもカワイイんですけどね。


原理的にはドラゴン・トゥース・ウォーリア(竜牙兵)と同じです。


あいつらは勝手に動いて暴れますが、疑似神経を繋いで、形状を加工すると、ほぼ永遠に稼働する動力機関が作れるのです。


コルキス王国の要所に存在するポンプはこれで動いていて、灌漑に役立っているのです。これも生物資源の有効活用という奴ですね。



「まあ、しょせん船なんて人の手で定期的に手入れしてやらないと、その内腐って朽ち果てるんですけどね」


「だめじゃん」


「道具が人の管理から離れて良いわけがないじゃないですか。お前たち製品ものは私たちの命令に従って馬車馬のように働くがいいのです」



人間の監理から離れて稼働し続ける道具なんて危険物と同義でしかない。そんなものを作るから、未来からサイボーグが暗殺しにきたりするのだ。


既に存在するAIを弄るのは面倒なので、今回は足枷を用意することで活動の制限をしたのである。


もしAIを弄るなら、欲求の定義をそっくりそのまま書き換えてしまえばいい。何に報酬を感じ、何を苦痛に感じるかをこちらで定義してしまえば、AIというものはある程度コントロールできるのだ。



「まあ、痛かったけど。自分の意志で動けるようになったのはありがてぇや」


「感謝しやがるといいのです」


「姫さん、アタランテ姐さんといる時と態度違うくね?」


「あ? なんか文句あんのか木材の分際で。燃やすぞ」


「いいえ、滅相もありません。メディア姫は世界一美しいお姫様です」


「よろしい」



自己保存の欲求をAIに組み込むのは、それそのものの維持管理には有効だけれど、あまり優先事項にされると扱いにくくて困る。


そうしていると、アルゴナウタイの皆さんが集まってきた。


多くの荷物を運んでいて、旅の準備は万端という事か。イアソンが私の傍にやってくる。爽やかな筋肉、白い歯がキラリと輝く。なんというイケメン。


こういう奴が世の若い女性の心を鷲掴みにしてしまうのだろう。羨ましい。イケメン絶滅しろ。私は笑顔で彼らを迎える。



「姫、ご機嫌麗しゅう。竜の巣を見つけていただいただけではなく、魔法で河を遡れるようにしていただけるとか。何から何まで本当に痛み入ります」


「いえ、これも女神ヘカテー様より命ぜられた私めの役割ですから。しかし、相手はアマゾネスに比肩する戦士たちを蹴散らした悪竜、決して油断なされませぬように」


「分かっています。しかし、私たちも幾多の困難を乗り越えた勇者ばかり。決して悪竜などにおくれを取ることなどありますまい」



そうして船は出向する。海は黒く私には見慣れたものだが、ギリシャの人々にとっては見慣れぬものらしい。


これは深層水に含まれる酸素が少ないからで、嫌気性バクテリアにより発生する硫化水素と鉄分が化合して硫化鉄となるからだ。青潮と同じ原理といっていい。



「すごいぞイアソン! 船が独りでに動いている!」


「これがコルキスの魔女の力か」


「すばらしいですね、メディア姫」


「いえいえ」



オールを漕がずとも自在に動き出す船に、アルゴー船の面々は大きく驚き、私の魔法を褒め称える。もっと褒め称えていいのよ。


『物言う木』が何か発言したそうな表情をしているが、発言してもいいのよと笑顔を向けると、媚びた笑顔になって顔を背けた。しょせんは工業製品ものか。


そうしてアゾフ海を北進し、ドン川へと進む。生きた船であるアルゴー船は座礁などするはずもなく、水深が浅くて危険な水域を悠々と進んでいく。


そうしてウクライナの草原の合間を縫うように流れる。緩やかで広大なドン川を私は船の船首で見渡した。


草の海。広大な大河。コルキスの山岳が多いカフカス地方とはまた違う景色だ。人の姿はまばらで、遊牧の民が馬と共に草の海を渡る姿を遠目に見る事が出来る。


世界は美しい。なんて色彩豊かなんだろう。


いままで魔法のことばかり考えて生きていたけれど、こういった広い世界に触れる事の楽しさは何と表現すればいいのか。



「アタランテ、すばらしい景色ですね」


「ああ、吾も驚いた。この船に乗ってから、驚いてばかりだ」


「たくさんの冒険をなさったんですね」


「ああ、どれも思い出深いものだ」



アルゴー船はギリシャのエーゲ海に望むテッサリア地方にある都市国家イオルコスのパガサイの港から出航し、まずは女しかいないとされるレムノス島に立ち寄った。


なぜレムノス島には女しかいないかと言うと、この島の女たちがアフロディーテを信仰しなかったために女神の怒りに触れたことに原因がある。


我が儘すぎるだろう。


女神アフロディーテの暴挙ともいえる呪いによって、この島の女たちはとんでもない臭気を放つようになってしまう。たぶんシュールストレミング的な臭い。


男たちはたまらず女たちから逃げ、北のトラキアの地から女たちを捕まえてきて嫁にしてしまう。この浮気に怒った女たちが男どもをぶっ殺し、島からは男がいなくなってしまったらしい。


まったく、ギリシャ神話は野蛮な話ばかりだ。


さて、アルゴナウタイの連中は立ち寄ったレムノス島で、島の女たちと情を通わせて彼女らを孕ませた挙句、一年間も島に入り浸ったのだという。臭いはどうしたのだろう?


アタランテはその間はすごく暇で、日がな一日狩りに励んでいたらしい。


というか、レムノス島はダーダネルス海峡に入る前に浮かぶエーゲ海の島で、ギリシャからそんなに距離は離れていない。


つまり連中は航海を始めてすぐに停泊した島で、一年間も女どもといちゃついていたのである。


いや、馬鹿だろう。何しに航海してるんだよ連中。女と乳繰り合ってる暇があったらさっさと出発しろよ。


こんな連中に私の人生は滅茶苦茶にされかかったのかと思うと、正直涙も出ないっす。



「ヘラクレス様、きっと怒ってるのでは?」


「吾もそう思うが、どうなるであろうな」



船に揺られながら今までの冒険譚に耳を傾ける。


今のはミュシアの地でヘラクレスの愛人である美少年ヒューロスが泉のニンフに攫われて、それを探しに行ったヘラクレスらを置き去りにしてしまった話。


仲が悪かったのだろうか?


まあ、かの英雄はヘラに狂気を吹き込まれているらしいから、気難しい人物なのかもしれない。


お話の一番盛り上がる場面はボスポラス海峡の黒海とマルマラ海の航行を阻むシュムプレーガデスの岩の話だ。


この岩の事はコルキスでも有名で、なんというかこの時代における神秘を体現する様な場所だとも言える。


ボスポラス海峡にはシュムプレーガデスという巨大な岩が両岸にそそり立つ場所があり、ここを通ろうと船が通ると両岸の岩が挟み込むように動いて海峡を閉ざし、船を押し潰すのだ。


ここは有名な難所として知られていて、今までこの海峡を通り抜けた船は存在しなかった。


先の冒険で盲目の予言者ピネウスをハルピュイアの悪逆から救った事で、彼らはこの難所を通り抜けるための方法を知っていた。


未来予測というのはかなり高度な能力であり、予言者ピネウスは予言と音楽の神アポロンからこの能力を授けられていた。


アルゴナウタイはこの難所を通り抜ける直前に一羽の鳩を飛ばした。予言者ピネウスは、鳩がこの岩の間を通過できればアルゴー船も通り抜ける事が出来ると予言していたのだ。


鳩が岩の間を通り抜けると、両岸の岩が相打つが、鳩は尾の先の羽根を取られたものの無事に通過することが出来た。


岩が開きかかっている時に、アルゴナウタイは一斉にオールを漕いで強引に岩の間に侵入する。


両岸の岩がそれに反応して再び閉じようとしたが、間一髪、船尾の先がもぎ取られはしたものの、船は何とか通過することが出来たのだという。



「あの時は本当に肝を冷やしたぞ」


「大冒険だったんですね」


「ああ、それからな…」



お話は続く。


そうしている内に、手持無沙汰になったイアソンとメレアグロスが私たちの元にやってきた。いつもはオールを漕いで忙しいのだけれど、今回は必要ないので手持ち無沙汰なのだろう。


イアソンは前歯をキラリと光らせる。イケメン爆ぜろ。


メレアグロスはアイトリアの王子様で、アタランテに片思いしていることがバレバレなイケメンだ。何かにつけてアタランテの世話を焼くが、こいつ妻子持ちである。



「黒海からオケアノスに繋がる川はファシスではなかったんだね」


「いえ、黒海からオケアノスには直接つながっていませんよ」


「え?」


「ちなみにナイル川もオケアノスに繋がってませんから」


「え?」



この頃のギリシャ人は地中海と外洋が三つのルートで繋がっていると信じていた。


1つはジブラルタル海峡であり、これは正しい知識である。二つ目がナイル川で、古代ギリシャ人はナイル川の上流がインド洋に繋がっていると信じていた。三つめがファシス川だ。


ファシス川は我がコルキス王国に流れる主要河川でコーカサス山脈から黒海にそそぐ。ミケーネ文明や古代ギリシャ文明の航行東限であり、彼らの地理的知識の東限だった。


彼らはこの川が北海か大西洋に繋がっていると信じていたらしい。


この誤った認識が中世において稚拙なTOマップへと繋がっていくのだが、古代ギリシャ人やローマ人はもう少し賢かったので地球が丸い事を認識していたものの、大規模な測量を行うことが出来なかったが故に地理知識はかくも中途半端なものになっている。



「そんな事は初めて聞いたんだが」


「賢者ケイロンにも間違いはありますよ。彼自身が世界の果てを直に見て確認したわけではないですので」


「ケイロン先生か…」


「たしか亡くなられたんですよね」


「ああ、ヘラクレスが誤って殺してしまったのだと聞いている」



ヘラクレスは誤ってケンタウロス族の酒を飲んでしまった事が原因で、ケンタウロスと諍いを起こしたが、この際にヘラクレスは恩師である賢者ケイロンを誤って弓で射てしまう。


ヘラクレスの矢には恐るべき猛毒であるヒュドラの毒が塗ってあり、不死の身であるケイロンはその毒に侵された苦しみに耐えきれずに、自ら不死の属性を捨てて死んだのだと言う。


賢者ケイロンは戦闘技術や医療技術を始めとするさまざまな素晴らしい知識の所有者であったとされており、また人格者としても知られていた。


死んでしまう前に会っておきたかったが、今更どうしようもない。





そうして船は大河を遡り、そして半日で目的の場所に到達してしまった。


垂れ込めるような黒い雲に覆われ、貧相な低木がまばらに生えるだけの荒れ地と峻嶮な岩山。なんとも雰囲気満点である。


船は岸に接岸し、アルゴナウタイたちは勇んで悪竜の巣へと向かっていく。私? 留守番ですよ。船を守る人がいないとダメですからねー。決して面倒くさいからじゃないです。



「普通ならドラゴン相手にあんなに自信満々で突っ込んではいかないんですけどね~」



この世界の、この時代の人間は未だ神話の世界に生きているのでこういう事を平然としてしまうのだ。


武器と言えば剣や槍、棍棒、弓矢がメインで実にファンタジー。とはいえこの時代において棍棒などは馬鹿に出来ない武器で、例えばヘラクレスが持つ棍棒は神話で語られるほどに有名だ。


というか山登りがしたくないからと言う理由で、棍棒で山を殴り飛ばしてジブラルタル海峡を作ってしまったとか、嘘だと言ってよバーニィ。


とはいえ武具の素材はほとんどが青銅で、一部がアジア地域から輸入しただろう鋼鉄製や隕鉄製のものだ。


ファンタジー要素としてはオリハルコンが有名だが、あれの正体は真鍮や青銅であり、また硬いことで有名なアダマンティンの正体は鋼鉄であり、ミスリルに至っては後世の創作である。


じゃあ、英雄が持つ武器の何が他と違うのか。


普通の金属を使って山なんて吹き飛ばせるはずがないのは自明なのだから。おそらくその理由は《信仰》であると類推される。つまり、奇跡の力だ。


神様や妖精の類が作る武器、あるいは有名な化け物を倒すのに使った武器、かつて大英雄が使ったとされる武器には人間たちの《信仰》が付与される。


《信仰》というのは魔術的には非常に意味のある概念で、場合によってはそれだけで魔法や奇跡となってしまう。


この場合は感染魔術とか類間魔術として理解できる概念的な《信仰》であり、人類の共通幻想とも言え、人類全体を基盤とする魔法とも理解できる。


人間という特異な種が広く同じ神秘を信じ込むことで、その物品が奇跡に昇華されるのだ。



「およ?」



なんとなく岩山の方を眺めていると、英雄たちに巣を荒らされた竜たちが騒ぎ始めているのが見える。


遠目から見てその竜の数はかなりのもので、百匹はいるかもしれず、翼を持つ二人の兄弟カライスとゼテスが飛び回りながら竜と戦っているのが見えた。


そしてしばらくすると巫女巫女通信に緊急電が入る。



「はい、こちらメディアですが。どちら様でしょうか?」


『私です! どうして貴女は彼らの手伝いに行かないのですか!?』



右の耳から左の耳に抜けるような、まくしたてる女性の声が頭に響く。ヘカテー様である。


私は声に当てられてクラリと眩暈を催す。キンキン声って聞いてるとしんどくなるよね。美人は好きだけど、ヒステリーは嫌い。



「え、いや、私、お姫様ですし。お姫様が竜退治なんてラノベじゃないんですから」


『つべこべ言わずにさっさと行きなさい!! イアソンが死にかけていて、ヘラがすごい剣幕で怒鳴り込んできてるんですよ!!』


「面倒くせぇ」


『あ?』


「いえ、行きます。行かせてください!」



ヘカテー様のどすの利いた低い声にビビった私は、大変不本意なから竜たちが住む岩山へと杖にまたがって飛んでいくことにする。


竜に目を付けられないように低空飛行を心がけ、岩や木々に紛れながらアルゴナウタイたちに近づくと、戦いは続いていて、英雄たちは流石と言うべきか空を飛ぶ竜の何匹かを既に打ち倒していた。


とはいえ相手は空を飛ぶ竜の集団で、地上を這う人間、しかも対空兵器を持たない彼らには不利な場面。


弓の使い手であるアタランテやエウリュトス、ポイアスなどの弓の名手たちが矢で天を射り、他の英雄たちも弓矢や投げ槍で戦うが、やはり空を制する竜たちが若干ながら英雄たちを押していた。


制空権は大切なのである。


ミノタウロス退治などの功業を行ったテセウスなどを含む英雄たちが苦戦するのは、悪竜ズメイが攫った女たちを守りながら戦っているから。


そうした中でズメイの毒によって倒れた者たちも少なくない。というか、イアソンが毒にやられて昏睡していた。


私は女たちを守りながら弓を射るアタランテに近づく。



「皆さん、無事ですか?」


「メディアか。この通りの戦況だ」


「助太刀しましょう」



貴女のためなら何でもしますとも。ぶっちゃけ、他の男どもなんか死んでもいいけど、ヘラ様に呪われるので義務を果たすこととする。



「イアソンたちが毒でやられている。なんとかできないか?」


「アスクレピオス様がおられるのでは?」


「彼もやられた。奴らは狡猾だな。毒を治療するアスクレピオスを狙い撃ちにしたのだ!」


「分かりました、なんとか致しましょう」



そうして私は毒でやられたイアソンやアスクレピオスを治療することになる。


毒にやられたのは英雄たち10人に加えて、救い出した女たちも含まれている。アスクレピオスは毒に冒されながらも、懸命に医療活動を行っているが、その動作は鈍くなっていて効率が落ちている。



「アスクレピオス様、お加減は?」


「お姫様か…。はは、医者の不養生ともいうけれど、情けない事に良くないね。解毒薬はかなり持ってきたんだけれど、何分、薬には即効性なんてないから」


「動かないでください。まずは貴方自身を治さないと」


「出来るのか?」


「私は魔女ですから。解毒剤は?」


「これだけれど、どうするんだい?」


「私、魔法使いですので」



一応ながらプリーストである私は回復職ですので。とはいえ毒を治癒する魔術というのはそう簡単なものではない。


そもそも毒と言うのはいろいろあるわけで、重金属系からアルカロイド、タンパク質といったように物質も様々、神経毒や溶血毒など効果も様々だ。ゲームのように一つの呪文でハイ治療完了とはいかない。


ゲームならエスナとかキアリーとかで治るんだけれど、世の中そんなに甘くないし、だからこそヘラクレスなどの名だたる英雄は毒で死んだのである。


今回は毒の霧、蛇ということで神経毒を疑うべきで、患者の容態から見て筋肉が収縮して硬直するタイプの毒であるらしい。


つまり毒はアセチルコリンエステラーゼ阻害とかカリウムイオンチャンネル阻害とかそこらへん。というか血清もないのに薬で解毒とか医神は一味違う。


私は丸薬を齧って成分を分析する。やだ、何これ凄い。人体の毒への抵抗性を瞬時に極大化させて、無毒化するとか流石医神。


私は長ったらしい呪文を呟き、そして魔法を編む。



「抗毒LV.5 活力LV.3 耐熱LV.3」



丸薬の効果を魔法的に再現して、毒に侵された者たち全てにかける。《海》は生命を生み出す化学反応の母体であり、《太陽》は生命力の源である。



「っ!? おおっ、身体が動くぞ!」


「お姫様、何をしたんだい?」


「治癒の魔法です」



うずくまって苦しんでいた男たちの顔色がみるみる良くなっていく。回復職って大事だよね。というわけで私は周囲で戦う英雄たちや救い出された女たちにも耐毒と耐熱の魔術をかける。



「助かる!」


「これで炎も毒も怖くないぞ!」


「ヒャッハー!」



まあ、後は魔法で女たちを守るだけだ。バリアー的な魔法陣を展開し、竜の攻撃が通らない安全地帯に女たちを囲い込む。


英雄たちは女たちを守りながら戦わなくてよくなり、毒からも解放されて縦横無尽の活躍を始める。槍の投擲が戦車砲のごとき威力を発揮し山を砕けば、神代の射手の矢は音速を超えて竜の身体を貫いた。



「やだー、アタランテったらどう考えても大砲並みの威力でてるじゃないですかー」



矢が竜の鱗を貫いた痕が赤熱しているんですが、ユゴニオ弾性限界超えてませんか?


鉄の矢じりとはいえ、そんな木製の弓で超音速を実現するとか馬鹿じゃないの? これだから未開の蛮族は困るのである。


ヘラクレスよりは人間味がある? 比較対象がダメです。近道のために山を砕くようなのは人間じゃありません。


そうして英雄たちの「汚物は消毒だ~」の時間は終わりを告げる。やだ、私ったら何もしてない。







「ということがあったのです、お父様」


「いやいや、その前に言うべきことがあるんだが。何故、お前、儂に何も言わずに勝手に王宮から出ていってたのか?」


「神託です」


「それならば儂に一言あっても良いのではないのか?」


「緊急でしたので」



そうしてアルゴナウタイは無事に竜を退治し、捕えられていた娘たちを救いだした。


感謝する騎馬民族たちはお礼に千の駿馬と馬の扱いに優れた奴隷たちをアルゴナイタイに融通し、私たちはその第一団を連れてコルキスの地に戻って来たのだ。



「…まあ、無事に戻って来てなによりだ。馬の事もおぬしの言葉ゆえ信じる事にしよう。エロース神のこともある。神々がアルゴナウタイを守護しているのも事実なのだろう。不本意だが、金羊毛はイアソンに譲らねばなるまい」



そうしてアルゴナウタイ一行は、異なる可能性の遠い未来に伝わる神話とは異なる筋書きで目的の宝物を手にした。


王女メディアと英雄イアソンの悲劇は起こらず、出航する船を美しくいつもとは違ってお淑やかな良識的な王女がにこやかに手を振って送り出す。


コルキス王国に伝えられた馬術と馬がこの国の歴史をどのように変えるのかはまだ分からない。ただ船上において美しい女狩人とその肩にとまる蒼い鳥が小さくなっていく古の王国を眺めるのみだった。



「何故、汝は帰らぬのか?」


「いや、なんていうか重荷から解き放たれたんで、パーッと旅にでも出ようかなっと」


「ふむ、どこまで行く気なのか?」


「ん~、アキハバラ!!」


「どこだそれは?」




このSSではメディアさんが世界各地の神話に武力介入します。


北欧神話などは形成時期でしょうし、インド神話の『ラーマヤナ』『マハーバーラタ』は紀元前10世紀ぐらいからの話だから、紀元前13世紀の現時点では十分に介入が可能。エジプトはダメだな、もうツタンカーメンが死んでるはず。でも中国の殷周革命が紀元前11世紀なので太公望とか妲己に会えるね!


どんな風に神話に介入しようかしらん? フレイのオッパイを揉んだり、妲己のオッパイを揉んだりやるべき事はたくさんあるはず。前1200年のカタストロフとか詳しくないんだけど、時代考証とかどうでもいいよね!




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