015
カバディ、カバディ、カバディ、カバディ
やっはろー、小宇宙のアイドル、メディアちゃんだよー。どういう形であれ、大昔にタイムスリップしたら現代知識を駆使するのがテンプレだよね!
大丈夫、君にもできるさ。無人島に漂流した連中が石油精製施設作ったりとかそういう話も聞いたことあるし。楽勝楽勝。
でも、タイムパトロールには要注意ダゾ♪ あいつら、青タヌキ以外には厳しいからな。
「うわぁ、マジで完成させやがりましたねあの親子。チート乙」
「いや、お主がやらせたんじゃろうが」
双児宮の前に設けられたシンメトリーの広場の石の台座に座り、他人事のようにぼやく私に、隣に座るペリアスが呆れた表情をする。
いや、確かに機構自体はそれほど複雑じゃないんですよねコンパウンド・ボウって。仕組みを知れば、驚くほど単純。
要するに軸を中心からずらした滑車を弓の両端につけて、そこに弦を接続すればいいだけなんですし。
金属材料を使用すれば加工も製造もそこまで困難なものではない。むしろ動物の腱を使う遊牧民族の合成弓のほうが生産コストで上になるだろう。
主に人件費的な意味で。
この時代、人間の命の価値は非常に軽いものだけど、技術を持つ者のそれとなれば話は変わる。ぶっちゃけ、文字の読み書きができるだけで変わる。
そして、弓というのは古代世界における高度な工芸品であり、その製造には驚くほどの長期間と熟練の技を要する事も少なくない。
弩の運用コストも高いとされるが、弓も合成弓になればどっこいどっこいじゃないだろうか。
導入コストとランニングコストを正確に比較したわけじゃないので、正確なところは分からないけど。
それはともかく、そんな弓を一時間もかけずに完成させてしまうのはどうかと思うんですよね。まじでこの親子ヤバいな。バーナード星目指すだけのことはある。
でもまあ、これでこの二人はクリアだろう。
完成した弓の試射が目の前で行われていて、アポロン神も興味を持っている。
状況と根回しの効果がほとんどとはいえ、12柱のうちの4柱の攻略が順調に進んだのは喜ばしい。
さあ、次に行きましょう次に―、と
「お前、おもしろいな」
「やだ、私めっちゃくちゃ興味持たれてる」
さっきまで弓を引いていた美女神が、今は私の傍まで寄ってきてガン視してくる。邪気のない瞳が逆にいたたまれない。
なんつーか、自分の心の穢れ具合が対比されて悪目立ちする感じ。
いや、猫系女子は好みなんですけどね。基本的にこの女神様、アタランテちゃんの上位互換ですし。
ただし、機嫌を損ねると呪う。兄の方にも呪われる。具体的には那須与一みたいな感じで的にされる。
いやー、見ている分には華がある双子なんですけど、関わると碌な事がなさそうなイメージですよね。
「よしっ決めた、この私がお前たちについて行ってやる」
超ドヤ顔で胸を張るアルテミス様。揺れるほどにはない。じゃなくて、そういうイレギュラーをいきなり仕込まれても困るんですマジで。
戦力として数えていいか分からないし、そもそも興味本位だろうから寝返られる可能性も否定できないし。
「お気遣いなく、貴女の手を煩わせるわけにはいきません(意訳:迷惑だから来んな)」
「遠慮はいらないぞ」
くそう、日本人的な謙虚でやんわりした断り方が通じないとか、この野蛮人が。ぶぶづけ食わすぞ。
しかし、困っているのは私だけのようで、
「アルテミス様が一緒にっ!? なんと心強い!」
あの、アタランテちゃん。目をキラキラさせないで。断りづらくなる。そういう事言うと、相手側も乗り気になっちゃいますし。その、ね?
「ああ、お前いたのかアタランテ。元気か?」
「アルテミス様の加護のおかげで壮健です」
「そーかそーか」
やだ、めっちゃ談笑し始めてますあの二人。きゃっきゃうふふ完全に意気投合ってやつですね分かります。いや、もうどうしようもなく同行決定じゃないですか。
そして、女神がほぼ確実に同行する流れになると、放っておかないのが双子のもう片割れで、
「何っ、アルテミスも行くのか!? なら俺も行かなければ!!」
ほらっ、非モテ系残念な重度シスコンイケメンが興奮しはじめたじゃないですか。無駄にハイスペックなくせに失恋率が高いことに定評のあるアポロンさんが参加表明ですよ。
止めてください迷惑です。この人どう考えてもアルテミス様より裏切る確率高いじゃないですか。
しかし、そんな私の憂慮は、
「お前はいらない」
「げふぅ…」
アルテミス様の平坦な一声でバッサリと杞憂に変わりましたとさ。
あー、そういえばこういう力関係でしたねこの双子。神話でも執着するのはアポロンで、アルテミスは基本的に塩対応ですしね。
アルテミス様の超素っ気ない塩対応にアポロン撃沈ザマァ…、じゃなくて、余計な同行者が増えなくてよかったよかった。事態がさらに悪化しないという意味で。
「千客万来だね」
「イカロスは癒し系ですね…」
「ぴぎゃ?」
うん、元男でも、イカロスならイケる。最近、そんな風に思う私がいるのです。
◆
「…何だか騒がしいわね」
天界の至宝、麗しき神の妃である女神ヘラは部屋の外が何やら騒がしい事に気づき、手元の作業を中断した。
気だるげな表情でど田舎グルジア出身の某王女兼魔女の姿をデフォルメしたような作りかけの編みぐるみ104体目を、大小の完成品たちが並ぶ棚の上に置いて立ち上がる。
「エイレイテュイア。何かあったの?」
「べ、別に特に何もないわっ。オリュンポスは平常運転よっ!」
自分と同じ色の髪をポニーテールにまとめている娘の態度があからさまにおかしいので、ヘラはエイレイテュイアに疑いの目を向けた。
「えっと、その…。あれ、あれよっ。アレス兄様とアテナ様が勝負事をしてるの!」
「ふうん。アレスとアテナが…ね」
出来の悪い息子と、自分の生んだ子ではない出来のいい娘。
当然、ヘラとしてはアテナ憎しアレス可愛いで、今まではアレスを必死で応援してきたのだが、今は何故か感情が動かない。
そんな自分に戸惑い、内省し、そしてアレスへの愛情が失せたわけではなく、アテナへの敵意が霧散したことに原因を突き止めると、本格的に拙いことになっているとため息をつく。
大問題だ。あれほど執着していた夫ゼウスへの感情が、まるで霞のように消え去っている。貞節を司る彼女の自己同一性の危機である。
まあ、編みぐるみを大量生産している時点で崩壊は目に見えているのだけど。
ともかく、ヘラは理性にて邪悪な思考を抑え込むと、エイレイテュイアの下手なウソをどうしたものかと考え、
「なら、見学に行こうかしら」
「だだだ、ダメよっ!」
おや、エイレイテュイアはどうしてか母親が部屋の外に出ることを阻もうとしているようです。
ヘラが疑惑の目を娘に向けると、エイレイテュイアは作り笑いを顔に貼り付けながら、ダラダラと冷や汗を流し始めた。
ポンコツである。
どうせ自分を部屋から出さないように命令でも受けているのだろう。説得するのも面倒なので押しとおる事にする。
「どきなさい」
「だめです!」
ヘラは娘の脇をすり抜けようとするが、エイレイテュイアはさっと腕を伸ばしてこれを阻もうとする。ヘラが手でそれをどけようとすれば、今度は体を入れて壁になろうとする。
「どきなさいっ」
「だめです」
「しつこい!」
「聞き分けてくださいお母様!」
エイレイテュイアの意志は固く、どうしてもヘラを部屋から出さないご様子。ヘラは腰を少し落とし、構えるようにしてエイレイテュイアの隙を探り始めた。
エイレイテュイアもまた母親と同じように腰を少し落とし、その動向を注意深く観察し始める。一触即発、異様な気迫が、オーラ的な雰囲気が彼女たちを覆う。
そして、どういうわけか、その意味不明な言葉がヘラの口から漏れた。
「カバディ」
「!?」
◆
私たちは母子だ。神という器にあるとはいえ、その絆の深さは人間たちのそれとどれほども違わない。
しかし、立場、地位、肩書、あるいは財といったものがそういった家族の絆を歪めてしまうことがある。
「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ…」
愛している。私は今でも、これからも娘を愛しているし、愛し続けるだろう。間違いばかりを犯してしまう私たちだけれども、それだけは断言できる。
それでも、それでも私は今、この場にこの部屋に留まり続けるわけにはいかない。すべての顛末を見届ける必要があるのだ。
「カバディ、カバディ、カバディ、カバディ…」
分かってほしいとは言わない。許してとも言わない。それでもっ!
張りつめた緊張の糸が切れた。たじろぐエイレイテュイアの隙を私は見逃しはしなかった。勝負は一瞬で決まる。
「カバディッ!!」
「しまっ!?」
その時、私の手が、エイレイテュイアの腕をつかみ、その姿勢を崩した。
◆
まあ、その、いろいろあって双児宮クリア。
パッカパッカと蹄の軽快な音を響かせて、神馬アリオンの背の上で揺られながら次の関門、巨蟹宮を目指します。
なお、超マイペースなアルテミス様には適当に餌付け…ではなく、お菓子などを奉納しつつ、私の後ろで「もっきゅもっきゅ」させています。
「メディア、この《ちょこれいと》というのは美味いな」
「もう1個食べます?」
「食べりゅ」
つか、このタイミングでカカオ豆を投入する羽目になるとは思わなかったし。
アフロディーテあたりを釣る手段になると思ってたけど、目ざとく発見されてしまった。野生児は侮れない。
まあ、美少女がチョコパイを「もっきゅもっきゅ」しているのは和むので、このままでいいかな…なんて思っていますけどね。
それはともかく、巨蟹宮。ヘラクレスに踏まれただけの蟹が星座に昇格したという逸話に基づく黄道十二星座の一つだ。
なお、攻撃的テレポーティションとは何の関係もないので、そこのところよろしく。そういえば、ファミコン版でそいつ倒せたことなかったんですよね…。
それはともかく、
「あのー、誰かいませんかねぇ?」
「返事がないな、私が斥候してこようか?」
「ん、じゃあ、お願いしますねアタランテ」
何の障害もなくたどり着いたのはだけど、今までと違って何のアクションも起こらない。自己顕示欲の塊のような神々が守りについているはずなのに。
12神のうちアポロン様とアルテミス様が同時出現したので、空なのかなとも思ったが、よく視れば神殿の中から確かに強大な神の気配を感じる。
しばらく待っていると、アタランテちゃんが帰ってきたのだけど、表情は釈然としない感じだ。
「神殿の中には兵士も罠も無かった。ただ、中央の部屋だけには気配を感じたが…、害意だけは感じなかったな」
「だけは?」
「行けばわかる…」
とのこと。というわけで、私たちは神殿の中に足を踏み入れる。
その最奥、扉に閉ざされた部屋の前。部屋から漂う異様な雰囲気に私たちは躊躇…といえばいいのか、そんな感情というか印象をかきたてられた。
「これは……確かに害意はないですが……、なんと禍々しい……」
「俺が開けよう」
ここで率先して先頭に立つヘラクレスさん。超かっこいい。メイン盾来た!これで勝つる!
そして、ヘラクレスさんはゆっくりと、慎重にその扉に手をかけ、開いてゆき……
「ハァハァハァ、デュフフ、アテナたんはかわいいなぁ。太ももhshs」
部屋の奥に、いい歳した小太りの中年の男が、美少女フィギュアに頬ずりしている姿が見えた。
ヘラクレスさんは扉をそっと閉じた。
「………」
ヘラクレスさんは酷くやる気を削がれたようで、頭を横に振ると、その場から離れていってしまった。
あ、付き合いきれないって事ですね。はい、しばらく外で休んでいてください。
「で、今の誰?」
「あれは、ヘパイストスだな」
私の当然の疑問に答えてくれたのはアルテミス様でした。女神様さっすがー。それはともかく、マジっすか? 問い返すも、女神様の返事は変わらない。
「なるほど、あのキモオ…ではなく、あの匠が音に聞こえしヘパイストス様ですか」
眩暈がした。オリュンポスって、想像していた以上にヤバい場所なのかもしれない。
「さて、気を取り直して次に行きましょうか」
次行こう次。あれ、無害っぽいし、放っておいてもいいよね。害意とか敵意とかなかったし。漂ってくるのはイカ臭い瘴気だけだし。
「ん、アイツの許可ないと先には進めないぞ」
私の気を取り直すための言葉に無慈悲な鉄槌を下すアルテミス様。マジかよ。あれと話すのかよ。生前のニワカだった私でもレベル高い仕事ですよそれ。
「あの方が炎と鍛冶の神、ヘパイストス様であるか。なかなか個性的のようであるが」
「個性的ってレベルじゃねぇですけどねダイダロス」
この世界にああいう人種はまだ存在していないはずだから、個性的で済まされるのだろうけれど、前世持ちの私には痛すぎる。あのテンプレ度合がヤバい。
フィギュアに頬ずりとか、アニメの世界だけだと思ってた時期が私にもありました。
「ヘパイストス神は人形を愛しているのか? キプロス王ピュグマリオンの話のようではあるが」
「あ、ギリシア世界では標準でしたね。流石は世界最先端」
アタランテちゃんの言葉のおかげで我を取り戻す。そうだ、フィギュアを愛して何が悪い。そんなのギリシア人が紀元前に通った道ではないか。
キモオタの起源はギリシアにあり。もう何も怖くない。あいつら普通に魔改造で裸のフィギュア作りまくってたしな。
フィギュアのスカートを下から覗くだけが限界だった前世の私では、そのような業に何か意見するなどおこがましいにも程がある。
「というわけで、ヘパイストス様の芸術に理解を示してここを踏破しましょう!」
「おー」
そうして私は再び魔窟に続く扉を開け放つ。イカのスメル漂う個室の奥の主が、扉が開くきしむ音に反応してこちらに視線を向けた。
しばし対峙する。
そして、私が声をかけようとしたその時、
「処女の匂いキタこれ!!」
「ひうっ」
ヘパイストス神の喜色満面な叫びを聞いて、私はそっと扉を閉めた。
拝啓、親愛なる姉上。暑さがひときわ身にしみる今日このごろですが、ご機嫌いかがでしょうか。私は心が折れそうです。
「帰りたい。あの頃に帰りたい」
「し、しっかりするんじゃメディア」
軽く現実逃避し始める私の肩を揺らして無理やり現実に戻そうとする幼女ペリアス。くそっ、自分は矢面に立たなくていいからって好き勝手しやがって。
「じゃあペリアスお前行けよ。私は嫌ですよっ」
「ワシもお断りじゃ! お主が始めた事じゃろう!!」
「はぁっ!? 愛玩動物が主人に逆らってるんじゃなぇですよ!」
「誰がラブリーな子猫ちゃんじゃぁっ!?」
そしてしばらく醜い言い争い。(尺の都合でカット)
さて、予想以上の難敵の登場に私たちは混乱し始める。どうすべきか円陣を組んで相談していると、唐突に問題の扉が内から勢いよく開かれた。
「入ってこないのかおっ!?」
どうすんだよ、中身が出てきちゃいましたよ。
豊かさを象徴するくびれのないお腹、男らしさを象徴するスネ毛とか胸毛。脂ぎった肌は神々しくテカり、後退した額は眩い光輝を放っている。
「これが…神」
認められないわぁ。
いや、確かに醜い容姿だってのは聞いてましたけどね。これは流石に斜め上です。あの貞淑さに定評のある女神ヘラが捨て子したというエピソードもあながち…。
まあ、待て早まるな私。容姿の醜さとか性格のアレさとかと才能能力が相関しないことに定評のある古代ギリシアだぞ。
例えば偉大なる哲学者ソクラテスは見た目は醜く、しかも性格はしつこくて陰湿で面倒くさかったけれども、後世では比類ない偉人として記憶されているではないか。
「おほぉっ、こんなに可愛い子が大量にっ。ギリシア始まったな。フヒヒ……」
い、偉大…? 偉大とはいったい…うごごご!!
とりあえず、相手は神である。一応。なので、外交モードでまずはコミュニケーション。秘技、スマイル0円!
「お初にお目にかかりますヘパイストス様、私はコルキスの王女メディア。よろしくお願いいたします」
「えっ、あ、ひゃい、よよよろしゅくお願いちましゅ」
「(今、噛んだなコイツ)」
「噛んだの」
「セリフ、噛んだ」
「ああ、間違いなく噛んだのである」
ヘパイストスと握手する。じめっとした。つーか、このヒト、セリフ噛んで滅茶苦茶顔赤くしてますね。うわぁ、汗ダラダラじゃねぇか。きめぇ。
思わず蔑んだ目で罵倒してしまう。
「……ゴミクズですね」
「ありがとうございます!」
「「「「「…うわぁ」」」」」
罵倒に即座に歓喜の表情で感謝を返すその反応。ああ、そういえば、私、外面に関しては美少女で、一応ですが処女でしたね。
おい、今、私の事を童貞とか言ったやつ、後で校舎裏な。
さて、目の前の鍛冶の神ヘパイストス様、さっきから独り言ばかりでキモイものの、彼が通しても良いと思わない限りは先に進めないので、どうにかしなければならない。
「おふぉ、可愛い女の子がこんなに…。しかもアルテミスたんまで……。やっぱ、女の子は処女じゃないと。正直ビッチは萎えるしな……」
「さて、ヘパイストス様。私たちは故あってこの先へ、主神ゼウス様の下へと行かねばなりません」
0円スマイル維持。笑顔と愛嬌は女の武器です。涙は切り札な。
「そ、それは困う…、困る。お、おお俺はこのしし神殿の守りを父ゼウしゅ…ゼウスより任ひゃれてひるのりゃっ」
「噛みすぎだろうお前」
アルテミスさんツッコミありがとうございます。
それはそうとして、この部屋の中、スゴイことになってますね。
「あ、これ凄く上手くできてますね…」
「そそそ、そうだろっ。これはギガントマキアの時のアテナたんの活躍をだなっ。おいっ、アレを持ってこい!」
かるく部屋の中のフィギュアを指さして不用意な一言をしゃべってしまう。すると、突然キモオ…ヘパイストス神がキラキラした瞳と溌剌とした声で説明を開始した。
あー、うん、ウスウス気づいていましたが、そういうキャラですか。
そして、ヘパイストス神の声に応える者が部屋の奥から現れる。
「ピピ…ガ…ピ……、イエス…、マスタァ……」
「え……、ええっ!?」
私は驚き思わず声を上げる。
何故なら、部屋の奥から現れたのは、黄金で製作された美少女を模したロボットなのだから。
◇
炎と鍛冶の神ヘパイストスは、ギリシア神話における代表的な技術神だ。神話上必要になったギミックのほとんどが彼の作と言っていいほどに。
パンドラの箱で有名な人類最初の女性パンドラを制作したのも彼と言われているが、さてこの世界ではどうなっているのやら。
まあ、パンドラにまつわる現代まで伝わる神話の著者が、あの極度の女嫌いで定評のあるヘシオドスですしね。
アフロディーテが微妙な生まれ方をしたという逸話があるけど、あれもヘシオドスの著書ですし。あの男は必ず殺すリスト筆頭ですよ。
まあ、それはともかくヘパイストスの製作者としての権能は、神だけあって文字通り神がかったレベルにある。
その製作物の一つにこういうものがある。
かつてゼウスの怒りに触れ天より叩き落されたヘパイストスは、大怪我を負い、満足に歩くことが出来なくなった。
困った彼は、とりあえず自律思考能力を有し、人間と変わらない精度で手足を動かし彼を介護する黄金で出来た侍女を制作しました。めでたしめでたし。
あ、ツッコミは各自で行ってくださいね。
◆
「すごいですねっ、これ、完全自律ですかっ!?」
「そ、そうだお」
「すごいなぁ…、かっこいいなぁ……」
おっす、オラ、ヘパイストス。オリュンポスで神の1柱してるんだ。
目の前の美少女はコルキスの姫君メディアたん。当然処女←コレ重要。彼女は俺の作った黄金の侍女にものすごく興味を持ってくれて、どんどんと俺に質問をぶつけてくる。
正直、今までこんな女の子に出会ったことは無かった。
いままで知り合った女たちは、俺の醜い容姿を遠巻きに見ては蔑んだり、憐れんだり、そんなのばかり。
母親なんか生まれたとたんに俺の事捨てるわ、嫁になったはずのビッチはすぐに浮気するわで、クズいのばかりだった。
「まあ、だからって女神アテナにぶっかけたのはどうかと思いますがね」
「辛抱たまらんかった。反省している」
殆どの女たちは俺の作ったものでも、華美なものや見た目だけ美しいものにしか興味を持たない。
興味を持って、それが欲しいとなると急に媚び出すが、モノが手に入ればすぐにイケメンどもの下に逃げ帰ってしまう。
そして、俺が本当の意味で自信作と思えるものには一切興味を示しはしなかった。
だけど、彼女は違うようだ。あのビッチがキモイの一言で切って捨てた黄金の侍女の自律思考や工作精度に目を輝かせて俺を賞賛する。
他の俺の作品にも、俺自身が考えもしない視点で評価したりして、説明するのが楽しくなる。
「でも、この黄金の侍女、可動部が丸見えだと、せっかく女性型でも機械機械してとっつきにくいですね。なんというか、もったいない」
「や、柔らかくて、し、伸縮性のある素材があればっ、別なんだけれど」
「ふむ、ならコレなんかどうです?」
そうして話し込んでいると、ふと彼女が乳白色の子供の頭ほどの大きさの球を差し出してきた。
見たこともない素材。触るとブヨブヨ柔らかく、そして皮や肉とも違う素晴らしい弾性がそこにはあった。
これは、いったい何なのだろう。不思議な素材だが、この大きさの球体に加工できるということは、もっと様々な形状にも加工できるということだろう。
「これは…?」
「ゴムです。とある植物の樹脂を酸で凝固させたものですね。硫黄を添加して加熱すると硬度が変化します」
彼女がゴムの説明をしだす。弾性があり水を通さない素材。様々な形状への加工性。それは、あらゆる分野への応用が期待できた。
しかし、そんな植物の樹脂など聞いたこともない。いったい、どんな植物の樹脂なのか。
彼女は大釜をどこからともなくとりだし、その中にゴムを放り込んだ。そして、この俺に断りを入れると、黄金製の侍女を大釜の中に浸からせる。
すると、黄金製の侍女の表面をゴムの皮膜で覆い、まるで皮膚のようになって包み込んだ。
「やっぱり、シリコンのほうがいいんですかね…。ちょっと違うな…」
それはいかなる感情だろう。感動、親愛、敬愛。
目の前で試行錯誤を繰り返して、何か新しいものを作ろうとするその姿勢は、まさに俺自身の写し絵だった。
彼女とならば、きっと楽しい毎日が過ごせるに違いない。
それは、まさしく恋心だった。そして、欲望が心の奥にくすぶり始める。くすぶり、そして火が付く。もう止めようがなかった。
父ゼウスはこの素晴らしい女性を無理やり手籠めにしようとしているらしい。許せない。この俺が救い出さなければならない。
この子を、この姫君を奪い取って、この俺のモノにすることが正義というモノだろう。
彼女を攫い、遠くへ行こう。この俺の技術があれば、彼女がいてくれれば何だってできるはず。
そして、ゆっくりと彼女の背中に近づき、そして彼女の華奢な肩に手を伸ばして……
「ぴぎゃ?」
「ん?」
いつの間にか、彼女の頭の上に居座っていた蜥蜴?と目が合った。
「へ?」
「びーぎゃっ!」
つぶらな蜥蜴の瞳。そして、最後にみたものは、蜥蜴の尻尾がブレた瞬間。
「あじすあべばっ!?」
256HIT!!
◆
「おやっ?」
ふと、背後からどこぞのアフリカ国家の首都の名前が叫ばれたような気がして振り向きましたが、そこには蜥蜴がいるだけでした。
「今、何か声がした気がするんですけど、お前、知りません?」
「ぴーーぎゃぁ?」
首を振る蜥蜴。ふむ、奥に何もなかったようですね。そういえば、ヘパイストス神はどこに行ったのでしょう。
見回しても姿が見えません。
部屋の扉の近くに陣取るギャラリーの皆さんが唖然とした表情で大きな口を開け、震えながら指をこちらに指してくる以外は、特に異常はなさそうです。
指?
皆さんの指の指し示す延長線の先は、厳密には少し上の方に向いているようですね。そしてそれが、ゆっくりと下に降りていっているようです。
そして、背後で水に何かが飛び込んだような、ぼっしゃーんっ!!っていう感じの音が―
「え?」
大釜に振り向く。明らかに、何かが突入したせいで飛沫が飛び散った状態。
どこにもいないヘパイストス神。
+
女性型ロボットが投入された大釜。
+
太陽神系列由来の魔女の釜
↓
????????
「あっ、やっべ」
注意一秒怪我一生。
夏風邪ひいてました。みなさん、健康管理には気を付けて。決して、魔女の大釜などには飛び込まないように。




