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013

H27.5.23 プロット上の大きな変更がありました。いや、まあ、結末事態に変更はないのですが、順序を入れ替えただけというか。

グーテンモルゲン! みんなー、おひさーっ! 神話時代のアイドルメディアちゃんだよー! 挨拶がドイツ語なのはただの気分だよぉ!


それはさておき、帰ってきました古代ギリシア。


飛空艇なら1日か2日で到着です。…そこ、現代のジェット機と比べない。こんなんで遷音速なんて出せませんから。


一応、乗り心地に関して言えば旅客機よりも上ですが。


大きなリビングルームなんて、普通の飛行機では用意できない。ガス浮上式の飛行船なら可能であるが。



「しかし、世界の広さには感嘆したのである」


「あの滝、すごかった」



《物言う木》によるオートパイロットがあるので、完全無人航行が可能というのも最大の特徴である。


チューリングテストを軽くクリアするような人工知能を簡単に作成できる神話世界ってすげぇ。


私なんか自分でAI組む気には絶対ならない。そこいらの雑霊とか水子の霊とかひっぱって来た方が楽だし。


つまりあれである。完全自律型の無人兵器をうたった最新兵器をバラしたら、中から人間の脳が出てきたとかそういうホラー。


勘のいいガキは嫌いだよ。



「ぴーぎゃ、ぴーぎゃ」


「メディアっ、メディア! コヤツをはやく何とかしてくれ!! ひぃっ!? ケチャップをかけようとするでない!!」



おや、幼女が蜥蜴と戯れていますね。こんなにも打ち解けて仲良くなって…、お姉さんは感極まってしまいそうです。


とはいえ、非常食の味見はそこまでにしておきましょうねー。あと、ケチャップを生きた幼女にかけるのも止めないさい。



「あー、もう、こんなに汚して。メッですよ!」


「ぴぎゃ?」



決戦前夜。皆、思い思いに過ごしている。ヘラクレスさんは御瞑想にお入りになったようだ。真面目モードに切り替わられたようである。


いつものように「心の友よっ」とかお叫びなられながら私にハグという名の圧搾(10万馬力)をなされないので、相当の念の入れようだろう。


オリュンポス終わったな。


もう一人の幼女、メソアメリカで拾ったイシュキックたんはというと、現在、ヘカテー様の巫女となるため修行に入っている。


ようし、先輩として手取り足取り指導しなきゃ(使命感)。


意気揚々と、イシュキックに与えた個室に近づくと、声が聞こえてきた。嫌な予感がする。私は静かに部屋の扉を開き、中を覗き込んだ。



「アエイウエオアオっ!」


『もっとお腹から声を出すようにしなさいイシュキック。でなければ、よいビブラートやこぶしは歌えません。肺活量も高めないと…』


「はい、ヘカテー様」


『さあ、もう一度っ』


「アエイウエオアオっ!」



わけがわからないよ。


なぜ演歌歌手を養成しようとしているのか。つーか、マイクとか音響装置とかガチで揃えてやがる。


私は手遅れだと首を横に振り、ヘカテー様によるお歌のレッスンスタジオと化した部屋の扉をそっと閉じた。





「ふっ、ようやく来たようだな」


「はい。一度は西の果てを越え消息を見失いましたが…」


「いまさら我から逃げはせんよ」



神々の住まうオリュンポス山、縞瑪瑙で造られた見事な大神殿、その玉座の間にて主神ゼウスは不敵に笑う。


傍に侍る銀色の髪の青年はゼウスの忠実なる息子ヘルメスである。ギリシア世界随一のトリックスターである彼だが、オリュンポスへの貢献度はかなり高い。



「何やら色々と準備をしていたようです。ヘラクレスを連れているようですし、本当にオリュンポスに入れても良かったので?」


「可愛いものではないか。抵抗されてこそ燃えるというものだ」



ゼウスはそう語って笑う。ヘルメスは父親に合わせて笑いながら、内心コイツいっぺん死ねばいいのに思った。


基本的に上手く世渡りして、ゼウスからも覚えめでたい彼であるが、たびたび問題を起こす父親については思うところがあるのである。


とはいえ、ゼウスは現実として強力な権能の持ち主であるギリシア世界最強であるので、わざわざ逆らってまで得るものは無く、こうして従っているわけである。



「しかし、今回の件では叔父上たちや兄上も良い顔をしてはおりません」


「ふむ、忌々しい限りではあるが仕方あるまい。アレスとお前がいれば露払いくらいは出来よう」



異母兄のアポロンなどはあまりゼウスに対する忠誠が高くなく、相手側の調略によって妹のアルテミスともども、今回の件では協力を得られないだろう。


叔父上たる海神ポセイドンについては、同じく海洋の神オケアノスの抗議を受けており、あまり乗り気ではない。形だけの協力となるはずだ。


ヘパイストスとアフロディーテについては正直どこまで協力を得られるか全く予測がつかない。


というか、あの二人は直接的な戦闘については不得手なので、数に含めるわけにはいかない。


そういう意味では女神デメテルと女神ヘスティアも数に含めるわけにはいかないだろう。


そして、女神ヘラ様は敵対を封じられており、彼女も戦力として当てにできない。


あれ? このままだと、まともに動くのってゼウスと俺を除いて筋肉バカ(アレス)とアテナぐらいじゃね?




「我が偉大なる父ゼウスよ。神妃ヘラ様の件なのですがっ」



「ああ、アレか。最近めっきり可愛らしくなっておってな。はっはっは、ああいうアレも悪くない。いや、むしろ良い」


「いえ、その、元に戻さなくて良いので?」


「必要ない。良いではないか。このままなら、メディアとアレを一緒にだな…」



グフフフとアレな感じで含み笑いする最低主神。なるほど、これで女神ヘラ様も完全に戦力外か…。


い、いや、落ち着けヘルメス。頑張れヘルメス。筋肉バカは役に立つかどうかわからないが、アテナは間違いなく強い。


大丈夫。防御側に回った女神アテナの硬さは異常。


それに、本気になったゼウス、スーパーゼウスに敵う相手などあんまりいないので、そもそも負けはない。


まあ、負けたとして自分に何か不利益があるわけでもなし。ぶっちゃけ、どうでもいいわなコレ。



「それでは、私はメディア姫を迎えに行ってまいりますので」



ヘルメスは言い訳が建つ程度、言われた仕事だけでもこなすことを決めた。







『さて、メディアよ。ここからは私の力も殆ど及びません。通信も途切れ途切れになるでしょう。覚悟はいいですか』


「覚悟できる余地があるだけまだヌルいですよ」


「ぴぎゃぴ」



オリュンポス山の麓、アルゴー船を着陸させて神々の住まいを見上げる。


マケドニア(現在のギリシャ北東部)とテッサリアの境に聳え立つこの霊峰は、全高2900mにもなるギリシア最高峰だ。


山頂に雪を頂き霧に霞む幽玄たる佇まいからは、神聖にして不可侵の荘厳さといった印象を見る者に与える。まあ、神様住んでるしね。


もちろん、現世より光学的な手段で視えるこの山の姿は、オリュンポスの一側面に過ぎない。


ただの人間がどれだけ山を登ろうとも、そこに神の家は無く、ただ雄大な自然に圧倒されるだけに終わる。


神様に会うには異なる位相を観測する視点を得る必要がある。


視点と言っても、眼球の中にスーパーカミオカンデ的なのが入っているというわけではない。形而上的な意味における視点だ。


仏教における六道とかそういうのに似ているのかもしれない。


それはもうクオリアとかそういうレベルの話ではなく、形而上的な意味での異界であり、ぶっちゃけ凡人が行こうと思って行ける場所ではない。


地獄に落ちた人間は地獄を観測しているのであって、地獄という別の場所に物理的な意味で飛ばされているわけではない。


なお、臨死体験に伴って切り替わることが多い。そんな感じで妖精郷とか竜宮城とかに迷い込む、幸運なのか不運なのか分からない人間もたまにいる模様。



『仏教のあれは境地のことでは?』


「細けぇことはいいんですよ! 人間、見えるものが全てなんですから」



観測できないものには干渉できない。なら、光学的にも物理的にも観測可能な世界が切り替わったら、それはもう異世界にいるのと同じことだ。


超対称性とかダークマター的な意味で理解しても可。



「つまり、タルタロス(奈落)を直に見ることは不可能?」


「今の貴方は視点が切り替わってるので《視える》んじゃないですかね、イカロス」



オケアノスおじい様のお屋敷は異界なので、今さらというのもあるが。海の底にお屋敷なんて立つわけがないのだから。


まあ色々と前口上が長かったですが、言いたいことは一つ。目の前のオリュンポス山が、キリマンジャロってレベルじゃねえぞ的な円錐状の巨大な山にしか見えない。


独立峰じゃなくて山脈の一部ですよね、オリュンポスって。ここは火星か何かでしょうか?



「成層火山にしか見えねえ形状ですね。分かりやすい自己顕示欲です」


「成層火山?」


「火山には種類があります。火口の数とか吹き出す溶岩の粘りの違いとかで、どういう形状の火山になるかが変わるわけですね」



イカロスにちょっとした地学の講義をする。風化とかを加味すれば厳密な分類にはならないけれど。


ダイダロス・イカロス親子の無垢な尊敬の視線とかアタランテちゃんの感心したような表情とかが罪悪感となって胸を抉る。いや、でも、答えなきゃだし。



「メディアの知識はやはり女神ヘカテーから授けられたものなのか?」


「いえ、そういうわけじゃ……」


「ん? では何処で?」



そしてアタランテちゃんの素朴な疑問に対するリアクションの選択間違い。あ、ヤベ。なんて答えよう。



「ま、魔法的な理由ですよっ!」


「そうなのか? そういう事もあるのか?」


「こやつの発言は微妙に信用ならんからのう」


「しかし、自然哲学の知識については多くが再現できたのである」


「運動に関する実験。面白かった」


「流石だな心の友よ」



ごにょごにょと私への疑念を話し合うギャラリーども。やだ、私ってそんなに信用ないだろうか。こんなにも真面目で誠実で思慮深くて首尾一貫してるのに。


ちなみに、「運動」に関して古代ギリシア人の自然哲学はいい感じに間違っていたりするので、落下に関する実験を見せると目を覚ましてくれる。


偉い学者さんたちが揃いも揃って重い物の方が軽い物よりも速く落ちるって思ってますからね。


だいたいアリストテレスのせい。


あと、慣性に関する考察とか、古代ギリシア人は多くの面白仮説を提唱していたりするので、逆に面白い。


物体を放り投げると、物体の後方には真空が生じようとするじゃろ? じゃから、それを防ごうと空気が押し寄せて物体を押すから物体は飛ぶんじゃ! とかな。


これも、だいたいアリストテレスのせい。…あの哲学者、本当に頭良かったんですよね?


まあ、それだけ彼の理論には後世の未開人どもを納得させるだけの説得力があったという事なのでしょう。




さて、雪を頂く超時空要塞オリュンポスであるが、その山道の途中にはいくつもの、多分12個ほどの神殿が作られているのが見える。


もちろん、山道の入り口にもその一つ、壮麗な神殿がそびえていた。どっちかっていうと、新古典主義的な?


昔、生前にテレビでよく見た、パルテノン神殿とかそういう外側に白亜の柱を列したああいうのである。


もちろんそれらは、休憩所とか宗教施設というわけではない。あれは一種の要塞であり結界であり、ルールでもある。


頂上のゼウスが住まう神殿に赴こうとする者は、いかなる理由があろうともこの12の神殿を無視して進むことは能わない。


……あれ? これってどっかで見たような設定ですね。どこだったか……。アテナ…、ペガサス…、教皇…。


ああっ、あれですね。エイプリルフール企画のゴールドヒロインの座をかけた戦い。間違いないです。



「まさか、この自分たちが神々の山に挑むことになるとは、人生は分からないものである」


「…父上、私は女の子になった時点であきらめた」


「……そうであるな」



あきらめたような表情の、青い髪の羽根つきさん。


いやー、本当に人生って分からないものですねー。魔女メディアに転生するはめになったり、ゼウスと戦うはめになったり。いやぁ、世の中分からないものだなぁ。



『二人を女体化させた全ての原因が何を吐いてやがりますかね』


「あれは不幸な事故でした。大変不幸な事故でした」



きっと、意地の悪い運命の悪戯でしょう。責任は最高神にあります。おのれゼウス、絶対に許さないぞ!


いえ、根拠のない話じゃないんです。あいつ、運命の3女神の父親ですし。


とはいえ、この二人、神々の山に挑む割には、感慨深そうな様子はあっても気負いはなさそうだ。


蝋の翼で空に挑んだだけのことはある。まあ、後ろに控えている大英雄さんの存在が異様な安心感をもたらしているせいでもあるのだが。



「ぴぃぎゃぁ」


「ああ、お前もですけどね」



ヘラクレスさんに視線をやりながら、頭の上に乗っかっている蜥蜴の頭をなでる。一応、親認定されているらしく、蜥蜴は気持ちよさそうに頭をなでられるままにしている。



「さて、大英雄ヘラクレスよ。今までの働きにより無事にこの仔を世に生み出すことが出来ました。感謝に堪えません」


「友よ水臭いことを言うんじゃない。ここからが本番ではないか」


「しかし、貴方の目的は女神ヘラへの直談判です」



目的が違う。とはいえ、彼が同時に女神ヘラに対する侵攻を行えば、神々はそれを無視することができない。


結果として強烈な陽動としてオリュンポスの戦力を二分するだろう。


各個撃破の危険性? やだなあ。ヘラクレスさんが各個撃破されるタマに見えるとでも? 包囲してきた敵が吹き飛ぶシーンしか思い浮かばないわぁ。



「ふっ、それこそ水臭いというものだメディア姫よ。ゼウスの下までは俺が責任をもって送り届けてやろう。神々に試練を課すというのも、また面白いからな」


「神様を試すというのも、不遜な話ですがね」


「たまには試さねば、あれは増長し腐る類のものだ。気にすることもあるまい」



信仰は試されなければならない。試されたうえで教義を変遷させなければ、廃れるだけだからだ。


キリスト教や仏教が救済に至る道を簡略化したことで飛躍したように。



「頼りにしています」


「任せられた」



やだ、安心感が半端ない。これは勝った。と、ここで、



「の、のう…メディアよ」



くいくいと私の服の裾を引っ張る不安げな表情の幼女。ああ、そういえば、そういうのもいましたね。


なんでイシュキックと一緒に留守番していなかったんでしょうか?



「その、ところで、その、ワシも行かなければいかんのかのう?」


「そう言えば、役に立たない幼女がなんで一緒に登ろうとしてるんですかねぇ?」


「そうじゃろっ? ワシ、帰っていい?」


「いえ、貴女には重要な役割があります」


「え?」



幼女の肩を掴んで真っ直ぐと視線を合わせる。幼女ペリアスは気恥ずかしくなったようで、視線を逸らしたものの、まんざらでもなさそうな表情になっている。



「ワ、ワシにも役割があると?」


「ええ、無事に果たせれば貴女の罪は解かれ、自由の身になることでしょう」



なお、男に戻れるとは決して言わない。



「ど、どのような役割じゃ!? ワシ、なんだかわくわくしてきたぞ」



それはともかく、精神的には十分なジジィにもかかわらずペリアスの瞳に力が宿る。ガラにもないな。


私が不思議そうにするとペリアスは答える。



「どちらにせよ、神話に語り継がれる戦いになるのじゃろう? これで血が滾らないものなどあろうか」


「なるほど、男の子ですねぇ」



卑怯でセコくて今は幼女でも、その魂の根幹には男子的なものが宿っているのだろう。少しだけ感心する。


囮に使って、相手が「この幼女を助けたければ!」的な人質アクションを取ったところで幼女ごと重爆してやろとか考えていたけど、ちょっと見直した。



「して、ワシの役割とは?」


「貴女はオリュンポス12神における次席とも言うべき海神ポセイドンの子です。そこで、これを貴女に託します」



私はそう言いつつペリアスに大きな翠緑の石を手渡した。幼女の手には両手大の巨大なもので、深く高貴な緑色にペリアスは目を見開く。



「こ、これはっ?」


「翡翠という宝石です。海神ポセイドンは女神デメテルに夢中で、いつも彼女の気を惹こうと空回りしています。そこで、この翡翠をポセイドンに渡し、取引を行ってください。土壇場でこちらにつくようにと」



女神であっても女は女。ステータスはライバルの女たちが持っていない美しい宝飾品だ。そして、この時代において翡翠はアジアの限られた地域でしか産出しない、極めて珍しい宝石である。


そして、その中でもインペリアル・ジェイドなんて呼ばれるようなモノに至っては極一部となる。そんな希少な宝石がギリシア世界に流れているはずもない。


だが、メソアメリカ地域においては事情は全く別となる。翡翠と言えばメソアメリカ。翡翠の面などの遺跡からの出土品を考えれば、その豊富さは伺える。



「それに、気に入られたら星座の話も考え直してもらえるかもやで」


「おお…っ、感謝するメディア姫よ!」



翡翠を手に小踊りしだす幼女。あ、うん、まあその、頑張って。ちょっと無茶言ったような気もしますけど。


なんていう風に幼女の相手をした後、アタランテの様子が気になって視線を送る。そびえる神の山を遠い視線でみつめるアタランテがそこにいた。


私の視線に気が付いたのか、だれに語るわけでもなくアタランテが静かに呟く。



「オリュンポスということは、女神アルテミス様もおられるのか」


「どこまでこの件に関わる気でおられるかは分かりませんがね。心配ですか、アタランテ」


「ああ。信仰する神に弓引こうとするのだから当然だ」



月の狩猟の女神アルテミス。処女神ながら妊婦の守護者だったりと、複雑な属性をもっているこの女神をアタランテちゃんはどの神よりも信仰している。


そもそも野に捨てられた彼女を拾い育てたクマーを遣わしたのも女神アルテミスである。命を救い、養育役まで手配した女神を信仰しないなどありえなかったのだろう。



「戦闘にならないように根回しはしていますが、もしもの時は…」


「よもや、今さら帰れとでも言うのか?」



もしもの時は。そんなことを言おうとした私を手で制して、アタランテちゃんは不敵に笑った。イケメン過ぎてちょっと頬が熱くなってしまう。


やだ、抱いてっ。


私はコホンと咳払いを一つ。



「いいえ。あの頂まで、私と一緒に走り切ってくれますか?」


「当たり前だ」



いい友達になれたなと、ふと笑みを浮かべてしまう。そしてハイタッチ。私たちの戦いはこれからだ!



「最後まで、ご迷惑をおかけします」


「気にするなメディア。お前のおかげで一狩人には到底もったいないほどの見識を広めることができたからな。感謝するべきは吾の方だ」



野生児の何の飾りもない笑みではあるが、むしろそれが安心できる。いろいろやらかし過ぎた私には出来ないものだった。


なら、彼女の期待に面白おかしく応えてみせようじゃないか。


私は皆を見回す。皆が頷いてくれる。大変よろしい。



「では、皆さん、始めましょうか」



前方を睨む。そびえる最初の神殿は白羊宮。占星術の牡羊座の象徴が中央のレリーフに刻まれた白亜の神殿である。あ、ネズミじゃないんですね。


そして、私は呼吸を整えると、眼前の虚空に声を発した。



「というわけでヘルメス様、案内をお願いいただけますか?」


「気づいていたのかい?」



山道の入り口、最初の関門たる神殿の前。そこに唐突に銀色の髪の青年が現れた。まるで、空気から滲み出てきたかのような彼は、神の伝令ヘルメス神に相違なかった。


神話において盗みに関わる多くの逸話を持つ彼は、偽装においてギリシアの神々の中でも随一の権能を有している。


冥王ハデスの姿隠しの兜を使う逸話も存在するが、それを使った場合の奇襲成功率は200%に化けるので、私でも対応しきれるかどうか分からない。


まあ、今回に限ってハデスはこちら側なので、その能力は封じさせてもらっている。ハデスの妻にして冥府の女神ペルセポネにヒマワリを贈っただけの価値のある調略でした。



「久しぶりだね。半年ぶりかな?」


「そうですね、ご無沙汰してます。たまに覗きに来ておられたようですけど」


「ははは。まあ、仕事だからね」


「貴方ほど真面目に官僚しているギリシアの神も少ないでしょうね」



盗み、計略、商売、旅、弁論といった公権力とは対立しそうな事項ばかりを司るヘルメス神だけれども、実際のところ、彼以上にゼウスに貢献した神も少ない。


一説には仏教における毘沙門天につながる神ともされていたり。


そして、おもむろに銀の髪の神格は私の後ろのヘラクレスさんやアタランテを一瞥した。



「さて、まずは君たちについてだ。いや、メディア姫の護衛、実に大義だったよ。だけれど、ここからは神の領域。僕が彼女を責任もって父なる神ゼウスの下に贈り届けるから、ここの神殿で歓待を受けるといい」


「なっ!?」



アタランテちゃんが驚き声を上げる。ヘラクレスさんも不機嫌そうな顔だが、まあ、この程度のジャブは想定済みです。



「なるほど。ありがたい申出です。しかし、先日、私たちは名高き武神アレス様に唐突に襲撃を受けております。これでは安心して進めません。どうか、連れの者たちを一緒に登らせてはくれませんか?」



互いに笑顔で応対。やだ、私こういう知能プレイとか得意じゃないの。っていうか、ヘルメス神相手に謀略勝負とか無理ゲーだろうが。



「その心配には及ばないよ。このオリュンポスの地で主神ゼウスの客人、それも花嫁を襲うなどの不貞の輩が我々の身内から現れるはずがあると思うかい? 我が父の意向に逆らうならば、その者の生まれた都市ごと不幸になることは間違いない。そうだろう?」



君ならわかるよね的な表現。死ねばいいのに。ヘルメスは友好的な笑みを絶やさない。しかし、その瞳には挑戦的な何かが見え隠れする。



「それは、またコルキスに不幸があるという意味ですか?」


「いやまさか。二度も同じ国が竜に襲われるなど、滅多にないことだよ。確約しよう。コルキスについては、竜が襲うことはないだろう」


「なるほど。コルキスについては…ですか」



笑顔むかつく。今度はアタランテの故郷のアルカディアや森を焼くつもりだろうか。やったらアルテミスが煩そうだが。



「なるほど。ところで、この度、12神の方々に心ばかりの贈物があるのですが」


「ん、贈物?」



私は笑顔で、ちょっとした小物をヘルメス神に手渡す。ヘルメス神は警戒した様子で、慎重にそれを受け取った。


いや、爆弾じゃないので安心してください。ある意味においてはそれ以上のものですが。



「これ…は?」



手渡したのは、円形の台座の中心の針の上に、左右対称片側が赤く塗られた小さな針状のものが乗った、ガラスで蓋のされた小さな小物だった。


円形の台座には目盛りが刻んであり、他、四方に小さく東西南北の文字が刻まれている。



「ま…さ…か?」



彼はそれがどういうものかを一瞬で理解し把握した。ヘルメス神はその小さなモノを覗き込みながら、うろうろと色々な方向に向いたり、歩いたりする。



「これは…、これは何なんだっ!? 魔法じゃない。なのにこの針は“南北”を差している!」



トンデモグルメ漫画のノリのような驚愕の表情ありがとうございます。


……さて、賢明なる皆様は既にお判りでしょう。これ、ただの方位磁針です。薄くスライスした磁石を針の上に支持させているだけの、本当に簡単なカラクリです。


だがそれは、地磁気が存在することを認識していなければ成立しない利器だ。そして、その価値を旅と商売を司る神たる彼が理解できないはずがない。



「これの作り方、知りたいですよね?」


「え、え、えっと、その…」



ヘルメス神の瞳が急に泳ぎだし、挙動不審で心揺れている感じになりはじめた。



「し・り・た・く・な・い・の?」


「ぐっ、ぐむぅっ…」



神話においては計略によって多くの功績と逸話を誇るヘルメス神。しかし、そういう政治的状況というのが技術の発達によってあえなく崩壊する事は良くある。


海運の発達が、スエズ運河の開通がシルクロードの諸都市に致命的な衰退をもたらしたように。


化学繊維の発明が絹などの天然繊維産業を痛撃し、これを主要産業としていた都市を危機に陥れたように。



「ぼ、僕がこれの原理を見破れないとでも?」


「できるかできないかは問題じゃないんですよ。つまり、…出来ないかもしれませんよね?」


「ぬ…」



苦虫を噛んだような表情。


ここでこの利器の秘密がギリシアに伝わらず、先んじてシリアやエジプト、その他のライバル都市に流れたら、経済覇権の趨勢は一気に傾くかもしれない。


というわけで、私はヘルメス神の肩に手を回してごにょごにょとお話をする。



「なぁ、見て見ぬふりしてくれへんか? 誰も文句なんて言わへんて。今回の件、ええ顔してへん偉いさんも多いんやろ?」


「せ、せやけど姐さん…」


「大丈夫やって。ワイを信じろや。ハデスの兄さんにも話しつけてるんやで」


「ゼウスの親父に悪いさかい…」


「…それにや、コイツを発明した神様っていう名前、欲しくないんか?」


「いや、急にそんな話振られても困るわ正直…」


「そーかそーか、ええんやで別に。他にもこの話に乗りたい言うヒト、いいひんわけちゃうんやで。その辺り、もうちょっと考えてみ」



ゲスい顔でヘルメス神を追い詰めていく。さて、ここまで揺らいでいるなら、とどめが利くはずだ。私はおもむろに白いふわふわをポケットから取り出した。



「こいつをどう思う?」


「すごく、ふわふわです。……って、これはっ?」


「コットンです」



コットン。木綿。これもまたアメリカ大陸で仕入れてきた作物の一つだ。


木綿の原産地は実のところ3か所あり、一つはインド亜大陸、一つがオーストラリア大陸、そしてもう一つがアメリカ大陸だったりする。


で、中世ぐらいまでの野蛮なヨーロッパ人は、なんと木綿がどのように産するかを正確に知らなかった。彼らはとんでも妄想でその欠けた知識を補っていたのだ。


つまり「インドには羊が生る木があるんだよ!」と本気で考えていたのである。なお、その羊の肉は蟹の味がするらしい。


誰だよこんなヨタ話聞かせた奴。



「これ、欲しい?」


「ぐむむむむっ」



ヘルメス神が私の手の中にある綿を見て、口を富士山のようにすぼめながら必死に耐える表情で誘惑に抵抗する。


だが、趨勢はもはやこちらが圧倒している。天秤はこちら側に大量の金貨が積み重なっていて、だれが見てもこちらに傾いていた。


見事な忠誠心ですね。よろしい。その抵抗、あと一撃で決壊させてみせましょう。ゆくぞ秘技っ!



「…風が、…くる!…」



その時、ヘルメス神の瞼の裏にある種のヴィジョンが投影される。ヘルメス神は、心動かされた!



「ぐわぁぁぁぁ、やーらーれーたぁぁ~~~」



私の放った不可視の攻撃、なんらかの圧力、いや、趨勢、すなわち《時代の風》にヘルメス神の体は吹き飛び、ゴロゴロと転がって神殿の柱にぶち当たり、ぐったりと動かなくなった。


ギリシア世界最高アイドル・メディアちゃん大勝利。


両腕を上げて勝鬨を上げると、周囲のギャラリーたちは「うわぁ…」といった呆れた表情を返してくれた。


私はおもむろに倒れ動かなくなったヘルメス神に近づく。そして、私は一枚の紙切れと種の入った袋を彼の手に握らせた。



「約束のものです」


「まいど、おおきに」



私たちはニヤリと笑みを交わした。商売はWIN-WINの関係が大事やで。



というわけで、トレード勝負でした。

オリュンポス攻略はゼウスとアレス戦以外、基本このノリです。

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