似顔絵を描いた話
私が似顔絵を描き始めたのはひょんなことからだった。
ある日、私は母の顔を思い浮かべようとした。何故そうしようと思ったのかは覚えていない。おそらく恐ろしく暇で、何もすることがなかったんだと思う。母の輪郭、母の全体像を思い出そうと、目を瞑って脳の中のあらゆる記憶を辿った。しかしどれだけ時間をかけても、母の顔をはっきりと思い出すことができなかった。このように書くと、母が故人のように思えてくるかもしれないが、全くそうではない。家に帰ればいつも母がいるし、とくに反抗期の無かった私は、ある種友達であるかのように母と仲が良かった。これまでの人生で最も長く誰と過ごしてきたかといえば母だろうし、誰の顔を一番見ているかといえば、やはり母だった。そんな脳に刷り込まれているはずの母の顔だったが、私はただひとつとして、「これが母である」という顔を思い浮かべることができなかった。
パーツであればそれなりに思い出すことができる。例えば目はパッチリとした二重で、睫毛も長い。鼻は少し大きく、黒いプツプツがある。唇はピンク色で、その横にポツンとしたほくろがあった。それらのパーツを組み合わせれば母の顔が出来上がるかもしれない、そう思った私は図画工作のスケッチブックに母の似顔絵を描いたのだが、それは全く母にならなかった。目はここ? 口はこの辺り? 鼻はここだっけ?。 そんなことをやっているうちに、母の顔はどんどん人間の顔から離れていった。パーツを纏めようとしているだけなのに、どうしてこうなるのか私にはサッパリ理解できなかった。私の描写力に問題があるのか、それとも別の問題があるのか。もちろん前者もあるだろうが、本当にそれほど描写力が必要なのだろうか。私は脳に納めている母のパーツをトレースするだけだ。それを適当と思われる場所に配置するだけ。それのどこに一体特別な力を必要とするのか。
私は時間があれば、人の似顔絵を描くようになった。電車に乗っている間だったり、街中のベンチで少し休んでいる間だったり。道具には普通のHBのシャープペンシルと、B4のCAMPUSノートを使った。あまり人に何か言われるのは嫌だったので、スケッチブックよりは普通のノートのほうがいいと思ったのだ。それにノートには一定間隔で水平に引かれた線があり、それが私の絵を描くうえでの基準を何となく作ってくれている気がした。
私はまず可能な限り、静止している人を描くことから始めた。電車のドアに背を預けている人、吊革に掴まる人、席の隅っこで寝てる人。信号待ちをしている人、別のベンチで座っている人、噴水の前で誰かを待ち合わせている人……母のときとは違い、私ははっきりと視界に対象を捉えていた。対象の顔形を一つ一つ具に観察しながら、B4のノートへとシャープペンシルを走らせていった。しかし私は結局、その人達の顔を描くことができなかった。顔を視界に捉えている間、私は確かにその顔をはっきりと認識することができる。しかしひとたび視線を落として真っ白なノートへ目を向けると、頭のなかに思い浮かんでいたイメージは、闇に溶け込むように忽然と消えてしまうのだ。
私は私が納得するレベルの似顔絵を描くまで、かなりの努力を要した。いくつか本を読み、人の顔を描くうえでの手法を学んだ。顔の基準線を入れるということすら、私は本を読むまで思いつかなかった。ただ、あくまで触りだけでしか本は読まないことにした。自分の色なんてその頃にはなかったけど、そういうものが無くなってしまう気がしたからだ。その分試行錯誤でいろいろ苦労したが、一年を経る頃には、自分の絵というものをどうにか手にすることができた。さらに、静止している人ばかりでなく、動いている人の顔も少しずつ描けるようになっていった。
私は高校一年生のときから絵を描き始めたが、卒業の頃にはノートの数が三十冊を超えていた。一冊四十枚で、ページの左側にしか絵を描かなかった(右側にはそのときのメモを残すようにしていた)から、一冊には三十九枚の絵が描いてあることになる。単純に計算しても、一日に一枚以上絵を描いていることになるのだ。実際にそれぐらい描いていた気がしたし、結果としては全く不思議ではないのだが、こうして数えてみると何ともいえない実感が湧いてくるものだ。見返してみると、自分はいろいろな人に会っていたんだなあ、ということが分かる。一度描いた人は余程なことがない限り二度と描かないようにしていたので、千人以上の顔がノートに詰まっているのだ。
私が描く全ての絵には、共通点があった。リアリティであること、そして現実から切り離されていること。ふたつは矛盾するように感じるかもしれないが、そうではない。一言でいえば動物の剥製だ。剥製はどこまでリアルであろうと、魂を感じない。それは終わってしまったもので、誰かの手によってでなければ現実に関わることはできない。私の絵もそれだった。私によってノートに記録された人物は、今もどこかで生活を続けていた。現実から、時間から切り離されたものだけがそこに残っている。私は自分が描いた三十冊以上のノートが、何物にも変えられない宝物であるように感じられた。だから私はそのノートが劣化しないよう、家のなかの日が当たらない棚に大切に保管した。
私は絵を描くことを自分の職業にしようとは思わなかった。だから美術系の大学に進学などは全く考えていなかったのだが、それは周りを大いに驚かせたようだった。私が絵を描いていることを周りにバラす気がないとしても、毎日描いているのだからいつかはバレるものだ。それで興味本位で聞いてきた友人たちに絵を見せてやったのだが、皆一様に言葉を失ってしまった。似顔絵といえば、テレビのワイプなどでよく見る芸能人の似顔絵を想像していたのだろう。鼻の穴を悪意が感じられるほど大きくしたりとか、目を極端に近づけたりとか、人物の特徴をこれでもかと強調したもの。だが私が描いた絵はそんなものではなかった。リアルで面白味もなければ、そこに心に訴えかける何かが込められているわけでもない。「なぜこのような絵を?」という疑問が友人たちの頭に浮かんでいるのを感じたので、「暇があれば描いているの」と私は答えた。それは微妙にずれた答えだったが、友人たちはそれ以上何も突っ込んでこなかった。ただ一度バレると噂というものはたちまち広まってしまうもので、私が絵を描いていることは、他のクラスメイトや先生、両親までもが周知の事実となってしまった。それでも、そのことについてどうこう言う人はなかなか現れないもので、私が将来美術系の道に進むことは皆の間で決定事項になっていたようだった(とはいっても一度だけ、それまで一言も言葉を交わしたことがない同級生から「あなたの絵は面白くない」と面と向かって言われたことがある。その他にも散々貶されたのだが、別に批評されるために絵を描いているわけではないので、私は何も言い返せなかった。一体何が彼女をそこまで怒らせたのだろうか)。しかし先に言ったように、私は絵を描くことを職業にするつもりはない。職業とは別に持つものだという考えが頭にあったのだ。それで結局、私は国立のある総合大学の経済学部に入ることにした。
大学生になり、人生で初めてバイトを始めた。ある中古CD・LPショップの店員だ。客が少なくほとんど座っているだけだったので、来店してきた人達の顔をこっそりとノートに書き写すことにした。大学で講義を受け、時間が空いたときは芝生の庭に向かった。そこでは沢山の大学生たちがドッジボールをしたり、芝生に寝転んだりしてキャンパスライフを楽しんでいたので、私もその中に混じり、大学生たちの顔を描いた。そのようにして日々を過ごしていたので、私がノートを埋めるペースは高校時代より圧倒的に速くなった。一冊で二週間持てば良いほうだった。私はとにかく人の顔が描きたくて仕方がなかった。
「そうやってバイト中も絵を描いているの?」
私の心臓が止まりそうになったのは、大学入学から三ヶ月が経とうとした頃だった。ノートの数もそろそろ四十冊になろうとしていたとき、問題の人物は突然現れた。それはバイト先に姿を現したのだ。店に入るなり、私の顔を一目見つめた。不審に思ったが、その人物はすぐに視線を外したので、私は気にするのをやめてノートに絵を描くことにした。もしかしたら万引きか何かを狙っているのかもしれない。だけどレジを介さずに外に商品を持ち出そうとしたらゲートのところで音が鳴るし、そうなったら今描いている似顔絵を警察に持っていってやろうと思う。まさかそんなものを私が描いているとは思いもすまい。そして私は今も何処かの店で働いている店長に褒められるわけだ。そんなことを考えていた矢先に声をかけられたものだから、私は思わずノートをレジの下に隠してしまった。しかし隠してから気がついたのだけど、その人物が見下ろす視線からは私が描いている絵は見えなかったはずだ。だいたい、私が絵を描くときは言い訳ができるよう、いつも客側に背表紙を向けている。つまりこの人物は、私が絵を描いていることを事前に知っていたのだ。
見上げたその人の身長は、恐らく一八○ぐらいあった。髪は金髪に染めているが、不良という感じではない。メガネがよく似合っていて薄い唇、明るい色のジャケットを着こなして、ファッションセンスも悪くない。一言でいえば大学のテニスか何かのサークルの部長って感じだ。少なくとも同じ年齢では出せない落ち着きを感じる。
「はい」と私は答えた。先ほどの質問に対してだ。最初からバレているのなら、隠していても仕方がない。無断で顔を描かれていることを知ったなら怒る人もいるだろうが、この人は自分から描かれにきたようなものだ。だから、正直に言って怒られることもないだろう。
「良かったら、見せてもらえないかな?」
その言葉に私は戸惑ったが、断る上手い理由も思いつかず、ノートを広げて差し出すことにした。今描きかけだったページだ。まず目のパーツを完成させて、鼻や耳などの簡単な位置を決める。そして髪を描きはじめたところで声をかけて止められた。それは完成すれば正面やや左向きで、こちらに視線を向けている絵になるはずだった。
名も知らぬ人はその未完成の絵をしばらく眺めてから、ページを前に捲り始めた。あっ、という間もない。ノートは昨日変えたばかりだったが、既に五・六人は描いている。真剣な表情で一つ一つの絵を眺めているので、私は声をあげることができなかった。
その人はノートを全て見終えると元のページに戻し、私に向けて差し出した。
「ありがとう。とても絵が上手いんだね」
私は何も言わなかった。そのような反応を受けたのは初めてだったので、どのように返していいか分からなかったのだ。代わりに、未完成の絵を見つめる。声をかけられなければ完成していたはずの絵。
「できれば続きを描いて欲しいんだけど、駄目かな?」
「もう描けません」
私は首を振りながら言った。
「どうして?」
「私は似顔絵を描くとき、その人の一瞬のイメージを切り出してから描くんです。だけどあなたに声をかけられたとき、そのイメージが霧散するように消えてしまいました。だから続きを描こうとしても、私自身どうやって描けばいいか分からないんです」
「それは残念だ」
その男の人は本当に残念そうな顔をした。
「じゃあ一から僕の顔を描くことはできない? なんとなくそれも無理そうな気がするけど」
「私、一度描いた人はよっぽどのことがない限り描かないって決めているんです。それに描かれるのを意識している人を描くのは何か違うというか……うまく説明できないんですけど」
「そうか……『よっぽどのことがない限り』ということは例外はあるんだね?」
「一度だけですけど」
「一度だけか。厳しいな……」
ちなみにその一度というのは、高校の友人だったヨーコだ。似顔絵を描いているのがバレる前に一回、そしてバレた後に一回、ヨーコの顔を描いた。あれは高校三年最後の文化祭のときだった。ヨーコは活発な子で、お化け屋敷で皆を驚かせてやるんだとメイクを張り切っていた。それは怖いというよりは可笑しなメイクで、クラスメイトの皆を存分に笑わせたりしていた。お化け屋敷は大盛況だったのだけど、終わった後、クラスメイト全員で片付けを進めるなか、ヨーコがひとり、メイクを落とさないまま無表情でポツンと教室内に佇んでいた。それは一瞬の出来事で、私の視線に気がつくとすぐに元のヨーコに戻ったのだけど、そのときのイメージが強く残っていた私は、家に戻るなりその絵を描き上げたのだ。それから一週間後、ヨーコは家庭の事情で遠くに転校するという連絡があった。私に二度も絵を描かせるにはそれなりの事情があったのだ。
男の人は少しレジを覗き込むようにしていた上半身を起こすと、ジャケットのポケットに手を突っ込みながら言った。
「僕もその例外になりたいもんだな……ところで君は何かのサークルに所属しているのかい?」
私は無言で首を横に振った。
「じゃあ美術系の教室に通っていたりとかは?」
私はそれにも首を振るなり、先ほどから未確定事項になっている点について確認することにした。
「あなたは、同じ大学の方ですか?」
そういうと「ああ、ごめん」と言い、男の人はやや戯けたように見せた。
「実はそうなんだ。自己紹介が遅れたけど、僕の名前は根岸徹。○×大学の三年で、文化人類学科に所属している。あと美術部サークルの部長もしているんだ」
「美術部サークル……」
私の想像は半分間違いで半分正解だったようだ。そういう系の方から声をかけられたのは初めてである。まさかそのサークルに入れというのだろうか。
「休憩時間になるといつも庭に座って絵を描いている子がいるって聞いて、前からすごく気になってたんだ。いつ声をかけようかと思ってたんだけど、さっき偶然ガラス越しに君を見つけてさ」
そういうと根岸さんは目を外に向けた。この店は地下街にあるが、表がガラス張りになっていて、中がよく見えるようになっていた。大学からそう離れているわけでもないし、いつか見つかることはあるだろう。
「君はプロを目指しているのかな?」
「いいえ、そんなのじゃないんです」と私は言った。
「私はこれは仕事とは別のことにしたいんです。好きに描いていたいっていうか……分かりますか?」
「よく分かるよ……そう言ってしまえば語弊があるかもしれないけど、これから社会人になっていく上で、何か別のものを自分に残しておきたいっていうのかな。そういう感覚が僕にもあるんだ」
根岸さんはそう言うと、再びレジのほうに身を乗り出した。
「ねぇ、君も美術部サークルに入らない? 今の話を聞いてますます君に入ってもらいたい気がしたんだ」
「……申し訳ないですが、気がすすまないですね。さっきも言いましたが、私はこれを仕事にしたりだとか、他人に批評してもらったりだとか、そういうことはあまりしたくないと思っているんです。ひとりで黙々と描いているほうが、私の性に合っている気がします」
「だからだよ。だから君には僕達のサークルが向いていると思うんだ」
「だから?」と私は首を傾げる。
「いちおう美術部だと名を打ってはいるけどね、実際には自分勝手に絵を描きたい人たちの集まりだよ。部室に画材があるから、それを使って書きたいときに絵を描く。コンクールになんて出したりしないよ。そういうのがしたい人は、みんな美術系の大学に通っているんだ。いま美術部にいるのは、そういう道を選ばなかった人たち。描きたいときに絵を描くだけの人たちなんだ」
根岸さんは趣味という言葉を使わなかった。あえて使わなかったのではないかという印象を持った。描きたいときに描く人たちがいるだけの美術部。それはどんなところだろうか。おそらく、とても暗いのではないのだろうか。
「君に必要なのはノートとシャーペンだけだろうから、画材なんて使わないだろうけど、『もしも』ってことがある。それにこれから暑い季節になるから、クーラーのよく効いた部室に居られるのは充分なメリットになるんじゃないかな。旧校舎の二階で、窓から外がよく見えるし」
根岸さんの話し方が巧みなのか、それは私にとって悪くない条件であるように思えた。入ってもいいかもしれない、という思いが頭をもたげてくる。
「少し考えさせてください」
「オーケー、もし入る気になったら旧校舎の二階においで。一番端っこに部室があるから、すぐ見つかるはずだよ」
そして根岸さんは中古のCD(海外のロックバンドでよく知らない)を買い、店から出ていった。
私はそれから三日もしないうちに、美術部サークルに足を運ぶことになった。梅雨がやってきたのだ。もう七月になる直前だという記録的に遅い時期で、私は梅雨のことなんか露ほどにも意識していなかった。旧校舎の二階に向かったところ、言われたとおり部室はすぐに見つかった。木製の古びたドアで、ノックすると中から根岸さんの声が聞こえた。
「意外に早かったね」
根岸さんはもう少しかかると思っていたようだ。私もそう思っていたので、無言でこくりと頷いた。
部室には部長を含め四人のひとがいた。男性ふたり、女性ふたり。ただ、ひとりの女性は中央でポーズをとっているので、美術部のメンバーは三人かもしれない。
「いま知り合いの子にモデルを頼んで、人物画のデッサンをしていたところなんだ。といっても、僕はいまちょうど終わったんだけどね」
根岸さんが話し終えると、部室はやけに『しん』とした。まるで吸音装置が部屋の中央にあって、それに全ての音が吸収されている感じだ。しとしと、と擬音を付けたくなるような梅雨の雨音が微かに耳を捉えていた。
「とりあえず見学するかい? 窓からの眺めというのは君にとって恐らく最も重要だろうけど」
私は無言で頷くと、「失礼します」と言って部室に入った。根岸さんが手荷物を預かり、部屋の隅に放置してあった丸椅子の上にそれを置いてくれた。
部屋は思っていたより広かった。本当に吸音装置があるのなら、ちょっとしたブラスバンド部の部室として使われてもいいくらい。部屋の片隅に、キャンバスを立てかける道具がまとめて置かれてある。もしかしたら部員がまだ何人かいるか、卒業か何かで辞めてしまったのかもしれなかった。壁一面に木の枠だけのロッカーがあり、そこに画材が整理されて詰め込まれている。キャンバスがビニールに包まれているのを初めて見た私は、それだけでここが美術部であるという実感をより強くした。続いて私は、根岸さんお勧めの窓からの光景を見に移動する。その位置は、運動部サークルのグランドと芝生の庭でちょうど二分したところにあった。隅っこの部屋で、正面だけでなく側面も窓になっているので、どちらもはっきりと見渡すことができる。梅雨でひとが外に出ていないのが残念だが、晴れれば恐らく沢山のひとが見えるに違いなかった。
「どう? 気に入ってくれた?」
頃合いを見計らって、根岸さんが背後から声をかけてくる。
「ええ、良いところだと思います」
私は率直に答えた。それはこの景色だけでなかった。この『しん』とした部室の気配も気に入ったのだ。ここなら絵を描くときに邪魔される心配はなさそうである。
「そっか……じゃあどうしよっか。もう少し考えてもらってから入部届けを書いてもらってもいいんたけど」
「いいえ、いま書きます」と私は首を振って答えた。
根岸さんは微笑むと「じゃあ入部届け取ってくるね」と言い、部屋を出ていった。再び部屋が『しん』とする。私はその間に、部長が先ほどまで描いていたというデッサンを眺めた。背筋を伸ばして丸椅子に座る女性を、斜め前方から描いている。全身のバランスがしっかり保たれており、誰の目から見ても「これは二十歳ぐらいの女性を描いているのだ」ということがはっきりと分かる絵だった。しかし、それだけだった。その絵に女性が描かれているということ以上に、訴えかけてくるものがなかったのだ。
私はそれから美術部で絵を描くようになった。梅雨で外には誰も見えなかったので、デッサンを描いている部員の顔をノートに描いたりした。根岸さんの顔も描くと、根岸さんはとても喜んでくれた。例外なんて簡単に崩れるものだ。あと、私もイーゼルというものにキャンバスを立てかけて、モデルの全身画のデッサンに参加したことがあった。思ったより上手くかけなかったのだけど、橘くんや仁科さんといった同じ美術部のメンバーに幾つかアドバイスをもらい、それなりに全身画も描けるようになった。とくに橘くんは手のデッサンが上手かったので、コツを入念に教えてもらった。そして私のノートにはいつしか顔だけでなく、手や上半身など他のパーツも偶に描かれるようになった。
「文芸祭への出展?」
私は少し驚いたように言った。それは十月のことだった。○×大学には毎年十月に文芸祭があり、各文化系サークルが出展を行うというのである。
「そこで日頃の成果を見せないと、サークルが廃部になってしまうんだ。僕らの作品はもちろん、君が普段描いているノートも展示したいんだけど、駄目かな?」と部長が言う。
「私が美術部で描いた作品が展示されるのは仕方ないと思います。ただ、あのノートが個人的なものであることは、部長も承知していたはずですが……」
そういうと部長は困った顔になった。私も困惑した。なぜノートを展示しないといけないのか? だいたい、成果を見せるだけなら部長達が描いたものだけで充分なはずだ。誰が見ても部長達の絵が遊びで描かれているようには見えないはずだ。もしあれで廃部に追い込まれるというのなら、私が正式に学校に抗議してやってもいい。
「私も、あのノートを文芸祭に出したほうがいいと思う」
仁科さんが言った。
「ねえ、よく考えてみてよ。私あのノートを初めて見たときに思ったんだけど、何か訴えかけてくるものがあると思うの。上手くいえないんだけど、どうしても無下にできないっていうか。私達が描く作品とは根本的に何かが違うんだよ」
そこで部長が補足するように言葉を入れた。
「君は最初僕にあったとき、対象のイメージを切り出してから描くって言ってたよね? 美術部で君が描いた作品にもその色は出ていると思うけど、やっぱりもっと良く出ているのがあのノートだと思うんだ。僕としてはどうしても、あのノートを他人にも見てもらいたいという思いがある。本当に駄目かな?」
本当に駄目かな、と言われればますます困ってしまう。私がノートをあまり晒したくないというのは、あくまで感覚的なものなのだ。確固たる理由があるわけではない。
「少し考えさせてください」と私は言った。
私は結局、ノートを展示することにした。断って部長達との関係を壊すのも嫌だったし、どれだけ考えても、断る確固たる理由がやはり見つからなかったのだ。
展示するのは大学に入ってから描き始めたノートだけだ。それでも十冊を軽く超えている。出展前にあらためて見返してみると、この六ヶ月の間には上達の跡がはっきりと見られた。イメージの切り出し方が上手くなっている。とくに美術部に入ってからは、その切り出し方のバリエーションが増えているように感じられた。これでは、美術部と無関係であるとは全く言えないかもしれない。
出展する上での懸念事項は、それが一枚の絵として独立しているのではなく、ノートであるということだった。私はそれを切り離したりするのは絶対に嫌だったし、スキャナでスキャンしてデジタル化するのも絶対に嫌だった(これは部長達も賛同してくれた)。ではどのように展示するかというと、そのままノートとして展示するしかない。来場者に自分でページを捲ってもらうのだ。手垢がつくのも嫌だし、雑に扱われるのも絶対に嫌だ。だから展示の際には美術部員が必ず常駐して、手袋でもって丁寧に捲ってもらうよう努めなければならない。「絶対に雑に扱わせないよ」と橘くんが言う。こうして一大プロジェクトのような形でノートの公開に至った。
ノートはそれなりに盛況だった。その厳重な管理に面喰らって、全く近づかなかった人もいる。しかしノートを手に取った人は、一冊見るだけでは飽き足らず、二冊、三冊と手に取っていった。私は心臓がドキドキして、文芸祭が終わる頃には倒れそうになった。何故なら私は結局、展示しているノートから片時も目が離せなかったからだ。これを描いたのは誰か、と紳士服を着た白髪交じりの老人が橘くんに聞いていた。橘くんは離れた場所で縮こまっている私のことを差して紹介した。心臓が止まりそうになったけど、何とかお辞儀して済ませた。
僅か半年であんなに描くなんて凄い。
展示方法が面白かった。またやって欲しい。
世の中にいる色んな人の顔が見れて面白かった。
自分が描かれている?!
文芸祭のアンケートだ。普段白紙ばかりのアンケート用紙にこれだけ感想が書かれるなんて本当に珍しい、と大学の実行委員のひとは言っていた。
「きっと絵について何か感想を書きたかったけど、上手く書けなかったんだよ」と部長は言った。
そうだろうか、と私は思う。アンケートだけを読めば発想の勝利と思えなくもない。アンケートの裏を読み取る力など私にはない。
とにかく、私にとって嵐のようだった文芸祭は終わった。ノートを家の棚に片付けると、私は久しぶりにぐっすりと眠った。
まだ事態が終わっていないと知ったのは、それから三日後のことだった。
大学のその日の講義が全て終わって、あとは部室に行こうか、それとも何処か別の場所で絵を描こうか迷っていたときだった。私の携帯に部長から電話がかかってきた。
「はい、なんでしょう」
「今日部室に来る?」
「どうしようか迷っていたところだったんですけど……何かあったんですか?」
「実は君にお客さんが来ているんだ」
お客さん?
私の頭にはてなが浮かぶ。
「お客さんって誰ですか?」
「白鳥さんっていう老人の方なんだけど……文芸祭で君の作品を見てここに来たと言っている。とにかく来てくれないか? 君がいないと話の進みようがないんだ」
「……分かりました。すぐ行きます」
携帯を切り、その人物を頭に思い浮かべる。
白鳥さんってどんな人だ? 全く想像もつかないぞ。
私は悶々とした気持ちで旧校舎の二階へと向かった。そして部室のドアを開けるときに思い出す。文芸祭のとき、このノートの絵を描いたのは誰だと橘くんに聞いていたあの老人。あれが白鳥さんではないのか?
ドアを開けると、果たしてその白鳥さんがそこにいた。まるでモデルみたいに、中央の丸椅子に座っている。あのときと同じように紳士服に身を包んだ姿で。
「わざわざ来ていただいて申し訳ありません」
その老人は立ち上がり、恭しく頭を下げた。私はあのとき心臓ドキドキだった自分を思い出し、慌てて同じように頭を下げる。
いつかのときのように部長が手荷物を預かると、老人の正面に置かれた椅子に座るよう私を促した。仕方なく、座る。
「あの、それでどういった要件でしょう」
私は心が落ち着かないまま、老人に向けて話し始めた。
「突然で恐縮ですが、似顔絵を描いて欲しいのです」
「似顔絵?」と私は驚く。よく考えればノートを見てここに来たのだから、当然の帰結だ。しかしこの老人がまさか似顔絵を描いて欲しいのだとは、全く想像できなかった。
「あなたの絵を見てから暫く悩みました。そのようなことをして何の意味があるのかと。しかし私はどうしても、あなたに似顔絵を描いてもらわずにはいられなくなったのです。そうしなければ先に進めなくなったのです」
その言葉は情熱的だった。まさか老人からこのようなアプローチを受けるとは思いもしない。先ほどからこの老人は私の常識を覆してばっかりだ。何故こうも変わったことが起きるんだろう。
「……申し訳ありませんが、私はあなたの似顔絵を描けません」
恐る恐る私は言った。
「私は描かれたいと思っているひとの似顔絵は、どうしても描けないのです」
「ああ、すみません。描いてもらいたいのは私の似顔絵ではありません」
そう言うと老人は頭を掻き、ひとつ深呼吸してから言った。
「描いてもらいたいのは、私の妻です」
部室にいる誰もが『しん』としていた。後から来た橘くんも仁科さんも一言も声を発さなかった。
私はノートとシャープペンシルを手に、老人と真正面から向かい合っていた。十分前にはこんなことになるなんて思ってもいなかった。ただ、引き受けてしまったものは仕方ない。やるしかない。
「まず、目はどのような感じですか?」
「切れ長ですが、柔和さを失わない瞳でした。完全な二重で、睫毛が少しカールしています。それに……」
白鳥さんの奥さんは死んでいた。交通事故で一ヶ月前に亡くなったらしい。会社を退職し、仲良く余生を過ごしていた矢先の出来事だったので、白鳥さんは途方に暮れたそうだ。生前の写真を見ても心が落ち着かず、とにかく日中はいろんなところに出かけたりしていたところ、文芸祭で私の絵を見たらしい。白鳥さんのなかでどのような思考の推移があったのか定かではないが、私に妻の絵を描いてもらわなければ先に進めないと思ったとのことだ。
「こんな感じであっていますか?」
「いいえ、もう少し柔らかい感じです。睫毛もやや短く……」
『こんな感じ』では駄目なのだ。『これ』でなければ。そんなことは分かっているのだが、他人の記憶から似顔絵を描くというのは途方もない作業だ。だいだい捜査に使う似顔絵だって、全く同じではないから人々の想像を働かせるのだと言われている。全く正確な似顔絵を描くなんて、はっきりいって無理だ。だが、この老人の前でそんなことは言えるはずがない。私が似顔絵を描き終えるか、それとも老人が先に諦めるか、気力・体力のチキンレースだ。
私は似顔絵を描くにあたり、いつもとは別の方法を試してみた。一枚のページに幾つも目だけを描いて、どれに一番近いですか? という方法だ。白鳥さんは「これが一番近いが、もう少し目が細い」と言った。私はそれを修正していく。ようやく片方の目が完成した。
部長が私と白鳥さんのために折りたたみの机を用意した。私達はそこに移動すると、ふたりで机に身を乗り出して、ノートに描かれたパーツについてあれこれ意見を交わした。白鳥さんは時間が経つたびに諦めるどころか、さらに精力的になっていった。私も負けるかという気持ちになった。最初は全くイメージが湧かなかったけど、今はぼんやりと奥さんのイメージが頭に浮かんでいるのだ。白鳥さんと話すたびに、そのイメージが明瞭になっていく。
外は日が傾き、夜の世界が室内に訪れようとしていた。私と白鳥さんが交わす意見の数は徐々に少なくなっていった。しかしそれは疲れを表しているのではなかった。私のなかにあるイメージは、より鮮明さを増していたのだ。もはや白鳥さんは頷くだけになり、私は私が頭に思い浮かべたイメージを一心不乱にノートに描き写した。それは首をやや傾け微笑む小綺麗な老女の姿だった。恐らく白鳥さんでさえ見たことがない顔だった。
「おお……これは正しく……」
私が絵を描き終えると、白鳥さんはそのノートを手に取り立ち上がった。人差し指で、細部にまで優しく線をなぞる。ついに出来上がったのだ。白鳥さんの亡くなった奥さんを切り離した絵が。
「その絵だけ、カッターナイフで切り離しましょう。部長、お願いしていいですか?」
「……もちろん」
少し気が抜けていた感じの部長が頷いた。
部長の手先の器用さは天性のもので、まるで最初から切り離される運命であったかのように、奥さんの絵は綺麗に切り離された。
白鳥さんはファインダーにその絵を入れる。
「ありがとうございます。正しく欲しかったものが手に入りました。何か御礼をさせていただきたいのですが、どのようなものがよろしいでしょうか?」
「美味しい食べ物がいいです」と私は言った。
「この美術部の皆で食べられるやつ。そんなに高くないのでいいですよ。高いと逆に困ってしまうので」
その言葉を聞いて、白鳥さんがフフッと笑った。
「どうしたんですか?」
「いえ、妻も生前そのようなことをよく言っていたものですから」
翌日、白鳥さんは最近アメリカから出店してきたのだという人気のドーナツ店でドーナツを買い、部室に持ってきた。老人だというのに、なかなか若い者の好みというものを分かっている。私達はそれを存分に味わって食べた。
「……あのノート、切り離してもよかったのかい?」
白鳥さんが帰った後、部長が聞いてきた。
「はい。あのページは白鳥さんのものですから。私には、残ったページだけで充分なんです」
それから私は、部長にくるりと背を向けて言った。
「分かりますか? 部長。切り離した後のあのノートは、それまで描いてきたノートと変わらないか、それまで以上に、私のなかで大切なものとなったんです」
私はまた新しいノートを買った。そしてまた一から新たな気持ちで、ノートに似顔絵を描いていこうと思った。
お題:似顔絵
そのまんまですな。
書いている途中はどうなることかと思ったけど、なんとか最後は着地したかな?