6話 就活中の恭介
ついにあの、名物夫婦が登場です。
()内は恭介の心の声です
午後4時ごろ。棗恭介はとある町で歩いていた。
「……。腹減ったな……」
お昼を食べずに就活で会社を回っていたのである。
「ん?」
そして、とある店を見つけた。
「古河パン? パン屋か……」
独り言のようにつぶやくと、そのタイミングで恭介のお腹が鳴る。
「う~む」
携帯を開いて時間を見る。半端な時間なので困っている。
「ホテルの夕食までまだあるしな~。でも腹は減った……」
恭介は、一個ぐらいなら大丈夫かな? と、考えると古河パンに入る。
「ありゃ?」
しかし、パン屋の中には誰もいなかった。レジの前にいるはずの店員すら。
「……?」
恭介は店内を見渡す。そして、店の奥、おそらく住居空間となっている場所に向かって声を出すが、誰も出てこなかった。
「不用心すぎるだろ」
独り言のようにつぶやくと、恭介は気がついた。近くにあるパンが光っていることに気がついた。
「な、なんだこれ。金色? いや、七色に輝いているのか」
商品名と思われるタブには『レインボーパン』と書かれていた。
「あー。くそっ。また負けた」
突如、恭介の後ろ。入口から男の声が聞こえ、恭介は後ろを振り向く。
そこにいたのは、赤の髪で野球バッドを持っている目つきの悪い男だった。
「あん? 客か?」
「……店員か?」
「いや。店長だ」
目つきの悪い男は恭介のわきを通り抜けてレジに行った。
「ちょっと待て。店長がサボって野球していたのか」
「うるせぇな。どうせこの時間は誰もこねぇんだからいいだろうが」
「そういう問題じゃないだろ。それに今オレが来てるぞ」
「てめぇみたいなのが珍しいだけだ」
目つきの悪い店長はレジの前に座って新聞を広げた。
「さぁ、さっさとパン買って帰れ」
「それが客にする態度か!?」
「俺はいいんだ」
「なんて店長だ……」
恭介はため息をつくと、店内を見渡す。
「ただいまですー」
またも入口から今度は女子の声が聞こえた。
恭介と目つきの悪い店長が入口の方を見ると、そこにはアホ毛で制服の少女が立っていた。
「おお。わが娘、渚よ。おかえり」
(この店長の娘か……)
「よぉ。お邪魔するぜ」
次にまたもや目つきの悪い男がやってきた。店長ほどじゃないけど
「ちっ。またてめぇか、小僧」
(小僧って呼んでいるということはこの男は店長の息子じゃないってことか。しかもすごく嫌っているっぽいし……。これは娘の彼氏。と言ったところか?)
恭介は持前の超高速の分析力を使って一瞬で判断する。
「さぁ、そのスーツの小僧。さっさと買って帰れ」
「お父さん。お客さんにそんなこと言っちゃダメです」
「ちっ。しょうがねぇな。おい小僧」
渚の父は立ち上がると、恭介の目の前に来た。
「俺のことか?」
「そうだ。スーツの小僧」
「俺は小僧じゃない。棗恭介だ」
「ほう。俺は古河秋生だ。この辺じゃ、『パンを焼くトルネード』と呼ばれている」
秋生と名乗った店長は先ほどから気になっていた『レインボーパン』を1つ取る。
「小僧」
「名乗ったのに小僧呼ばりか」
「はっ。うるせぇよ。このパン、ほしいか?」
『レインボーパン』を恭介の目の前に出す。
「いらねぇ」
「あっ? てめぇ。早苗のパンがくえねぇって言うのか?」
(早苗のパン? この秋生とかいうおっさんの奥さんの作ったパンってことか? 早苗ってどう考えても人の名前だし)
「今ならこのパン。半額で、いや。半額の半額で売ってやるぜ」
つまり1/4の値段で売ると言っている。
「ただでも売れないんだ。売切れないと俺の今日の夕飯はこれになるんだ。頼む買ってくれ」
(ただでも売れない……だと?)
恭介がその言葉に驚いていると、後ろから渚が秋生を呼ぶ。
「お父さん」
「どうした? 渚」
「お母さん。そこにいます」
恭介も入口のほうを見ると、涙ぐんでいる女性の姿が。
(おいおい。まさか、この渚って子の母親か? 若すぎだろ。お姉さんって紹介されても違和感ないぞ)
「わたしのパンは、私のパンは……」
そうつぶやくと、身をひるがえしてどこかに向かって走り出した。
「ただでも売れないんですね~~~」
そういいながら。
「あ、ちくしょう。てめぇのせいだぞ、小僧」
秋生はそういいながらレインボーパンを2つ、口にくわえる。そして、
「俺は大好きだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
大声でそういいながら店から出て行って、女性を追いかけた。
「え?」
恭介は何が起きたのかわからんず、その場で動けなくなる。
「気にしないでください。いつものことです」
渚が恭介の脇を歩いてレジのところまで行く。
「いつものこと?」
「あれが古河パンの名物夫婦だ」
渚の彼氏と思われる男が言う。
「名物?」
恭介が聞き返すと、渚が答えた。
「いつものことです。お母さんのパンは独特でして、それでおいしくない。などと言ったことを聞くといつもああやって……。だから私たちも気を付けているのですが、いつもお父さんが売れないとかそういうことを言ってしまって……」
(なるほど。この家の事情は大体理解した。しかし、問題は……)
恭介は男を見る。
「なんだよ」
「お前はなんだ? お前はあの様子だと秋生とかいうおっさんの息子には見えん」
「俺はここで居候になっているんだよ……」
「なるほど……」
恭介はそういうと、適当にパンを買う。
「なぁ、あのおっさん。野球バット持っていたが、野球でもやっているのか?」
なぜか買ったパンを店の中で食いながら聞く。
「はい。お父さん。商店街の大人のチームと小学生のチームに入ってます」
「……大の大人が子供の輪に入るのか……?」
「あとは……。高校生チームか?」
「なに? 高校生チームだと!?」
恭介はそれを聞いた瞬間ひらめいた。もしも、そのチームが強いのならばリトルバスターズとして試合を申し込むのもいいのではないか? と。
「なんでそこで食いつくんだ」
「いや。気にするな……。ところで、渚……だったか? の彼氏」
「俺の名前は岡崎朋也だ」
「そうか。なら岡崎。その高校生チームというのは、強いのか?」
「さぁな。試合はまだ1回しか、したことがない」
「1回か。その試合、相手はどれくらいの強さで、勝ったのか? 負けたのか?」
「………。相手は隣町の商店街チームで何人か元甲子園球児がいるらしい。1点差で勝ったよ」
「ほほう。元甲子園球児がいるチームか……。で、あのおっさんは試合に参加したのか?」
「おっさんは1回は投げたが、2回に相手のバッドが脛にあたって退場した」
「ふむ……」
恭介は一口サイズになったパンを口に入れ、考えるそぶりをする。
「なんなんだ? さっきから」
「いや。そのチームに興味を持ってな……」
「は?」
岡崎と名乗った男は恭介にどういうことか? と聞こうとするが、
「あー。くそっ。逃げられた……」
秋生が帰ってきた。
「ん? 小僧。まだいたのか」
恭介を見ながら言う。
「おっさん。あんた野球やっているんだってな」
「あ? それがどうした?」
「しかも高校生のチームを持っている」
「そうだな。それがどうした?」
「俺のチームとの試合を申し込みたいんだが……」
「……。お前もチームを持っていると?」
「ああ」
「……パスだ。お前なんかとやったところでつまらん。ただの草野球チームだろ?」
秋生は店の奥に行こうとする。
「草野球か。確かにな。だが、俺のチームは最強だと自信を持って言えるぜ。甲子園に出場したら100対0で1回コールドで勝つ自信があるぜ」
「ほう。そこまで自信を持てるとは面白い。小僧。相手してやる」
「へっ」
甲子園ってコールドあり?
ないと思うけど。その辺は気にしないでください。