8.誤魔化す
私はやっと解放されて心臓が高鳴るのを誤魔化しながら先ほどのペットボトルに口をつける。
その動作を龍平はじっと見つめている。
・・・飲みづらい・・・。
「水おいしそうに飲むね」
「・・・・・」
私はいつものごとく何も答えない。
そんな様子にも慣れてきたのか、彼は構わず話を続ける。
「今日のレッスンは終わりだけどー・・・少し話をしようよ。お互い何も知らないじゃない?」
そりゃそうだ。
昨日知り合ったばかりなのだから。
「・・・それはいいと思う」
「初めて同意を得た気がするよ。」
彼は苦笑じみたため息をもらした。
「僕は加島龍平。26歳。誕生日が来たら27歳になるよ。誕生日は8月3日。あと大体1カ月後だねー・・・それから」
「ちょっと待って!!」
「ん?」
「あんた私と10も離れてるの??」
「まぁ、そういう事になるねぇ、年齢にしちゃうと。」
「・・・・嘘だ」
「僕は和音ちゃんに嘘はつかないよ」
「だって・・・」
「だって?」
どう見たって20代になったばかりのように見えるんだもん。
なんて言えなくて・・・。
「若く見えたってこと?もしや老けて見られた?あんまり老けて見られたことはないんだけどなぁ」
「想像に任せます」
「お、うまくかわしたねぇ」
アハハハと声をあげて笑う龍平。
やっぱりどう見ても今年27には見えない。
「血液型はAB型。趣味は読書。特技は記憶かな?」
彼は本当に休む間もなく話し続ける。
よく疲れないこと。
「好きな食べ物はアップルパイ。嫌いな食べ物は辛いもの。今最も興味あることは・・・・和音ちゃん」
「は?!私?」
「もちろん♪どうやって振り向かせようか試行錯誤中だよ」
「・・・・振り向いたら興味なくなるんだ」
!!
って私ってば何を言ってるんだろ!!!
どうしよ、顔がまた赤くなる・・・
「んもー本当にかわいいなぁー和音ちゃんは。僕の事を好きになってくれたならずっと僕も和音ちゃんだけを見つめるよ」
誰にでもそうやって言ってるんだ。
そう言い聞かせてもこいつの目は私しか見えてない。そういう目をしていた。
「さて、和音ちゃんについて聞かせてよ。血液型はA型なのは君のご両親を調査した時に知ったからそれ以外で教えて」
“両親”というワードに私はフリーズする。
一気に心は沈んでいく。
お父さん、お母さん・・・今は何しているの?
無事なの・・・?
その様子に気付いたのか彼はしまったという顔をしていつも以上に優しい言葉を降り注ぐ。
「君との約束通り、ご両親の事は今回はとりあえず見送ったよ。監視と業務改正は義務として引き受けてもらうけれどね。僕は君との約束は破らないよ。君が破らない限り。」
最後の言葉が引っかかり嫌な汗が額に滲む。
「会いたい気持ちはあると思うけれど、今はそれは叶えられない。理由は、まだ答えが出てないんだ。強いて言うなら時間が必要なんだ」
「時間?どうして?」
「もう少し調査を進めなくてはって事。」
「私が仕事に関与してたとかそういう疑い?」
「いや、それはあり得ないと思ってるよ。君は第一17歳の未成年だ。そんな危ない真似をさせていたら君の選択肢は最初からなかったよ。」
“危ない真似”と彼は言った。
一体何をお父さんはしていたのー?
聞きたくても今の彼は答えてくれない。
「時間がほしい。そしたら会いにいっても構わないよ。・・・・・・会いに行ける状況だとしたらだけどね・・」
そう呟いた龍平の顔は私に対する際に見せる顔とは別次元のもので、これがここまでのし上がってきた彼の仕事の顔なのだと思った。
「分かった。」
「おや、素直だね。どうしたの?ちょっとレッスンきつかった?これからもっともっとハードになっていくんだけど・・・」
「!!!!!」
「思った通りの反応ありがとう。でも僕は言ったよね?君に嘘は絶対つかないよ」
そんな笑顔で言うな!!
「ほら、話がそれちゃったよ・・・。好きな食べ物とか教えてよ。」
「・・・・頭の回転、早すぎ」
「え?そんな食べ物あるの?なーんちゃって」
「私はそんなにコロコロ話が変えられないよ・・」
「ごめんね。ついテンションあがっちゃうんだよね、和音ちゃんといると」
「え?」
「いつもの僕じゃいられないって事。何でかなぁ・・・自分でも不思議なんだ。10も離れた子に振り向いてほしくてたまらなくて。しかもすぐに襲っちゃわないし。」
最後の言葉が実行されなくて本当に良かった。
「きっと昨日会ったあの瞬間、僕の心は奪われたんだ。」
この人はきっと女の人に不自由しないだろうな。
綺麗な顔つきに優しい台詞。
どうして私なんだろう。
ちょっと気が強いだけのただの女子高生な私。
そして、私は恋がまだ分からない。
“好き”ってどういう感情か分からない。
ただ・・・・
昨日会ったばかりのこいつの顔を直接見ると顔が赤くなるのだけはどうしようもなく誤魔化しがきかないみたい。