2.選択肢
ドアを引いて自分のいつもの家ではないと体が察知する。
目の前の光景に私は絶句した。
知らない黒いスーツを着たサングラスをかけた男の人たちが家の中にいる。
いる、というか家の中を物色しているではないか。
「ちょっ・・・あんた達なんなの?!」
自分でも驚くほど大きな声でその訳のわからない人物たちに叫んでしまった。
しかしその声にさして驚くほどでもない様子で私を見る。
「長女、和音と見られる人物帰宅です。」
誰かがそう携帯電話に向かって呟く。
いや、報告している。が正しい表現かもしれない。
と状況を判断してる場合ではない、決してない・・・。
男たちは私の方へと体を向け歩み寄る。
「や、やめてよ!!!」
逃げ場がないとは分かっていても逃げようとドアを開けようとするがその手は簡単に引き離される。
私は男たちにあっという間に担ぎあげられる。
「いやだ!離せ!おろせ!!!」
どんなにじたばたしても男たちは顔色一つ変えず私を担いだまま階段を上っていく。
そんな状態になりながらも私はある疑問を抱く・・・
いつもあんなにいるお手伝いさんたちはどこにいるのー・・?
ぞわっと鳥肌がたつのを感じながら、私は俯いた。
たどり着いたのは、お父さんの書斎。
「連れて参りました。」
「入れ」
低い声が中から聞こえる。
もちろんお父さんの声じゃない。
部屋に入るとすぐにお父さんとお母さんの姿が見えた。
その周りにはスーツを着た人がたくさん・・・・取り押さえているようにも見える。
「和音・・・!!」
お父さんが私を見るなりすがるように近づくが周りの男たちに阻止される。
そこでやっと私は地面に下ろされた。
何が何だか分からない。
力が抜け、うまく立てずに私はその場に座り込んでしまった。
「おかえりなさい。お姫様。」
その場にそぐわないおちゃらけた声が響く。
「びっくりしたよねぇー。こんな強面の人ばっかりなんだもんねぇ?」
目の前には20代前半なのかな・・・比較的若い男の人が私の顔を覗き込む。
ひょうひょうとした言い草と行動がこの場の雰囲気に全く合っていない。
なんて返答したら正解なのかが分からないけど、この人がリーダーなのだとそれだけは分かった。
「でもね、君のお父さん・・・悪いことしちゃっててね・・・警察行きかな、これは」
「!!!!?」
「君が知らないのも仕方ないよお姫様。隠すのが上手なんだわ、お父さん」
その口調は今までと変わらないのだけれど、その目で怯えない人なんているのだろうか。
私は今までにない恐怖をいま体験している。
「お父さんとお母さんはこれから尋問。お父さんの側近も同様。さて君はどうしたい?」
そんな漠然とした質問に私が答えられるわけがないでしょうが!
こんな瞬間でも自分の気の強さに嫌気がさす。
「・・・・君は怖くないの?」
「は?」
ここに入ってきて初めて私が発した言葉だった。
「その目。明らかに僕を威嚇してるんだもん」
何を言ってるんだろうか。
今、私は確かにこの男に対して敵意を示しているが9割は恐怖でしかないというのに。
「いや、恐怖もあるけど・・・・かな?初めてだよ、こういう場で女の子に睨まれたの。」
「・・・・お父さんとお母さんを離して」
「ん?それが君の答え?」
やっとのことで振りしぼった答えは、彼には届いているのだろうか。
わずかな希望がまたたく間に崩れる。
「無理だね。」
「!!!」
「そんなに睨まないでよ。興奮するじゃない」
こいつM?
「じゃあ選択させてあげよう。どちらかの答えにしてよ?それ以外の答えは受け付けない。ご両親の目の前で君を犯して絶望を味あわせてあげるよ」
きっとこの男なら本当にやってのけてしまうだろう・・・
その目は決して嘘をつかない目だ。
「ご両親を警察に受け渡すのは見送ろう。もちろん監視はするけどね。ただし、君が僕のものになるんだ。僕の女になるの」
「はぁ?!何言ってんの?!」
「この状況でそんな口きけるのは君だけだよ。ハハハ」
何がおかしいのか、この男の考えが全く持って分からない。
「ではもう1つの選択だ。君のことは自由にしてあげよう。生活も保障しよう。ただし、ご両親は警察行きだ。まぁ悪いことしてるんだからそれはしょうがない同情する価値すらない。まぁ・・・つまり・・・」
嫌な汗が体中流れる。
「ご両親を選ぶか自分を選ぶかだね」
チラッと私はお父さんとお母さんを見る。
お父さんは首を振る。自分たちは気にするなと―…。
お母さんは涙を流して私をひたすら見つめている。
あぁ・・・こんな選択肢聞いたことないよ。
何不自由ない幸せな家庭はもう戻ってこないんだ・・・。
今まで私を大事に育ててくれたお父さん、お母さん。
きっとこの男は私の答えを最初から分かってる。
「・・・・・お父さんとお母さんを助けて」
目なんて見れなかった。
私はただ床のカーペットを見るしかできなかった。
「ほぅ。それが君の答えね。それでいいんだね?」
「・・・・・・・」
「ちゃんと言葉にしなくちゃ。」
私は何も言えずコクンと縦に首を振った。
彼は不満そうに
「分からず屋だねぇ・・・じゃあ僕の女になるって口に出して言って」
まるで呪いの言葉に聞こえた。
その言葉を言う事によって私の人生はもうこの男次第となる。
「・・・あぁ、僕の名前知らないから言えないっか。僕の名前は加島 龍平。」
ベラベラと口がうまい男・・・・
でもこの男に逆らってはいけない。
私はもう諦めるしか選択肢がない。
ゆっくりと視線を上げて男の顔を脳に焼き付ける。
絶対に私はこの人を忘れない。
「私は加島龍平の女になります。」
彼はこの数分間で1番嬉しそうな顔で私を見た。
「上出来だよ、和音ちゃん」