第9話 ダンジョン守りの初検査③
俺のこれまでの二十五年の人生で精密検査を受けることなんてほとんどなかった。それがどういったわけかあれよあれよという間に身体検査を受ける運びに今なっている。
「はい、楽な姿勢にしていてくださいね」
「はい」
こんな感じに健康診断もびっくりな速度で様々な検査が進んでいく。他の精密検査を受ける人も絶対多いはずなのに、ファストパスを使ったのかと思うくらい素早く各検査が終わっていった。
レントゲンに視力、血液検査にMRI。尿検査や検便も行われた。最後に医者と魔法師による簡単な問診を受け、一時間のうちに検査が終わった。ホント、俺の後に待っている人たちには申し訳なく思う。
「お疲れさまでした。すぐに見れる結果だけ見ましたがどこにも異常が見当たらなくてびっくりしました。では、これから冒険者適性の検査も受けていただきます」
「え、あれで終わりじゃないんですか?」
検査後、元の会議室に戻り神田さんから説明を受けてこっちもびっくりしてしまった。確かに普通の健康診断みたいだなぁ、とはずっとうっすらと感じていたがもしかしてこれからが本番か?
冒険者適性は確か冒険者を志した当時受けた記憶があるだけだが、もしかして何かしら変わっているのだろうか。もしかして何年もたって魔力的なものを測れる機械ができてたりして。
冒険者適性検査場までは神田さんに案内してもらった。三ケ島さんの姿が見えないな。
「あの、三ケ島さんは?」
「三ケ島さんのほうでしたら身体検査のみで大丈夫だったので先に検査所内でくつろいでもらっております。お帰り頂いてもよろしかったのですが、ここまで来たらどうせなら咲間さんの結果を知りたいと言っておられまして」
「あ、そうなんですか。別に帰っていただいてもよかったのに...」
やはり三ケ島さんは律義な人らしい。いや、この場合は律義というよりも好奇心旺盛というべきなのか?
エレベーターに乗り、上層階へ連れていかれるのかと思ったが逆に地下に連れられて行く。もしかしてこのまま地位化研究所まで連れられて行っちゃう…? とか思ったが扉が開くとそこは真っ白でだだっ広い空間だった。研究所ではないっぽいがこの雰囲気の空間、アニメとかでいっぱい見たことある。闘技場というやつかもしれない。
「着きました。ここで咲間さんには戦闘用のモンスターと戦っていただきます。警戒されずとも強力なモノと戦うわけではないのでご安心ください。武器もこちらで支給します」
「ダンジョンモンスターと戦う…だけですか? なんかもっと触れたら能力がわかる石とかは」
「そんなものがあればもっと冒険者の適性検査が楽に進むのですけれど…あいにくと未だそういったダンジョン生産物は発見されておりません。ここでの戦闘を設置してある無数の監視カメラ、赤外線カメラ、センサーによって記録してデータ化、それを基に客観的な冒険者適性を割り出します」
「意外と、なんというか科学的な感じなんですね」
俺の言葉に同意したように神田さんは苦笑し、何かのデバイスを操作する。すると真っ白の壁の一部が開き、そこには様々な種類の武器がしまってあった。剣や弓などはもちろん、中には銃火器のようなものもあった。
「こちらから選んでください。あ、でも銃以外でお願いしますね。万が一の時のものなので」
「は、はい」
万が一、というのがどの万が一に備えてなのか気になったが正直怖くて聞き出せなかった。もしかして暴走した冒険者とかお掃除するようなのかな…。俺も変な剣持ってるやつとしてお掃除されたらどうしよ。
どうでもいいことを考え、俺は適当な剣を手に取った。どこから見ても普通の両刃剣。あの剣よりも断然強そうに見えてしまう。
「では準備はよろしいでしょうか」
「はい、いつでも」
そう答えると神田さんは再びデバイスをいじり、今度は違う場所の壁が開きそこから巨大蜘蛛型モンスターが現れた。『15ダンジョン』でもよく見る個体なので倒し方はばっちり。正直いつもと同じような作業を繰り返すだけだ。
剣を握る手に力を込め、もう一度剣を見る。
「…あれ?! これ!」
神田さんがいる方を振り向き剣を見せる。それは、やはりというべきなのか手に持っていたはずの支給された剣は、いつのまにかあの錆びた剣に変わっていた。
これには神田さんも顔を手で押さえ困っていたが、モンスターを出してしまった以上考えても仕方ないと思ったのか、それでどうぞ、といったようなジェスチャーしてきた。
神田さんにお許しをもらった以上、この剣で行くしかない。
巨大蜘蛛を見据えて弱点を思い出す。蜘蛛型モンスターは弱点が正面ではなくお尻の方にあった。糸を吐き出すあたりに攻撃を入れれば弱体化する。
一目散にその弱点を狙うために走り出し、蜘蛛が振り下ろす足の攻撃を避けたり剣で防御しつつ背後をとる。慣れた仕事だし、剣の大きさがある分防御もしやすい。これだと味気なく決着がついてしまいそうだ。
背後に回り込みそう僅かに油断した瞬間、完全に意識外から蜘蛛の鋭い足が俺の腹に迫っていることに気が付いた。意識した瞬間にはもう遅く、完全に腹を貫かれ…なかった。
「あれ…?」
俺の体が昨日の頑丈さを取り戻したのか、俺の腹筋が蜘蛛の足を完全に受け止めている。またもやあの時と同じようによくわからないチャンスが降ってきてそのまま蜘蛛のお尻部分を切り落とす。騎士の腕を切り落とした時のように何の抵抗もなく綺麗に刃が入る。
絶叫する蜘蛛の正面に周り今度は顔の部分を切りつける。今回は剣が折れることはなくこちらも面白いくらい軽く切れていき、何度目かの斬撃で蜘蛛は動かなくなった。
ふぅ、と一汗ぬぐい神田さんの方を振り向いた。やはり驚いた顔で俺の顔と腹を見比べながらこちらに向かってくる。今日何回この人に驚かれただろうか。
「お疲れさまでした。お腹、大丈夫でした?」
「はい、ご心配おかけしました。いやぁ完全にマニュアルにない動き方をしてきてびっくりしました。でもやはり、この剣の影響なのでしょうか、全然何ともなかったです。あ、剣どうしましょう」
「今、支給する剣の在庫確認を行いましたが咲間さんに貸し出す前の本数に戻っていました。どういう力なんですかね、その剣」
「いやほんと、申し訳ありません」
支給する剣が錆びた剣になったわけではなくて、入れ替わったのか...? こいつから絶対に他の剣を使わせない、という圧を感じてしまう。怖い...。
「──実を言うと今のモンスター普通のモノより少しだけ強力なんです」
急に神田さんが俺にとっては爆弾のような発言をした。普通のよりも強力ってことは、絶対に『15ダンジョン』よりも強い個体ですよね? え、やっぱ俺の事お掃除するつもりで?
「すみません、先に言うといつも通りの咲間さんの動きができないんじゃないかと思いまして。もし何かあれば咲間さんがけがを負う前に私が倒すつもりではいたのですが…まさか正面から攻撃を食らってびくともしないとは想定外です」
「いや、でしたら『15ダンジョン』くらいの強さのヤツを出してくれても」
「それでは咲間さんの強さを測ることはできません。三ケ島さんが教えてくださいましたが咲間さんはわずか数十分で最下層までたどり着けるほどの実力があると」
「はい...でもそれは、バグ道を使っているだけですよ?」
「だとしてもです。最下層までたどり着くということはその間のモンスターも狩っているということですよね? それを考慮するといかに安全な『15ダンジョン』と言えど一時間足らずで三十五層までたどり着くのは不可能です」
不可能ですって言われてもできちゃってるんだからしょうがない。何事も慣れって言うし、なにより三年もかかわりつづけているし。
俺の疑問顔をものともせずに神田さんは続けた。
「それらを考慮すると、今回倒していただいたモンスターくらいの強さで適性を測る事が適切だと上層部の方も考えていまして...しかし騙すような形になってしまって申し訳ございません」
「ま、まぁ何事もなかったので...」
姿勢良くお辞儀する神田さんを宥めてなんとか顔をあげてもらった。え、迷宮庁上層部まで俺のこと伝わってるの...?
神田さんのいう通り、ダンジョンの最下層まで到達するのに一時間かからないのは一般的に見ればあり得ないのだろう。
しかし最弱と名高い『15ダンジョン』で、そこに三年通っている俺だからなんでもないように可能だ。しかも、佐藤さんもあの時援軍として駆けつけた時はすぐに到着していた。完全初見以外の場合だとやはり誰でもできそうな気はする。
「では、この場で少し簡単な質問をさせていただきます」
「は、はぁ。なんでしょうか」
「篠塚のことについてですが、あの事実を世間に公表しようとは思いますか?」
畏まった感じで何を聞かれるかと思ったが意外な質問を投げかけられた。
「いえ、ないです。言いふらしたところで誰も信じないでしょうし、俺にメリットがありません。市民になにか極端な不都合があって隠しているなら考えなくもないんですけど、そういうわけではないんですもんね?」
「はい、おっしゃる通りです」
「でしたらやはり言うべきじゃないと思います。篠塚さんのおかげで助かっている人もいるでしょうし、現に俺と三ヶ島さんがそうです」
「そうですか、ありがとうございます。...こちらから聞きたいことはこれだけなのですが、咲間さんからは何かありますでしょうか」
「ん〜...あ、この適性試験ってもう以上ですかね? 以上でしたらいつ結果って出ますか?」
「はい、以上となります。結果はもうすでに出ております」
えっ、はや。この少し会話している間に終わってたんかい。
「階級上の結果は...A級」
「えっ」
「ですが...数値的には限りなくSに近いです。動きや動体視力、判断力がそう判定されています。特に武器の扱い方は並のA級の方々を上回っていると判定されています。今まで剣を扱ったことは?」
「あるにはあります...でももうそれも数年前に趣味で冒険者してたからですよ」
「では...何故こんなに」
訝しんだ様子で端末を眺める神田さん。顎に手をやり考え込んでいる様子を見るとこっちが不正したんじゃないかと思われているようで不安になってしまう。
というかD級から一気にA級に昇進?! 大躍進だけど、いろんなところに駆り出されるとかなったら嫌だなぁ...。
いつも通り戦ったはずなのに...あ、いつも通りだからか。
「剣、ではないですけどダンジョンへ潜っている時はいつも鉄パイプを持っていました。大体大きさ的にもこの剣と一緒くらいなので、使いやすさは同じくらいです」
「いつも鉄パイプ一本でダンジョンに?! 一昨日三ヶ島さんを助けられた際が特別じゃなかったんですか?」
「えぇまぁ。だって正規の武器って高いじゃないですか」
「確かにそうですが...」
「だからホームセンターで鉄パイプ買って、一応それ装備してたんですけど」
もしかして、他の場所のダンジョン守りってちゃんとした装備つけているのか? 特別俺が貧乏で買えてないとかだったら悲しすぎるぞ。
その後、結果と俺の言動に驚いている神田さんと共にまた会議室へ戻り三ヶ島さんへも結果を伝えた。するとやはり非常に驚かれ、冒険者を始めた方がいいと力説されてしまった。
しかし今の生活が気に入っている俺としては簡単にそれに同意する事ができなかった。もっとなにか、冒険者になりたい理由があればいいんだけど。
これで今日の検査は終わりのようで解散となった。冒険者免許はまた郵送されてくるそうで、いつでも冒険者になることを歓迎していると三ヶ島さん始め神田さん達にも最後まで念を押される形となった。キラキラした目で見られると非常に肩身が狭いような思いになってしまった。
また今度の休みに他のダンジョンでも行ってみようかな、そんなことを考えながら帰路へついた。




