第7話 ダンジョン守りの初検査①
翌日、普段あまり感じることのない明るさで目を覚ました。
「…やばっ!」
時計を確認する間もなく遅刻した、と感じて布団を跳ね上げて勢い良く立ち上がった。しかしようやくそこで今日は出勤しなくてもいいことに気が付いた。
「あ、違うわ。検査行くんだった」
バクバクしている心臓を落ち着かせて改めて時計を見ると時刻は八時五分、いつもなら受付作業をとっくに始めている時間だ。スマホでチャットを確認するが上司からの連絡は来ていないため、そこでようやく本当に出勤しなくてもいいことを受け入れた。
実は佐藤さんにああ言われていても蓋を開けてみたら出勤しなくちゃいけないんじゃないか、とずっと半信半疑だったのだ。
急がなくてもいいのでゆっくりとした足取りで歯と顔を洗う。どうせ午前中のうちには検査所に行かなくてはならないのだから二度寝するわけにはいかない。三ケ島さんとも待ち合わせしていることだし。
しかし、十時半に現地集合することになっているため九時には電車に乗っていないと間に合わないため思った以上にゆっくりしている時間はない。身だしなみを最低限整えて、今日もプロテイン一杯だけ飲んで八時半には家を出た。
* * *
現地に到着するとすでに三ケ島さんがいた。スマホから目を離し顔を上げて歩いているこちらに気が付いてくれた。
「すみません、お待たせする感じになってしまいましたか」
「いえ、私も三分前に着いたくらいなので」
俺も三ケ島さんも結構ラフな格好で来ており、三ケ島さんは甲冑じゃない分少し背が低く感じた。
合流してすぐに検査所に入り、受付にて自分の名前と共に佐藤さんの名前と名刺も出した。するとすぐにわかってくれたようで受付の人の先輩のような人が裏から出てきた。
「お待ちしておりました。咲間康太さんと三ケ島明さんですね。別室にお通しするように伺っておりますので着いてきていただいてよろしいでしょうか?」
「え、あぁはい」
どんな検査を行うのかは佐藤さんから全く聞かされていないため少々びくびくしながら職員の後をついていく。二階に上がり広い何かの会議室のような場所へと通された。そこにはスーツ姿の男女と魔法使いのような恰好の冒険者が数名いるだけだった。
「わざわざご足労頂きありがとうございます。私迷宮庁の神田というものです。こちらの方々は『魔法師』の資格を持っていらっしゃる冒険者の方々です」
「初めまして、咲間康太と申します」
「初めまして、三ケ島明です」
「どうぞお座りになってください。急に来ていただくことになり申し訳ありません、佐藤のほうには言っておきますので」
神田と名乗る人の口ぶりから彼は佐藤さんの上司的な立ち位置の人らしい。別にこっちとしてはいつもより寝られたな、くらいしか考えてなかったので別に気にしないでもらって構わない。
頭を上げて部屋をちらりと見まわすと変なことに気が付いた。なぜか俺のよく知るあの剣と似たような剣が部屋の隅に無造作に立てかけられているのだ。
なぜここに? と思ったがもしかしたら佐藤さんか誰かが必要だと思って持ってきてくれたのだろうか。そんなパシリみたいな扱い方をしてしまって申し訳ない。今度謝っておかないと。
「本日お越しいただいたのは、昨日の『東部第十五迷宮』での出来事の簡単なヒアリングと怪我をしておられないかの身体検査、そして咲間さんに関しては体になにが起こっているのかをこちらの『魔法師』の方にさらに深く検査していただくためです」
「なるほど...でも、こういってはなんですけど昨日佐藤さんに話させていただいたこと以上の事は何もないですよ?」
「はい、ですがやはり又聞きでは話の内容に微妙な齟齬ができてしまう場合がございます。今回の件はこちらとしても前例がないことなのでご本人の口から詳細にお聞きしておきたのです」
神田さんの言う通り体験した本人の口からその時の事情を事細かに聞くことが大事なのだろう。殊更ダンジョンに関しては話す人の主観が必要になる場合も多くあるのだろうか。
俺は昨日話したこととほとんど同じことを三ケ島さんも交え神田さんに説明した。隣の女性職員と共にパソコンでメモをしていたので、話の途中に就活時代の事をいやでも思い出してしまった。
昨日の出来事の途中時刻も分単位で細かく尋ねられたが正直それは覚えていないので申し訳なく思う。神田さんと女性職員は神妙な面持ちで俺の話に頷いたりしていたが俺が一人で騎士を倒したという話をしたら両者のキーを打つ手が止まる。
「佐藤から聞いていましたがやはりおひとりで...」
「はい。でもまぁもう一体を三ケ島さんが足止めしていてくれたので完全に一人かと言われればそんなことはないんですけれど」
「それでも...三ケ島さん、その騎士の強さはどれほどに感じましたか?」
「どれほど...少なくとも素手の状態で私よりも強かったですね。あの時は持ちこたえるので精一杯でした。あ、いや、思い返せば一昨日出会った剣を持っていた個体の方が弱かったのかもしれません。咲間さんが到着するまでの間ギリギリではありましたが持ちこたえることができましたし。もし昨日の個体が何か武器を持っていたら持ちこたえれていたとは思えません」
「あ~確かに。一昨日俺が駆け付けるまで結構な時間ありましたけど、耐えていましたもんね」
昨日の個体の強さを考えると、三ケ島さんが数十分持ちこたえられるくらいの強さだった剣を持っていた個体は昨日の奴よりも若干弱かったのか。でも昨日は二体同時だったから簡単に比較はできないだろうけど。
「なるほど、一日目よりも二日目の個体の方が強く感じたと。それで咲間さん、昨日騎士型モンスターを倒したというその非常に切れ味の良い剣というのは今日は持ってきておられませんかね…?」
「え? そこにあるじゃないですか?」
誰かがこの部屋に持ってきているというのに変なことを聞くもんだ。
そう思いつつ俺は部屋の隅を指さしてなんでもない風に答えた。忘れているだけかな、とか思ったがその瞬間に部屋にいる俺以外が驚いたような表情でその方向へと向いた。
「——?! いつから?!」
なににそんなに驚いているのか状況が分からなかったが一番剣の近くに座っていた『魔法師』が立ち上がり戦闘態勢をとった。
「え? え、あの皆さん? もう俺が入ってきたときにはありましたよね?」
「何言っているんですか?! 私共は咲間さんが来られる十分ほど前にこの部屋に入りましたがその時には何もありませんでしたよ!」
今までほぼ言葉を発していなかった『魔法師』の方がそのままの体勢でこちらの疑問に答えた。神田さんも取り乱したような表情をしており、剣がこの場にあることが非常事態であることが伺える。
「お、落ち着いてください。別に普通の剣ですよ!」
取り乱す皆を一旦落ち着かせて剣を取りに向かう。手にしてみると、やはり昨日俺が持っていたものと何ら変わりのないものだった。
別に錆が綺麗になっているとか、大きさが変わったとかも一切なく、事務所において帰った時のままだった。
「ほら、別に危険なことなんて何もないですよ。これです、俺が『15ダンジョン』拾った剣は」
「そ、そうですか、ありがとうございます。しかし、一旦下ろしていただけると助かります」
あるはずのない剣がこの場にあるのがよほど怖かったらしく、神田さんの目の前に剣を差し出すと腰を引いて怯えられてしまった。別にそんなに怖がらなくてもいいじゃないか。見た目だけで言うとボロい剣ですよ?
「はい...俺てっきり佐藤さんか誰かがこの部屋に運んでいただいたんじゃないかと思っていたんですが違うんですか?」
「えぇ、佐藤は朝から別の業務で忙しくしておりこちらに来る暇はなかったはずです」
「え、じゃあ、誰が…?」
三ケ島さんを見てももちろん知らない、という感じに首を振られてしまい、『魔法師』の方を見ると俺の視線に気づかずに全員剣だけを怪しそうに凝視していた。昨日の森さんが行った鑑定でも特になにもないはずなので、本当になんでここにあるのかが不思議で仕方ない。
「…昨日、冒険者の森さんが鑑定したというお話ですがその時には特に気になるようなことは言われなかったんですよね?」
「はい、普通のよくある剣だと言われました。あと、なんとなく修復力が高い? という感じの事も言われていましたが」
「その修復力に関して何か思い当たる節はございますか?」
「う~ん、お聞きしているとは思うんですけど、倒した騎士のそばに置いたら折れた刀身ごと復活したくらいですかね」
「そうですか...修復力、がそのことを指すのかは定かではありませんが一旦それとして考えておきましょう。では、『魔法師』のほうで再鑑定させていただいてもよろしいでしょうか? すぐに終わるとは思います」
「えぇ、ぜひお願いします」
神田さんがこちらからしようと思っていたお願いを逆に提案していただいたのでありがたくその通りにしていただくことにする。
魔法師の方々の目の前に剣を置き、昨日森さんがやったのと同じような方法で各々が鑑定を始めた。正直、結果変わらないんだろうなと思っていたが見る見るうちに魔法師の人達の顔が難しくなっているのに気が付いた。鑑定自体はすぐ終わったが、皆目を瞑ったまま腕を組み唸っている。
「どうしたんですか皆さん…? もしかして何か分かったんですか?」
俺の言葉に一人の魔法師がやっと目と口を開いた。
「これは...この剣はダンジョンそのもの...そう鑑定結果が出てしまっています」
…あの、何がどうなったらそんな風になるんですか???




