第5話 ダンジョン守りの開化宣言
「に、二体もいますね」
「はい...完全に予想外でした。…でも、剣を持ってないですね」
三十五層で再び相対している赤黒い騎士型モンスター二体はこちらの挙動を観察するようにしてまだ動かない。
昨日は一体だったので二人で対応することができたが、二体もいるとなると話が全く変わってくる。何より地面を跳ね上げトラップの使い所が非常に難しい。
「咲間さん、今まで素手の騎士型を見たことは...?」
「...ないです」
こと『15ダンジョン』に限って言えば、騎士型は必ず武器ないしは盾を持っている。もしかすると俺が見落としている個体もいるかもしれないが、俺が見聞きしたもので言えば例外はなかった。さらに言うと騎士型は基本群れることはない。一体で徘徊しているのがこれまでの常識だった。だからこそ、素手の状態で二体で立っていることに言いようのない気持ち悪さを感じてしまう。
隣ですぐに、三ヶ島さんは剣を構えた。援軍がどれくらいで到着するかは分からないが、引き返すという考えはやはりないらしい。であれば俺もできる限りのことはしなければならないため、隣にならい剣を構える。
「——!! うっ!」
その瞬間、目の前の騎士型の醸し出す威圧感が急上昇した。このダンジョン内ではまず味わうことのない緊張感に思わず逃げ腰になってしまう。三ヶ島さんの方も僅かに体がこわばっている。A級冒険者ですらすくんでしまうほどの圧なのか。
「来ます!!」
三ヶ島さんが声を上げるのと同時、騎士は二体一緒に迫ってきた。
すぐにサポートをっ! そう思ったが何か違う。甲冑に隠れている視線は明らかに俺に向いている。
もしかしてこいつら強い方じゃなくて俺を——!
「くっ! 何でっ?!」
どう考えても俺を先につぶす気できているのが分かった。
普通の騎士型モンスターとも長くかかわってきた経験が生き、咄嗟の判断で片方の拳は剣を使いガードすることに成功したが、想定よりもはるかに強い衝撃でよろついてしまう。体勢を崩したその隙にもう一体の方の拳は剣をすり抜けて俺の左わき腹へと決まる。
やばい! と思った時にはもう遅く、強烈な衝撃と共に吹き飛ばされてしまう。
「咲間さん!!」
三ケ島さんの叫び声がかろうじて聞こえだが、殴られて吹き飛ばされた痛みで声をあげることができない。
ダンジョン守りとして情けない、援軍が来るまで三ケ島さん頑張ってくれ。すぐに散ってしまう自分に情けなくなり、諦めモードに一瞬入りかけたが意外なことに意識が遠のかない。ついでに痛みも引いて…?
「い、痛くないぞ...? あれ...?」
何が起こっているのかが自分でも全くピンとこないが、殴られたことが嘘かのように痛みがスゥーっと引いていくのを感じた。思いの他大丈夫そうなので何事もなかったかのように立ち上がる。
「さ、咲間さん?!」
「...なんか大丈夫です!」
気丈に振舞ってみたが状況は全く改善していないため、再び両方の騎士がこちらへと向かってくる。
「させない! 一体は私が押さえます!」
「‼ ありがとうございます!」
先ほどのように俺に二体同時に向かうのを警戒していた三ケ島さんが一体を足止めしてくれた。だからと言って何ができるかは分からないが三ケ島さんのためにこっちはこっちで持ちこたえるしかない。
しかし、騎士型モンスターはこっちの事情など考慮してくれるはずもなく遠慮なく攻撃を放ってくる。ただ、やはり攻撃速度が速いとはいえ騎士型は何度も討伐した経験から何とか拳の速度には追い付くことはできる。右拳を使う頻度の方が圧倒的に多いし、そちらの方が威力が高い。そちらに気を付けていれば剣の腹で攻撃を防ぐことだけは可能だ。でも打開策が全くない。
どうしようもないか、と思っていたがすぐに違和感に気付いた。こいつ、狙って剣にしか攻撃を当てていない…? 俺を殺そうとしているのか、剣をまず壊そうとしているのかがどうにも分かりづらいのだ。
攻撃は思った以上に防げている、しかし微妙な違和感がぬぐえない。そう感じている内にも思考はどんどんその疑問の方へと向かってしまう。考えなくてもいいことを考えてしまうのが俺の悪い癖。目の前の事に集中しようと思うたびにその違和感はどんどんと大きくなっていた。
それを見抜かれたのか分からないが、次の瞬間には左拳が俺の顔面へと向かう。
「まずっ! ——なっ」
剣で必死にガードしようと思ったが、動かない。こいつ、右手で刃を握って——
ゴンッ、とすさまじい衝撃と鈍い音が脳内を駆け回り、それと同時にパチパチと視界の中で火花が弾ける。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、それは本当に一瞬のことで次の瞬間には自分が眉間のあたりを殴られていることに気が付く。しかし、痛むはずの頭はすぐにその衝撃を失っていく。すぐに騎士の左拳は顔から離れていくのを感じ、俺は目を開いた。眉間あたりから血が滴り視界が赤く染まっていくが、俺は騎士が力を抜いた瞬間を見逃さなかった。
未だ握られたままの剣で強引に騎士の右肩まで切り上げる。
「--------!!」
騎士の声にならない絶叫が三十五層にこだまし、もう一体の騎士と同時に三ケ島さんがこちらを振り向いた。
「ハァ、ハァ。ふぅ~。...やっと隙を見せてくれたな」
「咲間さん...何が、どういう…?」
三ケ島さんが驚き、騎士が発狂し振り乱していくがせっかくつかんだこのチャンス逃すわけにはいかない。
腕を切り落とされたというのになおもこちらへと立ち向かってくるが、大幅に弱体化した騎士に負けるくらいならダンジョン守りはしていない。今までより勢いのない左拳を今度は避け、一気に後ろへ回り込み首に向けて一線を放つ。剣は騎士の装甲なんて関係ないというようにほとんど抵抗なく首を切り落とすことに成功する。
すぐに、ガクッと力なく騎士は倒れこんだ。
「や、やった! 初めてこんな強いのを俺一人で…!」
「え、あの! こちらにも!」
「あっ! すみません!」
思わず感動しているところに、三ケ島さんから必死の懇願が届く。はるか格上の相手を倒したことに夢中になってしまっていて一瞬三ケ島さんの事を忘れてしまっていた。
すぐにそちらに向かい、三ケ島さんもモンスターと距離をとった。
「あ! 咲間さん、血が!」
「えぇ、でも大丈夫です。なんでかは分かんないですけど痛みとかはないです」
「え、あんなに思い切り殴られたのにですか?!」
「はい。正直なにがなんだか。俺実はこんなに体が頑丈だったなんて知らなかったです」
「…それは、頑丈ってだけなんですかね…?」
俺の態度に少し引いた感じで三ケ島さんは疑ってくるが、俺自身が耐えられている以上問題はないはずだ。確かにあの瞬間には死を覚悟したが、一瞬の鈍い痛みがあっただけで今はもうすでにその痛みすら感じない。
まだ冒険者を目指していた時にダンジョンでモンスターの攻撃を食らった時はもっと痛かった気がするのだが、もしかしたらこのダンジョンで仕事を始めたことで少しばかり強くなったのかもしれない。
「さっきも見たかもしれませんが、この剣切れ味すごいですよ! これがあれば楽勝です、あんなやつ」
「本当ですね...ではさっさと倒してしまいましょう」
隣の三ケ島さんに合わせ俺も再び騎士の方へと剣を向けると、一目散に騎士はこちらへと駆け出してくる。人と共闘なんてもう何年もしていないが、この剣さえあれば大丈夫。そう確信して俺も三ケ島さんに合わせ剣を振るう。
三ケ島さんの真上から振り下ろした剣は騎士の両腕に防がれてしまったが、それでできた隙を狙うように俺は腰を薙ぎ払うように切った。
——バキンッッ!!!
切った、はずだった。騎士の体を切るはずだった剣は目の前で無残にも真っ二つに割れてしまっている。
「…はい?」
「えっ?」
今度はカウンターのように素早い動きで騎士が三ケ島さんの腹に強烈な右拳を入れる。
「ガッ!」
防御をとる暇もなく三ケ島さんが吹き飛ばされてしまった。俺が調子に乗っているばかりに。
「三ケ島さんっ!!」
折れた剣と三ケ島さんを見比べていると、どこからともなく何か重いものを『ドスッ』と地面に落とす音ような音が聞こえたため反射的に音の鳴る後方へと体を向けた。
「なんだっ?!」
その瞬間に体の横を何かが素早く通り抜け、騎士と一緒に吹き飛んでいった。
「咲間さんっ! 三ケ島さん! ご無事ですか?!」
「…あっ、佐藤さん!」
間一髪、佐藤さんが二人の冒険者を引き連れて三十五層にたどり着いた。流石は迷宮庁の佐藤さん、バグ道もすべて把握しているのかは分からないが想像していたよりもずっと早く駆けつけてくれた。
「どうなっているかは後程伺います。まずはあちらの騎士型モンスターを倒せばよろしいですよね?」
「は、はい。そうなんですけど今のは…?」
「今飛び込まれたのは、A級冒険者の篠塚さんです。こちらは同じくA級の森さんと河原さんです。三ケ島さんは、大丈夫そうでしょうか」
その場の四人そろって三ケ島さんが飛ばされた方を見やる。仰向けで寝転がってはいるがこちらの声に気が付いたのか、その体制のままサムズアップをして答えてくれた。あんまり喋る人ではないと思っていたが、意外とノリがいいなこの人。
「では、森さん、河原さんお願いします」
「「はい」」
先ほど、超高速で過ぎ去った篠塚さんと騎士の元へと二人は駆け出す。その間にも俺と佐藤さんは三ケ島さんの元へと急いで駆け寄った。受けた衝撃が大きかったのだろう、俺たちが駆け寄っても立ち上がれない様子だったが意識はしっかりとしていた。
「大丈夫ですか、三ケ島さん?! すみません、俺が調子に乗ったばかりに」
「ごほっ...いや、咲間さんのせいでは」
「これ、回復薬ですが使いますか?」
佐藤さんはカバンからガラスの小瓶に入った回復薬を三ケ島さんに手渡した。それを受け取り栄養ドリンクのように勢いよく三ケ島さんは飲み干すと、上体を起こした。
「うわぁ、精製された回復薬なんて初めて見ましたよ俺。結構高くないですかそれ」
「えぇ、まあ。でもこういう時のために迷宮庁ではストックしてあるので」
「すみません、貴重品なのに私のために」
「いえいえ、こういう時のためのストックですよ」
三ケ島さんは一呼吸置いた後、元気を取り戻したようでその場に立ち上がった。その体でなおも騎士の元へと向かおうとするが、佐藤さんがその体を押しとどめる。
「今は休んでいてください。あの三人なら大丈夫ですよ」
「でも、篠塚さんほどの方が...」
俺はその篠塚さんという人について詳しくないのだが冒険者の中ではどうやら有名な人らしく三ケ島さんは恐れ多いような、焦ったような顔をしていた。このダンジョンに来る冒険者以外てんで知らない俺自身を恥ずかしく思ってしまう。
眺めている内にも討伐は終わるようで、あっという間に三人は危なげなく騎士を倒し終わりこちらへ歩いてきた。
「お疲れさまでした。これで以上、ですかね?」
「そうだと、思います。他に何もいないようですし、なによりあいつらは核石も落とさないっぽいので」
「そうでしたね。もったいないですが...あれ、咲間さんのその折れた剣は?」
「あ、これは。昨日持って帰ったやつですけど...折れちゃって」
佐藤さんに指摘されて未だに折れた剣を持っていたことに気が付いた。もう持って帰っても仕方ないか、と思い迷宮の地面へと溶けて始めている騎士の亡骸の元へと置いてやった。あいつら、もしかしたらこれを取り戻そうとしてたんじゃないかと思ったからだ。
「これに懲りたら二度と出てくんなよ」
あれだけ頑張ったのに報酬もなしか、と少し落ち込んだ気分で腰を上げると折れた剣と亡骸は瞬時に消え去った。
「そんなに取り戻したかったのか...よ...?」
消え去った、と思ったのだが剣だけなぜか戻ってきた。しかも折れていない状態に戻って。え、あれ? これ欲しかったんじゃないの???
「な、なんで剣だけ...?」
「咲間さん...一体どういうことでしょうかこれは?」
ジトーとした目を佐藤さんと三ケ島さんに向けられてしまう。
でも、いや、ホント俺に聞かれてもこればっかりは何も意味わかんないんです。だからそんな訝しむような顔で俺を見ないでください。お願いですから...!




